ひみつのおと

たきたたき

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卯月編 - April

第九話

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B SIDE

 杜谷さんと川北くんと別れ、お客さんが帰り照明が明るくなった会場に一人で戻り、まずはPAの山藤先生に挨拶に行った。
「今日はありがとうございました。」
「古賀さん。お疲れさん。」
「いっぱい新しいこと勉強できました。ありがとうございました。」
「そっか、面白かったかい?」
「はい。でもなんかよく分かんないまま出番終わっちゃって…」
「まぁ慣れていけばもっと上手く出来るようになるよ。それに古賀さん、良いライブだったと思いますよ。」
「そうですか。嬉しいです。ありがとうございます。」
「次も出てね。先生楽しみにしてるから。」
「はい、ありがとうございます。」
「じゃあ頑張ってね。今日はお疲れさまでした。」
「ありがとうございました。」
 先生とその横にいた今日のPAさんとモニターさんにもお礼を言ってお辞儀をした。

 ステージへ向かい、片付けをしている進行の廣田さんにもお礼を言いに行った。
「廣田さん。今日はありがとうございました。」
「お疲れさまでした。初めてのライブはどうやった?」
「はい、廣田さんのおかげもあってスムーズに出来ました。ありがとうございました。」
「古賀さん上手やね。ははは。そういうの良いよ。お互いが気持ち良く仕事できるように話が出来るのって大事。また一緒にやろうね。」
「お世話になりました。ありがとうございました。」
 ステージにいる他のスタッフさんにも声をかけてから、照明班のところへ行ってお礼を言い、部屋を出る時はちゃんと大きな声で挨拶をすることが出来た。

 学校の外へ出て、おばちゃんに「これから友達とファミレスへ行って夜ご飯食べてくる。」とメッセージを送った。すぐ既読になり「ライブどうやった?」と返ってきたので、成功したという意味のスタンプで返した。すると「楽しんでおいで。」と返ってきたので「ありがとう。」と、メッセージを返した。

 もう一度、改めて職員室に向かう。芝井戸先生は外に出て待っててくれ「お疲れ様でした。」と、先に声をかけてくれたのは先生からだった。
「お疲れさまです。スタッフのみなさんにもちゃんと挨拶ができました。ありがとうございます。」
「そう。きちんとお礼を言えたのですね。」
「はい。」
「もう分かったと思いますが、あの場ではあなたはお客さんでは無いのです。お客さんは見に来た人だけです。ですので、スタッフも出演者もお互いをきちんと労ってその日のライブを終えるのが大事なのです。」
「はい。スタッフのみなさんは私が会場に入る前から、私が会場にいなかった時間もずっと一生懸命働いてました。」
「役割と言ってしまえばそれまでかもしれませんが、みなさんそれぞれの持ち場で良いものを作ろうと一生懸命働いてます。もちろん出演者は外でお客さんとお話したりも大事かもしれません。でもその意識があれば、ちょっとすれ違ったときにでも一言、お疲れさまです。と声を掛けられるようになると思います。私はそれがとても大事なことに思います。」
「はい。」
「昔、『お前が楽してるってことはその分誰かがやってくれている』と私も言われたことがありまして、本当にその通りだと思います。お互い気をつけましょうね。」
「はい。」
 先生の言うとおりだと思った。
「それと。先程はすみませんでした。きつく言い過ぎました。申し訳ありません。」
 先生は急に頭を下げた。大人の人がこんな風に私に謝るなんて初めてだ。
「え、あの、ど、どういうことですか?」
「せっかく私を頼って来てくださったのに、無下に追い返すようなことを言ってしまいました。せっかくの初めてのライブだったのに申し訳ありません。」
「いえ、うちが悪かったんです。先生は間違ったこと言ってません。」
「それでも、けじめです。すみませんでした。」
 先生はもう一度頭を下げた。
「先生。うちね、前に母ちゃんに言われたことがあって。『ちゃんと叱ってくれる大人が周りにいることは幸せなこと』って。先生、うちのこと思って叱ってくれたんでしょ。うち、ホールに戻って分かったもん、先生の言ってること。だから謝らんで下さい。」
「そうですか…、分かりました。ではここまでにします。…それで感想でしたか。」
「はい。」
「先程も言いましたが、素晴らしかったです。初めてのライブとは思えないほど堂々としていて本当に良いライブでした。初めてのライブとしては満点です。」
 褒められて素直に嬉しかった。
「それと改善点ですが、どうしますか?私は分かりやすいように要点に纏めて紙で渡そうと思っていたのですが。」
「そっちの方が嬉しいかもです。先生それで良かですか?」
「ではそうしましょうか。他の先生の講評も週明けには上がってくるはずですので、その時にでも一緒に。」
「はい。それでお願いします。あとそれと別に、ちょっと相談っていうか話を聞いてもらいたいことがあるんですけど。」
「構いませんよ。ではどこかに座りますか?」
 そう言うと廊下にある長椅子に腰掛け、話を聞く体勢になってくれた。
「今日ライブして、バンドやろうって誘われたんです。」
「はい。」
「それで、どうしたら良いかなって。」
「どうしたらとは?」
「自分でもよう分からんちゃですけど、うち、バンド組んでもいいんかなって。」
「駄目なんですか?」
「どう思いますか先生。うちは先生に頼ってばっかやけど、先生はいつもちゃんと答えてくれよるです。うちが学校に入りたい言うたら作編科にしたほうがええって、先生が言うてくれました。プロになりたいってちゅううちの夢、応援してどうすればベストかを考えくれちょるて思うてます。もしバンドやることでうちの夢が遠くなったり難しゅうなるんやったらって思って。」
「なるほど。」
 先生は少し考えているようだった。
「では、はっきり答えて良いですか?」
「はい。お願いします。」
「私は古賀さんがやりたいことをすべきだと思います。バンドをしたければ組めば良いと思います。ただ、もしソロでデビューしませんかってお誘いが古賀さんだけに来た時にどうしますか?一緒に頑張ってきた他のメンバーを切り捨てることが出来ますか?」
 すぐに答えられなかった。
「夢に向かって突き進むということは、そういうことも起こるかもしれないということです。そしてそれは古賀さんの選択です。ソロでデビュー出来るのに断り、バンドにこだわって結局大成しなかった人達を私は知っています。その人達にとってそれで幸せなら外野がとやかく言うことでは無いのは承知です。では、古賀さんはどう考えますか?」
 しばらく考え込んでしまった。先生はじっと答えを待ってくれている。
「うちやなくても、他のメンバーがそうなることもあるかもですよね?一生懸命頑張ってきたんやったら、その時にうちなら笑顔で送り出せると思うんです。だからうちバンドしたいです。」
「それが古賀さんの考えならそれでいいと思います。それに一緒にバンドをやりたい。と誰かに言ってもらえる人は幸せですよ。」
「はい。」
「少しだけアドバイスするなら、こういう夢や目標の話はきちんと話しておいたほうが良いと思います。特にこういう専門学校という特殊な場所では。…古賀さん、卒業後二年以内に学校で組んだバンドが解散する確率は分かりますか?」
「うーん、50%くらいですか?」
「勿論私が全てを把握しているわけではないので正しい答えは分かりませんし、あくまで私が聞き及ぶ範囲でですが、体感としては大体九割が解散しています。逆に卒業後三年四年と続いてるバンドの方が珍しいくらいです。当たり前のことですが、学校を出ればみんな生活するために仕事やバイトを始めます。そうなると今のようにずっと音楽のことだけを考えているわけにはいかなくなるのです。仕事が忙しくなって辞め、住む場所が変わって辞め、恋人や家族が出来て将来を考えて辞め、自分の限界を感じて辞めと、環境が変わり歳を重ねることで色んな理由で辞めていきます。一日中、音楽だけに集中出来るこの専門学校という場所が特殊なのです。」
 じっと先生の言うことの、その奥の意味を考えながら聞いている。
「プロを本気で目指すならこの二年です。ここしかチャンスが無いとは言いませんが、この二年が特別なんです。そこから先は私にはどうにもできませんし、あなた自身が仕事をしながら空いた時間でその夢との向き合い方をどうするか。すべて古賀さんに掛かってきます。」
 そう言われて改めて考える。音楽だけに一日中没頭できるのがこの二年なんだ。そっか、確かにそう考えるとこの学校にいるこの二年の間が特別なんだなと思う。
「そしてその覚悟をちゃんと持っている人をメンバーに選ばないと、いざという時に動けなくなります。在学中も卒業後も。これは私の経験からの言葉です。」
「分かりました。」
「後は、練習熱心な人を第一に選んで下さい。今はそんなに上手じゃなくても練習熱心な人は、この専門学校という場所なら大化けする可能性があります。そこも一応、頭に入れておいて下さい。」
 その時、学校を閉めるという放送が流れてきた。
「とりあえずはこんな所ですかね。ではまた来週ということで。今日はお疲れさまでした。本当に良いライブでしたよ。」
「どうもありがとうございました。」
 お礼を言って先生より先に学校を出てきた。先生と話したことで気持ちの整理がついたのだろうか、随分と心が軽くなった気がする。それから私は二人をすっかり待たせてしまっているファミレスへ急いで向かった。
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