人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第二章 蛍宮宮廷

第十二話 回復の兆し

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 慶真の言う通り、立珂が療養する離宮は宮廷からかなり離れていた。
 宮廷の中心に位置する中央庭園を抜け、さらにその先へ進むと木々が増え鬱蒼としてきた。さらに進むと古ぼけた木製の門が出てきて、人がいる場所を通らなくてはいけないのかと思ったがそれとは真逆へ景色は一変した。
 道は舗装されていない獣道で雑草は伸び放題、剪定されていないせいで鬱蒼と生い茂る木々。
 とても皇太子の住まう宮廷の敷地内とは思えないほど荒れているが、薄珂と立珂にしてみれば長年住んでいた森と変わらない。慶都一家は少し驚いているが、立珂の目はどんどん輝いていく。

「薄珂! 森! 森だよ!」
「林だよ。小さい森」
「森だぁ! 好き! こことっても好き! 素敵!」

 立珂はきゃあきゃあとはしゃぎ、今にも薄珂の腕を飛び出しそうだった。
 ようやくいつもの立珂が戻り、慶都一家も嬉しそうに微笑んでくれる。

「気に入ってくれてよかったです。家も気に入ると良いんですが」
「おうち? お部屋があるの?」
「そうですよ。宮廷の人は誰も来ない家です。ほら、あれです」

 慶真が指差した先に見えてきたのは一軒の小屋だった。
 宮廷のように美しい朱塗りではなく、年季の入った木造だ。おそらく宮廷に慣れてる者は倉庫か廃屋に見えるだろう。
 しかし薄珂たちから見れば里にあった慶都一家の家と同じようなくらいだ。

「ここ使っていいの!?」
「ええ。里の家よりも少し狭いですが私たちで住むには十分でしょう」
「……みんなも一緒に来てくれるの?」
「当り前だ! 立珂は俺が守るんだからな!」

 わああ、と立珂は薄珂の腕の中で暴れるように喜んだ。
 しかし身体を放した途端に具合が悪くなるのではと思うとそうもできない。けれどこんなに楽しそうな立珂を縛り付けるのも違う気がして、悩みながら立珂のくすんだ羽を見た。

「……あれ? 立珂、ちょっと立てるか?」
「立てるよ! 今日は脚も元気!」
「慶都、念のため支えてやって」
「分かった! 立珂掴まれ!」

 薄珂はじいっと立珂の羽を見た。ついさっきまでは全体がくすんでいたが、尾の方が白くなってきていた。

(どこかに黒い羽が出るんだっけ。まさかもうあるのか?)

 わさわさと羽を掻き分けると、両翼のちょうど中間あたりに他よりも黒ずんでいる羽が一枚生えていた。

(これか。じゃあ回復してきてるんだ)

 芳明の言葉通りなら、これが完全に黒く染まった頃に抜けばそれで終わる。
 宮廷から出て自然の中に戻っただけでここまで目に見えて回復するとは思っていなかった。

「薄珂、もういい? 遊んでいい?」
「ん? ああ、いや、部屋を用意しないと」
「えー! 後にしようよ! 遊ぼうよ!」
「薄珂くん。部屋は私たちでやっておくので遊んで来てください」
「でも」
「いいから行ってきてください。立珂くんのしたいようにさせてあげましょう」
「……うん。じゃあ遊んで来る」
「いってらっしゃい」

 良しと言われた途端に立珂はぴょんと飛び跳ねた。あっちに土を通った水のにおいがする、色んな花のにおいがする、と体力が尽きるまで散策を続けた。
 体力が尽きたのは日が落ちたころで、元気だった時でもこんなに遊び尽くしたことはない。
 部屋に戻ると白那が寝台を整えてくれていて、薫衣草もたっぷりと置いてある。薄珂は立珂の背もたれになり、羽を挟むようにして寝台に座った。

「立珂ちゃんの羽、元に戻ってきてない?」
「やっぱりそうだよね。こんなすぐ変わると思ってなかった」
「不思議ねえ。芳明先生にいろいろ習った方が良さそうだわ」
「うん。二人で暮らしていくんだから俺がちゃんと分かってないと」

 二人、という言葉に白那はぴくりと瞼を揺らした。
 薄珂に他意はなく、これからも立珂を守っていくという当然のことを言っただけだったが少し悲しそうな顔をしている。

「天藍さんとはお話したの?」
「してない。したくない」
「……そうね。またゆとりができたらでいいわよね」

 白那が言いたいことはおよそ分かる。
 天藍が悪いんじゃない、すぐどうにかしてくれる、先を決めるのはまだ早い――そういったことだろう。それは薄珂にも分かっている。
 けれど薄珂の頭にあるのはどうやったら即契約破棄ができるのか、どうやったら宮廷の敷地から出れるのかということだけだった。
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