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第1章 魔法の世界
5隠し部屋(1)
しおりを挟む「───《水よ》」
祖父の魔導書で魔法を学び初めて数日。簡単な魔法を成功させることが出来た。手のひらを上にして水が玉の様に形どってぷかぷか浮く様子に、思わず目を輝かせる。
「おぉ……!」
魔法が使えたことに、年甲斐もなくはしゃいで喜んでしまった。見た目は十二歳の子供だが前世の年齢はアラサー。この年齢ではしゃぐのもどうかと思うが、こうして自らの手で魔法を繰り出せたことに、嬉しく思わないないはずがない。
「すごい、本当にできた……!」
前世では考えられないファンタジーの力だ。異世界転生も悪くないかも、と今なら少しだけ思える。まあ、無理やり転生させた神様に感謝なんて絶対しないけれど。
「よし、次。……《炎よ》」
続けて魔法を試す。これも成功して、手のひらに小さな火球が現れる。たしかに燃えているのに、自身は熱さを感じないのが不思議だった。
「……うーん、魔石に魔力を込めるのと全然違うなあ」
魔法を実際に使ってみて解ったことは二つ。
一つは魔力の使い方の違いだ。これまで魔石に魔力を込めるという魔力操作はやってきていて、魔力の扱いには慣れているつもりだった。が、魔力を通して魔法を使うのは想像以上に勝手が違った。
魔石に魔力を込める魔力操作は単に魔力そのものを放出しているだけだった。身体強化は巡らせるだけ。もちろん集中力は必要だったが、これらにコントロールはさほど必要ない。それに比べ魔法は複雑だ。水を魔法で生み出すならば魔力を水の属性に、火を生み出すならば炎の属性に変化させる必要がある。体内にある源の魔力には属性はない。そのため呪文の詠唱とイメージで魔力に属性を与え、繰り出す魔法に明確な違いをつくる必要があるのだ。
「……お祖父ちゃんは慣れたように使ってたけど、思った以上に難しい」
もう一つは、魔力量は魔法の技能に比例しないこと。魔力が沢山あるからといって魔法を使う知識や技術、そしてセンスがなければ意味が無いらしい。呪文の詠唱そのものは難しくは無い。魔導書に記されている呪文ならばその通りに唱えれば良い。
問題はイメージのほうだ。呪文を唱えるだけだと魔法は発動しない。最も大切なのはどのような現象を起こすのか具体的に思い浮かべ、明確に具現化すること。言葉通りに実践すれば良いだけなのだが、単に想像力だけではなく魔力の緻密なコントールも必要らしい。魔力のコントールとイメージ、どちらかが欠けては魔法は魔法として成立しないのだ。
初歩の魔法を成功させたとはいえ、まだまだド素人。魔法をまともに扱えるようになるまで、道のりは長そうである。
「慣れるまではかなり時間がかかりそう……《炎よ》」
再び炎の魔法を試し、手のひらに火球を浮かべた。こうして魔法を試しても、魔力が減った感覚は全くない。とはいえ集中力はかなり要るので頭は疲れてくる。一旦休憩しよう、と肩の力を抜き深い息を吐いた。
「……ふぅ。時間も魔力もあるけど、教えてくれる人がいないのがネックだよね」
独学で学ぶには限界があるだろうが、教えてくれそうな人間にアテはない。祖父が生きている時にもっと早く魔法を習っておけばよかった。と、今更ながら後悔している。
「いっそ修行の旅にでも出てみようかな。なーんて」
浮かんだ考えに、いやいや無理無理とブンブンと頭を横に振った。異世界に転生してから十二年。敷地内から一歩も外に出たことがないのに、いきなり旅だなんて。
「いや、でも待てよ。必需品の買い出し……どうしよう。今まではお祖父ちゃんが買ってきてくれたけど」
祖父はもういない。けど食料はそのうち尽きてしまう。野菜は畑で育てているし、飼っている鶏が卵を産んでくれる。けれど肉や魚、小麦粉やミルク、調味料は?今は保存魔法のかかった食料庫にいくらか備蓄があるが、それだって恐らくもって数ヶ月だ。
「まずい。……今ある食料が尽きたら栄養失調で死ぬ」
野菜と卵だけでは人間生きていけない。特に塩が尽きたらまずい。なんで今の今まで思い至らなかったのだろう。祖父が亡くなって意気消沈してたとはいえ、こんな大事なことに気づかないなんて。水や火などのライフラインが魔法道具で整っていることに安心して、すっかり頭から抜けていた。
「────出よう、旅。というか買い出し」
パタン、と魔導書を閉じる。
優先事項が変わった。魔法の勉強よりも先にやるべきことがある。生活の維持。その為に必要な食料の買い出しである。魔法が使えなくても生きていけるけど、食べ物がないと生きていけない。いつかは外に出るつもりだったけれど、魔法の習得してからでは間に合わない。
勉強を後回しにしようと決めてからの行動は早かった。まずは地図探しである。膨大な書籍と資料の溢れる書庫から、近隣の道がわかるものを探さねばならない。外のことを知らないまま闇雲に出かけたら、どうなるのかなどオチは見えている。間違いなく迷子だ。この世界にはスマホどころか衛星もグー○ルマップも無いのだから。
が、これがなかなかに難航した。地図らしき資料を探そうにも、そもそもどこに何の本があるのかが解らないのである。祖父はどうやら本をジャンル別に仕分けして並べるタイプではなかったようで、魔導書や薬学書、植物や鉱物、生物の図鑑。祖父の書き留めただろう研究論文らしき羊皮紙の束。ありとあらゆる書物が棚に無差別に詰め込まれていた。机の上にもドッサリ積み上げられており、この様子では祖父自身もどこに何があるか把握しきれていたか怪しいものである。
「ええと、これは薬草の煎じ方、これは魔法陣の……こっちの本は古代語かな?」
本を漁ると出てくる己の知らない単語の数々。魔法陣の書き方、術式解説。長ったらしい呪文の書かれた本や難解すぎる古代文字の羅列。その他諸々。先程まで使っていた魔導書は祖父が教本に選んだだけあって簡単なものだったのだろう。
それに比べて目の前のこれらは難易度が高い。複雑な魔法の記された本の数々に、頭がクラクラしてくる。これらを祖父は全て読み理解していたのだろうか。
「全然見つからないな、地図」
小一時間ひたすら本の山をひっくり返しても出てこない地図に、もしかして地図そのものが無いのかと思い至る。祖父の経歴は知らないが長年この屋敷に居住していたのだろうし、地図なんて地理を正確に記憶していれば必要のないものだ。
「困ったなぁ……ん?」
ふと、書庫の壁に魔石が埋められているのが目に入った。それなりの大きさの魔石だ。壁の装飾か、それとも何かの魔法道具だろうか。それにしては目の前の魔石に魔力を供給をした覚えは一度もない。
屋敷にある大抵の魔法道具には練習がてら魔力を込めたが、それは初めて見る魔石だった。
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