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第二章 蛍宮宮廷
第五話 立珂の羽根【後編】
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歩いている有翼人を見ると、明らかに羽の大きさが違う。大きな羽をしているのは全て女性だ。
男性はそこまで小さくしなくても、と言いたくなるほど小さい人もいる。
「羽は大きい方が美しく宝石を付けた方が魅力的。女性有翼人の美の基準だ」
「そんなの重くなっちゃうよ。僕絶対やだ」
「男性有翼人はそう言うね。軽い服ならこいつが一番の売れ筋だ。うちで仕立ててる特注品」
「どれどれ? ぼく服大好きだよ。お洒落なの大好き」
興味の向く話で気分が持ち上がったのか、立珂は薄珂の腕から降りて店主の出してくれた服を覗き込んだ。
それは薄手で留め具も少なくとても動きやすそうだった。しかし薄珂と立珂はこの服には見覚えがあった。
「宮廷で作ってもらったのと似てるな。侍女の、誰だっけ」
「美星さんだよ。美星さんが作ってくれたのにそっくり。一番のお気に入りだよ」
侍女は皆綺麗な生地を持って来てくれるが、美星は特にたくさんの変わった生地を見せてくれる。
高級なものから一般家庭で馴染みのあるものまで、多種多様揃えてくれるので立珂はいつも興奮していた。
(そういえばこの人の服の生地、立珂にくれた生地にあった気がする。もしかしてこの人)
じっと男を見つめていると、ばたんと勢いよく扉を開いて店の奥から一人の女性が飛び込んできた。
「立珂様!」
「あ! 美星さんだー!」
「声がするので来てみれば。お着きになられたら呼んでと言ったじゃありませんか、お父様」
「すまんすまん。つい盛り上がってしまった。慶真様もご紹介下さらないからこれは黙ってた方が良いのかと」
「えっ? おじさん知ってて来たの?」
「羽根商品が揃ってる店は他にないですからね。事前にお願いしておいたんです」
「じゃあ来る予定の偉い人って」
「お待ちしておりました、立珂様。美星の父、響玄と申します」
響玄は手を組み深々と頭を下げた。顔は似ていないが美しい所作は美星に負けず劣らずだ。
にこりと穏やかにほほ笑むを、響玄はずいっと一歩立珂に歩み寄った。
「して、羽根をお売りいただけるので?」
「いいよ! 美星さんのお父さんならいっぱいあげる!」
「駄目です! 駄目ですよ立珂君!」
「う? どうして? 美星さんのお父さんだよ?」
「それでもです。殿下以外にはあげてはいけないという約束です」
「ははは。分かっておりますよ。しかし殿下直々の専属契約は納得です。これほど美しい羽根は他にない」
「そうでしょう! 薄珂が毎日お手入れしてくれるからね!」
「薄珂様が。ほお、それはどういった手入れをなさるのです」
「どう? どう……」
毎日の水浴びを脳内で再生してみるが、特に変わったことをしているつもりはない。
立珂は石鹸で羽を洗うのを嫌うので水洗いをするだけだ。座って正面から抱っこして、薄珂にぎゅうとしがみつきくっついている立珂の羽に手を差し込んでわしゃわしゃとかき回す。水切りができたらそれで終わりだ。
特別な道具を使うわけでもないし、場所にこだわりがあるわけでもない。ただ手入れされるのが気持ち良いのか、立珂は途中で眠くなってしまうことが多い。
ころんと転がっても大丈夫なように、ふかふかな枕を敷き詰めておくことにしているがそれくらいだ。
「洗ってわしゃわしゃするだけだよ。特別な事はしてない」
「だけじゃないよ! 薄珂はね、いっぱい褒めてくれる! 立珂の羽は綺麗だって言ってくれてるの! それで終わったら一緒に寝るんだよ!」
「羽わしゃわしゃすると眠くなるもんな、立珂は」
「そうなの。薄珂がわしゃわしゃしてくれるとすぐ眠くなっちゃうの。んふふ」
立珂はふにゃふにゃに頬を緩めて薄珂に頬ずりをした。
以前は別々の寝台で寝ていたが蛍宮に来てからは一緒に寝ることが多くなり、最近は一緒に寝るのが日常になっていた。それもにおいが気になるからだったのかもしれないが、今もまだ一緒に眠っている。
兄弟が頬を寄せるのを見て、ぽんっと響玄が手を叩いた。
「そうか、それですね。有翼人の羽は身心の状態が影響します。立珂様の羽は薄珂様の愛情の結晶なのです」
響玄はそっと立珂の羽に触れ、ほうっとため息を吐いた。
「これほど無垢な愛情は見たことが無い」
「うふふ。そうだよ。薄珂は僕をいっぱい幸せにしてくれるの」
「立珂はすごく可愛いからな。立珂の笑顔が見れるのが俺の幸せなんだ」
立珂はまたぎゅうぎゅうと薄珂を抱きしめた。
薄珂にとってはこれが日常で、そんなに褒め称えられるものとは思ってもいなかったので少し歯がゆい。
「奇跡のような美しさだ。いや、お会いできてよかった。いつか理由を付けて美星について行ってやろうと思っていたのです」
「これ冗談じゃないんですよ。本当に宮廷の前まで付いてきたんです」
「ちらりとでも拝見できないかと」
響玄はごまかす様に笑うと再び立珂の羽に見惚れた。
その目線を弄ぶかのように立珂がふりふりと羽を揺らして見せると目で追い続ける。
明らかに欲しがっているのが分かり、気分が良さそうな立珂はわくわくして慶真に顔を向けた。
「おじさん、一枚だけあげちゃ駄目?」
「駄目ですよ。専属契約なんですから」
「でも美星さんのお父さんだし、こんなに良くしてくれてるのに」
「駄目です」
「立珂様。その御心だけで十分です。それに父は欲深なので付き合っていたらきりがありません」
「商人ならばこの羽に魅了されないわけがないだろう」
「ご本人を目の前に止めて下さい。みっともない」
美星は父を諫めたがやはり響玄はうっとりと羽を見つめている。
立珂は不満げに慶真を見るが、慶真は首を左右に振るだけだった。
「面倒だね、専属契約って。僕の羽根なのにさ」
「じゃあ辞めるか? 立珂が嫌なら無理に続ける必要ないぞ」
「そしたら宮廷出なきゃいけないじゃない。天藍に会えなくなるよ」
「このひと月会ってないよ。こっちから会う方法も無いし」
ふん、と薄珂は口を尖らせた。
言っていて我ながらむなしくなったが、慰めるかのように立珂が頬をすり寄せてくれる。
「これじゃ何のために来たのか分かんないね」
「里に戻るか? そうしたら好きに羽根をあげられるぞ」
「それもいいな。好きにしたいもん。あ、でも慶都に会えなくなっちゃうのは嫌」
「立珂が戻るなら俺も戻るぞ。俺はいつでも立珂と一緒だ」
薄珂と立珂は顔を見合わせてうんうんと頷いた。白那は苦笑いをしていたが、ぎょっとしたのは慶真と事情を知っている創樹だった。
「待って下さい。それは殿下がお決めになることです」
「決めるのは立珂だよ。契約は更新しなきゃいいんだし」
「でも侍女のみんなと会えなくなるの寂しい」
「私共はいつでも会えますとも。皆街に家がありますから」
「それなら我が家に空き部屋がございますのでお使い下さい。立珂様と薄珂様なら大歓迎です」
「本当!? それもいいな! 羽根なんてどうせ毎日抜けるからあげられるし」
「ほお。それは夢のようですね」
響玄はぎらぎらと目を輝かせ喜んでいるが、今度は創樹が割って入った。
「そういうのはゆっくり考えろよ! それより立珂の喜ぶ場所があるんだ! 日が暮れる前に行かないか!?」
「立珂が喜ぶなら行く。どこ?」
「見てのお楽しみ。じゃあ行くぞ!」
「はあい。美星さん、おじさん、有難う。また来るね」
「ええ。いつでもお越しください」
慶真と創樹はいそいそと店の外に出た。慶都はあまりよく分かっていなかったが、白那はくすくすと笑っている。
しかしその時、立珂が慶真に見えないように薄珂の袖を引っ張った。
「薄珂。耳貸して」
立珂はこしょこしょと耳打ちをした。嬉しそうに笑う立珂の笑顔が可愛くて、薄珂は立珂の言葉に小さく頷いた。
すると立珂はこっそりと羽根を一枚引き抜くと、響玄に差出にこりと微笑んだ。
「立珂様、これは、しかし」
「しーっ。内緒ね。内緒だよ。怒られちゃうからね」
立珂がいたずら小僧の顔でくくっと笑うと、慶真が早く行きましょうと声を上げた。見つかる前に行こうと薄珂は立珂を抱き上げる。
「とっても楽しかった! また来るね!」
「お待ちしております」
こうして立珂は満足げな笑みを浮かべ、大人しく創樹の案内する先へと向かった。
男性はそこまで小さくしなくても、と言いたくなるほど小さい人もいる。
「羽は大きい方が美しく宝石を付けた方が魅力的。女性有翼人の美の基準だ」
「そんなの重くなっちゃうよ。僕絶対やだ」
「男性有翼人はそう言うね。軽い服ならこいつが一番の売れ筋だ。うちで仕立ててる特注品」
「どれどれ? ぼく服大好きだよ。お洒落なの大好き」
興味の向く話で気分が持ち上がったのか、立珂は薄珂の腕から降りて店主の出してくれた服を覗き込んだ。
それは薄手で留め具も少なくとても動きやすそうだった。しかし薄珂と立珂はこの服には見覚えがあった。
「宮廷で作ってもらったのと似てるな。侍女の、誰だっけ」
「美星さんだよ。美星さんが作ってくれたのにそっくり。一番のお気に入りだよ」
侍女は皆綺麗な生地を持って来てくれるが、美星は特にたくさんの変わった生地を見せてくれる。
高級なものから一般家庭で馴染みのあるものまで、多種多様揃えてくれるので立珂はいつも興奮していた。
(そういえばこの人の服の生地、立珂にくれた生地にあった気がする。もしかしてこの人)
じっと男を見つめていると、ばたんと勢いよく扉を開いて店の奥から一人の女性が飛び込んできた。
「立珂様!」
「あ! 美星さんだー!」
「声がするので来てみれば。お着きになられたら呼んでと言ったじゃありませんか、お父様」
「すまんすまん。つい盛り上がってしまった。慶真様もご紹介下さらないからこれは黙ってた方が良いのかと」
「えっ? おじさん知ってて来たの?」
「羽根商品が揃ってる店は他にないですからね。事前にお願いしておいたんです」
「じゃあ来る予定の偉い人って」
「お待ちしておりました、立珂様。美星の父、響玄と申します」
響玄は手を組み深々と頭を下げた。顔は似ていないが美しい所作は美星に負けず劣らずだ。
にこりと穏やかにほほ笑むを、響玄はずいっと一歩立珂に歩み寄った。
「して、羽根をお売りいただけるので?」
「いいよ! 美星さんのお父さんならいっぱいあげる!」
「駄目です! 駄目ですよ立珂君!」
「う? どうして? 美星さんのお父さんだよ?」
「それでもです。殿下以外にはあげてはいけないという約束です」
「ははは。分かっておりますよ。しかし殿下直々の専属契約は納得です。これほど美しい羽根は他にない」
「そうでしょう! 薄珂が毎日お手入れしてくれるからね!」
「薄珂様が。ほお、それはどういった手入れをなさるのです」
「どう? どう……」
毎日の水浴びを脳内で再生してみるが、特に変わったことをしているつもりはない。
立珂は石鹸で羽を洗うのを嫌うので水洗いをするだけだ。座って正面から抱っこして、薄珂にぎゅうとしがみつきくっついている立珂の羽に手を差し込んでわしゃわしゃとかき回す。水切りができたらそれで終わりだ。
特別な道具を使うわけでもないし、場所にこだわりがあるわけでもない。ただ手入れされるのが気持ち良いのか、立珂は途中で眠くなってしまうことが多い。
ころんと転がっても大丈夫なように、ふかふかな枕を敷き詰めておくことにしているがそれくらいだ。
「洗ってわしゃわしゃするだけだよ。特別な事はしてない」
「だけじゃないよ! 薄珂はね、いっぱい褒めてくれる! 立珂の羽は綺麗だって言ってくれてるの! それで終わったら一緒に寝るんだよ!」
「羽わしゃわしゃすると眠くなるもんな、立珂は」
「そうなの。薄珂がわしゃわしゃしてくれるとすぐ眠くなっちゃうの。んふふ」
立珂はふにゃふにゃに頬を緩めて薄珂に頬ずりをした。
以前は別々の寝台で寝ていたが蛍宮に来てからは一緒に寝ることが多くなり、最近は一緒に寝るのが日常になっていた。それもにおいが気になるからだったのかもしれないが、今もまだ一緒に眠っている。
兄弟が頬を寄せるのを見て、ぽんっと響玄が手を叩いた。
「そうか、それですね。有翼人の羽は身心の状態が影響します。立珂様の羽は薄珂様の愛情の結晶なのです」
響玄はそっと立珂の羽に触れ、ほうっとため息を吐いた。
「これほど無垢な愛情は見たことが無い」
「うふふ。そうだよ。薄珂は僕をいっぱい幸せにしてくれるの」
「立珂はすごく可愛いからな。立珂の笑顔が見れるのが俺の幸せなんだ」
立珂はまたぎゅうぎゅうと薄珂を抱きしめた。
薄珂にとってはこれが日常で、そんなに褒め称えられるものとは思ってもいなかったので少し歯がゆい。
「奇跡のような美しさだ。いや、お会いできてよかった。いつか理由を付けて美星について行ってやろうと思っていたのです」
「これ冗談じゃないんですよ。本当に宮廷の前まで付いてきたんです」
「ちらりとでも拝見できないかと」
響玄はごまかす様に笑うと再び立珂の羽に見惚れた。
その目線を弄ぶかのように立珂がふりふりと羽を揺らして見せると目で追い続ける。
明らかに欲しがっているのが分かり、気分が良さそうな立珂はわくわくして慶真に顔を向けた。
「おじさん、一枚だけあげちゃ駄目?」
「駄目ですよ。専属契約なんですから」
「でも美星さんのお父さんだし、こんなに良くしてくれてるのに」
「駄目です」
「立珂様。その御心だけで十分です。それに父は欲深なので付き合っていたらきりがありません」
「商人ならばこの羽に魅了されないわけがないだろう」
「ご本人を目の前に止めて下さい。みっともない」
美星は父を諫めたがやはり響玄はうっとりと羽を見つめている。
立珂は不満げに慶真を見るが、慶真は首を左右に振るだけだった。
「面倒だね、専属契約って。僕の羽根なのにさ」
「じゃあ辞めるか? 立珂が嫌なら無理に続ける必要ないぞ」
「そしたら宮廷出なきゃいけないじゃない。天藍に会えなくなるよ」
「このひと月会ってないよ。こっちから会う方法も無いし」
ふん、と薄珂は口を尖らせた。
言っていて我ながらむなしくなったが、慰めるかのように立珂が頬をすり寄せてくれる。
「これじゃ何のために来たのか分かんないね」
「里に戻るか? そうしたら好きに羽根をあげられるぞ」
「それもいいな。好きにしたいもん。あ、でも慶都に会えなくなっちゃうのは嫌」
「立珂が戻るなら俺も戻るぞ。俺はいつでも立珂と一緒だ」
薄珂と立珂は顔を見合わせてうんうんと頷いた。白那は苦笑いをしていたが、ぎょっとしたのは慶真と事情を知っている創樹だった。
「待って下さい。それは殿下がお決めになることです」
「決めるのは立珂だよ。契約は更新しなきゃいいんだし」
「でも侍女のみんなと会えなくなるの寂しい」
「私共はいつでも会えますとも。皆街に家がありますから」
「それなら我が家に空き部屋がございますのでお使い下さい。立珂様と薄珂様なら大歓迎です」
「本当!? それもいいな! 羽根なんてどうせ毎日抜けるからあげられるし」
「ほお。それは夢のようですね」
響玄はぎらぎらと目を輝かせ喜んでいるが、今度は創樹が割って入った。
「そういうのはゆっくり考えろよ! それより立珂の喜ぶ場所があるんだ! 日が暮れる前に行かないか!?」
「立珂が喜ぶなら行く。どこ?」
「見てのお楽しみ。じゃあ行くぞ!」
「はあい。美星さん、おじさん、有難う。また来るね」
「ええ。いつでもお越しください」
慶真と創樹はいそいそと店の外に出た。慶都はあまりよく分かっていなかったが、白那はくすくすと笑っている。
しかしその時、立珂が慶真に見えないように薄珂の袖を引っ張った。
「薄珂。耳貸して」
立珂はこしょこしょと耳打ちをした。嬉しそうに笑う立珂の笑顔が可愛くて、薄珂は立珂の言葉に小さく頷いた。
すると立珂はこっそりと羽根を一枚引き抜くと、響玄に差出にこりと微笑んだ。
「立珂様、これは、しかし」
「しーっ。内緒ね。内緒だよ。怒られちゃうからね」
立珂がいたずら小僧の顔でくくっと笑うと、慶真が早く行きましょうと声を上げた。見つかる前に行こうと薄珂は立珂を抱き上げる。
「とっても楽しかった! また来るね!」
「お待ちしております」
こうして立珂は満足げな笑みを浮かべ、大人しく創樹の案内する先へと向かった。
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