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第一章
第二十二話 家族
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若旦那は私を見てくすっと微笑むと、紫音さんに向けてにこりと微笑んだ。
「遅いお戻りでしたね、ご当主。どこからどこまで黒曜さんのシナリオかな」
「あなたが瑠璃を迎えに行った時からですわ」
「最初からじゃないですか。まったく。敵わないな」
はあ、と若旦那は苦笑いをするとちらりと私を見てほんの少しだけ俯いた。
「君にはすまないと思う。それでも僕らにはまだ黒曜さんが必要なんだ。どうしても」
今ここで死ねということね……
若旦那はすっと私に手を伸ばしてきた。何をされるとも思わなかったけど、遮るように紫音が私の前に立った。
「まずは玻璃に会わせて下さい。決めるのはその後です」
「会ってもどうにもならないですよ。彼女はもう長くない」
「それを決めるのはあなたではありませんよ。まさか経営者ごときが当主の言を妨げる権利があると思っていないでしょうね」
「これは失礼致しました」
出会った当初からは考えられないくらいに紫音は強気だった。
お父さんの頼みに応えるため愚かであるように振る舞っていたんだろう。本当は若旦那と並んでいたかっただろうに。
若旦那は紫音に頭を下げると私を振き手を差し伸べてきた。
「案内するよ、累の金魚屋へ。玻璃はそこにいる」
この手を取って良いんだろうか。この手を掴んだら二度と戻れなくなるんじゃないだろうか。
怖くて踏み出せなかったけど、支えてくれるかのように紫音が私の肩を抱いた。
「ここで迷ってても仕方がないわ」
「……うん」
紫音に付き添われるようにして若旦那に付いていくと、最初に私がやって来た鯉の泳ぐ水壁の広間を抜けて長い長い螺旋階段を上り始めた。
頭上に見える天井も水面で、ゆらゆらと光が揺蕩っている。
眩暈がするような距離を登り続けると、ようやくその終わりが見えてきた。辿り着いたところには朱塗りの大きな扉が立っていた。水壁の中に突如として現れたそれはとても異質だった。
「この先が累の金魚屋だ。怖い場所じゃないけど、金魚屋の外に出ちゃいけないよ。昇天しちゃうからね」
「うん……」
若旦那は扉に手をかけゆっくりと開いた。溢れてくる光が眩しく目に突き刺さり目を閉じた。
ゆっくりと目を開くとそこはまた水壁だった。けれどその中で泳いでいるのは鯉ではなく金魚だ。
ここが金魚屋……
見渡す限りの水壁に圧倒される。一体これはどうやって立ってるんだろうか。不思議な光景に包まれながら進むと、コツンコツンと足音が聞こえてきた。
前を歩く若旦那のさらに向こう側から、赤茶の髪の青年がやって来た。その姿には水面が写り込んでいる。
誰だろう……
青年の右肩には金魚が一匹飛んでいた。
白いフード付きのパーカーの上から赤い着物を着てるけど、袂は無く洋服の袖のようになっている。帯ではなくベルトで締めていて、裾をベルトに入れ込んでいた。下は白いズボンに黒いロングブーツという和と洋が入り混じっている不思議な服装だ。
……若旦那と同じ顔。あれは、まさか。
「累様よ」
「あれが……」
累さんはかなりの軽装で、濃紺の着物を優雅に着こなす若旦那とは全く逆だ。
けれど凛とした涼やかな眼差しは若旦那とよく似てとても上品な――
「結―――――――――――――!!」
「わーい! 累だー!」
「結! 結結結結結!」
「累累累累累累累~!」
……え?
若旦那と累さんは双方飛びつくように抱き合った。二人はぴょんぴょんと飛び跳ねながら頬ずりをしている。
「元気だったか! 心配してたんだぞ!」
「寂しかったよ。三十分も累に会えなかったんだもの」
「俺だって寂しいよ。結がいない世界なんて何の意味もない」
二人はべったりとくっついたままきゃっきゃとはしゃいでいる。
いつもの威厳溢れる若旦那の姿はどこにもなく、まるで小さな子供のようだった。
「いやいやいやいや誰誰誰誰! つーか三十分で『元気だったか』って!」
「いつもあの調子よ。慣れなさい」
「嘘でしょ……」
紫音は全く動じず、はあとため息を吐いている。
いつもかぁ……
脳内が混乱を極めていると、ふいに累さんの後ろにもう一人赤い着物の子供がいることに気が付いた。
ひらりとした金魚のような服はひよちゃんによく似ている。
この子、もしかして……
「依都様! お元気ですか-!」
「三十分前に会ったでしょ」
ひよちゃんも若旦那と累さんのようにぴょんっと跳ねて少年に抱き着いた。
まるで金魚が二匹じゃれ合っているようで可愛らしい。
「ねえ、紫音。依都ってことはあの子が」
「金魚屋当主」
「やっぱり」
依都様ぁ、と甘えるようにひよちゃんはぎゅうぎゅうと抱き着いている。
見たところ歳の差は無いように見えるけど、ひよちゃんをよしよしとあやす様子は年上のように見える。
若旦那と累さんはともかく純粋に可愛い2人をじっと見つめていると、ふと依都君と目が合った。依都君はにぱっと微笑みとととっと私の方に寄ってきた。
「こんにちは! 依都です!」
「瑠璃よ。こんにちは。ひよちゃんといい、金魚屋当主は可愛いことが条件なの?」
「どうでしょうね。でも神威と依都は容姿も対になると言われているわ」
「神威さんは依都さんを守るための人なんだっけ」
気が付けば神威さんはいつの間にか依都君の傍に立っていた。依都君は多分百五十センチメートルくらいしかないだろうけど、百八十センチメートルはあるであろう長身の神威さんの横にいるからかとても小さく見える。
二人でワンセットってことか。
なるほど、なんて思ってると、ぴょこんっとひよちゃんが飛び跳ねた。
「そうです! 神威さんは依都様に片想い中です!」
「へ?」
「っだ―――! 何言ってんだお前は!」
「むぐ」
片想い?
神威さんは顔を真っ赤にしてひよちゃんの口を後ろから両手で塞いだ。当の依都君はけたけたと笑っているけれど、神威さんはだらだらと汗をかいて慌てている。
「えーっと、依都君じゃなくて依都ちゃんなの?」
「いいえ。依都様は男の子ですよ」
「なるほど」
「違う! 違うからな!」
「その反応はそうですよ。あ、私同性愛に偏見ないから大丈夫ですよ」
「だって。よかったね、神威君」
「だから違うっての!」
「はいはい。そんな事より玻璃ちゃんに会いに来たんでしょ?」
「ああ、うん。どこにいるの?」
「あっちだよ。累さーん! 結様! じゃれてないで行きますよ~!」
「遅いお戻りでしたね、ご当主。どこからどこまで黒曜さんのシナリオかな」
「あなたが瑠璃を迎えに行った時からですわ」
「最初からじゃないですか。まったく。敵わないな」
はあ、と若旦那は苦笑いをするとちらりと私を見てほんの少しだけ俯いた。
「君にはすまないと思う。それでも僕らにはまだ黒曜さんが必要なんだ。どうしても」
今ここで死ねということね……
若旦那はすっと私に手を伸ばしてきた。何をされるとも思わなかったけど、遮るように紫音が私の前に立った。
「まずは玻璃に会わせて下さい。決めるのはその後です」
「会ってもどうにもならないですよ。彼女はもう長くない」
「それを決めるのはあなたではありませんよ。まさか経営者ごときが当主の言を妨げる権利があると思っていないでしょうね」
「これは失礼致しました」
出会った当初からは考えられないくらいに紫音は強気だった。
お父さんの頼みに応えるため愚かであるように振る舞っていたんだろう。本当は若旦那と並んでいたかっただろうに。
若旦那は紫音に頭を下げると私を振き手を差し伸べてきた。
「案内するよ、累の金魚屋へ。玻璃はそこにいる」
この手を取って良いんだろうか。この手を掴んだら二度と戻れなくなるんじゃないだろうか。
怖くて踏み出せなかったけど、支えてくれるかのように紫音が私の肩を抱いた。
「ここで迷ってても仕方がないわ」
「……うん」
紫音に付き添われるようにして若旦那に付いていくと、最初に私がやって来た鯉の泳ぐ水壁の広間を抜けて長い長い螺旋階段を上り始めた。
頭上に見える天井も水面で、ゆらゆらと光が揺蕩っている。
眩暈がするような距離を登り続けると、ようやくその終わりが見えてきた。辿り着いたところには朱塗りの大きな扉が立っていた。水壁の中に突如として現れたそれはとても異質だった。
「この先が累の金魚屋だ。怖い場所じゃないけど、金魚屋の外に出ちゃいけないよ。昇天しちゃうからね」
「うん……」
若旦那は扉に手をかけゆっくりと開いた。溢れてくる光が眩しく目に突き刺さり目を閉じた。
ゆっくりと目を開くとそこはまた水壁だった。けれどその中で泳いでいるのは鯉ではなく金魚だ。
ここが金魚屋……
見渡す限りの水壁に圧倒される。一体これはどうやって立ってるんだろうか。不思議な光景に包まれながら進むと、コツンコツンと足音が聞こえてきた。
前を歩く若旦那のさらに向こう側から、赤茶の髪の青年がやって来た。その姿には水面が写り込んでいる。
誰だろう……
青年の右肩には金魚が一匹飛んでいた。
白いフード付きのパーカーの上から赤い着物を着てるけど、袂は無く洋服の袖のようになっている。帯ではなくベルトで締めていて、裾をベルトに入れ込んでいた。下は白いズボンに黒いロングブーツという和と洋が入り混じっている不思議な服装だ。
……若旦那と同じ顔。あれは、まさか。
「累様よ」
「あれが……」
累さんはかなりの軽装で、濃紺の着物を優雅に着こなす若旦那とは全く逆だ。
けれど凛とした涼やかな眼差しは若旦那とよく似てとても上品な――
「結―――――――――――――!!」
「わーい! 累だー!」
「結! 結結結結結!」
「累累累累累累累~!」
……え?
若旦那と累さんは双方飛びつくように抱き合った。二人はぴょんぴょんと飛び跳ねながら頬ずりをしている。
「元気だったか! 心配してたんだぞ!」
「寂しかったよ。三十分も累に会えなかったんだもの」
「俺だって寂しいよ。結がいない世界なんて何の意味もない」
二人はべったりとくっついたままきゃっきゃとはしゃいでいる。
いつもの威厳溢れる若旦那の姿はどこにもなく、まるで小さな子供のようだった。
「いやいやいやいや誰誰誰誰! つーか三十分で『元気だったか』って!」
「いつもあの調子よ。慣れなさい」
「嘘でしょ……」
紫音は全く動じず、はあとため息を吐いている。
いつもかぁ……
脳内が混乱を極めていると、ふいに累さんの後ろにもう一人赤い着物の子供がいることに気が付いた。
ひらりとした金魚のような服はひよちゃんによく似ている。
この子、もしかして……
「依都様! お元気ですか-!」
「三十分前に会ったでしょ」
ひよちゃんも若旦那と累さんのようにぴょんっと跳ねて少年に抱き着いた。
まるで金魚が二匹じゃれ合っているようで可愛らしい。
「ねえ、紫音。依都ってことはあの子が」
「金魚屋当主」
「やっぱり」
依都様ぁ、と甘えるようにひよちゃんはぎゅうぎゅうと抱き着いている。
見たところ歳の差は無いように見えるけど、ひよちゃんをよしよしとあやす様子は年上のように見える。
若旦那と累さんはともかく純粋に可愛い2人をじっと見つめていると、ふと依都君と目が合った。依都君はにぱっと微笑みとととっと私の方に寄ってきた。
「こんにちは! 依都です!」
「瑠璃よ。こんにちは。ひよちゃんといい、金魚屋当主は可愛いことが条件なの?」
「どうでしょうね。でも神威と依都は容姿も対になると言われているわ」
「神威さんは依都さんを守るための人なんだっけ」
気が付けば神威さんはいつの間にか依都君の傍に立っていた。依都君は多分百五十センチメートルくらいしかないだろうけど、百八十センチメートルはあるであろう長身の神威さんの横にいるからかとても小さく見える。
二人でワンセットってことか。
なるほど、なんて思ってると、ぴょこんっとひよちゃんが飛び跳ねた。
「そうです! 神威さんは依都様に片想い中です!」
「へ?」
「っだ―――! 何言ってんだお前は!」
「むぐ」
片想い?
神威さんは顔を真っ赤にしてひよちゃんの口を後ろから両手で塞いだ。当の依都君はけたけたと笑っているけれど、神威さんはだらだらと汗をかいて慌てている。
「えーっと、依都君じゃなくて依都ちゃんなの?」
「いいえ。依都様は男の子ですよ」
「なるほど」
「違う! 違うからな!」
「その反応はそうですよ。あ、私同性愛に偏見ないから大丈夫ですよ」
「だって。よかったね、神威君」
「だから違うっての!」
「はいはい。そんな事より玻璃ちゃんに会いに来たんでしょ?」
「ああ、うん。どこにいるの?」
「あっちだよ。累さーん! 結様! じゃれてないで行きますよ~!」
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