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第一章
第二十話 新たなる決意(二)
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美星は穏やかに微笑み、一礼してから口を開いた。
皆がじっと見つめてくる視線には緊張してしまう。
(大丈夫よ。商談だと思えばいいわ。お父様がいつもなさっていたようにすればいい)
すうっと小さく深呼吸し、美星は全員に目を配った。
「品を決める前にご教示頂きたい事がございます。装飾類の追加は急務では無いと思います。むしろ安価な物に切り替え現予算内で納めるのが先かと思いました。品質を保つのはどういった理由でしょうか」
(聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。分からないまま話して的外れな事を言うくらいなら聞く。お父様はいつもそうしてる)
これで実力不足と判定されるのなら仕方ない。これを経験として次に繋げるまでだ。
しかし女官は、ああ、と穏やかに微笑んでくれた。
「それは宮廷の品位を保つためですよ」
「品位? 見栄えという事でしょうか」
「ええ。職員がみすぼらしいと『殿下は職員に無体を強いる嫌な方だ』という印象を招きます。急務でなくとも優先順位は決して低くないのです」
そう言われると美星にも思うことはあった。それは軽食を用意した時に聞いた会話だ。
『天藍様は良い方だけど、こういうとこは先代の方が良かったよな』
『物は多かったしな。高級品使い放題だったし』
(私も最初は内装と調度の地味さにがっかりした。もし国民もそうなれば殿下の支持率も下がるわ)
「けれど殿下も護栄様もお忙しく、お洒落には無頓着です。なら代わりにそれをするのが私達の役目」
「私達が代わりに宮廷のお洒落を……」
(そういば殿下も街に来た時言ってたわ。宮廷からじゃ見えないことが多いって。だから教えてくれって)
ああ、と美星は心の中ですとんと腑に落ち、そして再びにこりと微笑んだ。
「ご教示下さり有難う御座います。では同じ品をより安く仕入れられる店に変更しては如何でしょうか。店によってはまとめ買いをすれば割引をしてくれる事もあります」
「でも値切るなんてけち臭いと馬鹿にされることもあるわ。ちょっとみっともないわよね」
「おっしゃる通りです。ですが元から割引価格を定価としてる店も御座います。そういった店を選んでは如何でしょうか」
「そうなの? へえ、それはいいわね」
「それってどう調べるの? 街の店を一軒ずつ歩いて回るのは骨が折れるわ」
「それでしたら父に相談を致します。天一では依頼に応じて品を仕入れ、まとめ買いは常に割引価格で提供しておりますので」
「ああ、そうなのね。それはいいわ」
「天一なら品は確かですしね。じゃあそれはお願いできるかしら」
「もちろんで御座います」
「助かるわ。では仕入れ先の変更は美星に任せます。よろしくお願いします」
「はい!」
美星は机の下でこっそり拳を握った。
あの偉大な父でさえ一商人にすぎず、自力でできる事はたかが知れている。けれど宮廷という大きな組織に使われることでその力は国へ広がることもある。
(これならもう一つ、もう一つできる)
美星はもう一度ぎゅっと手を握りしめた。
「一つご提案がございます。発言よろしいでしょうか」
「もちろんですよ。何でしょう」
「まとめ買いで余る予算と帳尻合わせで仮眠室の寝具を一新して頂くことはできないでしょうか」
「仮眠室? 何故です。特に壊れたようなことは聞いてませんよ」
「職員より寝具の質が悪く休んだ気にならないと聞きました。残業を推奨するわけではありませんが、利用率が高いので快眠できるよう整えた方が良いかと思います」
「でも寝具は高価よ。全部屋分を用意するのは難しいでしょう」
「仕入れ方法によります。寝具一式と窓掛けなど内装の品、清掃用の雑巾や洗剤、他にも文具や装飾品など全てを同一店で年間契約にするんです。それにこれは店側にも大きな利点があります」
貨幣種が少ないことによる問題点について、あれから考えるようになっていた。
浩然に自分の意見のように言った手前、今後意見を求められた時に打って返す発言ができないからだ。
「仕入れにおいて帳尻合わせの品選びは非常に面倒なのです。自店で売れる商品を選ばなければいけないけれど、帳尻合わせの少額では店の品質に見合わない場合もある。となると売れ残り廃棄せねばなりません。これは廃棄費用がかかるので帳尻合わせのためにさらにお金を使うという悪循環」
「そうよね。特に天一のような高級店ではそうなるわね」
「はい。ですので」
美星はにこりと微笑んだ。たおやかに美しく。
「仕入れを全て天一で取りまとめさせて頂ければ現予算より安く収めます。如何でしょうか」
言っていることは金勘定だ。とても上品な侍女がする話ではない。
実際、女官はよく分からないようで顔を見合わせている。
(浩然様は金勘定は女性職員にはつまらない話だと思っている。つまり複雑な金勘定は戸部に回されるという事でもある。ならこれが彩寧様に響けば)
美星はちらりと彩寧を見た。侍女代表として決定権を持つのは彩寧だ。
「良いですね。では浩然様にお伝えし検討頂きましょう」
(やった!)
彩寧の支持を得られ、美星は机の下で力いっぱい手を握りしめた。
「美星に来てもらってよかったわ。話が進んだらまたいずれ意見を貰うと思います」
「はい!」
またいずれとは遠い話だ。いつ叶うかも分からない。
(けど今の私じゃそれが限界。もっと勉強してお父様と同じ事ができるようにならなきゃ)
美星に父の要や商才も護栄と浩然のような政治手腕も頭脳も無い。一足飛びに理想を成すことなどできはしない。
(でもやるべき事は見えてきた。一歩ずつ頑張ろう。そうすればいつか浩然様にも、護栄様にも届くかもしれない)
こうして美星は堅実に努力する決意を新たにした。
しかし翌日朝、これを覆す事件が起きた。それは文官選任侍女含め全侍女の申し送りをしている時だった。
「本日清掃する離宮は宝玉棟です。紅宝宮と藍宝宮、金緑宮、水晶宮、薔薇宮、月光宮まで。瑠璃宮は下働きの立ち入りは禁止なので選任侍女のみでやること。美星と桜綾はいつも通りで」
「承」
承知いたしました。
そう言おうとしたその時、がらりと部屋の戸が開けられた。
まだ業務が始まったばかりで、この時間はどの部署も一日の準備をしているところだ。
一体誰だと全員が振り向いたそこにいたのは――
「美星はいますか」
「……護栄様?」
部屋中からきゃあという声が上がった。
それはいつか辿り着こうと決意したばかりの相手だった。
皆がじっと見つめてくる視線には緊張してしまう。
(大丈夫よ。商談だと思えばいいわ。お父様がいつもなさっていたようにすればいい)
すうっと小さく深呼吸し、美星は全員に目を配った。
「品を決める前にご教示頂きたい事がございます。装飾類の追加は急務では無いと思います。むしろ安価な物に切り替え現予算内で納めるのが先かと思いました。品質を保つのはどういった理由でしょうか」
(聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。分からないまま話して的外れな事を言うくらいなら聞く。お父様はいつもそうしてる)
これで実力不足と判定されるのなら仕方ない。これを経験として次に繋げるまでだ。
しかし女官は、ああ、と穏やかに微笑んでくれた。
「それは宮廷の品位を保つためですよ」
「品位? 見栄えという事でしょうか」
「ええ。職員がみすぼらしいと『殿下は職員に無体を強いる嫌な方だ』という印象を招きます。急務でなくとも優先順位は決して低くないのです」
そう言われると美星にも思うことはあった。それは軽食を用意した時に聞いた会話だ。
『天藍様は良い方だけど、こういうとこは先代の方が良かったよな』
『物は多かったしな。高級品使い放題だったし』
(私も最初は内装と調度の地味さにがっかりした。もし国民もそうなれば殿下の支持率も下がるわ)
「けれど殿下も護栄様もお忙しく、お洒落には無頓着です。なら代わりにそれをするのが私達の役目」
「私達が代わりに宮廷のお洒落を……」
(そういば殿下も街に来た時言ってたわ。宮廷からじゃ見えないことが多いって。だから教えてくれって)
ああ、と美星は心の中ですとんと腑に落ち、そして再びにこりと微笑んだ。
「ご教示下さり有難う御座います。では同じ品をより安く仕入れられる店に変更しては如何でしょうか。店によってはまとめ買いをすれば割引をしてくれる事もあります」
「でも値切るなんてけち臭いと馬鹿にされることもあるわ。ちょっとみっともないわよね」
「おっしゃる通りです。ですが元から割引価格を定価としてる店も御座います。そういった店を選んでは如何でしょうか」
「そうなの? へえ、それはいいわね」
「それってどう調べるの? 街の店を一軒ずつ歩いて回るのは骨が折れるわ」
「それでしたら父に相談を致します。天一では依頼に応じて品を仕入れ、まとめ買いは常に割引価格で提供しておりますので」
「ああ、そうなのね。それはいいわ」
「天一なら品は確かですしね。じゃあそれはお願いできるかしら」
「もちろんで御座います」
「助かるわ。では仕入れ先の変更は美星に任せます。よろしくお願いします」
「はい!」
美星は机の下でこっそり拳を握った。
あの偉大な父でさえ一商人にすぎず、自力でできる事はたかが知れている。けれど宮廷という大きな組織に使われることでその力は国へ広がることもある。
(これならもう一つ、もう一つできる)
美星はもう一度ぎゅっと手を握りしめた。
「一つご提案がございます。発言よろしいでしょうか」
「もちろんですよ。何でしょう」
「まとめ買いで余る予算と帳尻合わせで仮眠室の寝具を一新して頂くことはできないでしょうか」
「仮眠室? 何故です。特に壊れたようなことは聞いてませんよ」
「職員より寝具の質が悪く休んだ気にならないと聞きました。残業を推奨するわけではありませんが、利用率が高いので快眠できるよう整えた方が良いかと思います」
「でも寝具は高価よ。全部屋分を用意するのは難しいでしょう」
「仕入れ方法によります。寝具一式と窓掛けなど内装の品、清掃用の雑巾や洗剤、他にも文具や装飾品など全てを同一店で年間契約にするんです。それにこれは店側にも大きな利点があります」
貨幣種が少ないことによる問題点について、あれから考えるようになっていた。
浩然に自分の意見のように言った手前、今後意見を求められた時に打って返す発言ができないからだ。
「仕入れにおいて帳尻合わせの品選びは非常に面倒なのです。自店で売れる商品を選ばなければいけないけれど、帳尻合わせの少額では店の品質に見合わない場合もある。となると売れ残り廃棄せねばなりません。これは廃棄費用がかかるので帳尻合わせのためにさらにお金を使うという悪循環」
「そうよね。特に天一のような高級店ではそうなるわね」
「はい。ですので」
美星はにこりと微笑んだ。たおやかに美しく。
「仕入れを全て天一で取りまとめさせて頂ければ現予算より安く収めます。如何でしょうか」
言っていることは金勘定だ。とても上品な侍女がする話ではない。
実際、女官はよく分からないようで顔を見合わせている。
(浩然様は金勘定は女性職員にはつまらない話だと思っている。つまり複雑な金勘定は戸部に回されるという事でもある。ならこれが彩寧様に響けば)
美星はちらりと彩寧を見た。侍女代表として決定権を持つのは彩寧だ。
「良いですね。では浩然様にお伝えし検討頂きましょう」
(やった!)
彩寧の支持を得られ、美星は机の下で力いっぱい手を握りしめた。
「美星に来てもらってよかったわ。話が進んだらまたいずれ意見を貰うと思います」
「はい!」
またいずれとは遠い話だ。いつ叶うかも分からない。
(けど今の私じゃそれが限界。もっと勉強してお父様と同じ事ができるようにならなきゃ)
美星に父の要や商才も護栄と浩然のような政治手腕も頭脳も無い。一足飛びに理想を成すことなどできはしない。
(でもやるべき事は見えてきた。一歩ずつ頑張ろう。そうすればいつか浩然様にも、護栄様にも届くかもしれない)
こうして美星は堅実に努力する決意を新たにした。
しかし翌日朝、これを覆す事件が起きた。それは文官選任侍女含め全侍女の申し送りをしている時だった。
「本日清掃する離宮は宝玉棟です。紅宝宮と藍宝宮、金緑宮、水晶宮、薔薇宮、月光宮まで。瑠璃宮は下働きの立ち入りは禁止なので選任侍女のみでやること。美星と桜綾はいつも通りで」
「承」
承知いたしました。
そう言おうとしたその時、がらりと部屋の戸が開けられた。
まだ業務が始まったばかりで、この時間はどの部署も一日の準備をしているところだ。
一体誰だと全員が振り向いたそこにいたのは――
「美星はいますか」
「……護栄様?」
部屋中からきゃあという声が上がった。
それはいつか辿り着こうと決意したばかりの相手だった。
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