63 / 356
第二章 蛍宮宮廷
第十七話 護栄渾身の窮追【前編】
しおりを挟む
蛍宮の軍事最高責任者である玲章は罪人の送迎で地下牢へ出入りすることはまずない。雑事は全て部下が行っている。
何しろ天藍の護衛が最優先で、それよりも守るべき相手などいないのだ。
それでも今日ばかりは地下牢へ罪人を迎えにいかなくてはならなかった。皇女という高貴な身分を考慮しこちらも高位の官が出向くべきだろうという護栄の提案で玲章が送迎をすることになったのだが――
「お前まで来なくていいんだぞ、護栄」
「いいえ。正しい判決を下すには姫の一挙一動を確認しなくては」
「判決なあ……」
一見正しいように聞こえるが、玲章にはいじめに向かういじめっこのように見えた。
護栄は味方であれば勝利の女神ですらひれ伏すだろうほどに頼りになるが、敵に回せば死神のような存在だ。大小問わず、天藍を害する者には容赦がない。それは皇女などという身分程度では屈服させることなどできはしない。
だが腐っても皇女だ。必要以上に追い詰めないでくれよ――と心の中では祈ったが口には出さなかった。
何しろ護栄は既に勝ち誇ったように微笑んでいる。これに苦言を呈するなど自滅しにいくようなものだ。この護栄と戦わなくてはならない皇女が不憫でならない。
せめて挨拶と相伴くらいは丁寧にしてやろうと思ったが、それをするよりも素早く護栄が愛憐に声をかけてしまった。
「出なさい。これより明恭国第一皇女愛憐の裁判へ向かう」
「まあ! それが一国の皇女に対する言葉遣いですの!?」
「この状況でも皇女としての矜持を失わない心根は称賛に価しますね」
「こんなことをしてただで済むと思ってるの。明恭の軍が動けばこんな国三日と経たずに終わるわ」
「それは私三人分の軍師を得てからにしたほうがいいですよ。さあ、出て下さい」
三日というのは護栄が蛍宮先代皇を討つのに要した日数だ。その護栄がいる国を落とすのなら当然護栄を超える軍師が必要だ。
だいたい牢に居座っても良いことなどないだろうに、愛憐は自ら立ち上がろうとはしない。皇女ともなれば相伴も無しに起立すらしないのだろう。
だが護栄が前面に立った今、玲章は皇女に手を差し伸べる気にはなれなかった。それでも何とか助け船を出したのは依織だ。
「護栄殿。せめて随伴をお許しください」
「罪人にそれは許可されません。皇女であっても罪は罪」
「ですが裁判はこれからです。まだ罪人と確定が言い渡されたわけでは」
「御璽を犯した時点で罪人と確定しています。今回の裁判は罪の是非を問うのではなく、余罪の検証を行うものです」
そんな、と依織は項垂れた。それと同時に玲章はそうなんだ、と相伴を提案しなくてよかったと安堵した。こちらから規則に反することを許すようなものだ。そこに付け込まれたら玲章まで火の粉を浴びるだろう。
冷や汗を流すと、ちらりと護栄が視線を寄越した。にこりと微笑み、しかし纏う空気は冷たい。
「玲章殿は口を開かず手を動かさず送迎だけお願いします」
「承知しました~……」
相伴しようとした無知さも見抜かれていた。何も分かってないのだから歩く以外のことをするな――ということだろう。
「牢にいても構いませんよ。ただし裁判を放棄とみなし、弁明の余地なしで余罪も確定となります」
「余罪!? なによ余罪って!!」
「何を今更。立珂殿への傷害罪、及び侮辱罪と名誉棄損あたりですね」
「馬鹿言わないでよ! どうして私があんな子のために!」
「立珂殿は天藍様の来賓。来賓への侮辱は天藍様への侮辱罪になりますが」
「姫様! 従って下さい! これ以上は不利になるだけです!」
護栄は正論で相手の感情を逆撫でし不利になる発言を誘発させることである。
日常会話であれば単なる嫌な奴だが、政治的な場面においては国の意思として記録され場合によっては敵国と断定される。そして敗北した後は罪状が突きつけられ、何かしらの罰を受けることになる。
これがまさに今の愛憐姫だ。政治を理解しないが政治的権限を持つ者は格好の餌食なのだ。
何しろ天藍の護衛が最優先で、それよりも守るべき相手などいないのだ。
それでも今日ばかりは地下牢へ罪人を迎えにいかなくてはならなかった。皇女という高貴な身分を考慮しこちらも高位の官が出向くべきだろうという護栄の提案で玲章が送迎をすることになったのだが――
「お前まで来なくていいんだぞ、護栄」
「いいえ。正しい判決を下すには姫の一挙一動を確認しなくては」
「判決なあ……」
一見正しいように聞こえるが、玲章にはいじめに向かういじめっこのように見えた。
護栄は味方であれば勝利の女神ですらひれ伏すだろうほどに頼りになるが、敵に回せば死神のような存在だ。大小問わず、天藍を害する者には容赦がない。それは皇女などという身分程度では屈服させることなどできはしない。
だが腐っても皇女だ。必要以上に追い詰めないでくれよ――と心の中では祈ったが口には出さなかった。
何しろ護栄は既に勝ち誇ったように微笑んでいる。これに苦言を呈するなど自滅しにいくようなものだ。この護栄と戦わなくてはならない皇女が不憫でならない。
せめて挨拶と相伴くらいは丁寧にしてやろうと思ったが、それをするよりも素早く護栄が愛憐に声をかけてしまった。
「出なさい。これより明恭国第一皇女愛憐の裁判へ向かう」
「まあ! それが一国の皇女に対する言葉遣いですの!?」
「この状況でも皇女としての矜持を失わない心根は称賛に価しますね」
「こんなことをしてただで済むと思ってるの。明恭の軍が動けばこんな国三日と経たずに終わるわ」
「それは私三人分の軍師を得てからにしたほうがいいですよ。さあ、出て下さい」
三日というのは護栄が蛍宮先代皇を討つのに要した日数だ。その護栄がいる国を落とすのなら当然護栄を超える軍師が必要だ。
だいたい牢に居座っても良いことなどないだろうに、愛憐は自ら立ち上がろうとはしない。皇女ともなれば相伴も無しに起立すらしないのだろう。
だが護栄が前面に立った今、玲章は皇女に手を差し伸べる気にはなれなかった。それでも何とか助け船を出したのは依織だ。
「護栄殿。せめて随伴をお許しください」
「罪人にそれは許可されません。皇女であっても罪は罪」
「ですが裁判はこれからです。まだ罪人と確定が言い渡されたわけでは」
「御璽を犯した時点で罪人と確定しています。今回の裁判は罪の是非を問うのではなく、余罪の検証を行うものです」
そんな、と依織は項垂れた。それと同時に玲章はそうなんだ、と相伴を提案しなくてよかったと安堵した。こちらから規則に反することを許すようなものだ。そこに付け込まれたら玲章まで火の粉を浴びるだろう。
冷や汗を流すと、ちらりと護栄が視線を寄越した。にこりと微笑み、しかし纏う空気は冷たい。
「玲章殿は口を開かず手を動かさず送迎だけお願いします」
「承知しました~……」
相伴しようとした無知さも見抜かれていた。何も分かってないのだから歩く以外のことをするな――ということだろう。
「牢にいても構いませんよ。ただし裁判を放棄とみなし、弁明の余地なしで余罪も確定となります」
「余罪!? なによ余罪って!!」
「何を今更。立珂殿への傷害罪、及び侮辱罪と名誉棄損あたりですね」
「馬鹿言わないでよ! どうして私があんな子のために!」
「立珂殿は天藍様の来賓。来賓への侮辱は天藍様への侮辱罪になりますが」
「姫様! 従って下さい! これ以上は不利になるだけです!」
護栄は正論で相手の感情を逆撫でし不利になる発言を誘発させることである。
日常会話であれば単なる嫌な奴だが、政治的な場面においては国の意思として記録され場合によっては敵国と断定される。そして敗北した後は罪状が突きつけられ、何かしらの罰を受けることになる。
これがまさに今の愛憐姫だ。政治を理解しないが政治的権限を持つ者は格好の餌食なのだ。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。

ニケの宿
水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。
しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。
異なる種族同士の、共同生活。
※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。
キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。
苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。
15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。
その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。
唐突に始まります。
身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません!
幸せになってくれな!

それ以上近づかないでください。
ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」
地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。
まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。
転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。
ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。
「本当に可愛い。」
「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」
かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。
「お願いだから、僕にもう近づかないで」

金の野獣と薔薇の番
むー
BL
結季には記憶と共に失った大切な約束があった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
止むを得ない事情で全寮制の学園の高等部に編入した結季。
彼は事故により7歳より以前の記憶がない。
高校進学時の検査でオメガ因子が見つかるまでベータとして養父母に育てられた。
オメガと判明したがフェロモンが出ることも発情期が来ることはなかった。
ある日、編入先の学園で金髪金眼の皇貴と出逢う。
彼の纒う薔薇の香りに発情し、結季の中のオメガが開花する。
その薔薇の香りのフェロモンを纏う皇貴は、全ての性を魅了し学園の頂点に立つアルファだ。
来るもの拒まずで性に奔放だが、番は持つつもりはないと公言していた。
皇貴との出会いが、少しずつ結季のオメガとしての運命が動き出す……?
4/20 本編開始。
『至高のオメガとガラスの靴』と同じ世界の話です。
(『至高の〜』完結から4ヶ月後の設定です。)
※シリーズものになっていますが、どの物語から読んでも大丈夫です。
【至高のオメガとガラスの靴】
↓
【金の野獣と薔薇の番】←今ココ
↓
【魔法使いと眠れるオメガ】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる