31 / 42
第一章
第三十話 有翼人保護区(一)
しおりを挟む
仕事が休みの日、美星は天一の手伝いと家事をしている。
夕方になる前に買い物を済ませてしまおうと街へやってきたが、今日は仕事も兼ねてだった。
(日常で有翼人が何に困るか知っておきたいわ)
今までは買い物を深く考えたことは無かったが、戸部で予算について学んでからは色々考えるようになっていた。
有翼人を助けたいという想いは誰にも負けないつもりが、実際運用に落とし込めなければ意味がない。実現するためにも問題が発生する流れを知っておきたいと思ったのだ。
ひとまず美星は買い物の目的地である行きつけの肉屋に入り店内を見回した。
客はぎっしりで満員御礼状態で、美星の知る過去に比較すれば倍以上の客が入っている。各自が買っている量もとても多い。
不思議に思い値札を見ると、それは驚くほど安くなっていた。
「美星ちゃんいらっしゃい。久しぶりだね」
「久しぶり。ねえ、この値段どうしたの。ほぼ原価じゃない?」
「あー。配給始まったでしょ? 食材買う必要なくなったから値下げしないと売れないのよ。利益は減るけど赤字よりはいいわ」
宮廷の配給は国民にとってはある日突然始まった事だ。
当然事前に入荷量の調整などできなかっただろうし、調整したところで収入が減ることに変わりはない。
(こういう弊害があるんだ……)
だが今ここで美星に何ができるわけでもない。
できるとしたら利益の良い商品をいつもより多めに買うことくらいだ。
(定期的に従業員との懇親会をやろうかしら。多めに買うことになるし絆も深まるわ)
そうして美星は多めに購入する大義名分を考えながら歩いていると、今度は大行列になっている店があった。
覗いてみると、そこは服飾店だった。肉屋と同じく安売りしているのかと思い店の外に並んでいる商品の値札を見た。
(安売りってわけじゃないわ。じゃあどうして)
首を傾げていると、店内から入場案内をする店員が出てきた。十名お入りください、と入場制限をしているようだった。
美星は店員が中へ戻る前に声を掛ける。
「すみません。どうしてこんなにお客さん多いんですか?」
「みんな配給で食費浮いたのよ。余裕あるんですって」
「……そうよね。自由に使えるお金があるなら娯楽に使うわ」
宮廷の予算と同じだ。削減したら余剰が出て、他の案件に予算を回し充実させることができる。
(けど食料品店は困る。配給で損をする店には何か提供しないと不平等だわ)
美星は眉をひそめると、はっと気づいて顔を上げた。
「これだわ!」
「え?」
「有難う!」
「う、うん?」
ぽかんとする店員に背を向け、美星は自宅へ走ると肉を従業員に預けて宮廷へ走った。
美星は勢いよく扉を開け戸部へ飛び込んだ。全職員の休日だが働いている者もいる。
「護栄様! 浩然!」
「あれ? 何してんの?」
「休日は休みなさい。それと扉は静かに」
「休んでられません! やること見つけました!」
「お。今度は何? 福利厚生?」
浩然はすぐに食いつき、護栄もへえと興味深そうに顔を向けてくれた。
美星はにやりと笑み、ぐっと拳を握りしめた。
「食堂の運営費用削減です! 食材じゃなくて運用!」
「というと販管費ですか?」
「はい! 仕入れ先と調理師を変更するんです!」
「無駄に高級料亭の調理師雇ってるからいいと思うけど、仕入れ先ってどこ? 選定面倒だよ」
「そうですね。癒着を疑われても困りますし」
「変更先は決まってます! 配給で経営が立ちいかなくなった食料品店です!」
「配給で?」
「はい。みんな浮いた食費を服や娯楽に回してるんです。だから食料品店は売上が下がって不満が出てたんです。でも余った食材を宮廷が買い取れば売上は保たれる。どうせ宮廷の食材は街の定価よりずっと高いんだし、ちょうどいいですよ!」
「あー、確かに。じゃ調理師の変更ってのは?」
「街の飲食店でお弁当を作って納品してもらうんです! 飲食店には製造と運搬分の給金を払えば宮廷で調理する必要もない。高級調理師の給金よりずっと安く済みますよ!」
「ああ、なるほど。それなら業務委託になるので運用の新設も必要ないですね」
「それに宮廷の食堂って品目に苦情あるじゃないですか。量が少ないとか何の料理か分からないから足が遠のくって」
今の食堂に満足してる者もいるだろう。
だが国民の生活を犠牲にして宮廷職員だけが贅沢するのは、全種族平等どころか国民平等ですらない。
「宮廷は国民と同じ家庭料理! どうでしょうか!」
「いいですね。これは殿下の心象も格段に上がる」
「心象?」
「国民の支持を得なければ良い政治はできません。ですが殿下が街を歩き回るのには限度がある」
「そうですよね。笑いかけて下さっても、実際生活改善しなきゃ支持なんてできないですし」
「そうです。この施策なら国民は『天藍様に代替わりしてよかった』となるでしょう」
「あ、嘘も方便ですね」
「嘘ではないですよ。金を渡すのが殿下直接ではないというだけ」
「適材適所?」
「そうです。浩然、すぐに進めて下さい」
「はい。美星、もっと詳しく教えて」
「ええ!」
「これ以上は明日になさい。休日は休むのが仕事です」
「あ、そういう配慮はできるんですね」
「残念。これは労働基準法を守ってるだけ。時間外労働は吏部に怒られるんだ」
「ああ、なるほど」
「……さっさと帰りなさい」
夕方になる前に買い物を済ませてしまおうと街へやってきたが、今日は仕事も兼ねてだった。
(日常で有翼人が何に困るか知っておきたいわ)
今までは買い物を深く考えたことは無かったが、戸部で予算について学んでからは色々考えるようになっていた。
有翼人を助けたいという想いは誰にも負けないつもりが、実際運用に落とし込めなければ意味がない。実現するためにも問題が発生する流れを知っておきたいと思ったのだ。
ひとまず美星は買い物の目的地である行きつけの肉屋に入り店内を見回した。
客はぎっしりで満員御礼状態で、美星の知る過去に比較すれば倍以上の客が入っている。各自が買っている量もとても多い。
不思議に思い値札を見ると、それは驚くほど安くなっていた。
「美星ちゃんいらっしゃい。久しぶりだね」
「久しぶり。ねえ、この値段どうしたの。ほぼ原価じゃない?」
「あー。配給始まったでしょ? 食材買う必要なくなったから値下げしないと売れないのよ。利益は減るけど赤字よりはいいわ」
宮廷の配給は国民にとってはある日突然始まった事だ。
当然事前に入荷量の調整などできなかっただろうし、調整したところで収入が減ることに変わりはない。
(こういう弊害があるんだ……)
だが今ここで美星に何ができるわけでもない。
できるとしたら利益の良い商品をいつもより多めに買うことくらいだ。
(定期的に従業員との懇親会をやろうかしら。多めに買うことになるし絆も深まるわ)
そうして美星は多めに購入する大義名分を考えながら歩いていると、今度は大行列になっている店があった。
覗いてみると、そこは服飾店だった。肉屋と同じく安売りしているのかと思い店の外に並んでいる商品の値札を見た。
(安売りってわけじゃないわ。じゃあどうして)
首を傾げていると、店内から入場案内をする店員が出てきた。十名お入りください、と入場制限をしているようだった。
美星は店員が中へ戻る前に声を掛ける。
「すみません。どうしてこんなにお客さん多いんですか?」
「みんな配給で食費浮いたのよ。余裕あるんですって」
「……そうよね。自由に使えるお金があるなら娯楽に使うわ」
宮廷の予算と同じだ。削減したら余剰が出て、他の案件に予算を回し充実させることができる。
(けど食料品店は困る。配給で損をする店には何か提供しないと不平等だわ)
美星は眉をひそめると、はっと気づいて顔を上げた。
「これだわ!」
「え?」
「有難う!」
「う、うん?」
ぽかんとする店員に背を向け、美星は自宅へ走ると肉を従業員に預けて宮廷へ走った。
美星は勢いよく扉を開け戸部へ飛び込んだ。全職員の休日だが働いている者もいる。
「護栄様! 浩然!」
「あれ? 何してんの?」
「休日は休みなさい。それと扉は静かに」
「休んでられません! やること見つけました!」
「お。今度は何? 福利厚生?」
浩然はすぐに食いつき、護栄もへえと興味深そうに顔を向けてくれた。
美星はにやりと笑み、ぐっと拳を握りしめた。
「食堂の運営費用削減です! 食材じゃなくて運用!」
「というと販管費ですか?」
「はい! 仕入れ先と調理師を変更するんです!」
「無駄に高級料亭の調理師雇ってるからいいと思うけど、仕入れ先ってどこ? 選定面倒だよ」
「そうですね。癒着を疑われても困りますし」
「変更先は決まってます! 配給で経営が立ちいかなくなった食料品店です!」
「配給で?」
「はい。みんな浮いた食費を服や娯楽に回してるんです。だから食料品店は売上が下がって不満が出てたんです。でも余った食材を宮廷が買い取れば売上は保たれる。どうせ宮廷の食材は街の定価よりずっと高いんだし、ちょうどいいですよ!」
「あー、確かに。じゃ調理師の変更ってのは?」
「街の飲食店でお弁当を作って納品してもらうんです! 飲食店には製造と運搬分の給金を払えば宮廷で調理する必要もない。高級調理師の給金よりずっと安く済みますよ!」
「ああ、なるほど。それなら業務委託になるので運用の新設も必要ないですね」
「それに宮廷の食堂って品目に苦情あるじゃないですか。量が少ないとか何の料理か分からないから足が遠のくって」
今の食堂に満足してる者もいるだろう。
だが国民の生活を犠牲にして宮廷職員だけが贅沢するのは、全種族平等どころか国民平等ですらない。
「宮廷は国民と同じ家庭料理! どうでしょうか!」
「いいですね。これは殿下の心象も格段に上がる」
「心象?」
「国民の支持を得なければ良い政治はできません。ですが殿下が街を歩き回るのには限度がある」
「そうですよね。笑いかけて下さっても、実際生活改善しなきゃ支持なんてできないですし」
「そうです。この施策なら国民は『天藍様に代替わりしてよかった』となるでしょう」
「あ、嘘も方便ですね」
「嘘ではないですよ。金を渡すのが殿下直接ではないというだけ」
「適材適所?」
「そうです。浩然、すぐに進めて下さい」
「はい。美星、もっと詳しく教えて」
「ええ!」
「これ以上は明日になさい。休日は休むのが仕事です」
「あ、そういう配慮はできるんですね」
「残念。これは労働基準法を守ってるだけ。時間外労働は吏部に怒られるんだ」
「ああ、なるほど」
「……さっさと帰りなさい」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった
白雲八鈴
恋愛
私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。
もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。
ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。
番外編
謎の少女強襲編
彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。
私が成した事への清算に行きましょう。
炎国への旅路編
望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。
え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー!
*本編は完結済みです。
*誤字脱字は程々にあります。
*なろう様にも投稿させていただいております。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。
それから程なくして――――
お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。
「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」
にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。
「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」
そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・
頭の中を、凄まじい情報が巡った。
これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね?
ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。
だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。
ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。
ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」
そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ!
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。
設定はふわっと。
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる