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第一章

第十三話 孤立(二)

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 不採用となった少女は全員退職した。
 読み書きのできない彼女達に与えられた業務は、退職した同期に配布する水汲みだったからだ。
 しかし能力自体は侍女と比較しても遜色のない美星は下働きとは少し離れ『侍女付き』という立ち位置になった。
 宮廷職員として働くのはどういうことかを学べば侍女としての採用も考えるという恩情だった。

(この特別扱いも七光りかしら)

 退職する同期には知られなかったので騒ぎにはならなかった。
 それどころか新たに入ってきた下働きからは『抜きんでた者は取り立ててもらえる』と尊敬の眼差しすら向けられた。
 美星自身は何も変わっていない。ただ美星を敵視する者が消え去り、新たな恩恵を受けただけだ。
 しかし美星を見下す者もいた。先んじて侍女に採用された同期だ。

「美星。これ洗っといて」
「畏まりました」

 美星は侍女付きだ。侍女の指示で動く、ようするに小間使いである。
 彼女達がやりたくない面倒な仕事を押し付けられるが、下働きにしてみれば『侍女に使ってもらえる』という素晴らしい出来事だととらえられていた。
 上からも下からも望まぬ想いをぶつけられ、もう辞めてしまおうかとも考えた。
 けれどそれを止めたのは父響玄だった。響玄はふさぎ込んだ美星を抱きしめてくれた。

「何故争いになったか理由は分かっているか?」
「……私が世間知らずだから」
「それはそうだ。だが真の理由はそれではない。お前は目的を実現する手段の認識が間違っているんだ。お前のやりたいことはなんだ?」
「有翼人が幸せに暮らせる場所を作りたい」
「ではそれを実現する手段は?」
「戸部に入って予算を確保する」
「そうだな。それは絶対に必要だ。だが他にもやるべき事がある。何だと思う?」
「他にも……?」
「ああ。お前が自分で言っていた事だ」
「私が? そんな大層なことを言った?」
「それに気づくことができればまた変わるだろう。もう少し頑張ってみなさい。お前ならきっとできる」
「……はい」

 響玄は正解を教えてはくれなかった。けれど頑張れないくらい辛くなる前に言いなさい、と頭を撫でてくれた。
 こうして背を押してもらうのは美星にとって当たり前だが、きっとそうではない者もいる。
 それを想うとまだもう少し頑張ろうと思えた。
 父の教えを反芻しながら洗濯をしてると、ちょっと、と声を掛けられた。侍女になったばかりの同期二人だ。

「買い出しに行って来て。店はここよ。種類は何でも良いわ。いつものって言えば出してくれるから」
「予算は銅五。それで数揃えるのよ。帳尻合わせは適当に見繕って」
「畏まりました」

 渡された紙を見ると、購入する店への地図と商品が書かれていた。

(筆と墨を五十? 備品よね。こんなのに銅五も使うの?)

「お嬢様にお買い物は大変かしら」

 二人はくすくすと笑った。明らかに馬鹿にした顔だ。

(小鈴ならともかく、話した事もない人に馬鹿にされる覚えはないわ)

 美星は、きっ、と少女たちを睨んだ。

「僭越ながら『予算内で』というのは女官からの指示でしょうか」
「当たり前でしょ」
「でしたら都度購入するより一括で卸した方が安いでしょう。何故こんな端数を購入なさるんです? これでは帳尻合わせで相当の額が無駄になりますがよろしいでしょうか。予算には限りがございますのに」
「は? 何言ってるのよ。女官の指示だからいいの。さっさと行って」
「畏まりました。では無駄になる額がいくらか計算してお待ち下さい。女官の皆様はきっと予算の勘定をなさいますので」
「予算の勘定? 何よ勘定って」
「言葉の通りでございます。帳尻合わせに具体的な指定はなく『適当』ですが、それは真実無駄遣いでよろしいということ。その無駄を次回の予算から引かれた場合どのように責任を取るかお考え頂いた方がよろしいかと思います。私はお二人のご指示通り『適当』にいたしますので」

 二人は何を言われたか分からないようでぽかんとしていたが、美星はふんっと背を向けすたすたとその場を去った。

(何が買い物よ。見てなさい! 商品の仕入れなら天一は専門よ!)

 美星は鼻息荒く指示された店へ向かった。
 同期の侍女に指定の店へ向かい扉をくぐり中に入ると、美星の姿を見た店主らしき男がぎょっと目を見開き駆け寄って来る。

「こりゃあ美星お嬢さん! お久しぶりですね。何だってこんなとこに」

 美星は久しぶりというこの男に見覚えは無かった。
 おそらく響玄と商談したことがあり、そこに茶を出しに出た程度のことだろうがそんな小さな出会いなどいちいち覚えてはいない。
 莉雹や彩寧のように響玄が継承をつける相手出ない限り、数多押しかけてくる小売りの商人など記憶には残らないのだ。

「規定服なんて着てどうしたんです。お嬢さんが宮廷の小間使いする必要なんてないでしょうに」
「お嬢さんというのは止めてちょうだい。今は宮廷の仕事で来てるの。備品を買いに来たんだけどいつものあるかしら」
「へえ。ちょいとお待ちを」

 店主は迷うことなく棚から商品を取り出した。いつものと言うからには毎回同じ物を買っているのだろう。
 取り出された筆と墨を見て、美星は眉をしかめた。

「これがいつもの?」
「そうですよ。これで銅五になります」
「え? 私まだ個数言ってないわよ」
「宮廷の方はいつも銅五ですよ」
「でも個数で違うでしょう。今日は筆と墨を五十よ」
「そうはいっても納品は契約なんですよ。固定納品で月額銀五。都度購入は一律銅五」
「は!? 馬鹿言わないで! こんなの銅一でもお釣りが出るわよ!」
「そんなこと言われてもねえ」

 店主はへらへらと笑っている。それはそうだろう。こんなぼろい儲け話は無い。

(銅五あれば一人が節約したひと月の生活費になるわ。こんな筆百買っても足りない)

 美星は『帳尻合わせは適当に』を思い出した。
 予算内で購入できれば適当で良いのなら、美星なりに適当にするまでだ。

「ならいいわ。うちで揃えるから。お邪魔しました」
「は!? ちょちょちょ! これは契約なんですよ!」
「私は『適当』にしていいって言われてるの。適当じゃないからここでは買わないわ。お父様が文具を仕入れたばかりなの」
「そんな! 宮廷まで響玄の旦那にもってかれちゃたまらん!」

 男は頭を抱えて地団駄を踏んだ。小躍りしてるようで滑稽だ。

(この程度じゃお父様の土俵にすら上がってこないわね。けどこの店以外では買わないって契約なら勝手はできないわ。なら……)

 美星は店内の商品を探るようにじっと見つめた。
 ぼったくり根性はともかく、腐っても宮廷が取引するだけあって質と品揃えは悪くない。特に文具は豊富に揃っている。

「商品種類は固定の契約? 何でも良いって聞いてるけど」
「どれでも。ただ皆様は『いつもの』とおっしゃるので同じのを出してるだけですよ」
「そう。分かったわ。じゃあこうしましょう。銅五分買うから適正価格で売ってちょうだい」
「へえ。全部同じ筆と墨でいいですか」
「いいえ。駄目よ」

 美星はにっこりと微笑んだ。これは豪商と呼ばれる父の元で育った美星の得意分野だ。

「今から言うものを揃えてちょうだい」
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