33 / 356
第二章 蛍宮宮廷
第一話 薄珂と立珂の日常【前編】
しおりを挟む
何かに頬をくすぐられ薄珂は目を覚ました。
視界は一面真っ白だった。寝ぼけ眼で手を伸ばすともふりと指が呑み込まれていく。
これがおびただしい数の羽根で、それに埋もれているのだと気付くのに数秒を要した。
窓掛けの隙間から差し込む日の光に瞼を突かれ上半身を起こそうとしたが、腕の中に羽根の塊があることに気が付いた。指先がその中に引っかかっていて起きることができない。
薄珂はそれが何なのかすぐに分かり、羽根をかき分け塊の正体にそっと手を伸ばした。
「ちょうづめおかわりぃ~……もぐぅ……」
「それは腸詰じゃなくて俺の指だぞ、立珂」
薄珂の指を捕まえていたのは有翼人の弟、立珂だった。立珂は寝ぼけながら薄珂の親指をしゃぶっている。
立珂は獣人の隠れ里で知った腸詰が大好物で、寝ぼけては薄珂の指をもぐもぐと食べようとする。
幸せそうに微笑んで眠る立珂がとても愛しくて、薄珂は思わず頬ずりをした。起こすのは忍びなくてしばらくそうしていると、部屋の片隅でかたりと音がした。振り向くと、そこには壮年の女性が立っていた。
「彩寧さん。おはよう」
「おはようございます、薄珂様。立珂様はまだお休みですか?」
「うん。なかなか寝付けなかったんだ」
ここは蛍宮の宮廷だ。三か月前、獣人の隠れ里で出会った皇太子天藍が豪華な部屋と専属の侍女を付けてくれた。
彩寧はその一人で、薄珂と立珂の世話をする侍女を取りまとめている女性だ。慶都の母、白那よりも幾分か年上だが母のような年齢のため友達とはいかないが、着かず離れずの程よい距離感で接してくれている。
彩寧も薄珂の指をしゃぶる立珂をのぞき込むと、もぐもぐしても食べられない違和感に気付いたのかのろのろと瞼を持ち上げた。
不思議そうにぱちぱちと瞬きをすると、ようやく咥えているのが薄珂の指だと気付いたようでぽんっと口を放した。
「腸詰は……? おっきいのたべてたんだよ……」
「ふふ。ではお昼食では特別大きい腸詰をご用意いたしましょう」
「だってさ。起きれるか? お昼までもうちょっと寝るか?」
「ん……起きる……起きる……起きた……」
立珂はとろんとした目をくしくしと擦りながらのそのそと身を起こした。
起きたと言いつつも意識はまだ眠っているようで、羽の重みで身体がぐらぐらと揺れているので抱きしめて軽く撫でてやる。
ぽやぽやした立珂も愛らしくて、薄珂は彩寧と顔を合わせて幸せを噛み締めた。彩寧はそっと立珂の頭をなでてくれる。
「まだお休みになっててください。お昼食の前にお着換えなされば」
「お着替え! 蒲公英色のお袖が長いやつがいい!」
「おわっ」
着替えという単語を聞いて立珂は覚醒した。抱いていられない勢いで両手を上げ、きらきらと目を輝かせて彩寧を見つめている。
「今日も元気いっぱいですね。向日葵色のも仕上がってますが蒲公英色でよろしいですか?」
「そうなの!? じゃあ向日葵!」
「最近は黄色がお気に入りだな、立珂は。青は飽きたのか?」
「黄色は顔色が良く見えるんだって。僕って肌まっしろだから黄色にするの」
「白くて綺麗じゃないか。可愛いと思うぞ」
「僕はいやなの。ぱって明るい方が可愛いもの。元気に見えるんだよ! ね! 彩寧さん!」
「ええ。立珂様は健康的なお洒落にこだわっておいでですし、とてもよろしいと思いますよ」
立珂は天藍に服を貰って以来お洒落に目覚め、着替えを楽しむようになっていた。
侍女が入れ代わり立ち代わり生地を持って来てくれて、立珂が作りたい形を語るとその通りに作ってくれる。おかげで最近の立珂は日替わりで色々な服を着て、多い時は日に何度も着替えるほどだ。
だが最近は要望を語るだけではなく、難しい色の名前も覚えてどんな色合わせが良いか、柄はどうするかなど深い議論にもなっていて薄珂は完全に置いてけぼりだ。
立珂は新しく仕立ててくれたという向日葵色の新しい服に飛びつくといそいそと着替えるが、彩寧が持って来た服はもう一つあった。立珂はそれを受けとる、半分裸の着替え途中で薄珂の元にやってきてぱっと広げた。
「薄珂もお着換えだよ! お揃いだよ!」
「俺のも作ってくれたのか。これは何ていう色なんだ?」
「これは深緋色だよ! 薄珂は赤がとっても似合うの! お揃い!」
「お揃いだな」
立珂はお揃いで着るのが好きなようで、必ず薄珂の分も作っている。
薄珂自身はお洒落というものに興味はなかったが、立珂が目をらんらんと輝かせている姿を見るのは幸せだ。
立珂に急かされお揃いの服を着ると飛び上がって喜んでくれる。
「わあい! お揃い!」
「お揃いだ。じゃあお昼の前にお揃いでお外行くぞ。足大丈夫か?」
「大丈夫だよ! もう動く!」
立珂は寝台に腰かけると、んっ、と力を入れて足を延ばした。
羽が軽くなり自分で立てるようになったが、十年以上まともに歩いていないので歩くための筋肉が無いとかで運動と歩く練習が必要だった。
起き抜けすぐはうまく動かせず、しばらく部屋で体を慣らしてからじゃなければ外には出られない。着替えながらぴょんぴょん動くのも身体の感覚が起きるのを待っているのだ。
薄珂は確かめるように立珂の足をむにむにと揉むと、くすぐったいのか立珂は身を捩った。
「大丈夫そうだな。今日はどこで練習する? 宮廷の中かそれとも」
「お庭がいい! 中央庭園がいい!」
「川のあるとこだな。あそこは四阿もあるし良いよな。じゃあ手繋いで行くぞ」
「ん!」
立珂は薄珂の手をきゅっと力強く握り歩き始め、ゆっくりゆっくりと部屋を出て庭へ向かった。
視界は一面真っ白だった。寝ぼけ眼で手を伸ばすともふりと指が呑み込まれていく。
これがおびただしい数の羽根で、それに埋もれているのだと気付くのに数秒を要した。
窓掛けの隙間から差し込む日の光に瞼を突かれ上半身を起こそうとしたが、腕の中に羽根の塊があることに気が付いた。指先がその中に引っかかっていて起きることができない。
薄珂はそれが何なのかすぐに分かり、羽根をかき分け塊の正体にそっと手を伸ばした。
「ちょうづめおかわりぃ~……もぐぅ……」
「それは腸詰じゃなくて俺の指だぞ、立珂」
薄珂の指を捕まえていたのは有翼人の弟、立珂だった。立珂は寝ぼけながら薄珂の親指をしゃぶっている。
立珂は獣人の隠れ里で知った腸詰が大好物で、寝ぼけては薄珂の指をもぐもぐと食べようとする。
幸せそうに微笑んで眠る立珂がとても愛しくて、薄珂は思わず頬ずりをした。起こすのは忍びなくてしばらくそうしていると、部屋の片隅でかたりと音がした。振り向くと、そこには壮年の女性が立っていた。
「彩寧さん。おはよう」
「おはようございます、薄珂様。立珂様はまだお休みですか?」
「うん。なかなか寝付けなかったんだ」
ここは蛍宮の宮廷だ。三か月前、獣人の隠れ里で出会った皇太子天藍が豪華な部屋と専属の侍女を付けてくれた。
彩寧はその一人で、薄珂と立珂の世話をする侍女を取りまとめている女性だ。慶都の母、白那よりも幾分か年上だが母のような年齢のため友達とはいかないが、着かず離れずの程よい距離感で接してくれている。
彩寧も薄珂の指をしゃぶる立珂をのぞき込むと、もぐもぐしても食べられない違和感に気付いたのかのろのろと瞼を持ち上げた。
不思議そうにぱちぱちと瞬きをすると、ようやく咥えているのが薄珂の指だと気付いたようでぽんっと口を放した。
「腸詰は……? おっきいのたべてたんだよ……」
「ふふ。ではお昼食では特別大きい腸詰をご用意いたしましょう」
「だってさ。起きれるか? お昼までもうちょっと寝るか?」
「ん……起きる……起きる……起きた……」
立珂はとろんとした目をくしくしと擦りながらのそのそと身を起こした。
起きたと言いつつも意識はまだ眠っているようで、羽の重みで身体がぐらぐらと揺れているので抱きしめて軽く撫でてやる。
ぽやぽやした立珂も愛らしくて、薄珂は彩寧と顔を合わせて幸せを噛み締めた。彩寧はそっと立珂の頭をなでてくれる。
「まだお休みになっててください。お昼食の前にお着換えなされば」
「お着替え! 蒲公英色のお袖が長いやつがいい!」
「おわっ」
着替えという単語を聞いて立珂は覚醒した。抱いていられない勢いで両手を上げ、きらきらと目を輝かせて彩寧を見つめている。
「今日も元気いっぱいですね。向日葵色のも仕上がってますが蒲公英色でよろしいですか?」
「そうなの!? じゃあ向日葵!」
「最近は黄色がお気に入りだな、立珂は。青は飽きたのか?」
「黄色は顔色が良く見えるんだって。僕って肌まっしろだから黄色にするの」
「白くて綺麗じゃないか。可愛いと思うぞ」
「僕はいやなの。ぱって明るい方が可愛いもの。元気に見えるんだよ! ね! 彩寧さん!」
「ええ。立珂様は健康的なお洒落にこだわっておいでですし、とてもよろしいと思いますよ」
立珂は天藍に服を貰って以来お洒落に目覚め、着替えを楽しむようになっていた。
侍女が入れ代わり立ち代わり生地を持って来てくれて、立珂が作りたい形を語るとその通りに作ってくれる。おかげで最近の立珂は日替わりで色々な服を着て、多い時は日に何度も着替えるほどだ。
だが最近は要望を語るだけではなく、難しい色の名前も覚えてどんな色合わせが良いか、柄はどうするかなど深い議論にもなっていて薄珂は完全に置いてけぼりだ。
立珂は新しく仕立ててくれたという向日葵色の新しい服に飛びつくといそいそと着替えるが、彩寧が持って来た服はもう一つあった。立珂はそれを受けとる、半分裸の着替え途中で薄珂の元にやってきてぱっと広げた。
「薄珂もお着換えだよ! お揃いだよ!」
「俺のも作ってくれたのか。これは何ていう色なんだ?」
「これは深緋色だよ! 薄珂は赤がとっても似合うの! お揃い!」
「お揃いだな」
立珂はお揃いで着るのが好きなようで、必ず薄珂の分も作っている。
薄珂自身はお洒落というものに興味はなかったが、立珂が目をらんらんと輝かせている姿を見るのは幸せだ。
立珂に急かされお揃いの服を着ると飛び上がって喜んでくれる。
「わあい! お揃い!」
「お揃いだ。じゃあお昼の前にお揃いでお外行くぞ。足大丈夫か?」
「大丈夫だよ! もう動く!」
立珂は寝台に腰かけると、んっ、と力を入れて足を延ばした。
羽が軽くなり自分で立てるようになったが、十年以上まともに歩いていないので歩くための筋肉が無いとかで運動と歩く練習が必要だった。
起き抜けすぐはうまく動かせず、しばらく部屋で体を慣らしてからじゃなければ外には出られない。着替えながらぴょんぴょん動くのも身体の感覚が起きるのを待っているのだ。
薄珂は確かめるように立珂の足をむにむにと揉むと、くすぐったいのか立珂は身を捩った。
「大丈夫そうだな。今日はどこで練習する? 宮廷の中かそれとも」
「お庭がいい! 中央庭園がいい!」
「川のあるとこだな。あそこは四阿もあるし良いよな。じゃあ手繋いで行くぞ」
「ん!」
立珂は薄珂の手をきゅっと力強く握り歩き始め、ゆっくりゆっくりと部屋を出て庭へ向かった。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

【運命】に捨てられ捨てたΩ
雨宮一楼
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。

ニケの宿
水無月
BL
危険地帯の山の中。数少ない安全エリアで宿を営む赤犬族の犬耳幼子は、吹雪の中で白い青年を拾う。それは滅んだはずの種族「人族」で。
しっかり者のわんことあまり役に立たない青年。それでも青年は幼子の孤独をゆるやかに埋めてくれた。
異なる種族同士の、共同生活。
※過激な描写は控えていますがバトルシーンがあるので、怪我をする箇所はあります。
キャラクター紹介のページに挿絵を入れてあります。
苦手な方はご注意ください。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

【完結】I adore you
ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。
そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。
※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

あの日の記憶の隅で、君は笑う。
15
BL
アキラは恋人である公彦の部屋でとある写真を見つけた。
その写真に写っていたのはーーー……俺とそっくりな人。
唐突に始まります。
身代わりの恋大好きか〜と思われるかもしれませんが、大好物です!すみません!
幸せになってくれな!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる