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第一章
第十五話 美星のやるべき事(一)
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美星が向かったのは食堂だ。昼時を過ぎたからか既に片づけが始まっていた。
調理室を除き込むと、そこら中に食材が並べられている。
「すみません。食材お借りしたいんですが」
「食材? 廃棄するやつでもよけりゃあるが」
「十分です。この袋ですか?」
「ああ。あと奥の棚は無料配布の茶葉だから好きに使いな。何すんだい?」
「ええ、ちょっと」
美星は示された棚を開けて茶葉を手に取ると、その包装を見てぎょっとした。
(は!? これ一杯銀一の超一級品じゃない!)
食堂の料理は有料だが茶は自由に飲んで良しとなっている。
弁当を持って来ている美星は食堂を使ったことが無かったので知らなかったが、この茶葉は天一でも注文が無い限り扱わない高級品だ。
美星は慌てて廃棄される食材を調べた。
(どれも大きく立派な野菜だわ。お肉もたくさんあるし)
他の棚も開けてみると、そこにはやはり廃棄だという麺麭(ぱん)が包装されたまま並んでいる。
美星は少し摘まんで口に入れると、とても柔らかくて甘い。
(小麦が良いんだわ。これを廃棄なんて信じられない。こんな高級食材、私で扱えるかどうか……)
料理が苦手なわけではない。食事の用意は使用人がやっているが、響玄や従業員の間食や夜食は美星が作っているのでそれなりには作れる。
しかし食材の質が違うと調理方法も変わる。どれだけ火を通すのが最適か、調味料はどうするのかなど全てが変わってしまう。
ちらりと調理師たちを見ると片付けを終えてくつろぎ始めている。
美星はきらりと目を光らせた。
「あの! まだ勤務時間ですよね。この廃棄品で調理して頂きたいものがあるんです!」
「はあ。そりゃ構わんが何作るんだい」
美星はにっこりと微笑み調理師の前に立った。
*
それから少しして、美星は戸部へ向かった。
相変わらず職員はくたびれていて腹を空かせている。
「失礼致します。軽食をお持ちしました。少し休憩なさいませんか」
「……いやだから、ここ飲食駄目なんだって」
「はい。ですのでそこの露台にご用意いたしました」
「え?」
各執務室には仮眠室と露台が併設されている。どちらも職員の休憩用で、露台は執務室で唯一飲食可の場所だ。
食べ物は食堂へ買いに行くしかないが、食堂で買えるのは昼食用の膳だ。ちょっと摘まむようなものではない。
となると街へ買いに行くしかないが、それは余計に疲れるだけだ。だから露台はあまり活用されていない。
(露台で食べられる物を用意すればいいだけよね。お父様はいつもそうしてるし)
響玄は書類や商品に食べ物のにおいが移るのを嫌い、露台で休憩をするようにしていた。
その時間に合わせて軽食を作って持って行くというのを毎日やっていたのだ。
そして食堂の調理師に作って貰ったのがこの軽食だった。
露台に配膳されているそれを見て、職員は目を輝かせて突進した。
「これ何!?」
「麺麭に肉と野菜を挟みました。片手で食べられるので良いかと思いまして」
「この水筒は?」
「汁物になります。椀より片手で扱える物の方が良いでしょう。そのまま飲める温度にしてあります」
「いいじゃん! 食堂のは何食ってんだか分からなくて嫌だったんだ」
「高級なお膳ですからね」
見る限りで食材はどれも高級品だった。おそらく先代皇の習慣がそのままになっているのだろう。
しかしそれは一般家庭では見る事の無い食材が多い。慣れない料理では気が休まらないだろう。ならば見知った食材で簡単に食べられる物が良い。
これは職員の胸を打ったようで、全員が競って食べ始めた。
(よかった。空腹だと効率も悪くなるしね。あ、そうだ)
「ご案内が遅れておりましたが、備品を新しくしたのでよろしければお使い下さい」
「あ! 俺使った! それ聞きたかったんだ!」
「ご不便がありましたでしょうか」
「いやいや、あの筆使いやすくていいいよ。俺どうも力入れがちで前のは使い難かったんだ」
「分かる。紙も毛羽立たないし墨滲まないし。あれなら提出用に清書する必要ないから助かる」
「俺方眼紙嬉しい。計算間違えなくなったよ。誰が選んだの、あれ」
「僭越ながら私が選定させて頂きました。父の手伝いで帳簿付けをする際に使っておりまして」
「そうなんだ。やっぱ経験者は気付く事違うよね。すごい助かる」
「それは良かったです。良い道具を使うだけで仕事の効率は変わりますものね。またご入用の物があればおっしゃって下さい」
「じゃああれ! 仮眠室の寝具もうちょい良い物にならないかな。薄っぺらくて寝た気にならないんだよ」
「天藍様は良い方だけど、こういうとこは先代の方が良かったよな」
「物は多かったしな。高級品使い放題だったし」
職員たちは笑いあい、どんどん賑やかになっていく。
隣の露台でくたびれていた職員も何だ何だと集まり、いつの間にか人だかりになっている。
「ねえ。これもっとないの?」
「では追加で持って参ります。皆様各露台でお待ち下さいませ」
そうして、退勤時間が来るのをのんびり待っている調理師にどんどん作ってもらった。
運んだ先から食べ尽くされ、美味しいと感謝され続けて調理師も上機嫌だ。
こうしてこの日は美星も職員も、全員笑顔で一日を終えた。
調理室を除き込むと、そこら中に食材が並べられている。
「すみません。食材お借りしたいんですが」
「食材? 廃棄するやつでもよけりゃあるが」
「十分です。この袋ですか?」
「ああ。あと奥の棚は無料配布の茶葉だから好きに使いな。何すんだい?」
「ええ、ちょっと」
美星は示された棚を開けて茶葉を手に取ると、その包装を見てぎょっとした。
(は!? これ一杯銀一の超一級品じゃない!)
食堂の料理は有料だが茶は自由に飲んで良しとなっている。
弁当を持って来ている美星は食堂を使ったことが無かったので知らなかったが、この茶葉は天一でも注文が無い限り扱わない高級品だ。
美星は慌てて廃棄される食材を調べた。
(どれも大きく立派な野菜だわ。お肉もたくさんあるし)
他の棚も開けてみると、そこにはやはり廃棄だという麺麭(ぱん)が包装されたまま並んでいる。
美星は少し摘まんで口に入れると、とても柔らかくて甘い。
(小麦が良いんだわ。これを廃棄なんて信じられない。こんな高級食材、私で扱えるかどうか……)
料理が苦手なわけではない。食事の用意は使用人がやっているが、響玄や従業員の間食や夜食は美星が作っているのでそれなりには作れる。
しかし食材の質が違うと調理方法も変わる。どれだけ火を通すのが最適か、調味料はどうするのかなど全てが変わってしまう。
ちらりと調理師たちを見ると片付けを終えてくつろぎ始めている。
美星はきらりと目を光らせた。
「あの! まだ勤務時間ですよね。この廃棄品で調理して頂きたいものがあるんです!」
「はあ。そりゃ構わんが何作るんだい」
美星はにっこりと微笑み調理師の前に立った。
*
それから少しして、美星は戸部へ向かった。
相変わらず職員はくたびれていて腹を空かせている。
「失礼致します。軽食をお持ちしました。少し休憩なさいませんか」
「……いやだから、ここ飲食駄目なんだって」
「はい。ですのでそこの露台にご用意いたしました」
「え?」
各執務室には仮眠室と露台が併設されている。どちらも職員の休憩用で、露台は執務室で唯一飲食可の場所だ。
食べ物は食堂へ買いに行くしかないが、食堂で買えるのは昼食用の膳だ。ちょっと摘まむようなものではない。
となると街へ買いに行くしかないが、それは余計に疲れるだけだ。だから露台はあまり活用されていない。
(露台で食べられる物を用意すればいいだけよね。お父様はいつもそうしてるし)
響玄は書類や商品に食べ物のにおいが移るのを嫌い、露台で休憩をするようにしていた。
その時間に合わせて軽食を作って持って行くというのを毎日やっていたのだ。
そして食堂の調理師に作って貰ったのがこの軽食だった。
露台に配膳されているそれを見て、職員は目を輝かせて突進した。
「これ何!?」
「麺麭に肉と野菜を挟みました。片手で食べられるので良いかと思いまして」
「この水筒は?」
「汁物になります。椀より片手で扱える物の方が良いでしょう。そのまま飲める温度にしてあります」
「いいじゃん! 食堂のは何食ってんだか分からなくて嫌だったんだ」
「高級なお膳ですからね」
見る限りで食材はどれも高級品だった。おそらく先代皇の習慣がそのままになっているのだろう。
しかしそれは一般家庭では見る事の無い食材が多い。慣れない料理では気が休まらないだろう。ならば見知った食材で簡単に食べられる物が良い。
これは職員の胸を打ったようで、全員が競って食べ始めた。
(よかった。空腹だと効率も悪くなるしね。あ、そうだ)
「ご案内が遅れておりましたが、備品を新しくしたのでよろしければお使い下さい」
「あ! 俺使った! それ聞きたかったんだ!」
「ご不便がありましたでしょうか」
「いやいや、あの筆使いやすくていいいよ。俺どうも力入れがちで前のは使い難かったんだ」
「分かる。紙も毛羽立たないし墨滲まないし。あれなら提出用に清書する必要ないから助かる」
「俺方眼紙嬉しい。計算間違えなくなったよ。誰が選んだの、あれ」
「僭越ながら私が選定させて頂きました。父の手伝いで帳簿付けをする際に使っておりまして」
「そうなんだ。やっぱ経験者は気付く事違うよね。すごい助かる」
「それは良かったです。良い道具を使うだけで仕事の効率は変わりますものね。またご入用の物があればおっしゃって下さい」
「じゃああれ! 仮眠室の寝具もうちょい良い物にならないかな。薄っぺらくて寝た気にならないんだよ」
「天藍様は良い方だけど、こういうとこは先代の方が良かったよな」
「物は多かったしな。高級品使い放題だったし」
職員たちは笑いあい、どんどん賑やかになっていく。
隣の露台でくたびれていた職員も何だ何だと集まり、いつの間にか人だかりになっている。
「ねえ。これもっとないの?」
「では追加で持って参ります。皆様各露台でお待ち下さいませ」
そうして、退勤時間が来るのをのんびり待っている調理師にどんどん作ってもらった。
運んだ先から食べ尽くされ、美味しいと感謝され続けて調理師も上機嫌だ。
こうしてこの日は美星も職員も、全員笑顔で一日を終えた。
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