人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第二章 蛍宮宮廷

第十四話 姫の嬉戯【後編】

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 薄珂と立珂、慶都一家が離宮へ移ってまだ三日経だが、立珂はぐんぐん回復していた。
 羽はまだうっすらとくすんでいるが、背の中心辺りに黒く染まった羽根が目立ち始めている。これが抜ければ完全回復だ。

(慶都が一日ずっといてくれたらもう少し違うんだけどな。仕方ないけど)

 日中の数刻は慶都一家がいない。慶真は本来の仕事があり、慶都と白那は学舎をどうするかの相談があるという。
 とはいえその時間は立珂も昼寝をしてることが多いので良いのだが、目が覚めた時に慶都がいないと羽のくすみがわずかだか濃くなるようだった。
 今は四阿で服を広げて遊んでいるが、慶都が戻ってくる門の方を気にしている。

「慶都まだかなあ」
「お昼ご飯は一緒に食べれるって言ってたからもうすぐだ。あ、着替えるか? 朝と違う色を着てれば慶都もびっくりするぞ」
「う! 着替える! 象牙色のにする!」
「白っぽいやつだな」
「違うよ。白じゃないよ。象牙色は象牙色だよ」
「立珂は頭が良すぎて俺じゃついていけないんだ。象牙色の見せてくれるか?」
「いいよ! 薄珂もお揃いがあるから一緒に着よう!」

 立珂は四阿に置いた箱を開けた。彩寧と美星がまとめてくれた服が入っていて、立珂は日に何度も着替えをして遊んでいる。
 全く違う色に着替えると気分も違うらしく、今朝は向日葵色の服を着ていたから全く違う白系の服が良いのだろう。
 立珂はうきうきと服を手にしたが、ふと目線を門の方へ向けた。慶都が帰って来たのかと思い薄珂も目を向けたが、そこにいたのは慶都ではなかった。

「やっぱり宝物を隠していたのね」
「……う? 誰?」

 立っていたのは以前に遭遇した少女だった。薄珂たちの事を馬鹿にしたような物言いをし、不愉快な思いをさせられたのは記憶に新しい。
 知らない人物の高圧的な態度が恐ろしいのか、立珂はぷるぷると震えている。
 薄珂は慌てて立珂を抱き上げ少女と距離を取った。

「誰だよお前! ここは立ち入り禁止だ!」
「まあ。天藍様の世話になりながら私を知らないですって? なんて恥知らずなのかしら」

 少女はあからさまなため息を吐いた。明らかに自分が高位であると思っている様子に白那が来賓だと言っていたのを思い出す。

(俺たちと同じようなことか? それにこいつの髪飾り、あれは立珂の羽根だ)

 少女は有翼人の羽根を使った髪飾りを使っていた。今の立珂の羽とは結び付かないだろうが、その大きさと純白の輝きは間違いなく立珂の羽根だ。
 立珂もそれに気が付いたのか目を丸くしたが、少女の馬鹿にしてくるような態度はそんな話をする気にはなれない。

「この前も抱っこされてたわね。あのね、歩けないからといって努力しなくていいわけじゃないわよ」
「黙れ! 歩く練習も努力もしてる! お前何なんだよ! 入るなって書いてあったろ!」
「口の利き方に気を付けなさい。御璽を使わせるなんてなんて困った子なの。迷惑かけておいて、よくも遊んでれるものね」

 立珂の箱の中にはたくさんの服が並んでいる。侍女が作ってくれた立珂の宝物だ。羽を出しやすいように、恥ずかしくないように、細部まで気を使って作ってくれた立珂のための服だ。
 だが少女は乱暴な手付きで箱から引っ張り出し、裏返したり縫い目を引っ張ったりして作りを確かめている。

「形は変だけど上質な生地じゃない。あなたには分不相応だわ」
「触らないで! それは侍女のみんなが作ってくれたんだよ! 型紙も手作りなんだよ!」
「侍女は宮廷で殿下に仕えるてるのであってあなたの遊び相手じゃないの。返して何かに使ってもらうべきではなくて?」
「やだ! 返してっ!」
「立珂!」

 立珂は弱々しく今にも倒れそうな顔色をしていたが、どんっと体当たりをして愛憐に飛びついた。
 必死に手を伸ばし取り返そうとしている。

「ちょっと! 放しなさいよ!」
「返して! 返してぇ!」
「立珂! 落ち着け! 取り返してやるから!」
「鬱陶しいわね! 放しなさいってば!」
「あっ――」

 立珂は少女が奪った服から手を放さず、少女はいらだった顔で立珂の手を引きはがして振り払った。
 普通なら転ぶ程度だったろうが、か弱く立つことがままならない立珂は思い切り転がり石造りの机にぶつかった。

「う、うう……」
「立珂!」

 立珂の右肩は大きく切れ、どろりと大量の血が流れた。
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