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愛犬を婚約者の母親に殺されたので倍倍倍返した伯爵令嬢のはなし

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 あの子は私にとって、天使でした。
 私は、物心ついたときから引っ込み思案で、人と視線を合わせて話をするのが苦手でした。
 そんな私に、おじい様がプレゼントしてくれたのが、あの子でした。
 シルクのピンク色のリボンを首に巻いたマルチーズ子犬。
 
 白く羽毛のようなシルキーコートの体毛。
 濁りのない黒曜石のような瞳
 瞳と同じくらい、でも瞳よりも柔らかい光を照り返す逆三角形の鼻。
 愛らしい顔立ちと仕草。
 まだ小さかった私の手にもすっぱりと収まってしまうような小さな体のぬくもり。
 
 私はその子にアンジュと名づけました。
 アンジュを胸に抱いていると、私は落ち着いて人の目を見て話すことが出来るようになり。
 そして、かわいいアンジュをきっかけに、他の貴族の令嬢方とお友達になることができるようになったのです。
 自分に自信を持つことができず、着飾ることをおっくうに感じていたましたが、かわいいアンジュに相応しい飼い主になりたいと思うようになり、積極的に自分の身だしなみを研究するようにもなりました。

 婚約者のアンドレとはじめて対面したときの会話のきっかけも、アンジュでした。

「かわいい犬ですね」
 
 と、アンドレが声をかけてきて、アンジュをたくさん褒めてくれたのが嬉しくて、私はアンドレをいい人だと思うようになりました。

 それが、間違いだったのです。

 自分の家も犬好きが多いのだと言う彼に連れられ屋敷を訪ねると、彼の屋敷は確かに犬がたくさん飼われていました。
 犬、といっても、かれらはアンジュのような愛玩犬ではなく、猟犬でした。

「随分と可愛いわんちゃんを飼っていらっしゃるのね」

 彼の母の言葉に何故かひっかかりを覚えましたが、私は愚かにもそのとき、アンドレに恋をしていて、彼の家族と仲良くしたいと思っていた私はその言葉に笑顔と「褒めていただいて、ありがとうございます」という言葉を返したのです。
 
 アンドレに婚約を申し入れられ、私はそれを受け入れ、私とアンドレは婚約者となったのです。
 私とアンドレは、それをアンドレの家の人々に報告しました。
 すると、彼のご両親は背筋が寒くなるような笑顔を浮かべていいました。

「まあ、それでは、貴方はこの家の人間になるのね、それなら、この家の人間としてふさわしくならないとね」

 アンドレの母がそういうと、アンドレの父が私の腕の中からアンジュを掴み、床へ放り投げました。
 そして、部屋の隅に控えさせていた猟犬たちをアンジュにけしかけたのです。

 私が3歳のころからずっと一緒にいたアンジュはもう14歳になっていました。
 犬としてはもう、老犬です。
 アンジュはその場の部屋から出ていくこともできず、猟犬に噛みつかれ、悲鳴を上げながらかみ殺されてしまいました。

「犬は猟をするために使うものです。ましてや、犬を抱えて代わりに歩くなど、そんなみっともない真似はやめなさい」

 私は死んでしまったアンジュを抱えて泣くことしかできませんでした。

 そんな私に向かって、アンドレは「やりすぎだったかもしれないが、父も母も悪気があったわけではない。君をこの家にふさわしい人間にするために、仕方なくしたんだ」と、言いました。

 許さない。
 赦さない。
 ゆるさない。

 そのとき、私の心に、沸騰したお湯の中から沸き上がる泡のように、憎しみと怒りが溢れ出しました。

 絶対に許さない。
 お前たちを絶対に許さない。
 アンジュが受けた痛みと恐怖をお前たちに与えてやる。

 私はそしてアンドレと、その家族たちに復讐することを誓ったのです。
 まず、私は従兄弟のナーレに相談をしました。
 ナーレもまた、おじい様から犬を贈られていて、その犬を大切にしていました。
 だから、私がどれだけアンジュを大切にしていたのかを知っていて、私の気持ちを理解してくれていました。

 「僕にして欲しいことを言ってくれ、君のためなら僕はなんでも手伝うから」

 私はナーレのキツネ狩りにアンドレとその家族たちを招待してくれるように頼みました。
 ナーレはアンドレの父の伯爵の一つ上の侯爵の位を持つ貴族だったので、アンドレたちは喜んで狩りに参加しました。

 私はまず、アンドレのためにサンドイッチを作ることにしました。
 新鮮なキュウリを刻み、畑の中でうごめいていた活きの良いナメクジをすりつぶしソースを作りました。
 生臭さを誤魔化すために黒胡椒をたっぷり使ってさしあげました。

 アンドレは私から手渡されたナメクジサンドイッチを喜んで食べてくれました。
 すぐに体調を崩し、運ばれていきました。

 口から泡を吹いて痙攣しているナーレを彼の両親は青い顔をしてみていました。
 ああ、彼のお母さんは泣いて神に助けを乞うていました。
 たくさんの人が狩りどころではないと、帰り支度をしていました。

 私はその間に、ナーレに散弾銃を借りると、紐に繋がれていたアンドレの家の猟犬たちを撃ち殺しました。
 彼らは私の大切なアンジュを直接その牙で殺しましたが、彼らにそれを命じたのは主人でるアンドレの親です。
 だから、彼らは苦しみを少なく逝かせてあげようと思ったのです。

 そして、私は次に、アンドレのご両親に気付け薬としてお酒を差し入れました。
 ご両親はお酒を一気に飲み干し、そして、苦しみだしました。

 ええ、私が渡したのは、お酒ではなかったのです。
 毒薬です。

 お父様は正気を失う毒を。

 お義母さまにさしあげた方は、体が動かなくなりますが、でも、意識ははっきりと残るものなのですよ。

 私が話すと、お義母さまは、眦に涙を浮かべました。

 舌が膨れて口から飛び出しているうえ、喉の筋肉さえ動かせないお義母さまは私を罵ることさえできません。

「ふふふ、お母さま。喜んでいらっしゃるんですか? そうですね、アンドレが助かって良かったですね」

 そういって、私は目を見開いたまま寝台に横になっているアンドレの隣にお義母さまを横にさせてあげました。

「大丈夫、貴方たちが自分の行いを反省するまで、生かしてさしあげます」

 私の言葉に、お義母さまの瞳から流れる涙は途切れることなく、その顔を流れていきました。
 
「さて、お父様にそろそろ餌をあげに行きますね」

 私はお義母様に言うと、犬小屋を後にしました。
 ナーレが来る前にお風呂に入らないいけないので、急がなければなりません。


おわり
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