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第一章

第三十九話 忠告(一)

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 美星が有翼人の少年を守ったその日の夜。
 戸部の執務室で残業をしている護栄の元に大柄の男がやって来た。

「おーい。美星嬢ちゃん無事帰ったぞ」
「有難うございます、玲章殿」

 入ってきたのは玲章だ。護栄とは解放戦争前からの付き合いで、天藍の私的な友人でもある。
 現在は軍事を担う兵部を率いているが実際行うのは兵の訓練や街の見回りといった実働だけだ。文字の読み書きができないため書類仕事は全て護栄がやっているがこれには賛否両論あり、護栄も手を放したいと思っている。
 それというのも、軍事の全てが天藍に偏っているというのは先代皇派を踏みにじっていると言われている。
 そうする事ができれば願ったり叶ったりだが、兵の八割は先代皇派の肉食獣人。一致団結牙を剥かれたら勝ち目はないし、もし離脱されたら蛍宮軍事は一気に手薄となる。そうなれば他国はここぞとばかりに侵入してくるだろう。
 だが先代皇派は護栄の知略に敗退し先代皇を失ったという事実がある。護栄を超える軍師がいない限り反乱はできないのだ。
 つまり双方理解し協力しているわけではない。ならば軍事の半分は先代皇派に渡し、彼等にも権力を与えることで均衡を保ちたいのだ。
 けれど誰でも良いわけではない。全種族平等を理解し、手段は違えど同じ未来を見てくれる者でなくてはならない。
 その人選は難しく、今は護栄が兼務するしかないというわけだ。

「いいってことよ。俺にはこれくらいしかできない」
「……頭を撫でるの止めてくれませんか」
「おっとすまねえ」

 そう言いながらも玲章は護栄の頭をわしわしと撫でまわした。
 護栄の父親でも良いほどの年齢差があるためか昔から子ども扱いをされる。実際二十歳にも満たない護栄は玲章から見れば子供だろう。
 だが年齢がどうあれ護栄は子供のような甘やかし方をしてほしい質ではない。
 何とか逃げようと身をよじるが、大きく力強いその手からはなかなか逃げられない。
 力で叶わないのは分かっているので玲章の気が済むのを待つしかない――というのが護栄がこの数年で学習したことだ。

「しかし何でまた嬢ちゃんはあそこを見つけたんだ」
「知りませんよ。しかも瑠璃宮にまで手を出し始めたようですし」
「お、ついに制圧するか!」
「しませんよ。浩然といいあなたといい何故けしかけるんです」
「元凶はお前だろ。何で嬢ちゃんを傍に置いた」
「天藍様が美星の意を汲めと言うからですよ」
「天藍を言い訳にするな。誰が何を言おうと決めたのはお前だろ」

 護栄に正面から苦言を呈するのは玲章くらいだ。しかも高圧的ではなく心底善意からくる思いやりの叱咤だから絆されてしまう。
 はあとため息を吐き、護栄は椅子に背を預けた。

「有翼人を救う力になってくれると思った。それだけですよ」
「そりゃそうだろうよ。だが瑠璃宮は良くない場所だ。お前にとっても嬢ちゃんにとっても」
「……分かっています」
「なら放置するな。制圧なんてすぐに止めさせるべきだ」
「だから制圧などしません。福利厚生の施設として活用を検討しています」
「言い訳すんな」

 護栄が必死に取り繕う大義名分を言い訳と切って捨てるのも玲章くらいだ。
 お前のやってる事は全て無駄だと言われているようで腹立たしいが、心配してくれているのも伝わってくる。
 玲章の真っ直ぐな瞳は羨ましくもあり、苦手でもあった。

「分からないのです。天藍様の望みなら国崩しくらいいくらでもやりましょう。ですが……」

 護栄はぼんやりと天井を見上げ、ゆっくりと室内を見回した。
 戸部は重要な書類が多い。だから侍女の立ち入りを拒み、だが戸部職員は掃除をろくにしないので埃だらけだった。しかし美星が来てからはあちこち磨かれ輝いている。
 礼儀作法も家事全般も、美星は全てが丁寧だ。身のこなしもしゃなりしゃなりとしていて上品なのは育ちの良さが窺える。
 きっと政治には関わらず生きてきて、これからもそうしていられただろう。
 それなのに今は宮廷の政策に関わるほどの立ち位置にきてしまった。
 それというのも全ては美星が宮廷に上がったからで、それをさせたのは――

「……響玄殿は何故こんな事を」
「ああ、分からないってのはそっちか」
「宮廷に近付けても良い事は何一つないと誰よりも分かっているはず。それをあの方(・・・)との約束を違えてまで何故……」
「莉雹殿も口添えをしたんだったっけか」
「そうです。いつもの莉雹様であれば協力するはずがないのに」
「なら何か意味があるんだろ。そこ考えろよ」
「私なんかにあの方の考えは分かりませんよ。それに浩然も浩然だ。何故瑠璃宮の事を教えたりしたんだか」
「そりゃあお前を心配してだろ。あいつはお前に不利益な事はしない」
「ではこれに何の利益があるんです」
「知らん。けどさすがに天藍も無視はできないとさ。待ったをかけるそうだ」
「まあそうでしょうね」

 護栄はまた一つ大きなため息を吐いた。

「どうしたものか……」

 この数か月で目まぐるしく変わっていく。変えているのは誰なのか、自分を取巻く渦の正体は護栄にはまだ分からなかった。
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