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第二章 蛍宮宮廷
第十話 天の助け【後編】
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「今はくすみが全体に広がってるけどそのうち何枚かの羽に全て集まって、背中の真ん中あたりに真っ黒い羽が出てくる。それを抜けばその瞬間するっと治る」
「じゃあまた真っ白になる?」
「お前さんが愛してやればすぐ治る。逆にくすんでるうちは休ませてやる。分かりやすいだろう」
「いつもみたいに側にいるだけでいいの? それとも何かしたほうがいい?」
「特効薬があるよ。後ろから抱いて羽を体で挟んでおやり」
「こう?」
立珂に寄っ掛からせて羽を全て挟み込む。数秒すると立珂はうふふ、と嬉しそうに笑みを溢した。
「これが特効薬だ。羽に溜まった嫌な気持ちが愛情に触れて消えていってるところなんだよ。気持ち良いだろう」
「うん……きもちいい……羽根全部ぎゅーしてもらってるみたい……」
「よしよし。よかったよかった。羽がくすんでたら抱き締めておやり。薄珂の愛が特効薬だ」
「うん、分かった。もう一個聞きたいんだけど、立珂においのせいで気持ち悪くなるんだけど有翼人てみんなそうなの?」
「どの有翼人もだね。それも孔雀先生から聞いてるよ。少し栄養のとれる薬を飲んだ方が良い」
芳明は鞄をごそごそと漁って小さな木箱を取り出した。中には柔らかな薄い紙が敷かれ、茶色い粒がたくさんはいっている。
「これをがりがりと噛んでお食べ。少し苦いがね」
「それなあに……?」
「加密列茶を固めたような物です。芳明先生に教えて頂いて私が調合したんですよ」
立珂は訝しげに茶色い粒を睨んだ。芳明と孔雀が作ったのなら問題はないだろうけれど、見たこともないそれを怖がっているようだった。
一向に手に取ろうとせず、代わりに薄珂が一粒摘まむ。
「これ俺が食べても大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですよ」
薄珂は粒をぱくんと口に放り込み噛み砕いた。いつもと同じ加密列の香りが口いっぱいに広がっていく。
「すっごく濃い加密列茶って感じ。立珂、こっち向いて」
薄珂はもう一粒噛み砕くと、飲み込まずに口移しで立珂に食べさせる。立珂は驚くことも嫌がることもなく、ほうっと安心したように飲み込んだ。
しかしその様子を見て芳明は不思議そうな顔をした。
「薄珂。お前達、親は同じか? 父か母、どっちかが違うんじゃないか?」
「違うと思うけどよく分からない。最初から母親いなかったから」
「ふうん。そうか。鳥獣人は口移しで食べさせる親が多いと聞くが、お前さんはそれか?」
「獣人のこともよく知らないんだ。でも父さんはそうしてくれてたよ。だから誰でもこういうものだと思ってた」
「これは鳥特有の本能らしい。親鳥が雛に口移しで食べさせるというやつだ。そういう種の血が流れてるんだろうね」
「ふふふ。ぼくは薄珂に育ててもらったんだね……」
ついさっきまで暗い顔をしていたのが嘘のように、いつものように明るくにこにこと微笑んでくれる。
立珂を害する事の無い、慣れ親しんだ相手しかいないからだろう。
「これってどれくらい食べればいいの?」
「食べられるならどんどん食べんしゃい。最低でも朝昼晩に五粒ずつだね」
「分かった。立珂、大丈夫だ。食べさせてやるからな」
「薄珂が食べさせてくれるなら食べる……」
「明日は昼頃に診に来る。昼食のあとはここにいておくれよ」
「しばらくは私もここで寝泊まりするので安心して下さい」
「うん。有難う」
芳明は優しく立珂の頭を撫で部屋を出て行った。
見送るべきなのだろうけれど、孔雀が目配せし代わりに見送ってくれたのでそれに甘えることにした。
ぱたんと扉の閉じる音がすると、戻って来た孔雀も立珂の頬を撫でてくれる。
「孔雀先生が芳明先生よんでくれたんだよね……ありがとー……」
「いいえ、殿下が呼んで下さったんですよ」
「天藍が?」
「ええ。お忙しくて抜けられないようなので私が代わりにお連れしました」
「……そう」
聞きたくなかった、というのが薄珂の素直な気持ちだった。
天藍が良くしてくれているのは分かっているし、天藍が立珂をいじめたわけではないことも分かっている。
それでもこの宮廷の主は天藍だ。天藍は立珂を苦しめた人間の頂点にいるのだ。
何に苛立っているのか、何が悔しいのか薄珂は分からなくなっていた。ただ大きな感情が自分の中でぶつかり合っていることだけは分かった。それが伝わったのか、孔雀が頭を撫でてきた。
「今は立珂くんのことだけ考えましょう。他のことはそれからで」
「うん……」
立珂のためになると思い蛍宮にやってきた。それと同時に天藍と共にいられることが嬉しかった。
しかしそう思ったのははるか遠い昔のように感じていた。
「じゃあまた真っ白になる?」
「お前さんが愛してやればすぐ治る。逆にくすんでるうちは休ませてやる。分かりやすいだろう」
「いつもみたいに側にいるだけでいいの? それとも何かしたほうがいい?」
「特効薬があるよ。後ろから抱いて羽を体で挟んでおやり」
「こう?」
立珂に寄っ掛からせて羽を全て挟み込む。数秒すると立珂はうふふ、と嬉しそうに笑みを溢した。
「これが特効薬だ。羽に溜まった嫌な気持ちが愛情に触れて消えていってるところなんだよ。気持ち良いだろう」
「うん……きもちいい……羽根全部ぎゅーしてもらってるみたい……」
「よしよし。よかったよかった。羽がくすんでたら抱き締めておやり。薄珂の愛が特効薬だ」
「うん、分かった。もう一個聞きたいんだけど、立珂においのせいで気持ち悪くなるんだけど有翼人てみんなそうなの?」
「どの有翼人もだね。それも孔雀先生から聞いてるよ。少し栄養のとれる薬を飲んだ方が良い」
芳明は鞄をごそごそと漁って小さな木箱を取り出した。中には柔らかな薄い紙が敷かれ、茶色い粒がたくさんはいっている。
「これをがりがりと噛んでお食べ。少し苦いがね」
「それなあに……?」
「加密列茶を固めたような物です。芳明先生に教えて頂いて私が調合したんですよ」
立珂は訝しげに茶色い粒を睨んだ。芳明と孔雀が作ったのなら問題はないだろうけれど、見たこともないそれを怖がっているようだった。
一向に手に取ろうとせず、代わりに薄珂が一粒摘まむ。
「これ俺が食べても大丈夫?」
「もちろん大丈夫ですよ」
薄珂は粒をぱくんと口に放り込み噛み砕いた。いつもと同じ加密列の香りが口いっぱいに広がっていく。
「すっごく濃い加密列茶って感じ。立珂、こっち向いて」
薄珂はもう一粒噛み砕くと、飲み込まずに口移しで立珂に食べさせる。立珂は驚くことも嫌がることもなく、ほうっと安心したように飲み込んだ。
しかしその様子を見て芳明は不思議そうな顔をした。
「薄珂。お前達、親は同じか? 父か母、どっちかが違うんじゃないか?」
「違うと思うけどよく分からない。最初から母親いなかったから」
「ふうん。そうか。鳥獣人は口移しで食べさせる親が多いと聞くが、お前さんはそれか?」
「獣人のこともよく知らないんだ。でも父さんはそうしてくれてたよ。だから誰でもこういうものだと思ってた」
「これは鳥特有の本能らしい。親鳥が雛に口移しで食べさせるというやつだ。そういう種の血が流れてるんだろうね」
「ふふふ。ぼくは薄珂に育ててもらったんだね……」
ついさっきまで暗い顔をしていたのが嘘のように、いつものように明るくにこにこと微笑んでくれる。
立珂を害する事の無い、慣れ親しんだ相手しかいないからだろう。
「これってどれくらい食べればいいの?」
「食べられるならどんどん食べんしゃい。最低でも朝昼晩に五粒ずつだね」
「分かった。立珂、大丈夫だ。食べさせてやるからな」
「薄珂が食べさせてくれるなら食べる……」
「明日は昼頃に診に来る。昼食のあとはここにいておくれよ」
「しばらくは私もここで寝泊まりするので安心して下さい」
「うん。有難う」
芳明は優しく立珂の頭を撫で部屋を出て行った。
見送るべきなのだろうけれど、孔雀が目配せし代わりに見送ってくれたのでそれに甘えることにした。
ぱたんと扉の閉じる音がすると、戻って来た孔雀も立珂の頬を撫でてくれる。
「孔雀先生が芳明先生よんでくれたんだよね……ありがとー……」
「いいえ、殿下が呼んで下さったんですよ」
「天藍が?」
「ええ。お忙しくて抜けられないようなので私が代わりにお連れしました」
「……そう」
聞きたくなかった、というのが薄珂の素直な気持ちだった。
天藍が良くしてくれているのは分かっているし、天藍が立珂をいじめたわけではないことも分かっている。
それでもこの宮廷の主は天藍だ。天藍は立珂を苦しめた人間の頂点にいるのだ。
何に苛立っているのか、何が悔しいのか薄珂は分からなくなっていた。ただ大きな感情が自分の中でぶつかり合っていることだけは分かった。それが伝わったのか、孔雀が頭を撫でてきた。
「今は立珂くんのことだけ考えましょう。他のことはそれからで」
「うん……」
立珂のためになると思い蛍宮にやってきた。それと同時に天藍と共にいられることが嬉しかった。
しかしそう思ったのははるか遠い昔のように感じていた。
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