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第一章
第十二話 白練
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鈴屋当主、白練。
鈴屋というのがどれほど重要な店かは分からない。でも若旦那が大店の管理と紫音お嬢さんを任せている時点で何かしら特別な人であることは間違いない。
思いもよらないところで願っていた縁を手に入れ、私は貰った赤い錫をぎゅっと強く握りしめた。
「本当に貰っていいの?」
「ああ。鉢を守ってくれたのだからこれくらいは当然だ」
「やった! 有難う! これならどこかで雇ってもらえるかもしれないわ」
「雇う? 君は金魚屋にいるんだろう?」
「でもお金がないと飴を変えないわ。破魔矢と交換でもいいっていうけど、作る数にも限度があるわ。それに奥の手を握られるのは嫌よ」
「ふむ……」
白練さんは腕を組み、少しだけ考え込んだ。それから小さく頷き、にこりと微笑んでくれる。
「こういうのはどうだ? 空き店舗を貸してあげるからそこで装飾品屋を開く。商品は手作りでもどこかから卸してもよい。もちろん破魔矢を売るのも良いだろう」
「自分の店を開いちゃうってことよね。私も最初はそれがいいと思ったんだけど……」
「懸念でも?」
「若旦那に反発したことが知れ渡るわけじゃない。それって敵が増えると思うのよね。それに破魔屋さんだって嫌がるし、紫音お嬢さんも面白くないと思うわ」
「それはそうだろうね。だが君が気にする必要は無い」
「無くても気になるわよ。別に私は経営がしたいわけじゃな――そうだ。あなた偉い人なのよね。現世に帰りたいんだけど何か方法無いかしら」
「君は帰りたいのかい?」
「当たり前でしょ! 家だってお父さんの形見だって全部向こうなんだから! それに方法はあるわ。絶対ある!」
「へえ。どうしてそう思う?」
「お父さんは元々こっちの人なんでしょう? なら現世に行く方法があるのよ。それに若旦那は現世に来たわ。私を連れて来たのはあの人よ。往復できるのよ!」
現世と常夜は完全に乖離しているように言うけれど、魂が輪廻するという点では繋がっている世界だ。
お父さんが何でそんな特別な存在だったのか知らないけど、その娘の私なら現世へ渡れるかもしれない。
けれど白蓮さんは頷いてくれなかった。それどころか少し俯き、また少し考え込んだ。
「……かつて現世からやってきて現世へ帰った男がいた」
「え!? 何それ! できるの!?」
「そうだ。それこそ」
「ストーップ」
「ぶっ」
突如私の鼻と口元を何かが覆った。
驚き思わず跳ね除けると、それが扇だったことに気付いた。そしてそれを握っているのは呆れ顔の若旦那だった。
「喋りすぎだよ、白練さん」
「これは失礼」
「ちょっとあんた! 往復する方法教えなさいよ!」
「いいけど、あれは僕以外にはできないんだよ」
若旦那はすっと右腕を上げた。すると若旦那の後ろからぬるりと何かが宙を泳いで現れた。
「錦鯉?」
「そう。現世へ向かうにはこの子達を犠牲にする」
「犠牲?」
「この子達も君の金魚と同じだよ。人の手で作られた魂。現世と常夜を往復する際に身代わりとなってくれる」
「え? 魂が二つあれば誰の魂でもいいってこと?」
「そう。でもそれが通用するのは現世の肉体を持っている者のみだ」
「現世の肉体って、え? あんた現世の人間なの?」
「その中間というところかな。鯉屋の跡取りは現世で生きながら死んでいる者から選ばれ、そのまま常夜へやって来るんだ。半死半生。だから行き来する時に『これから金魚になる魂』と判断され輪廻の対象にならない。だが君は違う。今ここにいる君は魂のみ。現世の肉体を持たないからこの子達では身代わりになれないんだ」
「……信じられないわ。証拠は?」
「無いね。一か八かやってみるのもいいだろう。失敗したら消滅するけどね」
若旦那はくすっと笑うと錦鯉を撫でた。
「白練さん。経営補佐は止めないけど、必要以上のことは許さないからね」
「承知したよ。我らが若旦那様」
白練さんが立ち上がり深々と頭を下げると、若旦那は錦鯉を連れて帰って行った。
鈴屋というのがどれほど重要な店かは分からない。でも若旦那が大店の管理と紫音お嬢さんを任せている時点で何かしら特別な人であることは間違いない。
思いもよらないところで願っていた縁を手に入れ、私は貰った赤い錫をぎゅっと強く握りしめた。
「本当に貰っていいの?」
「ああ。鉢を守ってくれたのだからこれくらいは当然だ」
「やった! 有難う! これならどこかで雇ってもらえるかもしれないわ」
「雇う? 君は金魚屋にいるんだろう?」
「でもお金がないと飴を変えないわ。破魔矢と交換でもいいっていうけど、作る数にも限度があるわ。それに奥の手を握られるのは嫌よ」
「ふむ……」
白練さんは腕を組み、少しだけ考え込んだ。それから小さく頷き、にこりと微笑んでくれる。
「こういうのはどうだ? 空き店舗を貸してあげるからそこで装飾品屋を開く。商品は手作りでもどこかから卸してもよい。もちろん破魔矢を売るのも良いだろう」
「自分の店を開いちゃうってことよね。私も最初はそれがいいと思ったんだけど……」
「懸念でも?」
「若旦那に反発したことが知れ渡るわけじゃない。それって敵が増えると思うのよね。それに破魔屋さんだって嫌がるし、紫音お嬢さんも面白くないと思うわ」
「それはそうだろうね。だが君が気にする必要は無い」
「無くても気になるわよ。別に私は経営がしたいわけじゃな――そうだ。あなた偉い人なのよね。現世に帰りたいんだけど何か方法無いかしら」
「君は帰りたいのかい?」
「当たり前でしょ! 家だってお父さんの形見だって全部向こうなんだから! それに方法はあるわ。絶対ある!」
「へえ。どうしてそう思う?」
「お父さんは元々こっちの人なんでしょう? なら現世に行く方法があるのよ。それに若旦那は現世に来たわ。私を連れて来たのはあの人よ。往復できるのよ!」
現世と常夜は完全に乖離しているように言うけれど、魂が輪廻するという点では繋がっている世界だ。
お父さんが何でそんな特別な存在だったのか知らないけど、その娘の私なら現世へ渡れるかもしれない。
けれど白蓮さんは頷いてくれなかった。それどころか少し俯き、また少し考え込んだ。
「……かつて現世からやってきて現世へ帰った男がいた」
「え!? 何それ! できるの!?」
「そうだ。それこそ」
「ストーップ」
「ぶっ」
突如私の鼻と口元を何かが覆った。
驚き思わず跳ね除けると、それが扇だったことに気付いた。そしてそれを握っているのは呆れ顔の若旦那だった。
「喋りすぎだよ、白練さん」
「これは失礼」
「ちょっとあんた! 往復する方法教えなさいよ!」
「いいけど、あれは僕以外にはできないんだよ」
若旦那はすっと右腕を上げた。すると若旦那の後ろからぬるりと何かが宙を泳いで現れた。
「錦鯉?」
「そう。現世へ向かうにはこの子達を犠牲にする」
「犠牲?」
「この子達も君の金魚と同じだよ。人の手で作られた魂。現世と常夜を往復する際に身代わりとなってくれる」
「え? 魂が二つあれば誰の魂でもいいってこと?」
「そう。でもそれが通用するのは現世の肉体を持っている者のみだ」
「現世の肉体って、え? あんた現世の人間なの?」
「その中間というところかな。鯉屋の跡取りは現世で生きながら死んでいる者から選ばれ、そのまま常夜へやって来るんだ。半死半生。だから行き来する時に『これから金魚になる魂』と判断され輪廻の対象にならない。だが君は違う。今ここにいる君は魂のみ。現世の肉体を持たないからこの子達では身代わりになれないんだ」
「……信じられないわ。証拠は?」
「無いね。一か八かやってみるのもいいだろう。失敗したら消滅するけどね」
若旦那はくすっと笑うと錦鯉を撫でた。
「白練さん。経営補佐は止めないけど、必要以上のことは許さないからね」
「承知したよ。我らが若旦那様」
白練さんが立ち上がり深々と頭を下げると、若旦那は錦鯉を連れて帰って行った。
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