人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

文字の大きさ
上 下
49 / 356
第二章 蛍宮宮廷

第八話 追い詰められた立珂【中編】

しおりを挟む
「慶都が帰ってくるまで花畑の中でお散歩しよう。まだ行ってないとこあったろ」
「うん……」

 いつもなら大喜びで眩しい笑顔を見せてくれるのに、もぞもぞと薄珂の腕に籠っていくばかりだ。
 立珂はぷるぷると震えていて、顔色も悪いように見える。落ち込んでいるだけにしては具合が悪そうに見える。

「立珂。孔雀先生とこにするか? 薫衣草畑でごろごろさせてもらうんだ」

 立珂はぴくりと顔を上げた。薫衣草畑が嬉しいのかと思ったが、その目が捕らえているのは薄珂の後ろ側から歩いて来る慶都と白那だった。
 慶都がいれば立珂も元気になるだろうと安心したが、よく見れば二人はうつむいていて取巻く空気は重い。

「どうしたんだ慶都。学舎の時間じゃないのか?」
「俺はあの学舎にいちゃいけないからもう来るなって……」
「そんなわけないだろ。天藍が入れてくれたんだから。おばさん何があったの?」
「私にも何がなんだか。急に呼び出されて、何かと思えばもう来るなの一点張りなのよ」
「……変だね。俺たちも天藍に近付くなって言われたんだ」
「なんですって? 誰に?」
「護栄様って人。礼儀作法を学べって怖い女の人を連れて来た。立珂に無理矢理でも立てっていうんだ」
「まあ! どういうことなの!?」

 全員が怒り困惑していると、眉をひそめた慶真がばたばたと走って来た。
 勢いよく慶都を抱き上げ薄珂と立珂の顔を見る。慶真も立珂がくたりとしているのを見て悔しそうに唇を噛んだ。

「創樹君からもう来られないと連絡がありました」
「創樹が!? 何で! 俺たち何もしてないよ!」
「護栄様が指示したようです。慶都の学舎も莉雹様を招集したのも全て護栄様です」
「あの人なんなの? 俺たちは天藍との約束通りにしてるじゃないか」
「そうです。これは護栄様の独断で完全な越権行為。私から殿下に報告するので気にする必要ありません」
「でも俺らが邪魔なんでしょ」
「違います。仮に護栄様がそう思っても殿下が許しません。今日はお昼を食べてゆっくり休んで下さい」

 慶都の両親に背を撫でられながら部屋に戻ったが、立珂はやはり薄珂の腕の中から出てこなかった。
 いつもなら立珂を守ると言ってくれる慶都も母親の膝の上で丸まっている。
 誰も一言も発することなく、その日はぼんやりと一日が過ぎていった。
 重い空気のまま夜が明け、翌日になっても立珂は元気を取り戻さなかった。薄珂の膝の間にちょこんと座り、足にしがみついたり正面から抱き着いたりと落ち着く場所を探しているようだった。

「お花畑行くか? 天気良いから気持ちいいぞ」
「んーん。薄珂とぎゅーする」
「どこでもぎゅーするぞ。お花畑でもどこでもぎゅーだ」
「……じゃあお着換えする」
「そうだな。みんなが作ってくれた腰布使おう」
「ん……」

 立珂はようやく顔を上げてくれた。笑顔とは言えないが動く気持ちになってくれたのは嬉しい。いつものように抱いて部屋を出た。
 服は香の焚いていない収納部屋に移動されていて、着替える時はそこへ行くことになっている。
 行けば侍女の誰かしらがいるだろうと思ったが、そこにいたのは侍女だけではなかった。

「それも、そちらも。全て出しなさい」
「ですがこれは全て立珂様の」
「いいから出しなさい。護栄様のご指示ですよ」
「お前! 何してんだ!」
「まあ、嫌な時にいらしたこと」

 侍女を動かしているのは莉雹だった。立珂のために作られた服は全て衣装棚から引っ張り出され、収納箱に詰め込まれていた。

「なに、なにしてるの。それみんなが僕のためにつくってくれたんだよ」
「存じております。まったく。何故そんな勝手を?」
「勝手ではございません。殿下がお二人には過ごしやすさを第一にと」
「限度があります。今後このような無駄遣いはなりません」
「無駄じゃない! 立珂が楽しく過ごすために必要なんだ!」
「生地は宮廷の費用で用意されたもの。子供一人が乱用して良い物ではありませんよ」
「莉雹様。それは殿下のお言葉ではないでしょう」
「お黙りなさい。それと侍女には侍女の仕事がございます。個人的な服作りは職掌にございません。わがままはお止め下さいませ」
「そんな。殿下はそんな風には」

 その場にいた侍女の全員が不満を全面に押し出していた。今にも噛みつきそうな顔をした侍女もいるが、怒りが破裂する前にきゃあという悲鳴が上がった。
 立珂がずるりと薄珂の腕から抜け落ち、どさりと床に横たわったのだ。

「立珂!?」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

ニケの宿

水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。 しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。 異なる種族同士の、共同生活。 ※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。  キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。  苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

あの日の記憶の隅で、君は笑う。

15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。 その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。 唐突に始まります。 身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません! 幸せになってくれな!

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

処理中です...