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第一章
第六話 犠牲
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ひよちゃんを追って騒ぎの中心へ向かうと、そこは異常な事態に陥っていた。
「な、何あれ!」
「出目金です。共食いを続けるとああなります」
「完璧にモンスターじゃない……」
暴れているのはゆうに一メートルはあろうかとう出目金だった。口は大きく裂けていて巨大な牙が剥き出しになっている。自由自在に宙を飛び、獲物を見つけては飛び掛かる。獲物となっているのは何にも守られない鉢の人々だった。
「助けないと!」
「駄目です! これが出目金退治なんです!」
「は!? 何が退治よ! これじゃ死ぬのは人の方よ!」
「そうです。でもそうしなきゃ出目金を消すことはできないんです!」
「必要犠牲だとでも言いたいの!? ありえないわ!」
「じゃあどうするんですか! 瑠璃さんが代わりに死んであげますか!? 生者がいる限り出目金はどんどん出てきます!」
ひよちゃんの剣幕に私は無意識に身体が震えて動けなくなった。
確かにその通りだ。今ここで私が躍り出たところで死ぬ人間が変わるだけで、何が終結するわけでもない。
「……人を食べると消えるのはどうして? 共食いで大きくなるんでしょ?」
「鉢の人は出目金じゃないですもん。出目金は出目金以外を食べると消化不良で消えるんです」
必要犠牲だ。自分で言っておいて私はそう思ってしまった。そう思うと生贄同然の彼らを助けに行こうとした脚は震えて途端に動かなくなってしまう。
どうしよう、どうしよう。そう震えるしかなかったが、そんな私を突き飛ばして躍り出た者がいた。
「どけ雛依! 戦う気のない奴は邪魔だ!」
「楓さん!?」
楓を筆頭に数名の男女がどこからともなく飛び出てきた。
全員がレザーのパンツで、和服ばかりのこの世界には似つかわしくない。だが目を引いたのは手に持っている物だ。それは私が良く知っている物だった。
網! お父さんのだわ!
彼らは皆西洋剣か銃を携えながら、連携して出目金に網をかぶせていく。すると出目金の皮膚がじゅうじゅうと焼け、次第に出目金は動かなくなっていった。動かなくなったところに銃を打ち込み西洋剣で少しずつ切っていく。決して無茶苦茶に飛びつくようなことはせず、一歩ずつ着実に息の根を止めていくようだった。
「あれも破魔矢にカウントされるのかしら」
「もちろんです。破魔屋さんは黒曜様の破魔矢をもってる人の集まりなんです」
「なるほど。出目金退治組織なわけだ。ならもっと大々的に活動すればいいじゃない」
「破魔屋さんは数人しかいないんです。破魔矢も消耗すればいずれ使えなくなる」
「……そうよね。特に銃は弾丸が必要だし」
「僕らだってこれが良いと思ってるわけじゃありません。だから結様は出目金を退治する方法を探しているんです。そしてようやく瑠璃さんを見つけた」
「わ、私?」
「お願いです! 破魔矢を作って下さい! 僕らにはまだ黒曜様の力が必要なんです!」
ひよちゃんは涙を堪えながら訴えた。その後ろではまだ出目金が何匹か飛んでいて、破魔屋の数人では対処が追い付いていないようだった。人々は泣き叫び逃げ続けている。
ポケットを撫でると、そこには父の作ってくれた数珠が――破魔矢が入っている。これは父の形見だ。現世に戻れない今、父の形見はもうこれしかない。
けれど私はポケットからそれを取り出しひよちゃんの眼前に突き出した。
「破魔矢!」
「使って良いわ。ただし飴と交換よ!」
「は、はい! あります! あげます!」
「ならいいわ」
私はぐっと数珠を握った。黒いもやだったあれらにぶつけると弾け飛び粉々になってしまった。きっとこれはもう手元には戻ってこないだろう。
けれど私はそっとひよちゃんの手に握らせた。
「どうするかはひよちゃんの自由よ」
「は、はい! 有難うございます!」
ひよちゃんは数珠を引っ掴んで走り出した。出目金が恐ろしくないのか一直線に向って行き、片っ端から数珠で殴っていく。ただそれだけなのに出目金は消え、何匹か消した時に数珠はついに砕け散ってしまった。
けれどその頃には出目金も全て消えていて、辺りは安堵のため息と喜びの声でにぎわっていた。それを聞くと父の形見を失くした寂しさよりも、必要犠牲などと思った自分の醜さが許されたような気がした。
破魔屋の人々はまだ警戒しよう、見回りだ、と警備に向かうようだった。若旦那の側仕えという地位にあるひよちゃんを守ることもなく散っていく。その手にはしっかりと西洋剣――破魔矢が握りしめられている。
納品先は鯉屋で破魔屋じゃなかった。けど彼らは破魔矢を持っている。つまり破魔屋は身内で、鯉屋から独立した一組織なんだ。なら若旦那と交換交渉をすれば私は生きていける。
遠くでひよちゃんがきゃっきゃとはしゃいでいた。鉢の人とも仲が良いようだ。
ポケットを撫でると空だった。父のくれた数珠はもうない。けれど作り方は覚えている。
……それに放ってはおけない。こんなのは間違ってる!
父の遺してくれた物はもう何も無い。けれど父の全ては私の中にあった。
「な、何あれ!」
「出目金です。共食いを続けるとああなります」
「完璧にモンスターじゃない……」
暴れているのはゆうに一メートルはあろうかとう出目金だった。口は大きく裂けていて巨大な牙が剥き出しになっている。自由自在に宙を飛び、獲物を見つけては飛び掛かる。獲物となっているのは何にも守られない鉢の人々だった。
「助けないと!」
「駄目です! これが出目金退治なんです!」
「は!? 何が退治よ! これじゃ死ぬのは人の方よ!」
「そうです。でもそうしなきゃ出目金を消すことはできないんです!」
「必要犠牲だとでも言いたいの!? ありえないわ!」
「じゃあどうするんですか! 瑠璃さんが代わりに死んであげますか!? 生者がいる限り出目金はどんどん出てきます!」
ひよちゃんの剣幕に私は無意識に身体が震えて動けなくなった。
確かにその通りだ。今ここで私が躍り出たところで死ぬ人間が変わるだけで、何が終結するわけでもない。
「……人を食べると消えるのはどうして? 共食いで大きくなるんでしょ?」
「鉢の人は出目金じゃないですもん。出目金は出目金以外を食べると消化不良で消えるんです」
必要犠牲だ。自分で言っておいて私はそう思ってしまった。そう思うと生贄同然の彼らを助けに行こうとした脚は震えて途端に動かなくなってしまう。
どうしよう、どうしよう。そう震えるしかなかったが、そんな私を突き飛ばして躍り出た者がいた。
「どけ雛依! 戦う気のない奴は邪魔だ!」
「楓さん!?」
楓を筆頭に数名の男女がどこからともなく飛び出てきた。
全員がレザーのパンツで、和服ばかりのこの世界には似つかわしくない。だが目を引いたのは手に持っている物だ。それは私が良く知っている物だった。
網! お父さんのだわ!
彼らは皆西洋剣か銃を携えながら、連携して出目金に網をかぶせていく。すると出目金の皮膚がじゅうじゅうと焼け、次第に出目金は動かなくなっていった。動かなくなったところに銃を打ち込み西洋剣で少しずつ切っていく。決して無茶苦茶に飛びつくようなことはせず、一歩ずつ着実に息の根を止めていくようだった。
「あれも破魔矢にカウントされるのかしら」
「もちろんです。破魔屋さんは黒曜様の破魔矢をもってる人の集まりなんです」
「なるほど。出目金退治組織なわけだ。ならもっと大々的に活動すればいいじゃない」
「破魔屋さんは数人しかいないんです。破魔矢も消耗すればいずれ使えなくなる」
「……そうよね。特に銃は弾丸が必要だし」
「僕らだってこれが良いと思ってるわけじゃありません。だから結様は出目金を退治する方法を探しているんです。そしてようやく瑠璃さんを見つけた」
「わ、私?」
「お願いです! 破魔矢を作って下さい! 僕らにはまだ黒曜様の力が必要なんです!」
ひよちゃんは涙を堪えながら訴えた。その後ろではまだ出目金が何匹か飛んでいて、破魔屋の数人では対処が追い付いていないようだった。人々は泣き叫び逃げ続けている。
ポケットを撫でると、そこには父の作ってくれた数珠が――破魔矢が入っている。これは父の形見だ。現世に戻れない今、父の形見はもうこれしかない。
けれど私はポケットからそれを取り出しひよちゃんの眼前に突き出した。
「破魔矢!」
「使って良いわ。ただし飴と交換よ!」
「は、はい! あります! あげます!」
「ならいいわ」
私はぐっと数珠を握った。黒いもやだったあれらにぶつけると弾け飛び粉々になってしまった。きっとこれはもう手元には戻ってこないだろう。
けれど私はそっとひよちゃんの手に握らせた。
「どうするかはひよちゃんの自由よ」
「は、はい! 有難うございます!」
ひよちゃんは数珠を引っ掴んで走り出した。出目金が恐ろしくないのか一直線に向って行き、片っ端から数珠で殴っていく。ただそれだけなのに出目金は消え、何匹か消した時に数珠はついに砕け散ってしまった。
けれどその頃には出目金も全て消えていて、辺りは安堵のため息と喜びの声でにぎわっていた。それを聞くと父の形見を失くした寂しさよりも、必要犠牲などと思った自分の醜さが許されたような気がした。
破魔屋の人々はまだ警戒しよう、見回りだ、と警備に向かうようだった。若旦那の側仕えという地位にあるひよちゃんを守ることもなく散っていく。その手にはしっかりと西洋剣――破魔矢が握りしめられている。
納品先は鯉屋で破魔屋じゃなかった。けど彼らは破魔矢を持っている。つまり破魔屋は身内で、鯉屋から独立した一組織なんだ。なら若旦那と交換交渉をすれば私は生きていける。
遠くでひよちゃんがきゃっきゃとはしゃいでいた。鉢の人とも仲が良いようだ。
ポケットを撫でると空だった。父のくれた数珠はもうない。けれど作り方は覚えている。
……それに放ってはおけない。こんなのは間違ってる!
父の遺してくれた物はもう何も無い。けれど父の全ては私の中にあった。
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