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第1章 魔法の世界
3学ぶ理由(1)
しおりを挟むメル・ベガルタとして転生した私が前世の記憶を取り戻したのは、四歳になってからの事だった。
それまでは純粋無垢な幼子で、ある日唐突に前世の記憶と転生した際のやりとりを思い出したのだ。
父親は不明で母親はすでに亡くなっているという家庭環境に、どのへんが特別な転生なのかと胡散臭い自称神の端くれのフェイロンを脳内で殴り倒した。
押し付けがましく貴女は幸運ですと転生させておきながら、両親のどちらもいないとは何事か。そう呆れたものの、祖父が赤子だった私の面倒を懸命に見ていてくれたのが幸いだった。私が産まれた時にはすでに祖父はかなりの高齢だったが、大事に私を育ててくれた。女手のない中での子育ては大変な苦労だったろうに。
その祖父も、私が十二歳の誕生日を迎えるひと月前に亡くなった。
死因はわからない。朝いつもの時間に起きてこない祖父に声をかけにいき、寝台に倒れこむように亡くなっていたのを発見したのだ。
涙は出なかった。突然の出来事に戸惑いのほうが大きく、その後の対応に悲しみにくれる暇もなかった。とにかく亡くなった祖父の弔いをきちんとしなければと、正しいやり方も解らぬまま屋敷の裏庭にある祖母と母の墓の隣に遺体を埋葬したのである。
その日から三ヶ月が経ち、いま私は広い屋敷に一人で暮らしている。
もう一緒に食卓を囲むどころか、返事をしてくれる人もはいなくなってしまった。祖父はいつも穏やかに笑みを浮かべて、優しく私の頭を撫でてくれた。あの温かい手の温もりは二度と感じられない。ふとした瞬間に祖父との日々を思い出す。その度に襲ってくる喪失感と寂しさに、三ヶ月経った今、ようやく素直に涙が出てくるようになった。
「……あー、さみし」
紅茶を飲み干し、窓の外を眺めながら呟く。
転生して十二年。まあ幸せに暮らしていたと思う。祖父は仕事と言って書庫に閉じこもる事が多くたまに放置もされたけれど、孫の私をそれはもう猫可愛がりしていたし、食べものも着るものも不自由は無かった。四歳になってから自我が芽生えたことが良かったのだろう。前世の成人した記憶があっても、異性の祖父に対し他人と思うことも嫌悪感を感じることもなかった。前世の家族とは全く違う存在だけれど、それでも祖父は大事な家族だった。
「これからどうしようかな」
祖父が生きていた頃もぼーっと毎日暮らしていたが、一人になってからは、ますます何となく一日を過ごすだけ。
畑の手入れや温室の管理に、掃除や洗濯。食事の支度。屋敷と日常生活を維持するためにすべきことは沢山あるが、大部分は何とか一人でこなせている。けれど、祖父がいなければ出来ない、否、やり方がわからないことばかりなのだ。
「魔法の勉強も、一人じゃよくわからないし」
転生したのは魔法のある世界だ。フェイロンが魔力を付与すると言っていた通り、私には魔力があった。そして祖父にも。なんでも、代々魔法が使える血筋らしい。らしい、というのも詳しい家の事情や世間のことについて教わる前に祖父は亡くなってしまったのだ。広い屋敷だが使用人がいるわけではないため、分からないことを聞ける大人もいない。
時たま必需品を買いに街へ行くのは祖父一人で、私は屋敷のある敷地内から一歩も外に出たことがない。外出に連れていけない理由が何かあるようだった。いつか事情を話してくれるだろうと聞き分けよく待っていたのだが、まさか諸々教わる前に祖父が亡くなってしまうとは思いもしない。
そのため私はこの世界に生まれてから街はおろか、学校にも行ったことがいない。そもそも学校があるのかどうかも知らないのである。自分でも呆れるくらい世間知らずに育ってしまったと思う。
教わったことと言えば文字の読み書きと、魔力のコントロールの初歩のみ。それも身体強化と魔石への魔力の込め方だけだ。
身体強化の魔法は重いものを持ち上げるのに役立つからと教わったもので、手や足に魔力を巡らせ集中することで一時的に肉体を強化する術である。祖父の亡骸を埋葬する時も腕の身体強化を使った。こんな使い方をすることになるとは、習得した時には思いもしなかったが。
魔石へ魔力を込める作業は日常的に行っている。住んでいる屋敷にはいくつも魔法道具があり、主に魔法道具によって生活が成り立っていた。
料理に使うコンロや照明。水道の蛇口や家の護りの魔法道具。その他ありとあらゆる所に魔法道具が備えられており、それらに埋め込まれた魔石に魔力を込めることで使用が可能となる。つまり電池のようなものだ。
満タンに魔力を込めておけば、種類によってだが一週間から数ヶ月、ものによっては数年ほど使用出来る。
家中にあるそれらの魔石に魔力を供給する作業を、魔力のコントロールの修行として毎日のように行っていた。一人でも難なくこなせるよう習得していたおかげで、祖父が亡くなった今でも魔法道具によって屋敷での暮らしが不自由なく出来ているのである。
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