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第二章 蛍宮宮廷
第十三話 護栄退廷
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天藍は薄珂たちが離宮へ移ったことを慶真から報告を受けると、執務室に護栄と玲章を呼び付けた。そこには慶真が連れて来た芳明も並んでいる。
二人とも蛍宮先代皇の悪政に見かねて解放軍を立ち上げ討ち取った仲間で、その時から今でも最も信頼している相手だった。
しかし天藍の目に映る護栄の表情は般若の面のようだった。はあと深くため息を吐き、護栄ではなく玲章に視線をやる。
「立珂の離宮に繋がる全ての場所に立ち入り禁止の札を立てろ。御璽を押印し勅命とする」
「分かっ」
「御璽? 馬鹿なことを言わないで下さい。御璽とは国で最も高位の」
「護栄!」
玲章が頷く前に護栄が止めに入ったが、天藍は執務室が揺れそうなほどの怒号を飛ばした。
さすがの護栄もこれには驚いたようで、びくりと身体を大きく震わせた。
「護栄。お前は謹慎だ。宮廷に立ち入ることはまかりならん」
「何ですって?」
「業務は明日中に引継ぎ自宅へ戻れ。お前には監視を付ける。外出は常に同行させる」
「殿下! それがどんなに愚かな行動か分かっていますか!」
「愚かなのは貴方です、護栄様」
こんこんっ、と机を強めに叩いたのは芳明だ。いつもの患者を包み込む温かいまなざしは無く、眉を顰めて眉間に深いしわを刻んでいる。
「あの子の羽はくすんでしまった。人間でいえば神経症です」
「神経症? 貧血を起こしたとは聞きましたが」
「儂ら有翼人は辛い気持ちが羽に溜まり病となり身を削る。そんなことも知らんのかい」
「……倒れたのは心を病んだからだと?」
「重症化すれば羽は全て黒く染まり最悪死に至る。あんたは言葉であの子を切り裂いたんだよ」
「薄珂が深く愛しているから寝込むだけで済んだ。薄珂がいなければお前は殺人犯になっただろう」
そんな、と護栄は顔を真っ青にしてかたかたと震え出した。有翼人の生態を知らなかったのだろう。
「街の有翼人がこれを知ったらどう思う。やはり蛍宮も有翼人を迫害するのかと思うんじゃないのか」
「……国民には手厚い保護を提供しています」
「けんどお前さんの気に障れば病に追い込まれるんじゃろ? やはり種族の溝は深いんじゃなあ――と儂は感じたよ」
ぎりっと護栄は唇を噛んだ。
いつもの護栄ならば打って返す言葉くらいいくらでも出て来ただろう。しかしそれが出来なくなるほど、立珂を死の危機に追い込んだ恐怖を感じているのかもしれない。般若の面は粉々に打ち砕かれていた。
「俺を想っての行動だというのは分かっている。だがそれで命を奪うことは許されない」
護栄は目に涙を浮かべて震えていた。その涙の意味が悔しさなのか恨みなのか、それとも別の何かなのかは分からない。
けれど護栄が本当に大切なものに気付けないほど愚かではないというのは天藍が一番よく分かっている。
「しばし業務を離れ考えを改めろ。謹慎の期間は追って通達を出す」
「……申し訳ございませんでした。明日中に引継ぎを済ませ退廷いたします」
額が膝につきそうなほど深く頭を下げると、とぼとぼと執務室から出て行った。その縮こまった後ろ姿にはいつもの覇気などみじんも感じられなかった。
問題が片付いたとは言えないが、天藍はどっかりと椅子に座り込み大きなため息を吐いた。
だがそれと同じくらい大きなため息が玲章からも吐き出された。
「で? 誰が一人で三人分働く護栄の穴埋めするんだ?」
「何とかしろ」
「なるか! 護栄抜きで政なんかしたらこの国終わるぞ」
「何とかするんだよ!」
きっと護栄は反省をするだろう。だがその反省と引き換えに、一時とはいえ天藍が失うものはあまりにも大きい。
大きすぎる穴に全員が頭を抱えて項垂れた。
二人とも蛍宮先代皇の悪政に見かねて解放軍を立ち上げ討ち取った仲間で、その時から今でも最も信頼している相手だった。
しかし天藍の目に映る護栄の表情は般若の面のようだった。はあと深くため息を吐き、護栄ではなく玲章に視線をやる。
「立珂の離宮に繋がる全ての場所に立ち入り禁止の札を立てろ。御璽を押印し勅命とする」
「分かっ」
「御璽? 馬鹿なことを言わないで下さい。御璽とは国で最も高位の」
「護栄!」
玲章が頷く前に護栄が止めに入ったが、天藍は執務室が揺れそうなほどの怒号を飛ばした。
さすがの護栄もこれには驚いたようで、びくりと身体を大きく震わせた。
「護栄。お前は謹慎だ。宮廷に立ち入ることはまかりならん」
「何ですって?」
「業務は明日中に引継ぎ自宅へ戻れ。お前には監視を付ける。外出は常に同行させる」
「殿下! それがどんなに愚かな行動か分かっていますか!」
「愚かなのは貴方です、護栄様」
こんこんっ、と机を強めに叩いたのは芳明だ。いつもの患者を包み込む温かいまなざしは無く、眉を顰めて眉間に深いしわを刻んでいる。
「あの子の羽はくすんでしまった。人間でいえば神経症です」
「神経症? 貧血を起こしたとは聞きましたが」
「儂ら有翼人は辛い気持ちが羽に溜まり病となり身を削る。そんなことも知らんのかい」
「……倒れたのは心を病んだからだと?」
「重症化すれば羽は全て黒く染まり最悪死に至る。あんたは言葉であの子を切り裂いたんだよ」
「薄珂が深く愛しているから寝込むだけで済んだ。薄珂がいなければお前は殺人犯になっただろう」
そんな、と護栄は顔を真っ青にしてかたかたと震え出した。有翼人の生態を知らなかったのだろう。
「街の有翼人がこれを知ったらどう思う。やはり蛍宮も有翼人を迫害するのかと思うんじゃないのか」
「……国民には手厚い保護を提供しています」
「けんどお前さんの気に障れば病に追い込まれるんじゃろ? やはり種族の溝は深いんじゃなあ――と儂は感じたよ」
ぎりっと護栄は唇を噛んだ。
いつもの護栄ならば打って返す言葉くらいいくらでも出て来ただろう。しかしそれが出来なくなるほど、立珂を死の危機に追い込んだ恐怖を感じているのかもしれない。般若の面は粉々に打ち砕かれていた。
「俺を想っての行動だというのは分かっている。だがそれで命を奪うことは許されない」
護栄は目に涙を浮かべて震えていた。その涙の意味が悔しさなのか恨みなのか、それとも別の何かなのかは分からない。
けれど護栄が本当に大切なものに気付けないほど愚かではないというのは天藍が一番よく分かっている。
「しばし業務を離れ考えを改めろ。謹慎の期間は追って通達を出す」
「……申し訳ございませんでした。明日中に引継ぎを済ませ退廷いたします」
額が膝につきそうなほど深く頭を下げると、とぼとぼと執務室から出て行った。その縮こまった後ろ姿にはいつもの覇気などみじんも感じられなかった。
問題が片付いたとは言えないが、天藍はどっかりと椅子に座り込み大きなため息を吐いた。
だがそれと同じくらい大きなため息が玲章からも吐き出された。
「で? 誰が一人で三人分働く護栄の穴埋めするんだ?」
「何とかしろ」
「なるか! 護栄抜きで政なんかしたらこの国終わるぞ」
「何とかするんだよ!」
きっと護栄は反省をするだろう。だがその反省と引き換えに、一時とはいえ天藍が失うものはあまりにも大きい。
大きすぎる穴に全員が頭を抱えて項垂れた。
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