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第1章 魔法の世界
42起源(2)
しおりを挟むはじめに創世神がアステルの大地を生み生命を与えた。
そのアステルの大地を任されたのが、月の女神である。
様々な生物の中でひときわ知能が高く様々な文明を築き上げていく人間に、月の女神は大層興味を持った。そして、女神は人間に己の力を分け与えたらどうなるかと考えた。
月の女神によってアステルの大地に降り注がれた"星杖"が、人々に魔法の力をもたらしたのである。
「えっと、月の女神が"星杖"を授けて……魔力をもたらしたって具体的にはどういうこと?」
「"星杖"を通じて、月の女神がアステルに魔力を注いだのです。"星杖"は全部で13本あり、各地の選ばれし賢者の元に授けられました。杖を通じて月の女神の魔力が大地に広がると、魔力を有した人間が生まれるようになりました」
月の女神から神託と共に授けられた"星杖"は、選ばれし十三人の賢者の手により大地に突き立てられた。杖を守るように神殿などが建立され崇められる様になった頃には、世界中で魔力の持つ人間が誕生した。のちに魔法使いと呼ばれる存在の誕生である。
「大地に魔力が満ち各地に魔法使いが生まれ始めたと同時に、私のような魔法生物、いわゆる魔物たちも次々と生まれたのです」
そう言いながら胸に手を当て、ルクリエディルタが笑みを浮かべた。
「じゃあ、私たちの魔力は月の女神の力ってこと?」
「はい。力の源はそうです」
「勝手に使っていいの?」
「……姫様は面白いことをおっしゃいますね」
そんなに変なことを言っただろうか。魔力の供給源は月の女神だ。その力を人間がバンバン使っちゃったら、月の女神困らない?魔力って無限に湧くものだろうか?ていうか月の女神はどこから魔力を生み出しているのだろうか?そんな疑問を抱く。
「確かに大地に満ちる魔力の源は月の女神のものですが、これは賜物なのです。借り物ではなく、与えられた時点で我々のもの。しかしその恩恵への感謝は忘れてはならぬと、人々は月の女神を崇めているのです」
なるほど、この世界での魔力は水や動植物と同じ自然の恵みという認識に近いのかもしれない。感謝の気持ちをもって頂くもの。自然の湧き水を飲んで、恵みへの感謝はすれど、勝手に飲んじゃってごめんなさいとは思わないのと同じだ。
「八柱の神さまたちは?」
「八柱の大神も月の女神の魔力が満ちた大地からお生まれになりました。人々の月の女神への信仰の高まりと共に、土、水、雷などの元よりある自然への畏怖が大神の存在を創り出したと言われています。いつしか月の女神が最高神、八柱の大神がその眷属とされるようになったのです」
魔力の属性が八つに分類されているのは大神の存在あってか。それとも先人達が魔力の性質や自然現象を分類し信仰したから八柱の神々が生まれたのか。どちらが先かは曖昧だという。前世でも自然信仰が神々の起源との説があったが、この世界には実際に魔力があって、魔法もある。ルクリエディルタも光の神の眷属だ。おそらく、というかほぼ確実に神が実在するのだろう。なんだか不思議な話である。
ちなみに眷属とされてはいるが、あくまで人間が後付けした神々の上下関係を表すものらしい。ルクリエディルタもそう。光の女神の眷属の中で一番魔力が多く強い存在だから神獣と呼ばれるようになったのだとか。
月の女神的にはいつのまにか勝手に部下が沢山出来ちゃった状態なのだろうか。アステルの大地に注がれた魔力をもとに生まれたという点では、眷属も人間の魔法使いと成り立ちが似ている。
「なぁ毛玉。今の話で疑問があんだけど」
魔導書をパタリと閉じ、ジェハールがルクリエディルタに言った。
「その呼び方は非常に不快ですが特別に答えましょう。何です?」
相変わらずの毛玉呼びに嫌悪を示しながらも、ルクリエディルタは至極冷静に応えた。私も都度注意してはいるが、一向に彼はルクリエディルタを毛玉と呼ぶ。
「"星杖"ってのが大地に降り注いで、アステルに魔力が満ちた。それで魔法使いが生まれるようになった。そう言ったよな」
「ええ。その通りです」
「俺の周りには魔法を使える奴どころか、魔法の存在を信じてない奴が山ほどいた。世界中で魔力を持つ人間が誕生したにしちゃあ、おかしな話じゃねえの」
ジェハールの言葉にハッとする。確かに、アルバラグでは魔法の存在は浸透していない。ナシムやタビアも魔法を見て奇跡の力だと言った。魔法使いという存在をうっすら知ってはしていても、私たちが初めて会った魔法使いだと言っていた。それまでは魔法道具というとのがあるから、魔法もきっとあるのだろう。といった程度の認識だったという。
大地に魔力を注ぐ為の"星杖"が満遍なく行き渡るように降り注いだのならば、ジェハールの生まれた場所やアルバラグ、そしてアルキパテスでも魔法使いをこれほど見かけないのは不可解である。
「ふむ。私も人間の歴史を全て知るわけではありませんが、この近辺にも昔は魔法使いが沢山生まれていましたよ」
「えっ、そうなの」
「とはいえ、もう5000年も前の話ですが」
「ご、5000年?」
五千年前なんて、かなり大昔の話ではないか。前世の日本なら縄文時代である。
「昔はいたのに、今は少なくなっちゃったってこと?でも、学院には魔法使いが沢山集まるんでしょ?なんでこの辺の国々だけ……?」
北の大国エディルパレス。その地にあるベルメニオール魔法魔術学院。そこには数多くの魔法使いが集まると言っていた。魔法使いが生まれるのは恐らくランダムだとしても、北のほうにだけ魔法使いが多いというのは何か理由があるのだろうか。
「それは……」
「!!」
ルクリエディルタが続けて話そうとしたその時。荷馬車を引いている馬たちの、けたたましい鳴き声が聞こえてきた。
「うわああああ!!」
同時に隊商員の誰かが叫び声を上げる。
「とっ、盗賊だ!盗賊団が出たぞ!!」
聞こえてきたトラブルの知らせに、マジで?と隊の先頭を見やる。荷台後部は幕が下ろされているため、ここからだと御者の後ろ姿しか見えない。隊商を狙った盗賊団って本当に出るんだ。と思ったけどここに元盗賊の人がいたなそういえば。
「チッ、いま話イイとこだったろうが……」
元盗賊のジェハールが、ルクリエディルタの話を遮られた事に盛大な舌打ちをする。めちゃくちゃ真剣に耳傾けてたもんね。そりゃ怒るよね。
「────俺が出る。お嬢さん、本持ってて」
「あ、ハイ」
読みかけの魔導書をポンと渡されて受け取る。読んでる途中で中断されること多いし、栞とかあった方がいいかも。今度見つけたら買ってあげよう、と外の盗賊騒ぎをよそにそんなことを考える。
「ソッコーで片付けてくるから」
そう言いながらパキ、と手を鳴らし、ジェハールが天幕を開く。そして彼は颯爽と荷台を飛び出していった。
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