人と獣の境界線

蒼衣ユイ/広瀬由衣

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第二章 蛍宮宮廷

第七話 少年狂いの皇太子【中編】

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「国内は許可してますが隊商は困りますね。輸出価格に影響が出ます」
「ですが一斉に禁止というわけにもいきません。羽根以外に収入が無いのなら生活ができなくなります」
「有翼人は生活保護法がありますし実態調査もしています。が、不足があるのかもしれませんね。早急に調査をしましょう」
「羽根製品の売れ行きが悪いのもこの影響ではないでしょうか。羽根が手に入るなら商品を買う必要がありません」
「羽根の取り扱いを見直した方が良いな。護栄、対策は取れるか」
「簡単な着想ですが、国内全域で交換不可、ただし宮廷で換金を行うというのはいかがでしょう」
「まあいいだろう。草案を明日までに出せ」
「承知致しました。現場の詳細をうかがいたいのですが、これは慶真殿が調べたんですか?」
「いえ。薄珂君と立珂君と買い物に出た時にたまたま目にしたんです」
「ほう」

 薄珂の名が出て天藍はぴくりと身体を揺らした。その反応を護栄は見逃さなかった。

「二人は森育ちなので疑問に思うことが多いようです。有翼人は水道水がにおうので使えないとも言っていました。どうやら有翼人の居住区は改善が必要そうです」
「何も知らないからこそ気付けることもあるか。よし、薄珂と立珂には俺が話を聞いて」
「いいえ。それは私が致します」

 護栄が立ち上がろうとした天藍の肩をがしっと押さえつけた。
 政治やら経済やらの話は傍観するしかない玲章だが、なにやら面白そうな争いの予感に目を光らせた。

「二人はまだ子供だ。いきなりこんな話をしても」
「では確認項目を書き出しますので慶真殿が聞いてきて下さい。殿下が直接会うことはお控え下さい」
「別に会うくらいいいだろ。もうふた月も会ってないんだぞ。私生活にまで口出してくるなよ」

 天藍がぶつぶつと文句を言うと、護栄が額に青筋を立てて机を叩いた。その場の全員がびくりと震えあがる。

「なんだよ。どうし」
「皇太子殿下は少年狂い」
「は?」
「皇太子殿下は少年狂い!」

 護栄はぎろりと天藍を睨んだ。
 刺すような鋭い視線と怒りが吹き荒れる存在感はまるで巨大化しているような錯覚に陥っていく。

「獣人の少年を恋人にし! 有翼人の少年を囲い! 彼らの世話役に少年を連れ込み! 部下の息子を国営の学舎にねじ込む! しかも私に無断で下働きを増やしましたね! 少年ばかり二十名も!」
「成人の男も女もい」
「少年だけが取り上げられるほど少年狂いが噂になってるんです!」
「下働きは孤児だ。この前の遠征先で子供が大勢捨てられてて、見捨てるわけにいかないだろう」
「ならば養護施設へ入れ生活保護を申請なさい! 掃除だの洗濯だのと侍女で回っている仕事を譲ってまで宮廷に置いたんです! 書庫の本棚を置き換える必要はありませんよ! 獣人保護区改修で予算は限界です! 少年たちの給与はどこから出ると思ってるんです!」
「いや、一応目的はあって」
「どんな目的でも少年狂いを促進していいわけないでしょう!」
「そんなつもりはない!」
「殿下になくてもそうなってるんです! 殿下が十代の少年を集める性癖であるという噂は着実に広まっています!」
「性癖じゃない! 立珂は利益を生んでるしそれには薄珂が必要だ! 慶都は貴重な鳥獣人で庇護が必要な子供じゃないか!」
「彼らが悪いと言ってるのではありません! 殿下のやり方が悪いと言っているんです!」
「う……」

 護栄は持っていた書類から何枚もの紙を取り出し並べた。
 それらには「陳情書」と書いてあり、宮廷へ諸々の要望が書かれている。玲章が数枚手に取り目を通すと、その中には薄珂と立珂への苦情が書き連ねられていた。
 多くは業務を妨げるほどのはしゃぎぶりと侍女の過剰な接待による生活の不平等さについてだ。
 それは立珂に必要な物として天藍が許可したものではあるが、上から見てるだけの者と現場を担う者とでは感じるものが違う。
 厳しい規則のある宮廷においてあまりにも自由が過ぎ、懸命に働く者が不満に思うのは当然だ。

「入廷前に礼儀作法の教育を受けることを契約に含めるようお願いしたのにそれもしない。しかも慶都殿を人目に付く学舎に入れるとは何事です。鷹獣人が見つかれば良くて誘拐、最悪殺されるのですよ!」
「だから慶都には警備を付けてるだろ。獣化もしてないじゃないか。漏れることは無い」
「そうですか。ですが慶都殿と親しい下働きの少年は彼が鷹であることを知っていましたよ」
「な……!」
「慶都殿から漏れずともその他の子供は違う。無邪気で悪気が無いからこそ手が打てない。人の口に戸は立てられぬのです」

 少年狂いという個人的な話かと思いきや、思いの外大きな話であったことに玲章は思わず黙った。
 何しろ捨てられた子供の保護を天藍に頼んだのは玲章だった。心優しい皇太子と讃えられることはあってもまさか評判を下げるとは思ってもいなかったのだ。
 これ以上ここで何を言っても得は無いと判断し、玲章はすうっと気配を消した。

「彼らは蛍宮に重要な存在。だからこそ誰もが納得する手順で最高の保護を提供する必要があります。なのにこれほどの苦情が出ては厳しい対応をせざるを得ません」
「それは……」

 玲章はもはや立ち向かおうと思っていないが、立ち向かう意欲のあるであろう天藍ですら言葉を失った。
 せめて言い返すことができれば違っただろうに、護栄は呆れ果てたようにため息を吐いた。 

「私には薄珂殿への執着で殿下の思考が鈍っているようにみえる」
「そんなことはない!」
「殿下がどういうつもりでも周囲にそう見えているから『少年狂い』などと言われるのですよ」
「護栄様。それは殿下が親しみやすいからこそ揶揄されているだけで」
「それが問題なのです! 今どなたがいらしてるかお忘れか!」
「あ……」

 全員がはっと何かに気付き顔色を変えた。
 天藍はげんなりとして頭を抱え、政治に携わらない慶真ですら慌てたような顔をしている。そしてその理由は全く政治を理解しない玲章でも分かった。
 
「明恭の小娘が来てたんだっけか……」
「北方最大の軍事国家、明恭の第一皇女にしてこの度の視察代表である愛憐姫です!」
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