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ORDER01. 殺意の生クリーム
piece 2. オーダーの始まり
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くたびれた女性客がいなくなり、店内に残された葵は二人用のテーブル席でお姫様と向き合って座っていた。
透明度の高い紅茶を飴玉にしたような大きな瞳に見つめられ、何を話したらよいのか分からず気まずくなっていると男性店員が葵とお姫様にショートケーキをワンカットずつ出してくれた。
金に縁どられた真っ白なお皿と上品なホワイトゴールドのフォークはお姫様が使うに相応しい食器だった。
「どうぞお召し上がり下さい」
「これって……」
「安心して。単なるケーキよ。オーダーケーキは出さないわ」
オーダーケーキとはおそらく、いや間違いなく先程魔法の様にして作られたケーキの事だろう。
一体どんな仕掛けで作ったのかは分からないけれど、確かに出されたケーキはオーダーケーキのような芸術品ではなくいわゆるショートケーキだ。
本当に大丈夫か疑わしいけれど、お姫様は平気な顔でぱくっとケーキを一口食べた。特に妙なところは無さそうで、葵も恐る恐る口に運んだ。
「……美味しい……美味しいっ!」
口に含むと生クリームの甘い香りがいっぱいに広がって、スポンジは綿のようでふかふかとした触感に癒される。
ケーキは美味しければ何でも良い葵でも、これがその他大勢のショートケーキとは違う逸品である事は分かった。注文したわけでは無いし値段すら聞いていないが、食べる手を止められずワンカットをすぐに食べ終わってしまった。
「あの!もうワンカット頂けますか!?」
「もちろんよ。でも気を付けて。私のケーキは心を具現化させるから」
「はあ……?」
気を付けろとは食べすぎるなという意味だろうか。
葵はあまりピンとこなかったけれど、お姫様はにこりと微笑み男性店員に新しく一皿用意させた。
出されたケーキは同じように滑らかな生クリームに包まれていて、食べたい気持ちが急いてお姫様の言葉は葵の頭から消え去ってしまった。
さっそく食べようとフォークを取ると、男性店員がガラスのカップとソーサーを出してくれた。そしてポッドを傾けると男性の髪とよくにたブラックコーヒーが注がれる。
「あ、ダメよ。ケーキには紅茶でしょ」
「いいえ、コーヒーがよろしいかと」
「リンの好みは聞いて無いわ」
「リゼの好みも聞いておりません」
二人は睨み合いバチバチと火花を飛ばした。
どうやら好みが真逆のようで、紅茶かコーヒーかを主張し合っている。しかし一向に意見は交わらず、リンと呼ばれた男性店員は葵を振り返って会釈するように少しだけ腰を曲げて囁いた。
「お嬢様はどちらがお好みですか?」
「……コーヒーがいいです……」
「承知致しました」
葵はその整った顔面の力に負け、あっさりコーヒーを受け取った。
お姫様は不満げにぶうっと頬を膨らませて肘をついた。
「葵ちゃん、顔で選ばないでよね。リンのついでなんてコーヒーにも失礼よ」
「い、いえ、そんな事は――……え?」
図星を刺されて思わず目をそらしたけれど、はたと違和感に気が付いた。
葵はここまで一度も名前を名乗ってはいない。先ほどからやたらと向日葵という単語を口にしていたが、偶然ではなく意図的だったのだろうか。
何を聞いたら良いか分からずにいると、お姫様は席を立ちフィギュアスケート選手がリンクでするように優雅に膝をつき胸に手を当てた。
「私はリゼット。リゼって呼んで。これはリンフォード。リンでいいわ」
名前からして兄妹だろうか。それにしては似ていない。
葵、と名前を知っているという事は初対面ではないのかもしれないと記憶の蓋を片っ端から開けていくけれど、こんなに美しい二人は一度見たら忘れようもない。
しかも二人は葵が名乗るのを待ってるようで、お姫様はにこりと微笑み返してくる。
「……向日葵です。ひまわりって書いて向日葵」
「そう。園芸サークルにぴったりね」
「え?」
「ああ、何でも無いわ。そんな気がしただけよ」
「……だけ、ですか……」
彼女の服装が異様である事はまあ良いが、園芸サークルなんて偶然たまたまピンポイントで一致するものでは無い。
それに何より、園芸サークルにぴったり、というのは葵にとって特別な一言だった。
(どうして累先輩と同じ事を……)
葵は不信感を募らせリゼをじいっと睨んだ。
しかしそんな事は痛くも痒くもないようで、思いついたようにコーヒーの入ったガラスカップを押しのけて新しいガラスカップを取り出した。
「お茶のおかわりは如何?ミルクティがお勧めよ」
有無を言わさずガラスカップを交換され、後ろでリンが睨んでいる。
何よ、と二人は葵を無視してじゃれ始めた。一体何なんだと動けずにいると、その時外でドサドサっと大きな音がした。
窓を見るとそこは真っ白に染まっている。白い何かがべっとりとくっついているようだ。
「……雪、じゃない。生クリーム?」
「やだ。まさかもう?」
「二人共、壁を背に」
「え?あ、は、はい」
こっち、とリゼに手を引かれて窓のない壁にぺたりと背を付けた。
リンはまったく表情を変えていないけれど、壁に立てかけてあった物を手に取った。リゼも表情を変えていないけれど、葵だけが驚き目を丸くした。
リンが手にしたのは剣だった。細身ですらりとしているけれど、鞘や柄は物語の騎士が持っていそうな繊細な装飾が施されている。黄金に輝く鞘から抜くと、リゼに鞘を預けて窓に向けて剣を構えた。
二人が何をしようとしているのか分からずにいると、何かが軋むような音が聞こえてきた。ミシミシという音が大きくなると、リゼに頭を抱え込まれる。
「顔上げちゃ駄目よ」
「は――」
はい、と返事をする間もなくバリンと音を立てて窓が割れた。
割った犯人は窓にへばりついていた生クリームだった。生クリームはまるで意思があるかのように飛び跳ねて、割れたガラスを呑み込みながら葵達ににじり寄って来る。
おもちゃのスライムのようにどろどろしているわけではなく、滑らかでトロリとしている。まるで高級なショートケーキの生クリームようだ。
「な、何!?何あれ!!」
「ちょっとリン。さっさと追い返してちょうだい」
「分かっている」
言われると、リンは躊躇する事なく生クリームへ向かって行った。
生クリームもそれに気付いたのか一点に集まりぐにゅぐにゅと固まっていく。そして、呑み込んでしまうつもりなのか、生クリームは飛び上がりリンを押しつぶすように落下した。
「リンさん!!」
「大丈夫よ。ほら、リン。無駄な演出いらないからさっさとして」
「分かっていると言ってるだろう」
リンは落ちてきた生クリームを切った。
液体だから切っても意味は無いだろうと思ったけれど、葵の目に映ったのは真っ二つに分かれた生クリームだった。液体ではあるようなのだが、切られた通りに分裂してしまっている。
そしてリンがもう一度剣を振り上げると、それを恐れるかのように生クリームは窓から逃げて行った。
「……何ですか……今の……」
「君を狙って来たんだ」
「わ、私!?何で!?どうして!?」
「それは犯人に聞かないと分からないわ。リン、掃除しといてよ」
「たまには手伝ったらどうだ。君の店だろう、ここは」
「働くのが従業員の仕事よ」
はあ、とリンはため息を吐くと剣を鞘に納め、今度はその手にモップを持って生クリームの後を拭きだした。
ついさっきまで凛々しく剣を振りぬいた人物とは思えない丁寧な掃除ぶりだ。リゼは窓ガラスも直しとくのよ、と命令をするだけだった。
二人はまるで日常の様に過ごしていて、葵は理解できていない自分の方がおかしいような気になって来てしまう。
「……あの、何ですか犯人って。これあなた達がやってるんじゃないんですか」
「違うわ。私達はオーダーを受けるだけ」
リゼは穏やかにゆったりと微笑んだ。
そしてくたびれた女性にしたように葵の頬を撫でる。
「あなたもオーダーを決めないとね」
その手はショートケーキのスポンジのようにふかふかだった。
透明度の高い紅茶を飴玉にしたような大きな瞳に見つめられ、何を話したらよいのか分からず気まずくなっていると男性店員が葵とお姫様にショートケーキをワンカットずつ出してくれた。
金に縁どられた真っ白なお皿と上品なホワイトゴールドのフォークはお姫様が使うに相応しい食器だった。
「どうぞお召し上がり下さい」
「これって……」
「安心して。単なるケーキよ。オーダーケーキは出さないわ」
オーダーケーキとはおそらく、いや間違いなく先程魔法の様にして作られたケーキの事だろう。
一体どんな仕掛けで作ったのかは分からないけれど、確かに出されたケーキはオーダーケーキのような芸術品ではなくいわゆるショートケーキだ。
本当に大丈夫か疑わしいけれど、お姫様は平気な顔でぱくっとケーキを一口食べた。特に妙なところは無さそうで、葵も恐る恐る口に運んだ。
「……美味しい……美味しいっ!」
口に含むと生クリームの甘い香りがいっぱいに広がって、スポンジは綿のようでふかふかとした触感に癒される。
ケーキは美味しければ何でも良い葵でも、これがその他大勢のショートケーキとは違う逸品である事は分かった。注文したわけでは無いし値段すら聞いていないが、食べる手を止められずワンカットをすぐに食べ終わってしまった。
「あの!もうワンカット頂けますか!?」
「もちろんよ。でも気を付けて。私のケーキは心を具現化させるから」
「はあ……?」
気を付けろとは食べすぎるなという意味だろうか。
葵はあまりピンとこなかったけれど、お姫様はにこりと微笑み男性店員に新しく一皿用意させた。
出されたケーキは同じように滑らかな生クリームに包まれていて、食べたい気持ちが急いてお姫様の言葉は葵の頭から消え去ってしまった。
さっそく食べようとフォークを取ると、男性店員がガラスのカップとソーサーを出してくれた。そしてポッドを傾けると男性の髪とよくにたブラックコーヒーが注がれる。
「あ、ダメよ。ケーキには紅茶でしょ」
「いいえ、コーヒーがよろしいかと」
「リンの好みは聞いて無いわ」
「リゼの好みも聞いておりません」
二人は睨み合いバチバチと火花を飛ばした。
どうやら好みが真逆のようで、紅茶かコーヒーかを主張し合っている。しかし一向に意見は交わらず、リンと呼ばれた男性店員は葵を振り返って会釈するように少しだけ腰を曲げて囁いた。
「お嬢様はどちらがお好みですか?」
「……コーヒーがいいです……」
「承知致しました」
葵はその整った顔面の力に負け、あっさりコーヒーを受け取った。
お姫様は不満げにぶうっと頬を膨らませて肘をついた。
「葵ちゃん、顔で選ばないでよね。リンのついでなんてコーヒーにも失礼よ」
「い、いえ、そんな事は――……え?」
図星を刺されて思わず目をそらしたけれど、はたと違和感に気が付いた。
葵はここまで一度も名前を名乗ってはいない。先ほどからやたらと向日葵という単語を口にしていたが、偶然ではなく意図的だったのだろうか。
何を聞いたら良いか分からずにいると、お姫様は席を立ちフィギュアスケート選手がリンクでするように優雅に膝をつき胸に手を当てた。
「私はリゼット。リゼって呼んで。これはリンフォード。リンでいいわ」
名前からして兄妹だろうか。それにしては似ていない。
葵、と名前を知っているという事は初対面ではないのかもしれないと記憶の蓋を片っ端から開けていくけれど、こんなに美しい二人は一度見たら忘れようもない。
しかも二人は葵が名乗るのを待ってるようで、お姫様はにこりと微笑み返してくる。
「……向日葵です。ひまわりって書いて向日葵」
「そう。園芸サークルにぴったりね」
「え?」
「ああ、何でも無いわ。そんな気がしただけよ」
「……だけ、ですか……」
彼女の服装が異様である事はまあ良いが、園芸サークルなんて偶然たまたまピンポイントで一致するものでは無い。
それに何より、園芸サークルにぴったり、というのは葵にとって特別な一言だった。
(どうして累先輩と同じ事を……)
葵は不信感を募らせリゼをじいっと睨んだ。
しかしそんな事は痛くも痒くもないようで、思いついたようにコーヒーの入ったガラスカップを押しのけて新しいガラスカップを取り出した。
「お茶のおかわりは如何?ミルクティがお勧めよ」
有無を言わさずガラスカップを交換され、後ろでリンが睨んでいる。
何よ、と二人は葵を無視してじゃれ始めた。一体何なんだと動けずにいると、その時外でドサドサっと大きな音がした。
窓を見るとそこは真っ白に染まっている。白い何かがべっとりとくっついているようだ。
「……雪、じゃない。生クリーム?」
「やだ。まさかもう?」
「二人共、壁を背に」
「え?あ、は、はい」
こっち、とリゼに手を引かれて窓のない壁にぺたりと背を付けた。
リンはまったく表情を変えていないけれど、壁に立てかけてあった物を手に取った。リゼも表情を変えていないけれど、葵だけが驚き目を丸くした。
リンが手にしたのは剣だった。細身ですらりとしているけれど、鞘や柄は物語の騎士が持っていそうな繊細な装飾が施されている。黄金に輝く鞘から抜くと、リゼに鞘を預けて窓に向けて剣を構えた。
二人が何をしようとしているのか分からずにいると、何かが軋むような音が聞こえてきた。ミシミシという音が大きくなると、リゼに頭を抱え込まれる。
「顔上げちゃ駄目よ」
「は――」
はい、と返事をする間もなくバリンと音を立てて窓が割れた。
割った犯人は窓にへばりついていた生クリームだった。生クリームはまるで意思があるかのように飛び跳ねて、割れたガラスを呑み込みながら葵達ににじり寄って来る。
おもちゃのスライムのようにどろどろしているわけではなく、滑らかでトロリとしている。まるで高級なショートケーキの生クリームようだ。
「な、何!?何あれ!!」
「ちょっとリン。さっさと追い返してちょうだい」
「分かっている」
言われると、リンは躊躇する事なく生クリームへ向かって行った。
生クリームもそれに気付いたのか一点に集まりぐにゅぐにゅと固まっていく。そして、呑み込んでしまうつもりなのか、生クリームは飛び上がりリンを押しつぶすように落下した。
「リンさん!!」
「大丈夫よ。ほら、リン。無駄な演出いらないからさっさとして」
「分かっていると言ってるだろう」
リンは落ちてきた生クリームを切った。
液体だから切っても意味は無いだろうと思ったけれど、葵の目に映ったのは真っ二つに分かれた生クリームだった。液体ではあるようなのだが、切られた通りに分裂してしまっている。
そしてリンがもう一度剣を振り上げると、それを恐れるかのように生クリームは窓から逃げて行った。
「……何ですか……今の……」
「君を狙って来たんだ」
「わ、私!?何で!?どうして!?」
「それは犯人に聞かないと分からないわ。リン、掃除しといてよ」
「たまには手伝ったらどうだ。君の店だろう、ここは」
「働くのが従業員の仕事よ」
はあ、とリンはため息を吐くと剣を鞘に納め、今度はその手にモップを持って生クリームの後を拭きだした。
ついさっきまで凛々しく剣を振りぬいた人物とは思えない丁寧な掃除ぶりだ。リゼは窓ガラスも直しとくのよ、と命令をするだけだった。
二人はまるで日常の様に過ごしていて、葵は理解できていない自分の方がおかしいような気になって来てしまう。
「……あの、何ですか犯人って。これあなた達がやってるんじゃないんですか」
「違うわ。私達はオーダーを受けるだけ」
リゼは穏やかにゆったりと微笑んだ。
そしてくたびれた女性にしたように葵の頬を撫でる。
「あなたもオーダーを決めないとね」
その手はショートケーキのスポンジのようにふかふかだった。
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