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第一章
第十八話 黒曜の威
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「どういうこと? 鯉屋もお父さんが作ったの?」
「そう。常夜には特別な店がいくつかある。鯉屋と金魚屋、鈴屋、破魔屋。そしてこれは全て黒曜さんが作った店だった」
「でも鯉屋には大旦那様ってのがいたんでしょ?」
「それが黒曜様よ。私は鯉屋当主の血筋だけど、経営はずっと黒曜様がお一人でなさっていた」
「え? 経営は鈴屋じゃないの?」
「だから、黒曜様が全ての店の大旦那様だったのよ。鈴屋様も黒曜様なのよ」
「ああなるほど……」
私はまだこの世界を熟知したわけじゃない。それでも鯉屋が頂点で金魚屋はその姉妹店のようなものであることは分かっている。これは圧倒的に特別な店だけど、鈴屋は鯉屋から独立して経済の要である大店を握っている特別な店だ。出目金を倒せる破魔屋は若旦那に服従というわけでもない独立した組織で、これもまた特別だ。
つまり常夜の全てをお父さんが動かしていたようなものだ。
「……あんまり実感はないけど、そんな凄いこと一人でできるものなの?」
「規模が小さいうちはできてたんだよ。けど時が流れ人口が増え魂も増え、いよいよ手が回らなくなっていた」
「それを若旦那がぶんどったと」
「無駄を省いただけだよ。黒曜さんはそれを道具に落とし込み汎用化し物理的な運用になった。特別な店は必要なくなり、現世から鯉屋の跡取りを召ぶ必要もなくなったんだ」
「鯉屋を作ったのはお父さんなのよね。お父さんも現世から常夜に来たの?」
「黒曜さんは常夜生まれだよ。ただし、母親が現世から来た人だった」
「ハーフってこと? そんなことあるの?」
「普通は無いよ。だから黒曜さんはこの世の理から外れた唯一無二の存在だった。黒曜さんが現世でどう生きたのかは知らないけど、彼の母親の姓が『吉岡』だったらしいね」
「……お父さんが現世へ行ったことを怒ってるの?」
「それは別に。破魔矢は納品してくれてたから僕としては問題無いよ。問題はどうして黒曜さんが紫音さんにこんなことをさせたかだ」
*
そういえば引継ぎを受けたのは紫音だけなのよね。そういや何を引き継いだのかしら。
「黒曜さんの指示っていうのは具体的にどういう内容なんです?」
「真意のほどは分かりません。ただ『遠からず破魔矢が必要になる』と」
「出目金が増えるから破魔矢が必要ってこと? もしそうならそれはこっちの仕事じゃないじゃん」
「こっち?」
首を傾げて不思議そうな顔をしたのは楓さんだ。
こっちって常夜?
「けどあっちからその報告はきてないよ」
「あっち?」
「少し黙ってなさい」
「いやいや私のことなんだけど。破魔矢作るの私なんだから。『あっち』とやらが出目金をどうにかしてくれるの?」
「それは――……」
若旦那は何かを言おうとしてぴたりと止まった。口元に手を当て考え込むと眉間にしわを寄せた。
「そういうことか」
「どういうことよ」
「どうも妙だと思ってたんだ」
若旦那は立ち上がると神威さんの前に立ち、顔を近づけじいっと睨んだ。
*
「どうして一人で戻って来たんだい?」
神威さんはあからさまにギクッという顔をした。
素直な人だな……
「『神威』は『依都』を守るために存在する。それがどうしてこんな長期に渡り傍を離れたのか」
依都といえば金魚屋の当主。神威さんは依都さんとやらと近しい人なのかしら。
関係性が分からないけど、神威さんは気まずそうに顔を背けて目を泳がせた。けれど若旦那は思い切り首を絞めた。
「吐け」
「し、知らな」
「吐かないと依都を罷免するよ。金魚屋当主の指名権限は僕にある」
ほら吐け、と若旦那はぎりぎりと締め上げた。どこに隠れていたのかぬるりと錦鯉も現れ神威さんの顔の横でがちがちと噛みつくようなふりをしている。
「分かったよ! 分かったから放せ!」
「言えば放す。どうしてよりちゃんの傍を離れたの」
よりちゃんとは依都さんのことか?
「……累の指示だ。玻璃を守れと言われてる」
「やっぱりね」
知らない名前が出て来て、私はこそっと紫音に耳打ちをした。
「ねえ。累って誰?」
「棗累様。現世金魚屋の開祖で、結様の双子の兄君様よ」
「へ!?」
「そう。常夜には特別な店がいくつかある。鯉屋と金魚屋、鈴屋、破魔屋。そしてこれは全て黒曜さんが作った店だった」
「でも鯉屋には大旦那様ってのがいたんでしょ?」
「それが黒曜様よ。私は鯉屋当主の血筋だけど、経営はずっと黒曜様がお一人でなさっていた」
「え? 経営は鈴屋じゃないの?」
「だから、黒曜様が全ての店の大旦那様だったのよ。鈴屋様も黒曜様なのよ」
「ああなるほど……」
私はまだこの世界を熟知したわけじゃない。それでも鯉屋が頂点で金魚屋はその姉妹店のようなものであることは分かっている。これは圧倒的に特別な店だけど、鈴屋は鯉屋から独立して経済の要である大店を握っている特別な店だ。出目金を倒せる破魔屋は若旦那に服従というわけでもない独立した組織で、これもまた特別だ。
つまり常夜の全てをお父さんが動かしていたようなものだ。
「……あんまり実感はないけど、そんな凄いこと一人でできるものなの?」
「規模が小さいうちはできてたんだよ。けど時が流れ人口が増え魂も増え、いよいよ手が回らなくなっていた」
「それを若旦那がぶんどったと」
「無駄を省いただけだよ。黒曜さんはそれを道具に落とし込み汎用化し物理的な運用になった。特別な店は必要なくなり、現世から鯉屋の跡取りを召ぶ必要もなくなったんだ」
「鯉屋を作ったのはお父さんなのよね。お父さんも現世から常夜に来たの?」
「黒曜さんは常夜生まれだよ。ただし、母親が現世から来た人だった」
「ハーフってこと? そんなことあるの?」
「普通は無いよ。だから黒曜さんはこの世の理から外れた唯一無二の存在だった。黒曜さんが現世でどう生きたのかは知らないけど、彼の母親の姓が『吉岡』だったらしいね」
「……お父さんが現世へ行ったことを怒ってるの?」
「それは別に。破魔矢は納品してくれてたから僕としては問題無いよ。問題はどうして黒曜さんが紫音さんにこんなことをさせたかだ」
*
そういえば引継ぎを受けたのは紫音だけなのよね。そういや何を引き継いだのかしら。
「黒曜さんの指示っていうのは具体的にどういう内容なんです?」
「真意のほどは分かりません。ただ『遠からず破魔矢が必要になる』と」
「出目金が増えるから破魔矢が必要ってこと? もしそうならそれはこっちの仕事じゃないじゃん」
「こっち?」
首を傾げて不思議そうな顔をしたのは楓さんだ。
こっちって常夜?
「けどあっちからその報告はきてないよ」
「あっち?」
「少し黙ってなさい」
「いやいや私のことなんだけど。破魔矢作るの私なんだから。『あっち』とやらが出目金をどうにかしてくれるの?」
「それは――……」
若旦那は何かを言おうとしてぴたりと止まった。口元に手を当て考え込むと眉間にしわを寄せた。
「そういうことか」
「どういうことよ」
「どうも妙だと思ってたんだ」
若旦那は立ち上がると神威さんの前に立ち、顔を近づけじいっと睨んだ。
*
「どうして一人で戻って来たんだい?」
神威さんはあからさまにギクッという顔をした。
素直な人だな……
「『神威』は『依都』を守るために存在する。それがどうしてこんな長期に渡り傍を離れたのか」
依都といえば金魚屋の当主。神威さんは依都さんとやらと近しい人なのかしら。
関係性が分からないけど、神威さんは気まずそうに顔を背けて目を泳がせた。けれど若旦那は思い切り首を絞めた。
「吐け」
「し、知らな」
「吐かないと依都を罷免するよ。金魚屋当主の指名権限は僕にある」
ほら吐け、と若旦那はぎりぎりと締め上げた。どこに隠れていたのかぬるりと錦鯉も現れ神威さんの顔の横でがちがちと噛みつくようなふりをしている。
「分かったよ! 分かったから放せ!」
「言えば放す。どうしてよりちゃんの傍を離れたの」
よりちゃんとは依都さんのことか?
「……累の指示だ。玻璃を守れと言われてる」
「やっぱりね」
知らない名前が出て来て、私はこそっと紫音に耳打ちをした。
「ねえ。累って誰?」
「棗累様。現世金魚屋の開祖で、結様の双子の兄君様よ」
「へ!?」
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