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第一章
第二十五話 仕事地獄(二)
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結局締め切りは夕方となり、浩然はため息を吐いている。
「さーて。地獄の始まりだ」
「地獄?」
「護栄様が言ってたろ。『会議に出せるようにしておいて下さい』って」
「紙に書けばいいんですか?」
「そうだよ。原価いくらの物をいくつ削減して年間でいくら削減できるかを算出。そのためにはまず現状扱ってる食品とその価格を調べる。今回はそこに料理人の人件費と雇用拡大の諸経費、どのくらい国民の収入になるかの算出も必要だね。それとどの業者に仕入れを頼んでいつから変更可能か見積もりを取る。これをまとめて、護栄様が明日の夜には『来期は食費をこれだけ削減できます。何故ならこういう理由です』って秒で回答できる状態にしとく」
「……え?」
浩然の長い説明は頭に入って来なかった。
何をやるのか即座に理解もできず、ぱちくりと目を動かすだけだ。
「だから言ったろ。軽率に承知したら駄目なんだよ」
「でも食材が変わるんだから現状を一覧にしても意味ないじゃない」
「前年度比を出さなきゃいけないんだよ。具体的な削減費用金額を出さないと」
「今組まれてる予算から引くんじゃ駄目なの? そんな細かい数字まで出す必要無いと思うけど」
「無いよ。でも会議では『何故削減する必要があるのか』『何故無駄があったのか』『銅単位で費用を教えろ』とか聞かれる。これに全て答えられないといけないんだ」
「それでも一覧作るほどじゃないと思うけど……」
「普通ならね。でも殿下と護栄様を引き摺り下ろそうとする輩が多くて連中は重箱の隅突いてくる。それを払うのが護栄様付きの最も重要な仕事だよ」
宮廷は一枚岩ではない。
先代皇派という言葉があるくらいには天藍を認めない者も多い。『どっちでもいい』派もそれなりにいて、両派共にこれを取り込むのに必死だという話もある。
つまり少しでも『天藍と護栄は駄目だ』と思わせたいのだろう。
「分かったわ! 帳簿作りは得意なの。原価と現在庫と、あと直近の入荷が分かる資料はある?」
「無いよ」
「無いわけないわ。入荷してる時のがあるでしょ?」
「するけどそういう一覧はない」
「でも納品が正しいか付け合わせするでしょう」
「しないよ。業者が年間契約してる品を持ってくるだけ」
「え? 固定? いくらなの?」
「合計で年間白金百五十かな」
「は!?」
「馬鹿でしょ」
「馬鹿すぎよ! 何それ!」
「先代はそういうとこ雑だったんだね。だから戸部は立て直しに忙しいんだよ」
ならばこれはやらなければならない。
たとえ無駄に思えても、護栄の隙を付かれるような事があってはならないのだから。
だがしかし。
「……明日の夕方よね」
「実質朝だよ。護栄様が確認して修正あればやり直し。それで完成するのが夕方だから」
「げ」
一覧を作るだけならいざ知らず、そんな何をしたら良いかもよく分からない作業を夕方までなんて無理だ。
早々に自分の軽率さを後悔したが、浩然はにこりと良い笑顔で美星の肩を叩いた。
「安心して。響玄殿には泊まり込みになるって連絡してもらうから」
「え……」
護栄の部下はとどんどん辞める――その意味が分かった頃には夜が明けていて、美星は戸部でぐったりと机に突っ伏していた。
反して浩然は元気で、護栄様が来るまで寝てて良いよと言われて仮眠室に入った。
(……寝具の改善要望が出るはずね)
薄い寝具はとても癒してはくれなかった。
疲労が取れないまま翌朝になり、出勤時間になるとすぐに護栄がやって来た。
美星はすっかり疲労困憊だったが、何故か浩然は水を得た魚のように元気だ。
「というわけで、年間白金二十の削減になります」
「へえ。凄いじゃないですか」
「美星の目利きのおかげですよ。本当に色々な商品を知ってるんです」
「それは有難い。その調子で頑張って下さい」
「……はい……有難う御座います……」
「おや。初仕事の成功ですよ。もっと喜んだら良いのに」
護栄からの高評価は今までの美星なら飛び跳ねて喜んだだろう。だが既に喜ぶ気力もない。
「護栄様付きやってるとこの程度じゃ喜びにならないんですよ」
「なら更なる成果を出せるよう努力して下さい。このくらいはやってもらわないと」
護栄はどんっと書類の山を積み上げた。
それも一つ二つ、三つ、四つ……どんどん増えてそこはあっという間に書類で埋め尽くされた。
「……何ですかこの書類の山」
「あなた達が一覧作ってる間に私が一人で終わらせた仕事です」
「は!?」
「護栄様って人の三倍速で仕事するんだよね。で、いつもの無茶振りは『私ならこれくらいできますけどね』って嫌味だから」
「う、うわ……」
「あー。しかもこれ礼部のじゃないですか。あ、吏部のもある」
「え!? 戸部以外もやってるんですか!?」
「当然。私は宮廷の全てをやってますよ」
「げ……」
思わず本音が漏れた。
執務室内でくたびれてる職員はもはや動く気配もない。元気なのは浩然だけだ。
「……浩然て凄いわね」
「苦を喜びと思えばなんて事ないよ」
「成長の糧と言いなさい。美星にも期待してますよ」
「え、いや、はい……」
何を期待されてるかよく分からず、美星は乾いた笑いをするしかなかった。
「さーて。地獄の始まりだ」
「地獄?」
「護栄様が言ってたろ。『会議に出せるようにしておいて下さい』って」
「紙に書けばいいんですか?」
「そうだよ。原価いくらの物をいくつ削減して年間でいくら削減できるかを算出。そのためにはまず現状扱ってる食品とその価格を調べる。今回はそこに料理人の人件費と雇用拡大の諸経費、どのくらい国民の収入になるかの算出も必要だね。それとどの業者に仕入れを頼んでいつから変更可能か見積もりを取る。これをまとめて、護栄様が明日の夜には『来期は食費をこれだけ削減できます。何故ならこういう理由です』って秒で回答できる状態にしとく」
「……え?」
浩然の長い説明は頭に入って来なかった。
何をやるのか即座に理解もできず、ぱちくりと目を動かすだけだ。
「だから言ったろ。軽率に承知したら駄目なんだよ」
「でも食材が変わるんだから現状を一覧にしても意味ないじゃない」
「前年度比を出さなきゃいけないんだよ。具体的な削減費用金額を出さないと」
「今組まれてる予算から引くんじゃ駄目なの? そんな細かい数字まで出す必要無いと思うけど」
「無いよ。でも会議では『何故削減する必要があるのか』『何故無駄があったのか』『銅単位で費用を教えろ』とか聞かれる。これに全て答えられないといけないんだ」
「それでも一覧作るほどじゃないと思うけど……」
「普通ならね。でも殿下と護栄様を引き摺り下ろそうとする輩が多くて連中は重箱の隅突いてくる。それを払うのが護栄様付きの最も重要な仕事だよ」
宮廷は一枚岩ではない。
先代皇派という言葉があるくらいには天藍を認めない者も多い。『どっちでもいい』派もそれなりにいて、両派共にこれを取り込むのに必死だという話もある。
つまり少しでも『天藍と護栄は駄目だ』と思わせたいのだろう。
「分かったわ! 帳簿作りは得意なの。原価と現在庫と、あと直近の入荷が分かる資料はある?」
「無いよ」
「無いわけないわ。入荷してる時のがあるでしょ?」
「するけどそういう一覧はない」
「でも納品が正しいか付け合わせするでしょう」
「しないよ。業者が年間契約してる品を持ってくるだけ」
「え? 固定? いくらなの?」
「合計で年間白金百五十かな」
「は!?」
「馬鹿でしょ」
「馬鹿すぎよ! 何それ!」
「先代はそういうとこ雑だったんだね。だから戸部は立て直しに忙しいんだよ」
ならばこれはやらなければならない。
たとえ無駄に思えても、護栄の隙を付かれるような事があってはならないのだから。
だがしかし。
「……明日の夕方よね」
「実質朝だよ。護栄様が確認して修正あればやり直し。それで完成するのが夕方だから」
「げ」
一覧を作るだけならいざ知らず、そんな何をしたら良いかもよく分からない作業を夕方までなんて無理だ。
早々に自分の軽率さを後悔したが、浩然はにこりと良い笑顔で美星の肩を叩いた。
「安心して。響玄殿には泊まり込みになるって連絡してもらうから」
「え……」
護栄の部下はとどんどん辞める――その意味が分かった頃には夜が明けていて、美星は戸部でぐったりと机に突っ伏していた。
反して浩然は元気で、護栄様が来るまで寝てて良いよと言われて仮眠室に入った。
(……寝具の改善要望が出るはずね)
薄い寝具はとても癒してはくれなかった。
疲労が取れないまま翌朝になり、出勤時間になるとすぐに護栄がやって来た。
美星はすっかり疲労困憊だったが、何故か浩然は水を得た魚のように元気だ。
「というわけで、年間白金二十の削減になります」
「へえ。凄いじゃないですか」
「美星の目利きのおかげですよ。本当に色々な商品を知ってるんです」
「それは有難い。その調子で頑張って下さい」
「……はい……有難う御座います……」
「おや。初仕事の成功ですよ。もっと喜んだら良いのに」
護栄からの高評価は今までの美星なら飛び跳ねて喜んだだろう。だが既に喜ぶ気力もない。
「護栄様付きやってるとこの程度じゃ喜びにならないんですよ」
「なら更なる成果を出せるよう努力して下さい。このくらいはやってもらわないと」
護栄はどんっと書類の山を積み上げた。
それも一つ二つ、三つ、四つ……どんどん増えてそこはあっという間に書類で埋め尽くされた。
「……何ですかこの書類の山」
「あなた達が一覧作ってる間に私が一人で終わらせた仕事です」
「は!?」
「護栄様って人の三倍速で仕事するんだよね。で、いつもの無茶振りは『私ならこれくらいできますけどね』って嫌味だから」
「う、うわ……」
「あー。しかもこれ礼部のじゃないですか。あ、吏部のもある」
「え!? 戸部以外もやってるんですか!?」
「当然。私は宮廷の全てをやってますよ」
「げ……」
思わず本音が漏れた。
執務室内でくたびれてる職員はもはや動く気配もない。元気なのは浩然だけだ。
「……浩然て凄いわね」
「苦を喜びと思えばなんて事ないよ」
「成長の糧と言いなさい。美星にも期待してますよ」
「え、いや、はい……」
何を期待されてるかよく分からず、美星は乾いた笑いをするしかなかった。
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