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ORDER01. 殺意の生クリーム
piece 5. オーダーケーキを作る理由
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葵はリゼとリンに連れられて近所をぐるぐると歩き回っていた。
日中外へ出るのは怖いと言ったのだが、リゼはミルクティ色のワンピースに生クリームのようなフリルをあしらった造形じみた奇異なワンピースに着替え、これなら目線は自分に集まるから安心しなさい、と言ってくれた。
けれどリゼ以上に目を惹くのはリンだった。ゆうに百八十センチメートルを超える長身に、細身ながらほどよく筋肉の付いた肉体は服の上からでもよく分かる。何の装飾も無い黒のジャケットにパンツ、黒いハイネックのインナーというシンプルなファッションを着こなす姿はモデルのようだ。
身体の半分以上が足なのではと思うスタイルの良さだけでも目を惹くのだが、何よりも目立つのはその顔立ちだ。
店内ではリゼの服や行動による絶大なインパクトに負けていたが、オーダーケーキと同じく、美術館に並ぶ神々の彫刻のような顔立ちはイケメンなどという言葉では表現しきれない。神々しいとすら思うリンが道路側を歩いてくれているおかげで、誰も葵に気付く事すら無かった。
「リンさんて何歳ですか?」
「二十五だが」
「おー……」
だからどうという事も無いのだが、リンのプライベート情報が出るだけで偉業を成し遂げた気分だった。
「リンに興味持つのは止めた方が良いわよ。私以外に興味ないから」
「あ……そうですか……」
先ほどのドレスもだが、リゼ本人の気質もお姫様のようだ。
リンもこれには異を唱えず、無表情のまま平然と歩き続けている。リゼの言う通り葵には何の興味もないようだった。
「まあ別にいいです。それより何処に向かってるんですか?さっきもここ通りましたよね」
「生クリームの発生源探してるのよ。ああ、ほらあそこ」
リゼが指差した先にはぐったりとした今にも倒れそうな男性がぼんやりと立っていた。体中は茶色いクリームで覆われている
最初に出会った女性と同じような状態だが葵には全く見覚えが無く、近所でも見かけた事は無い。
「あの人が殺したいほど私を憎んでるんですか?」
「いいえ。あれはあなたを狙ってるんじゃないわ。チョコレートクリームだし」
「え!?クリーム出す人って他にもいるんですか!?」
「そりゃそうよ。人間の数だけケーキがあるんだから。ショートケーキとチョコレートケーキは多いわね」
「何で種類が違うんですか?」
「出してる人間が違うのよ。年齢とか性別で種類が違うわ」
「へえ……」
クリームが人にまとわりつくのは異様な光景で君が悪いけれど、殺意を向けられるのは自分だけじゃない事に安心感を覚えた。
リゼはどこにしまっていたのか、杖を取り出し男性の前に立った。そして二、三会話をしたら杖を掲げて星屑を降らせ、チョコレートクリームはみるみるうちにケーキへと姿を変えた。
しかし今度はガラス瓶に収まる小さなケーキだった。横から見るとチョコレートクリームと固形のチョコレートが層になっている。
「ホールケーキじゃないんですか?」
「ホールになるほどの殺意じゃないのよ。心の弱い人はクリームに呑み込まれるのが早いの。でも規模は小さい」
「へえ……色々なんですね……」
こうして見ているとただの可愛い瓶ケーキだ。
オシャレなケーキ屋さんのショーケースに並んでいても不思議じゃない。
「これはもうラッピングしちゃいましょうか」
「ラッピング?まさか売るんですか?」
「売らないってば。オーダーケーキは他人に売る物じゃないの」
当たり前の事を聞かないで、と呆れたようにため息を吐かれた。
こんな非日常の前提が常識として備わってるわけがないだろうと言いたかったけれど、このお姫様にそんな事を言っても聞かなそうだなと思い謝って流す事にした。
リゼは杖をリンに渡すと、コンコン、とケーキの詰まった瓶を突いた。
そのすらりとした白い指先から星屑が零れ、その星屑は身を寄せ合いリボンを形作っていく。まるで生き物のように瓶ケーキに巻き付くと星屑のラッピングが完成した。
「綺麗……」
「ほらほら駄目よ。綺麗でもこれは殺意。この美しさも甘い誘惑なのよ」
「あ、ああ、そうでしたっけ」
誘惑されてるとも気付かない誘惑があるんだ、と葵は星屑のリボンに触ろうとした手を引っ込めた。
しかしこれが殺意だとして、それを取り出すメリットがリゼにあるのだろうか。葵と同時に店に入ったあのくたびれた女性は支払いもせず出て行ってしまったし、店内には受け取られないオーダーケーキが柱になっていた。
「……あの。どうしてオーダーケーキを作ってるんですか?」
「義務だからかしら。でも、そうね。食べさせないためではあるかしら」
「でも売れなきゃお店困りますよね。保管期限は一ヶ月って言ってましたけど、受け取りに来なかったらどうするんですか?ん?というか作ってもらったならすぐ持っていくべきじゃないんですか?」
この異常な状態に慣れてきたからか、葵はあれこれと疑問が湧き出した。
普通オーダーケーキといえば、予約して作ってもらって持って帰って食べる物だ。あのくたびれた女性は目の前で完成したのだから持って帰るべきだろう。
けれどリゼは一時的に預かっている。殺意のケーキを、何故預かる必要があるのだろうか。
不思議に思いリゼに問いかけようとしたけれど、それを許さないとでも言うかのようにリンがずいっと葵とリゼの間に立った。
「閉店時間だ。続きはまた明日だ」
「ええ?そんなの気にする必要ある?相変わらず頭の固い子ね」
「規則だ。また明日来てくれ」
「あ、は、はい。分かりました」
「じゃあ家の前まで一緒に行きましょう。リン、壁になりなさい」
「分かっている」
顔は無表情だがその言葉は拗ねた子供のようだった。
これは相当頭が上がらないのだろう。
「お二人はご兄妹ですか?」
「まさか。主と下僕よ」
「え……」
「私がお仕えしてるのはリゼの父君だが」
「そのお父様が私に与えたんだから同じ事よ」
まるきり王女と騎士のような会話だ。
妙に現実的な主従契約の話はコンセプトカフェの設定を徹底しているのか、それとも本当にどこかのお姫様なのだろうか。
リゼはキャンキャンと子犬の様に凛に突っかかりリンはそれをさらりと受け流し、そんな賑やかな会話に思わず笑いが零れた。
「あ、笑ったわね」
「いえ、ごめんなさい。失礼しました」
「違うわよ。あなたが笑顔になってくれて嬉しいの」
「え?ああ、えっと……」
「向日葵が咲くのもきっともうすぐよ」
リゼはにこりと微笑んだ。
そのまま賑やかな会話を絶やさず、葵が家に入るまで見送ってくれていた。
日中外へ出るのは怖いと言ったのだが、リゼはミルクティ色のワンピースに生クリームのようなフリルをあしらった造形じみた奇異なワンピースに着替え、これなら目線は自分に集まるから安心しなさい、と言ってくれた。
けれどリゼ以上に目を惹くのはリンだった。ゆうに百八十センチメートルを超える長身に、細身ながらほどよく筋肉の付いた肉体は服の上からでもよく分かる。何の装飾も無い黒のジャケットにパンツ、黒いハイネックのインナーというシンプルなファッションを着こなす姿はモデルのようだ。
身体の半分以上が足なのではと思うスタイルの良さだけでも目を惹くのだが、何よりも目立つのはその顔立ちだ。
店内ではリゼの服や行動による絶大なインパクトに負けていたが、オーダーケーキと同じく、美術館に並ぶ神々の彫刻のような顔立ちはイケメンなどという言葉では表現しきれない。神々しいとすら思うリンが道路側を歩いてくれているおかげで、誰も葵に気付く事すら無かった。
「リンさんて何歳ですか?」
「二十五だが」
「おー……」
だからどうという事も無いのだが、リンのプライベート情報が出るだけで偉業を成し遂げた気分だった。
「リンに興味持つのは止めた方が良いわよ。私以外に興味ないから」
「あ……そうですか……」
先ほどのドレスもだが、リゼ本人の気質もお姫様のようだ。
リンもこれには異を唱えず、無表情のまま平然と歩き続けている。リゼの言う通り葵には何の興味もないようだった。
「まあ別にいいです。それより何処に向かってるんですか?さっきもここ通りましたよね」
「生クリームの発生源探してるのよ。ああ、ほらあそこ」
リゼが指差した先にはぐったりとした今にも倒れそうな男性がぼんやりと立っていた。体中は茶色いクリームで覆われている
最初に出会った女性と同じような状態だが葵には全く見覚えが無く、近所でも見かけた事は無い。
「あの人が殺したいほど私を憎んでるんですか?」
「いいえ。あれはあなたを狙ってるんじゃないわ。チョコレートクリームだし」
「え!?クリーム出す人って他にもいるんですか!?」
「そりゃそうよ。人間の数だけケーキがあるんだから。ショートケーキとチョコレートケーキは多いわね」
「何で種類が違うんですか?」
「出してる人間が違うのよ。年齢とか性別で種類が違うわ」
「へえ……」
クリームが人にまとわりつくのは異様な光景で君が悪いけれど、殺意を向けられるのは自分だけじゃない事に安心感を覚えた。
リゼはどこにしまっていたのか、杖を取り出し男性の前に立った。そして二、三会話をしたら杖を掲げて星屑を降らせ、チョコレートクリームはみるみるうちにケーキへと姿を変えた。
しかし今度はガラス瓶に収まる小さなケーキだった。横から見るとチョコレートクリームと固形のチョコレートが層になっている。
「ホールケーキじゃないんですか?」
「ホールになるほどの殺意じゃないのよ。心の弱い人はクリームに呑み込まれるのが早いの。でも規模は小さい」
「へえ……色々なんですね……」
こうして見ているとただの可愛い瓶ケーキだ。
オシャレなケーキ屋さんのショーケースに並んでいても不思議じゃない。
「これはもうラッピングしちゃいましょうか」
「ラッピング?まさか売るんですか?」
「売らないってば。オーダーケーキは他人に売る物じゃないの」
当たり前の事を聞かないで、と呆れたようにため息を吐かれた。
こんな非日常の前提が常識として備わってるわけがないだろうと言いたかったけれど、このお姫様にそんな事を言っても聞かなそうだなと思い謝って流す事にした。
リゼは杖をリンに渡すと、コンコン、とケーキの詰まった瓶を突いた。
そのすらりとした白い指先から星屑が零れ、その星屑は身を寄せ合いリボンを形作っていく。まるで生き物のように瓶ケーキに巻き付くと星屑のラッピングが完成した。
「綺麗……」
「ほらほら駄目よ。綺麗でもこれは殺意。この美しさも甘い誘惑なのよ」
「あ、ああ、そうでしたっけ」
誘惑されてるとも気付かない誘惑があるんだ、と葵は星屑のリボンに触ろうとした手を引っ込めた。
しかしこれが殺意だとして、それを取り出すメリットがリゼにあるのだろうか。葵と同時に店に入ったあのくたびれた女性は支払いもせず出て行ってしまったし、店内には受け取られないオーダーケーキが柱になっていた。
「……あの。どうしてオーダーケーキを作ってるんですか?」
「義務だからかしら。でも、そうね。食べさせないためではあるかしら」
「でも売れなきゃお店困りますよね。保管期限は一ヶ月って言ってましたけど、受け取りに来なかったらどうするんですか?ん?というか作ってもらったならすぐ持っていくべきじゃないんですか?」
この異常な状態に慣れてきたからか、葵はあれこれと疑問が湧き出した。
普通オーダーケーキといえば、予約して作ってもらって持って帰って食べる物だ。あのくたびれた女性は目の前で完成したのだから持って帰るべきだろう。
けれどリゼは一時的に預かっている。殺意のケーキを、何故預かる必要があるのだろうか。
不思議に思いリゼに問いかけようとしたけれど、それを許さないとでも言うかのようにリンがずいっと葵とリゼの間に立った。
「閉店時間だ。続きはまた明日だ」
「ええ?そんなの気にする必要ある?相変わらず頭の固い子ね」
「規則だ。また明日来てくれ」
「あ、は、はい。分かりました」
「じゃあ家の前まで一緒に行きましょう。リン、壁になりなさい」
「分かっている」
顔は無表情だがその言葉は拗ねた子供のようだった。
これは相当頭が上がらないのだろう。
「お二人はご兄妹ですか?」
「まさか。主と下僕よ」
「え……」
「私がお仕えしてるのはリゼの父君だが」
「そのお父様が私に与えたんだから同じ事よ」
まるきり王女と騎士のような会話だ。
妙に現実的な主従契約の話はコンセプトカフェの設定を徹底しているのか、それとも本当にどこかのお姫様なのだろうか。
リゼはキャンキャンと子犬の様に凛に突っかかりリンはそれをさらりと受け流し、そんな賑やかな会話に思わず笑いが零れた。
「あ、笑ったわね」
「いえ、ごめんなさい。失礼しました」
「違うわよ。あなたが笑顔になってくれて嬉しいの」
「え?ああ、えっと……」
「向日葵が咲くのもきっともうすぐよ」
リゼはにこりと微笑んだ。
そのまま賑やかな会話を絶やさず、葵が家に入るまで見送ってくれていた。
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