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第二章 蛍宮宮廷
第一話 薄珂と立珂の日常【後編】
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中央庭園に着くと四阿で侍女がお茶とお茶菓子を摘まみながら休憩をしていた。けれど立珂を見つけると我先にと駆け寄って来てくれる。
「まあ! 今日は向日葵色の立珂様ですね!」
「お似合いですわ。やっぱり立珂様は明るい色が良いですわね」
「えへへ。有難う! とっても綺麗な色だよね!」
侍女とはすっかり仲良くなった。年は近かったり離れていたりと様々だが、皆立珂に良くしてくれている。
友達になってくれた侍女たちが微笑ましそうに見守る中、立珂をゆっくり芝生に降ろすと確かめるようにぐっぐっと足に力を入れている。
ちゃんと立てると確認できたのか、抱きしめていた薄珂の腕から少しだけ身体を放す。
「ゆっくりでいいからな」
「うん。右足からね」
立珂はそろりと右足を前に出した。次は左足、次はまた右足。少し前のめりだが一歩ずつゆっくり自分の足で前へ進んで行く。
うまい具合に歩き続けたが、少しだけ地面がへこんでいるところに足を取られてかくんと立珂の膝から力が抜けていしまう。転びそうになるのを薄珂が受け止め、二人でころころと芝生に転がった。
しかし芝生は手入れがしっかりとされていて、立珂の羽ほどではないがふかふかなので怪我もしない。
薄珂は立珂が元気に転がれるとすらも嬉しくて、立珂も嬉しいのか満面の笑みで抱きしめてくれる。
「薄珂おひさまのにおいする!」
「立珂がいっぱい遊んでくれるからな」
「んふふ! じゃあ次は四阿まで行くよ! そしたら休憩する!」
「ではお茶を淹れましょう。待っているのでゆっくりいらしてくださいませ」
侍女はいそいそと四阿へ戻り、薄珂と立珂はじゃれながら四阿へ向かう。その後も少し歩いて休憩し、また少し歩いて休憩をする。これを何度も繰り返し、気付けば一刻が経っていた。
休憩している間は羽に熱が籠らないよう侍女が扇いでくれているが、少しすると立珂の身体がぐらりと揺れて薄珂の膝に倒れ込んだ。
「立珂様! どうなさいました!」
「誰か! 医師を呼びなさい! 早く!」
「あ、平気平気。眠いだけなんだ」
見ると立珂は薄珂の膝でぷうぷうと寝息を立てていた。歩き疲れたのかうっすら汗をかいていて、侍女はほうっと安堵のため息を吐きながら汗を拭ってくれる。
「立珂様はお昼寝が多くてらっしゃいますね。お具合がお悪いのではないのですか?」
「体力無いから疲れるのが早いんだ。それに人がたくさんいる生活にも慣れてないしね」
薄珂と立珂は物心ついた時から父と三人きりで生活していた。獣人の里も十五人ばかりとそこまで多くはない。
だがここには侍女だけでも数十名、他にも数えきれないほどの人がいる。そのほとんどに薄珂と立珂は関りが無く会話する事も無い。だが彼らは薄珂と立珂相手どころかほとんど誰とも会話をしない。どこかでは話すのだろうが、薄珂は彼等が仲良く笑いあっている姿は見たことが無かった。
(宮廷って変なところだよな。里はみんな仲良かったのに。人里はどこもこんな冷たいのかな)
彼等一人一人がどういう人物なのか走らないが、冷ややかにも感じる宮廷の静けさに薄珂は気後れしていた。
薄珂以上に立珂は慣れないようで、人とすれ違うと薄珂にしがみつき顔を隠してしまう。里ではすぐに馴染んでいたから人見知りというわけではないのだろう。だが大自然の森しか知らない場所で、一人ではまだ動き回ることのできない立珂はどこも恐ろしく感じるのかもしれない。
元気に動き回るのは一刻が限界なようで、それが過ぎるとぱたりと眠ってしまうのだ。立珂はぷうぷうと寝息を立てていたが、きゅっと薄珂の指を握ってしゃぶり始めた。
「これは本域で寝ちゃうな。少し二人にしてもらってもいい?」
「承知致しました。何かあればお呼び下さい」
侍女たちはぺこりと頭を下げると傍にいることを粘らずあっさりと離れて行った。
慣れるまでは二人きりの時間もたっぷりと取りたくて、立珂が疲れた時はあまり傍にいすぎないようにして欲しいと頼んだのだ。
(可愛がってくれるのは有難いけどずっと一緒だと申し訳ない気になるんだよね。立珂は俺にも気を使ってたし)
立珂は一人では歩けず着替えもまともにできなかった。何をするにも薄珂が必要だったが、それを面倒だとか鬱陶しいなんて思ったことは一度もない。頼ってくれるのも甘えてくれるのも、立珂を独り占めできるから幸せでしかない。
けれど立珂はじっとしていることが多かった。慶都の家に住めるとなった時も自分は何もできず迷惑をかけるというのを気にしていた。
口には出さないのは何も思っていないからではない。言いたくても気を使って我慢してきたのだ。
侍女に対しても何かしら申し訳なく思うこともあるだろう。その分気疲れすることもあり、それがこうして現れているように思えた。
「大丈夫だぞ。俺しかいないからな」
辺りから侍女たちが身に纏っていた香のにおいがしなくなると、ようやく立珂は穏やかな顔でぷうぷうと寝息を立て始めた。
不自由がなく襲われる心配の無い生活は有難い。けれど歩けなかった頃のように昼寝が増えていることに薄珂は不安を覚え始めていた。
「まあ! 今日は向日葵色の立珂様ですね!」
「お似合いですわ。やっぱり立珂様は明るい色が良いですわね」
「えへへ。有難う! とっても綺麗な色だよね!」
侍女とはすっかり仲良くなった。年は近かったり離れていたりと様々だが、皆立珂に良くしてくれている。
友達になってくれた侍女たちが微笑ましそうに見守る中、立珂をゆっくり芝生に降ろすと確かめるようにぐっぐっと足に力を入れている。
ちゃんと立てると確認できたのか、抱きしめていた薄珂の腕から少しだけ身体を放す。
「ゆっくりでいいからな」
「うん。右足からね」
立珂はそろりと右足を前に出した。次は左足、次はまた右足。少し前のめりだが一歩ずつゆっくり自分の足で前へ進んで行く。
うまい具合に歩き続けたが、少しだけ地面がへこんでいるところに足を取られてかくんと立珂の膝から力が抜けていしまう。転びそうになるのを薄珂が受け止め、二人でころころと芝生に転がった。
しかし芝生は手入れがしっかりとされていて、立珂の羽ほどではないがふかふかなので怪我もしない。
薄珂は立珂が元気に転がれるとすらも嬉しくて、立珂も嬉しいのか満面の笑みで抱きしめてくれる。
「薄珂おひさまのにおいする!」
「立珂がいっぱい遊んでくれるからな」
「んふふ! じゃあ次は四阿まで行くよ! そしたら休憩する!」
「ではお茶を淹れましょう。待っているのでゆっくりいらしてくださいませ」
侍女はいそいそと四阿へ戻り、薄珂と立珂はじゃれながら四阿へ向かう。その後も少し歩いて休憩し、また少し歩いて休憩をする。これを何度も繰り返し、気付けば一刻が経っていた。
休憩している間は羽に熱が籠らないよう侍女が扇いでくれているが、少しすると立珂の身体がぐらりと揺れて薄珂の膝に倒れ込んだ。
「立珂様! どうなさいました!」
「誰か! 医師を呼びなさい! 早く!」
「あ、平気平気。眠いだけなんだ」
見ると立珂は薄珂の膝でぷうぷうと寝息を立てていた。歩き疲れたのかうっすら汗をかいていて、侍女はほうっと安堵のため息を吐きながら汗を拭ってくれる。
「立珂様はお昼寝が多くてらっしゃいますね。お具合がお悪いのではないのですか?」
「体力無いから疲れるのが早いんだ。それに人がたくさんいる生活にも慣れてないしね」
薄珂と立珂は物心ついた時から父と三人きりで生活していた。獣人の里も十五人ばかりとそこまで多くはない。
だがここには侍女だけでも数十名、他にも数えきれないほどの人がいる。そのほとんどに薄珂と立珂は関りが無く会話する事も無い。だが彼らは薄珂と立珂相手どころかほとんど誰とも会話をしない。どこかでは話すのだろうが、薄珂は彼等が仲良く笑いあっている姿は見たことが無かった。
(宮廷って変なところだよな。里はみんな仲良かったのに。人里はどこもこんな冷たいのかな)
彼等一人一人がどういう人物なのか走らないが、冷ややかにも感じる宮廷の静けさに薄珂は気後れしていた。
薄珂以上に立珂は慣れないようで、人とすれ違うと薄珂にしがみつき顔を隠してしまう。里ではすぐに馴染んでいたから人見知りというわけではないのだろう。だが大自然の森しか知らない場所で、一人ではまだ動き回ることのできない立珂はどこも恐ろしく感じるのかもしれない。
元気に動き回るのは一刻が限界なようで、それが過ぎるとぱたりと眠ってしまうのだ。立珂はぷうぷうと寝息を立てていたが、きゅっと薄珂の指を握ってしゃぶり始めた。
「これは本域で寝ちゃうな。少し二人にしてもらってもいい?」
「承知致しました。何かあればお呼び下さい」
侍女たちはぺこりと頭を下げると傍にいることを粘らずあっさりと離れて行った。
慣れるまでは二人きりの時間もたっぷりと取りたくて、立珂が疲れた時はあまり傍にいすぎないようにして欲しいと頼んだのだ。
(可愛がってくれるのは有難いけどずっと一緒だと申し訳ない気になるんだよね。立珂は俺にも気を使ってたし)
立珂は一人では歩けず着替えもまともにできなかった。何をするにも薄珂が必要だったが、それを面倒だとか鬱陶しいなんて思ったことは一度もない。頼ってくれるのも甘えてくれるのも、立珂を独り占めできるから幸せでしかない。
けれど立珂はじっとしていることが多かった。慶都の家に住めるとなった時も自分は何もできず迷惑をかけるというのを気にしていた。
口には出さないのは何も思っていないからではない。言いたくても気を使って我慢してきたのだ。
侍女に対しても何かしら申し訳なく思うこともあるだろう。その分気疲れすることもあり、それがこうして現れているように思えた。
「大丈夫だぞ。俺しかいないからな」
辺りから侍女たちが身に纏っていた香のにおいがしなくなると、ようやく立珂は穏やかな顔でぷうぷうと寝息を立て始めた。
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