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第一章

第三十五話 有翼人の羽根(四)

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「まず目的は有翼人保護区を作る事だけど、護栄様が今まで着手しなかった理由は何だと思う?」
「予算が無いから?」
「それ以前の問題があるんだ。予算を集めるとこまでいかない大問題が」
「えーっと……」
「答えは経験が無いから。保護区作りって何したらいいのか分からないんだ」
「どうして? 獣人保護区があるじゃない。同じやり方じゃ駄目なの?」
「あれは先代皇が作ったんだよ。護栄様は完成品を引き継いだだけで、分かるのは獣種ごとに必要な住居や食料も異なり、蛍宮医療は人間基準だから病気が治らないっていう問題認識だけ」
「……そっか。そうよね」
「これを乗り越えるには先代皇派と完全和解し保護区作りの知見を貰わなきゃいけない。でもこれが出来てない」
「彼等にしてみれば殿下は反逆者だものね」
「仮に和解できてもまた問題がある。有翼人は生態が分からない。何を用意したらいいか分からないんだ」
「じゃあ有翼人を熟知してる人が味方に必要ね」
「うん。でもこれも難易度が高い。なんたって有翼人は宮廷を信用してない。となると信用を得る活動を続ける必要があるけど、僕はこれ無理だと思うんだ」
「どうして。努力すれば変わるわ。私がそうだった」
「それは美星が護栄様に辿り着く縁があり努力できる人だったからだ。誰もが響玄殿と莉雹殿の口添えで入廷できるわけじゃない。努力ができない人もいる。けど国民一人ずつ全員と話をしていく事はできない。だから護栄様が『この人の提案なら聞こう』と思える人を代表に立ててもらわなくちゃならない」
「全有翼人の代表ってこと?」
「そう。有翼人には種族を率いる指導者が必要なんだね。これは有翼人側でどうにかしてもらうしかないけど、何もせず待ってるだけでそんな人物が出て来るとは思えない。なら指導者が生まれやすい環境を僕らが整えればいい」
「有翼人が集まる場所作りってことね!」
「そう。それも護栄様と指導者が交流しなければならない大義名分を持っている必要があるかな」
「なら宮廷の中が良いわ! 主導権は護栄様にないと駄目だもの!」
「そうだね。というわけで、これが美星のやる事」

 浩然はにこりと微笑んで美星の顔を覗き込んだ。

「護栄様の管轄下に有翼人の活動拠点を作る。そうすれば指導者が生まれて」
「宮廷と国民の架け橋になるわ!」

 美星は思わず立ち上がった。
 漠然と思っていた『有翼人を救う』という目標に向かう道筋が見えた気がした。浩然も嬉しそうに笑っている。

「僕は離宮が良いと思ってる。宮廷内だけど程好く独立してる場所」
「どうせなら既に役割を持ってる離宮がいいわ! これまでの歴史を引き継ぐ事になるから先代皇派の説得もしやすいわよ!」
「僕もそう思う。ならとっておきの離宮がある」

 浩然は立ち上がり窓を開けた。
 視界には幾つもの離宮が点在し、そこへたくさんの渡り廊下がある。
 その中の一つにとても大きな離宮があり、浩然をそこを指差した。

「宮廷直営百貨店『瑠璃宮』。上流階級の物流を握る伏魔殿だ」
「瑠璃宮ってたしか……」

 離宮はそれぞれ名を持つが、その中に宝石の名を冠した離宮があり、これが『宝玉棟』と呼ばれている。
 それぞれがとても広いため侍女の業務を圧迫している最大の原因でもある。
 美星はまだ立ち入ったことが無かったが、瑠璃宮の名はつい最近聞いた覚えがある。

『私の瑠璃宮は渡さん。それ以外は許す』

「あ! あの時の!」
「ここは難攻不落だ。経営全てを先代皇派が握ってるから護栄様もおいそれと手出しができない」
「そんなの無理矢理ぶんどって制圧すればいいじゃない」
「宮廷内で内乱起こしちゃ駄目だって。大義名分を整えて自然にやらないと。それに護栄様も僕も規則的に入れないんだ。何でだと思う?」
「先代皇派以外は立ち入り禁止とか?」
「ううん。禁止対象はもっと広範囲で、なんと男子禁制」
「え、宮廷全職員?」
「そう。招待客は種族性別問わずだけど、宮廷職員で入れるのは女性のみだ」

 もし護栄が瑠璃宮を手に入れたいと思ったとしても、その為には瑠璃宮の規則から覆さなくてはいけないということだ。
 しかしそれは先代皇派との溝を深める事でもある。ならば護栄は積極的には動けないし、離宮の一つくらい後回しにはなるだろう。護栄ですら手が出せないものを美星がどうこうできるとは思えない。
 けれどそれは単なる離宮の場合だ。瑠璃宮は離宮だがその役割は百貨店、つまり商売をする場所ということになる。
 それも上流階級のみで顧客は宮廷という一大企業。その販売形態は美星が手伝う父響玄の自店、天一と同じだ。

「瑠璃宮の仕入れは誰がやってるの!?」
「礼部だよ。けど支払は経費で、調度品の廃棄も多いから販管費が凄いんだ」
「じゃあもし瑠璃宮が手に入れば」
「有翼人に必要な物を戸部(ぼく)が買ってあげられるね」

 美星に政治の難しい事は分からない。以前より知識は増えたが、浩然の話はまだ難しい。
 護栄の真意を察するなんて、まだまだ到底できはしない。
 だが商売の土俵なら素人ではない。

「瑠璃宮は商才が左右する女の戦場。これを支配し有翼人指導者に渡す事ができれば現瑠璃宮予算は全て有翼人のものだ。どう?」
「やるわ! 見てなさい! 瑠璃宮は私が手に入れてみせる!」
「穏便にね」

 美星は瑠璃宮を見上げ、ぐっと手を握った。
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