上 下
4 / 27

第3話 マルミューラドを溺愛する叔父

しおりを挟む

 そしてこの数日後、結衣は二十名程度が収容できる小さなホールでアルフィードと対面をする事になった。
 城にはこういうホールの他に会議室のような部屋があるため少人数の対面はそこで行うのだが、アルフィードたった一人のためにホールを使うというのはいかに重要な人物なのかが分かる。
 結衣は皇王が使う一番高い席の一段低くなっている左側の椅子に腰かけた。
 こういった多目的ホールには必ず皇王専用の席があり、その両脇が一段低くなり椅子が二つ置かれている。ここに座る事ができるのは皇族のみということだ。

 そして少しすると侍女がアルフィードの到着を告げ扉が開かれた。
 入って来たのは二十代後半か三十代前半ばかりの男で、茶色交じりの金髪だった。マルミューラドとは全く似ておらず、北欧系の顔立ちにブルーグリーンの瞳をしている。
 皇王の親衛隊ならさぞかしいかつい男だろうと想像していた結衣は呆気にとられた。見るからに『良い人』という顔をしていて、失礼ながらとても頂点を極めるような人には見えないのだ。
 しかしアルフィードは白を基調としたスリーピースの軍服を着ていた。軽やかで上品だけれど荘厳な金の装飾に真っ赤なマントを背に纏っているが、この国で皇族を象徴する赤の着用を許されるのは皇族に認められたごく一部の数名のみだ。
 つまりそれは彼は単なる偉い人ではなく、限りなく皇族に近い人間である証だった。

 アルフィードは一段高い場所に座っている結衣に膝を付き深々と頭を下げた。

 「お声掛け頂き大変光栄です。アルフィード=グレディアースと申します」
 「初めまして、アルフィード。ごめんなさい、挨拶が遅くなってしまって」
 「アイリス様。アルフィード『様』とお呼び下さい。気安くなさってはいけませんよ」
 「あ、も、申し訳ございません。アルフィード様」
 「構いません。どうぞアルフィードとお呼び下さい」

 以前メイリンに皇女は皇王以外の人間に敬称は付けない敬語は使わないと習っていたので呼び捨てにしたのだが、例外があるなら言っといてよ、と結衣は心の中で愚痴をこぼした。
 けれどアルフィードは全く気にしていないようで優しく微笑んでいた。

 「アルフィード様も陛下の遠征にご同行なさりたかったでしょう」
 「私一人おらずとも親衛隊は優秀ですので問題ありません。それよりも皇女殿下をお一人にする方が問題です」
 「けど城からは出ないし、そうそう変な事は無いと思うけど」
 「なりません。城内でも注意は必要です。早く皇女殿下の親衛隊を揃えなくては」
 「親衛隊?私も親衛隊が付くの?」

 初めて聞く話にメイリンの顔を見上げると、にっこりと微笑んで小さく頷いていた。
 
 「精鋭を選抜しているところですが、総隊長はマルミューラドが務めさせて頂くでしょう」
 「アルフィード様とマルミューラド様はご親戚でいらっしゃるんですよね」
 「アイリス様。マルミューラド『殿』とお呼び下さい」
 「殿」

 例外があるなら言っといてよ、と結衣は再び心の中で愚痴をこぼした。

 「あれは頭の良い子です。まだ年若いが故に経験が足りない面もありますが、すぐに成長するでしょう。それに魔法についてはこの城の誰も足元にも及びません!いいえ、知識だけではありません!どんな事でもきっと皇女殿下の期待に応えます。何かあればぜひあれにお声掛け下さい!」

 何故か急にアルフィードのテンションが爆上がりした。
 マルミューラドの事を少しでも聞けたらなと思っていたけれど、格上のアルフィードに挨拶する場でそれは失礼なのだろうかと諦めていた。
 しかしアルフィードの口からはあの子は幼い頃から書物が好きで、一を教えれば百を学び……と怒涛の如くマルミューラド推しが始まった。

 「あれに魔法と勉学を教えたのはグレディアース老ですが、剣を教えたのは私なんです。けれどあれが十八になった頃にはもうすっかり敵わなくなってしまいましてね。大学の模擬戦闘試合ではいつも優勝でしたよ。皇女殿下には武器などと血生臭い物はご気分が悪いかもしれませんが、あの子は剣舞も見事なのです。あの通り整った顔をしていてあの長身。とても華のある舞ですのでぜひ一度披露させてやって下さい。あの子が皇女殿下の親衛隊総隊長となれば城内で肩を並べて歩けるので楽しみでなりません」

 口を挟む間もなく津波のように押し寄せる情報に、はは、と結衣は頬をひきつらせた。
 相当可愛いのだろう。もはや結衣が口を挟む隙など無く、マルミューラドの歴史語りが絶えない。
 どうしようかとメイリンを見ると、にこにこと何も言わずに相槌を打っている。そしてちらりと横目で結衣を見て「黙って聞くように」と目で訴えて来た。

 (これがデフォルトなのね)

 アルフィードとマルミューラドとは親子ほど歳は離れていないように見えるが、幼い我が子を自慢するようなその勢いはとても皇王の親衛隊総隊長という高い地位にいる人には見えない。

 「身内の欲目を無しにしてもあの子は逸材です。必ずや皇女殿下のお役に立つでしょう。ぜひ一度あの子の祖父でもあるグレディアース老ともお話して頂きたいものです。如何でしょう。ご要望頂ければ場を設けますが」
 「まあ、よろしいのですか!?アルフィード様直々にご紹介頂けるとは光栄です!」

 メイリンが待ってましたと言わんばかりにワントーン高い声で入って来た。
 紹介が無いと会えないほど特別な人なのかもしれないが、アルフィードの『可愛いうちの子の話を聞いてきてくれ』圧が凄すぎて、結衣にはそんな政治的背景など無いような気がしていた。

 「ではすぐ老に連絡をいたします。準備が整い次第ご報告に伺いますので少々お待ち下さい」

 そう言うとアルフィードは一礼するとホールから立ち去ってしまったが、ここで結衣は気が付いた。

 「……アルフィード様自身の情報がゼロだった……」
 「猫可愛がりしてる事で有名ですからね。何はともあれ、これでマルミューラド様にもグレディアース老にもお会いできます」
 「ああ、そうだったっけ」

 アルフィードのテンションに押されて忘れていたが、結衣の目的はマルミューラドに会う事だ。
 グレディアース老という人物にはまだピンと来ていなかったけれど、ともかくこれでマルミューラドに魔法の事を聞けるだろう。
 だが既に外は日が落ちていて、明日こそ話をしようと意気込んだ。

 が、翌日。

 「グレディアース老に会う?昨日の今日で?」
 「アルフィード様のおすすめはマルミューラド様十歳頃のお話だそうです」
 「え、別に聞きたくないんだけど」

 目的はマルミューラドに会う事だったはずなのに、いつの間にか『うちの子の話を聞きいてくれ』ツアーに参加してしまったようだった。
 まさかマルミューラド幼少期の話を聞かせるためにこんな迅速な行動を取ったのだろうかと、メイリンすらも苦笑いを浮かべている。

 「まさかグレディアース老もあの感じなの?」
 「いいえ。普通の方です」
 「別にアルフィード様が異常だとは言って無いわよ」
 「あら、誰と何を比較してどうとは言ってませんよ。陛下の相談役といっても普通の方だという意味です」
 「……メイリンそういうとこよ?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...