ひみつのおと

たきたたき

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卯月編 - April

第十一話

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A SIDE

 週が明けた月曜日、昼休みに熊さんと話す時間が持てた。
「古賀ちゃん、職員室で結構話題になっとるな。」
「はい、他の先生方はノーマークだったでしょうし。」
「またからかわれたか?」
「もう慣れました。」
 彼女が私を頼って九州から出てきたというのは、既に先生方に知られている。彼女の入学当初は機材管理室の面子を含め色んな先生に散々誂われたものだ。
「古賀さん、バンドを始めるってライブ終わりに相談にきました。」
「そうか。誰と組むんやろな。それはそれで楽しみやな。」
「はい。楽しくやってくれると思っています。」
「…芝ちゃん。そろそろ腹括らんとあかんで。」
「どういうことですか?」
「ちゃんと向き合ってあげなってことよ。あの子、このまま腐らすには惜しすぎるわ。」
「そうですね。それは感じています。正直初めてのライブであれだけのステージが出来るとは思っていませんでした。」
「初めてのライブであれは無いやろ。一曲やったからボロが出んかったっていうのもあるかもしらんけど、それでもやで。」
「はい。」
「で、芝ちゃん、俺になんか話あるんやろ?」
「…私はどこまで古賀さんに関わって良いんでしょうか?」
「どういうことや?」
「他の生徒の目には贔屓に映らないかと。この学校に来てから担当の授業の枠外で生徒の指導に当たるのは初めてなんです。それが心配で。」
「なんやそんなことかいな。いらんこと心配せんで、古賀ちゃんが必要としてるもん全部教えたったらええんとちゃうの?」
「良いんでしょうか?それにこの間少し強く言いすぎてしまいまして。それで壊すことの簡単さというのも考えてしまって。」
「あのなぁ、芝ちゃんも完璧な先生やないんやで。俺だってそうや。いっつも生徒との距離感ってのは考えとるし、何年先生やっても正解が分からん。」
「…そんなものですか。」
「そんなもんやって。それでどうするつもりや。」
「一対一で学校内であれこれ言うのは、それが続けば他の生徒にも波風が立つと思いますので、バンドカウンセリングを上手く使おうとは思っているのですが。」
「それでええんちゃうの?」
「そうですか。…そうですね。また相談に乗ってくれますか?」
「なにを言うてんねんな今更。いつでもええよ。」

 全ての生徒に平等に向き合い絶対に贔屓をしない。学校という組織では当たり前である。それでもやる気のある生徒には許す限り時間を掛けてあげる、というのも学校の基本方針だ。ライブ終わりの古賀さんとのやりとりはどうだったのか。私は週末に家で講評を作りながら少し悩んでいた。
 バンドカウンセリング。上手く使うように古賀さんにも伝えよう。


B SIDE

 月曜日。熊野先生に褒められた。クラスの友達にはイベント出るなら言ってよとなじられた。川北くんの秘密はもちろん秘密のままだ。
 昼休憩に、クラスのみんなで楽しく昼食を食べてから私は一階の機管室に向かった。途中、受付で南さんにも褒められてアメを貰った。
「おはようございます。先週末のライブの講評、もう来ていますか?」
「おお、古賀ちゃん。おはよう。聞いたでぇ。こないだの校内ライブでええライブしたみたいやねえ。先生ら誉めとったで。」
「ありがとうございます。百瀬さんや宮沢さんがセッティング用紙に初心者って書いてくれたおかげで、みなさんやさしく教えてくれました。」
「そうか。そりゃ良かった。」
「それで講評なんですけど、ここでもらえるって。」
「うん、もう来とるで。あれ、古賀ちゃんは一枚多いな。芝井戸先生からかな?」
「はい、お願いしたんです。」
「古賀ちゃんは芝井戸先生にべったりやなぁ。」
「そんなことないです。ってあるんかな。んと、先生に教えて貰えることってスッと入ってくるんです。だからお願いしています。」
「そっか。まぁがんばりや。」
「はい。」
 講評を貰うと、一人で読みたくて学校の外に出た。

 三人の審査員の先生は、文章で色々と細かく書いてくれていた。演奏や歌やステージングを含め私のライブでの良いところ、改善したほうがいいところや気になったことなど、色々な角度から分析してくれていた。他の人から見られるとこんな感じなのかと、ステージ上の自分というのが立体的に見えるようで面白かった。
 芝井戸先生のは項目別に分けられ簡潔に纏められていた。

 1. ボーカル 優。ボイトレによる声の芯の部分のハリと、三時間のステージをこなせるほどの声の体力の強化に期待。以前にお話ししたあなたの声は健在で安心しました。ボイトレの授業頑張って下さい。
 2. ギター 問題有。ずっとストロークで単調で退屈である。技量に基づく演奏自体のアレンジの幅を増やす。もしギターのボディと触れる右腕の部分が痛いのであれば、リストバンドをそこに巻けば随分楽になり位置も安定します。ピックも別の硬さ、形を試す価値有。私にはピックが柔らかすぎると感じました。
 3. 楽曲 良。改良点は熊野先生に聞いてください。そのための作曲編曲科です。
 4. 歌詞 並。悪くはないが、なにが言いたいのかいまいち伝わってこない。雰囲気重視の歌詞だとしても、なにも残らないとは言わないが改善が必要だと感じた。対策を考えましょう。
 5. ステージング 良。初めての中、よく頑張りました。
 色んな先生に色んな意見を貰うでしょう。良いところも悪いところも教えてくれるということは財産です。たとえ真逆のことを別々の先生に書かれていたとしても、それはそれぞれの先生の経験からの意見です。どちらも真剣に捉えて考えてみて下さい。お疲れさまでした。  芝井戸久詩

 こんなにちゃんと見てくれていたことが嬉しくて思わず泣きそうになった。右腕がギターの角に当たって痛いのなんて誰にも話したことなかったのにそんな所まで気付いてくれることがありがたかった。落ち着こうとさっき南さんに貰ったアメを口に入れ、ふーっと一つ深呼吸をして気持ちを整えてから教室に戻った。

 放課後、朝イチで私が抑えたスタジオに三人で入った。
「一応は練習してきたで。でもやっぱり曲聞いたほうがやりやすいかもれん。」
「そうねぇ。譜面だけやったら古賀さんの歌が想像できへんのよ。」
「まぁ今回はしゃあないよ。とりあえずセッティングしよ。」
 私はエレアコをギターアンプに繋いでみることにした。スピーカーからは声だけが出ている方がやりやすいんじゃないかと思ったからだ。そして前回、芝井戸先生が作ってくれた音を再現するために、メモっておいたノートを見ながらギターアンプのツマミを回した。
「古賀ちゃんって、プリアンプ使わんの?」
「あっそれ先生も言ってた。バンドやるなら要るようになるかもって。」
「そうやね。あったほうがいいと思うわ。ベースので代用できんのかなぁ。ベースのやったらあるんやけどなぁ。」
「どっちにしても買おうと思っとるし、しばらくは辛抱して。」
 あれからプリアンプの値段と共に、何故そもそもプリアンプが必要なのかをネットで調べてやっぱり買おうと決めていた。問題はやはり日常的に持ち運べるのかと言うのと値段であった。
「なんか緊張するね。アンサンブルで何回も一緒にやってんのにね。」
「そっか二人はもう音出したことあるんや。俺だけか無いのは。」
「アンサンブル出てないってことは、選択で実技系採ってないんやっけ?」
「うん。俺、レコーディングを採ったんよなぁ。」
「そっかぁ。」
「えっ?作曲科ってアンサンブルの授業、選択なん?」
 そんなことを話しながらセッティングを進めると、とりあえず全員揃って音が出せる準備が出来た。
「ほなやっていこか。最初どれからやる?」
 それから私は今まで通り弾いて歌っていたように歌った。曲のサイズもそのままだ。違うのはドラムのカウントから始まることと、ベースとドラムがいることだ。
「なんか楽しいっちゃねぇ。うちの曲やのに違う人の曲みたい。」
「楽しいのは楽しいけど、やっぱりギターかキーボードあったほうがええなぁ。」
「せやけど、今は十分楽しい!」
「ねぇ今の曲、も一回やろ?」
 周りから見ると、きっと無駄にニヤニヤしてて気持ち悪い顔になっているだろうなと言うのが自分で分かる。
 そうして私たちは夢中になって時間いっぱいまでバンドを楽しんだ。
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