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税務職員は、二度ベルを鳴らす
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税務職員は、二度ベルを鳴らす
は じ め に
現職を離れて十年を過ぎ、資産税専門の開業税理士として、仕事を通じて数多くの人生経験を垣間見させていただいておりますが、その仕事も終盤を迎える年齢となり、ふと、現職時代の昔の話をしてみたくなりました。
誰に聞いてもらいたいと希望することもなく、ただ、自分の軌跡として、何か残すことができれば、と考えるのは、贅沢なこと、なんでしょう。
しかし、むかしの記憶をたどってお話しをすることとなるため、話の内容が所々飛び飛びとなるところがあり、また、話の順序が逆になってしまうこともあります。
うまく表現できるか疑問に思うところですが、ご容赦とともに、ご了承願います。
私が、資産課税部門の担当職員となったのは、税務職員として採用され、最初の人事異動で所属することとなった、管理徴収部門の担当職員としての業務をになって十年を過ぎた頃です。
その頃、なぜ、何で、あんなことになったのかな?
今でも時々思い出すことがある、ある出来事がありました。
管理徴収部門の業務の中の、滞納処分の業務に従事していた頃のことです。
温泉街でストリップ小屋を営業する、滞納者の話に迎合する直属の上司と、滞納処分の処理方法について意見が噛み合いませんでした。
滞納者は、「納付誓約による分割納付」のため、不動産を担保に提供していた。
にもかかわらず、納付の約束を何度も不履行とし、その都度納付を確約するにもかかわらず、一度も納税を実行していなかった。
ある日のこと、突然税務署の窓口に来て、「小切手を三枚切るから、不動産の担保を解除してほしい」と、申し出があり、その後、税務署に日参していた。
当然に、滞納している税金の全額納付を条件として提示した結果であった。
そんな状況が、繰り返されていたとき、突然、滞納者の話に迎合する直属の上司から、「俺の命令が聞けないのか」と、滞納処分票を叩きつけられました。
勢い余って、机の下に、滞納処分票が落ちた。
叩きつけられた滞納処分票を拾いながら、「こんな仕事、やって、られるか」と、思った勢いのまま、仕事の配置換えを申請した結果でした。
その年の七月の人事異動で、資産課税部門に配置換えが決まりました。
「五年間、黙って仕事をするように」と、辞令交付の際、署長から言われたことを覚えています。
移動先の税務署の資産課税部門に配属になり、三十歳を過ぎた年食った新人職員が最初に担当した業務は、譲渡所得の事後処理の仕事でした。
業務その一として、確定申告の譲渡所得の簡易な計算の間違え、または、特例適用等の誤りについて、来署依頼を行い処理する机上の仕事でした。
また、業務その二は、無申告となっている不動産の売買の内容がわからない、申告対象案件の来署案内文書を無視する方のお宅に出向いて処理する、臨宅による外回りの仕事です。
特に、外回りの臨宅による仕事は、十数件の案件を鞄に詰めて、一週間、毎日、また、一日中町中を歩いて、対象者の家を訪問することでした。
もちろん、来訪について事前の電話連絡をすると、不在または居留守を使われることが多いため、半強制的な「飛び込みの営業」の仕事のようでした。
新人職員が担当する仕事としては、かなりきついものでしたが、「対人間関係の交渉能力の向上を図る方法」としての経験を重ねるには、とても効果のある仕事でした。
もっとも、私においては、滞納整理の臨宅ほうが大変と思いましたが…。
そんな最初に担当した仕事の中で、特に印象に残っている仕事がありました。
その譲渡所得の事後処理の案件は、「駅裏の隠れ長屋」と称するところに住んでいた、自称「パチンコ店のオーナー」と称する方の無申告となっている案件で、外回りの臨宅による処理でした。
出勤後、早々に書類を鞄に詰め、朝一番に現地に赴き、住所地の居宅を何度も探すも、所在地に居宅が見あたらなく不明であった。
仕方なく、近くの交番において居宅の所在を確認し、「駅裏の隠れ長屋」と称するところに臨宅した事案でした。
「え、あそこに行くのですか?」
応対してくれた交番の警察官が、「やめたほうがいいよ」というような顔で、教えてくれた。
「はい。仕事ですから」と、答えた。
「何かあったら…、電話で連絡してください」と言う声を背中に受け、気をつけてという顔をしていた交番の警察官と別れた。
すでに相手には事前に電話連絡をして、来訪の承諾を得ていたことから、今更やめるわけにも行かなかった。
当時は、滞納処分の臨宅ほうが、時に、危険度が高いと思っていましたが…。
教えてくれた「駅裏の隠れ長屋」の入り口は、薄暗い路地の奥まったところにあり、建物の外観は周囲が暗くて見づらく、よくわからなかった。
入り口のベルを二度鳴らし、返事を待たず建物の中に入ると、手前に居間があり、奥に台所がある「鰻の寝床」のような間取りの家であった。
自称「パチンコ店のオーナー」と称する方は、待ちわびていたかのように手招きをしていた。
「とりあえず、時間どおりに来られたね」
「ちょっと、交番で道草してしまいましたが…」
会話も早々に来訪の挨拶をして、身分証明書を提示し、ソファーに座った。
譲渡所得の事後処理の処理内容は、簡単なものであった。
自称「パチンコ店のオーナー」と称する方と対面し、申告の内容を確認するのに時間はかからなかった。
そのため、その場において、修正申告書を作成して、記名押印をしてもらい、処理は無事終了した。
そこで止めておけば良かったものの、滞納処分の経験が災いした。
今後の向学のため、また、情報収集等のため、さらに、少しの興味本位のため、「パチンコ店の経営」についての話を聞くことにしたのである。
自称「パチンコ店のオーナー」と称する方は、パチンコ経営について自慢げに話をしてくれて、小一時間ばかり話を聞いていたような気がしていた。
その間、奥の台所では奥様らしい女性が食事の準備をしているようでしたが、挨拶をするでもなく、お茶を入れてくれるそぶりもなく、だだ、背中を向けて立っていた。
しかし、こちらの話に耳をそば立て、じっと聞いているような、なんとなく監視されているような雰囲気は感じられた。
話も一段落ついたところで、修正申告の税金の納付について確約し、報告書の作成のため、その日は帰署することとした。
「明日納めておくから。安心してね」と、そんな返事を聞きながら、自称「パチンコ店のオーナー」と称する方と別れた。
そんな仕事があったのかと記憶から遠ざかり、忘れてしまっていた頃であった。
二日後の午前中に、突然、その電話がかかってきた。
「上川さんですね」
「はい。そうですが。どちら様ですか?」と返事をした。
電話の相手は名前を名乗ることをせず、私が電話に出たことを確認すると、一方的に話をし始めた。
「調査官、今日の朝刊のお悔やみ広告欄を見ましたか? できれば見ておいた方がいいと思いますよ」と話して、電話が切れた。
何だ? 何のことかわからない。
急ぎ、総務課に行き、新聞の「お悔やみ広告欄」を確認すると、自称「パチンコ店のオーナー」と称する方の、死亡広告が載っていた。
なくなった理由は、「心不全」となっていた。
二日前の譲渡所得の事後処理の来訪の面談時においては、とても元気に楽しそうに話をしていたのであるが?
なぜか、背筋が震えたのを、今も思い出します。
ふと、あのとき「所在がわからないので、近くの交番で聞いてきた・・・」と話をしておいて良かったと思うところでした。
そんな、こんな、資産税の仕事の経験を積み重ねても、当時の資産課税担当の新人の職員が、相続税の実地調査を担当するのは、さらに、多くの譲渡所得の実地調査を経験した後となるのです。
その後、バブルがはじけて、不動産の売買に関する申告は、譲渡損失を計上することが多く、結果、譲渡所得の事後処理の臨宅による事後処理は行われなくなりました。
このような譲渡所得の事後処理を通して、新人職員の実務研修を行っていた機会がなくなってしまったことは、今思うと、とても残念に思うところでした。
それに伴い、譲渡所得の実地調査も少なくなったことは、さらに残念を重ねる結果となりました。
こんな環境の中で、譲渡所得の事後処理とか、実地調査のお話をしても、新人職員の方には、あまり興味を持っていただくことができないのではないかと思いましたので、この話は、あらためて機会があればと考えるところとなりました。
そこで、現在の資産課税の担当の新人職員の方を対象に、むかし、むかし、年食った新人の職員が行っていた、相続税の実地調査の時の基本の話について、少しの参考にしていただきたいと思い、記憶をたどり、古い経験を思いおこして、小説風に話をして見ようと考えました。
話の内容は、ごく一般的な相続税の実地調査の内容となっておりますので、すでに数多くの相続税の実地調査を経験されたベテラン職員の方には、当たり前すぎてつまらないお話となるかもしれません。
もしよろしければ、少しの間、お付き合いを頂ければ、ありがたいと思うところです。
目 次
税務職員は、二度ベルを鳴らす
準備調査
現況調査の作戦計画
預貯金高額入出金
臨宅調査
相続税臨宅調査事績書
選 択
端 緒
現物確認
要更正
税務職員は、二度ベルを鳴らす。
所得税の確定申告という一ヶ月間の税務繁忙期の期間を無事に終了した、札幌税務署の署内の風景は、一般の会社と変わるところはなかった。
資産課税部門の日下部調査官は、平成二七年分の所得税の確定申告の譲渡所得の事務処理と報告事務を終え、来月から始まるゴールデンウイークの休暇申請書を前に頭を悩ませていた。
「今年の連休は、どうしようかな?」
「どこか遠く、海外旅行にでも行きたいなあ…」
そんな資金もないのに…。
どこからか、そんな声が聞こえるような気がするのは、気のせいか?
そんな思考回路を回しながら思案していたとき、日下部調査官は、藤井統括官に呼ばれた。
「日下部さん、今いいですか?」と、藤井統括官が手招きをしていた。
「はい。何でしょうか?」
「五月の休暇申請は今日までですから、早く提出してください。」
「はい。今悩んでいるところでした」
「それから、連休明けの相続税の実地調査の事案は、被相続人の吉国為造を予定したいと考えていますが、どうだろう…。いいかな?」
「はい」
「上期(昨年の七月から十二月まで)の実地調査の事案については、すべて調査が終了し、報告済みとなっておりますので、新規の調査事案に着手できます。」
いつでもいいですよと、アピールをしていた。
「わかりました。それでは、これをよろしくお願いします」
藤井統括官から、被相続人吉国為造の新規の「相続税の実地調査の事案」を受け取り、席に戻った日下部調査官は、「重さは約一キロ、増差は一億かな…」と、つぶやいた。
*通常、相続税の実地調査は、各担当者の事務処理状況を確認して、統括官から個別に調査事案として交付され る。
また、相続税の実地調査に選定される調査事案の書類の重さは結構重く、 約一キロとなる。
そして、遺産の総額は、三億円から五億円の間となることが多い。
また、相続税の実地調査の経験の少ない職員は、遺産の総額が一億円から三億円の事案が多く、添付されている書類等も少ないことから扱いやすいとされている。
なお、実地調査選定の要調査の項目が多いと、うまくいけば、調査による遺産総額の増差は、一億ぐらいとなるものが多い。
もっとも、これは、あくまでも、私の調査の経験則で全てに当てはまることではありませんが…。
準 備 調 査
藤井統括官から、被相続人吉国為造の相続税の実地調査の事案を受け取った日下部調査官は、さっそく、調査事案の「相続税申告審理兼準備調査検討表」に目を通しはじめた。
*通常、実地調査事案の選定作業は、調査経験の深い職員が担当している。
私の場合、選定作業を行う場合、担当した相続税の申告書の申告審理においては、必ず、自分が作成した「相続税申告審理兼準備調査検討表」を作成することとしていた。
その方が、効率よく行うことができると思えたからであった。
日下部調査官は、いつもの通りの手順で、実地調査の事案を検討することとした。
最初に行うのは、実地調査選定事案の「要調査抽出事項」の項目の確認作業である。
申告審理において抽出された要調査項目の確認作業から、提出された相続税の申告書の概要を確認し、要調査事項の抽出の経緯及び理由を確認する。
通常、所得税の確定申告の期間明けの初めての実地調査の事案は、調査の実務経験を重ねている日下部調査官においても、アイドリングに時間がかかる。
日下部調査官は、少し気が重く感じていたが、その思いを払拭するため、少し自分を追い詰める必要があると考えて、被相続人吉国為造の相続税の申告書を作成した、顧問の市山税理士に、相続税の実地調査の連絡の電話をかけた。
「おはようございます。市山税理士事務所の山田です」と、明るく元気な声で対応してくれた。
「おはようございます。札幌税務署、資産課税部門の日下部と申します。」
「市山先生をお願いいたします」
「はい。少々お待ちください。市山先生、税務署から電話です」
「市山です。お世話になっております。」
「札幌税務署、資産課税部門の日下部と申します。いま、お話よろしいでしょうか?」
「はい。どのようなことでしょう」
「確定申告の業務も一段落したところ、早々で申し訳ないのですが。被相続人:吉国為造の相続税の申告内容について確認したいことがありますので、相続人の方にお会いしたいのですが。」
「実地調査の日程調整ですね。わかりました」
市山税理士からは、「相続人に確認のうえ回答する」と、返事が返ってきた。
電話の声の調子から、少し緊張感が感じられたが、そこは、お互い様であった。
市山税理士に実地調査の日程調整の電話をかけ終わり、日下部調査官は、気後れ気味の気持ちに少し気合を入れた。
*相続税の実地調査の連絡は、当時は、相続税の申告書を作成した関与税理士に直接電話をかけて依頼していた。
しかし、現在は、国税通則法の改正から、最初に相続人に連絡をすることから始まる。
結果、その多くは、相続人の「関与税理士に確認してから」とか、「関与税理士に任せているので、担当者から、連絡を取ってほしい」との返事で終わることが多い。
また、現在は、電話の連絡に合わせて、「実地調査の内容」について、マニュアル的な事項の説明をすることになっているらしい。
その説明内容は、項目が多く、また、説明の途中において相続人の方からの質問を受けることも多く、担当者においては、かなり大変であろうと思われる。
この国税通則法の改正による、マニュアル的な事項の説明をすることになったことが、私が現職を去るきっかけとなった理由の一つでもあった。
*この話に登場する、「相続税申告審理兼準備調査検討表」という調査の様式については、特に決まったものはありません。
調査を担当する者が、それまでに培った経験で、各自が勝手に作成している調査の様式であります。
おそらく、現在も作成されていないと思います。
当時、「申告審理のチェック項目」と「実地調査の準備調査の要調査項目の抽出作業」が同時に進行するほうが、準備調査の処理として効率的と考えて、私が勝手に作成したものです。
相続税の申告審理の場合、「申告審理のチェック項目」と「要調査項目の抽出」を同時に行ったほうが、実地調査の選定の理由がより具体的になり、担当した新人職員においては、準備調査の作業が行いやすいと考えていたからです。
その結果、調査事案の交付を受けた新人職員の調査担当者が、短時間に問題点を把握しやすく、また、新たな要調査項目についての抽出の時間が少しでも確保できると考えたためです。
「札幌市…、吉国為造、昭和二〇年八月十五日生、七一歳、吉国総合病院、院長…」と、独り言を言うようにつぶやいていた。
「相続人は、妻:恵美子、六一歳、病院事務長。長男:英行、四〇歳、副院長。次女:紀子、三七歳、勤務医。…」
家族全員が、医者または医療従事者であった。
「当初の相続税の申告書上の問題点は…」
日下部調査官は、最初に、提出された相続税の申告書について、形式的なチェック項目を確認していった。
この作業を通して、被相続人、相続人、相続財産及び遺産の分割内容についての基本的な情報を把握し申告内容の全体像を確認するのである。
次に、「申告された相続財産の構成と、過去の確定申告状況とのバランスは…」
相続財産の、遺産の総額と財産の構成割合が、過去の所得税の確定申告の収入内容の情報から比較検討して、バランスが整っているかを確認していった。
さらに、「署内簿書と署外資料の調査事績整理と照会の回答状況は…」
日下部調査官は、相続財産の情報収集先について、照会文書の発送の漏れがないかどうかについて、再確認していった。
「あれ! 孫たちの署外資料の照会がされてない。」
相続税の申告書に添付されていた、資料及び申告審理の前作業において照会された回答の文書等を見ながら、実地調査の選定事案の「相続税申告審理兼準備調査検討表」のチェック項目を確認していた日下部調査官は、困ったなと思った。
当然に、照会文書が発送されていると思っていた、孫たちの預貯金等の照会がされていなかったのであった。
「実地調査の日まで、照会文書の回答が間に合うかな?」と考えながら、急ぎ、すでに確認されていた三人の孫たちの住所を基に、署外資料の照会文書を作りはじめた。
よし、「今日中に発送しよう」と、気を入れなおした。
さて、今回の臨宅調査の現場では、どうだろうかな?
「今回は、口無しの花が何本咲くかな…」と、日下部調査官は、つぶやいた。
*相続税実地調査の場合、通常、被相続人の収入による化体財産として、相続人名義及び孫名義の財産(特に預貯金等)を把握することが重要となります。
そのため、申告書を収受した後、まず、住民票と戸籍謄本を確認し、不足がある場合追加収集し、実地調査のための被相続人、相続人及び孫に関する相続関係図を完成させ、署外資料の収集のための準備をすることが必要となります。
その理由として、提出された相続税の申告書の添付書類には相続関係図がついているのですが、その内容は被相続人及び相続人の範囲に限定されており、併せて、添付されている戸籍謄本及び住民票も同様の範囲となっていることが多いためです。
特に、遺産総額が高額になればなるほど、相続人等の範囲が広くなっていきます。
また、日下部調査官の、「今回は、口無しの花が何本咲くかな・・・?」とのつぶやきの理由ですが、相続税の実地調査の臨宅調査においては、被相続人に関する経歴・病歴・財産の管理状況について、相続人に数多くの質問をすることとなるのが普通です。
しかし、相続人からは、「主人が全て行っていましたので、よくわかりません」と、妻の回答が多く。
また、「亡くなった者が行っていたことなので、私にはよくわかりません」という相続人の回答も多い。
つまり、「死人に口無し」の花が、実地調査の現場に数多く咲くのです。
この花が咲くことが多いほど、不表現資産の端緒の実が熟すと思うのですが?
あなたは、どう思いますか?
なお、資産税に関する業務においては、一般的な税務相談に限らず、相続人に対して質問する場合、「死亡した」とか「死んだ」という言葉は、決して使わない要にしてください。
これらの言葉は、悲しみを抱え込み、張り詰めた相続人の心に深く刺さるものがあり、この言葉を使うことにより、何でもない一言が、後日、大きなトラブルとなる原因を発生させ、資産税に関する業務の処理に支障を来すことがあります。
出来れば、相続税の実地調査の現場に限らず、資産課税の業務に携わる方においては、常に、「亡くなった」という言葉を使うよう心がけたいものです。
現況調査の作戦計画
日下部調査官は、申告審理事績の内容と、署内外の収集資料の照会の回答を照合しながら、「なにか変だな?」と疑問に思った資料について、機械作業のように付箋紙を貼り付けていった。
同時に、要調査項目として抽出し、「臨宅調査事績書(調査項目)に、書き込んでいった。
臨宅調査事績書(調査項目)に要調査項目の要点をまとめながら、「相続人に対する質問は、この項目から始めて、これと…、これは…、あとで聞くことにしようかな?」と、つぶやき。
「それから、相続財産の現物の確認は、ここで行動できれば、タイミングとしてはとてもいいかも…」と、独り言を言いながら、作戦計画を立てていた。
また、臨宅調査での相続財産の現物と保管場所の確認のタイミングを、「臨宅調査事績書((調査項目)」に赤丸でしるしを付けた。
臨宅調査は、いつものように「相続税の臨宅調査事績書」にしたがって始めることにしていた。
現況調査は、要調査項目として抽出した、「相続財産の保管状況の確認」から始めることとし、確認する順序を次のように決めた。
1.提出された相続税の申告書に記載された相続財産の現物の確認
2.相続人代表の妻:恵美子名義の財産の現物の確認
3.生前の預貯金の高額入出金に係る使途等の質問からの現物の確認
「それから、それから、・・・・・」とつぶやきながら、臨宅調査のシナリオの構想を多方面から検討し、練っていった。
相続税の実地調査に限らず、税務調査の現場では常に緊張の連続である。
仮に、事前の申告審理において、多くの調査項目が抽出されれば、税務調査の主導権は常にこちら側にあるのである。
しかし、事案の内容、相続人の、いや、関与税理士の調査に対する事前の準備の状況によっては、相手方に主導権があり、現況調査への隙間が見えてこないことがある。
その事を考えると、些細な情報・無関係に見える情報を見逃すことなく、シナリオの構想を練ることは、とても重要であると、日下部調査官は、自分に言い聞かせながら、何度も、何度も、繰り返し、申告審理事績の内容と署内外の収集資料の回答を照合し続けた。
*私の場合、準備調査は、まず交付された相続税の事績書の添付資料及び照会文書等を相続財産の種類別に、資料の大きさを整えながら整理することから始めます。
相続財産の種類により区分し、添付資料及び照会文書を整理することによって、調査事案の相続財産の概要を再確認するのです。
話の中の、「臨宅調査事績書(調査項目)は、単にメモ書きですから、様式は作成されていません。
それぞれの調査官が、それまでの実地調査の経験によって、使い勝手のいいように作成しているものです。
また、相続税の実地調査の場合、臨宅の現場で現物を確認するタイミングを常に計りながら、多くの質問を続けることはとても難しいです。
そこで、いつ現物を確認するタイミングとなるのかわからないので、調査関係書類はできるだけカバンから出さないようにしています。
そのため、質問事項をあらかじめ「臨宅調査事績書((調査項目)」にまとめておき、いつでも、財産の保管場所に同行できるように準備しておくことが必要と思います。
現在では、国税通則法の改正があり、臨宅調査の現場で、相続財産の保管場所におもむき、現物を確認することはかなり難しいこととなっております。
そのため、新人職員の多くは、臨宅調査の現場で現物の保管場所におもむき確認する経験をすることは、少ないことでしょう。
ともすると、現役を離れるときまで、その機会が訪れることがない場合があります。
当時、私の場合、相続税の実地調査を一人で担当していましたから、現物を確認することは特に大変なことでした。
さらに、臨宅調査の現場において調査書類をカバンから出して始めようとする動作を行うことは、「これから現物を確認の調査をはじめますよ」と相続人に合図を送るようなものですから、調査関係書類をできるだけカバンから出さないようにしていました。
相続人に心の準備を整えさせるのは、実地調査の進行上から好ましくないと思います。
お話の中にあったように、私の場合、実地調査に着手するときには、いつも質問による調査事案の展開を想定し、 「実地調査のシナリオ」を作成してから、臨宅調査に臨むこととしています。
この「実地調査のシナリオ」を作成する時間が、準備調査をとても楽しくさせ、最も充実した時間でもありました。
なぜならば、ひとつとして同じ調査事案がなく、常に新鮮さを求められると感じられ、また、臨宅調査がシナリオどおり進行したときの喜びは、また、格別なものがあります。
当時、研修調査のため、新人職員に同行する機会が何度かありました。
その際には、準備調査の検討の過程において、この「実地調査のシナリオ」を作成することを指導内容の一つとして勧めました。
しかし、担当の統括官から、この「実地調査のシナリオ」を作成する指導内容については、実地調査を数多く経験することで、自然に調査の形ができあがってくるので、時間の無駄との指摘を受けることが多かったことを思い出します。
しかし、同行研修において、そのような経験の場を与えてくれる、先輩職員の方が、どれほどいるでしょうか、そんな疑問を感じるのですが…。
あるとき、新人の職員ではなかったのですが、ひょんなことに実地調査に同行することになりました。
当然として、実地調査の着手の前日、臨宅調査の打ち合わせを行いました。
彼に、現場においての自分の役割分担を確認したところ、「実地調査のシナリオ」は私の頭の中にあるので、現場では私の行動に合わせていただきたいと、説明を受けたことがありました。
当然に、そんな彼に、私が指導助言する隙間はありませんでした。
前日の打ち合わせの話をしている時、彼が新人と言われた時期、先輩からどんな同行研修調査を受けてきたのだろうと思いながら、彼が準備調査の楽しさを知ることがないことに、寂しさを感じました。
その後、調査書類等の紛失等の事例が、全国の税務署で、多く発生したときがありました。
現在、このときの出来事の反省から、情報管理等の徹底がはかられて、その結果、調査現場への書類等の持ち出しは禁止されている状況にあるようです。
そのことがあり、その後、新人職員の研修調査を担当する機会はありませんでした。
いや、私のほうから、同行研修調査を避けていたのかもしれません。
当時、五人の同行研修調査を担当しましたが、「実地調査のシナリオ」の作成を受け入れてくれた新人職員は、一人だけでした。
彼女は、同行研修調査を終えた後、実地調査において、とてもいい結果を常に出していたことを記憶しております。
今思うと、もう少し頑張って、新人職員の同行研修調査を担当させてもらえば良かったのかなと、少し残念に思うところです。
預貯金高額入出金
日下部調査官は、被相続人:吉国為造及び相続人たちの預貯金の高額入出金の取引内容を、「預貯金関係資金操作検討表」に入力し、相続開始日前五年間の預貯金の高額な入出金の取引について検討をはじめた。
この作業により「預貯金関係資金操作検討表」に入力する項目は、主に高額な現金による入金及び出金について、その理由の解明が必要と思われる取引を入力の対象として行っているが。
時に、相続財産の情報に関係があると思われるもの。
また、取引の相手方が判明しているにもかかわらず、なんとなくであるが、その取引の理由の解明が必要と思われるものなど。
日下部調査官は、「多すぎず、そして、少なすぎず、なんとなく気になるなという取引について」といった感じで、いつもの入力作業を行っていった。
とても根気のいる作業である。
日下部調査官は、被相続人:吉国為造及び相続人たちの預貯金の高額入出金の取引内容の五年間分の入力作業を進めながら、この家族の生活状況・消費及び貯蓄性向の関連性を想像していた。
被相続人:吉国為造及び相続人たちの、通常貯金・普通預金の「預貯金関係資金操作検討表」による検討が終わると、引き続き、家族名義の預貯金の端緒を把握するため、定額貯金・定期預金の設定・書き換え・・解約等の内容について、被相続人と相続人の関連性の有無も併せて検討していった。
*通常、準備調査においては、被相続人の相続開始日の前五年間から、相続開始日後一年間の、取引先金融機関の預貯金の高額な入出金等の内容を、「預貯金関係資金操作検討表」に入力します。
時に、十年の期間にわたり入力することもあります。
その入力作業は、被相続人の預貯金の使途等を想定しながら、臨宅調査のとき、相続人にその理由について、聴取するための入出金の取引の項目について「臨宅調査事績書((調査項目)」にまとめておきます。
この作業は地味でとても時間がかかりますが、多くの申告漏れの相続財産の端緒を把握する、とても重要な作業です。
とくに、質問に対する相続人の回答が、「主人が全て行っていましたので、よくわかりません」とか、「亡くなった者が行っていたことなので、私にはよくわかりません」と返ってくることが多いのです。
そのため、逆に、多くの質問を重ねていくことにより、相続人の緊張感を少しずつ高めて、実地調査の主導権を常にこちら側におくための小道具の一つでもあります。
相続人に質問する取引の項目数が多ければ多いほど、不表現資産への端緒が見えてくるチャンスに遭遇することがあります。
そんなとき、実地調査が楽しく、また、嬉しくなってくると思えるのは私だけでしょうか?
また、日下部調査官の「今回は、口無しの花が何本咲くかな・・・?」とのつぶ やきが聞こえてきそうですね。
そういう実地調査の現場を想定し「臨宅調査のシナリオ」を作りながら、常に現物の確認ができるタイミングを図り、不表現資産への端緒を探っていく。
私は、そんな準備調査の作業を、いつも行うことを心がけていたような気がします。
質問検査権という、任意調査の限界への挑戦でもありました。
臨宅調査の現場での緊張感を維持し、それに耐えながらの調査でした。
ただ、「ほんの少しの正義感」を心のよりどころとしていたような気がします。
なんとなく、テレビドラマの「火曜サスペンス」のドラマを演出し、現場のワンシーンを想像しているような気分になってきませんか?
そんな風に思うと、「調査って、本当にいいものですね」と、言いたくなりませんか?
臨宅調査
全ての準備調査が終了し、実地調査の当日を迎えた。
「統括官、実地調査に行ってきます」
「はい。気をつけてください」
日下部調査官は、藤井統括官に、被相続人吉国為造の相続税の実地調査の出張を告げ、札幌税務署を出た。
「天気晴朗、なれど、波高し・・・」と、歴史の言葉をつぶやいていた。
五月病と称される連休の疲れは、なぜか感じられない。
被相続人:吉国為造の居宅は、札幌市内の郊外の、商店街から少し離れたところの、高級住宅街の一角にあった。
現地の到着時間は、約束の時間の十五分前であった。
日下部調査官は、いつものように建物の外観を確認するため、被相続人:吉国為造の三階建ての居宅周辺を一周して、門をくぐりゆっくり歩き玄関に立った。
被相続人吉国為造の居宅は、敷地内に広い庭のある、大きく豪華な建物であった。
平成二八年五月十六日、午前九時三十分、深く息を吸って、玄関のベルを、二回鳴らした。
インターホンから、「はい」と返事が返ってきた。
「おはようございます。札幌税務署の日下部です」
少し緊張感を感じながら、見えない相手に向かって言った。
「少々お待ちください」
黒光りの鉄製の玄関の鉄製のドアが、ゆっくりと重々しく開いた。
右上に監視カメラが設置されていた。
セキュリティは、万全であった。
相続税の実地調査の幕が上がった。
相続税臨宅調査事績書
約束した時間より十五分も早く来たにもかかわらず、顧問の市山税理士は、相続人吉国美枝子の傍らに立っていた。
緊張を隠しているかのような、笑顔で出迎えてくれた。
余裕のある雰囲気を作りながら待っていた二人をみて、「やりづらいな・・・」と、日下部調査官は、思った。
玄関の踊り場には、ビクター犬の置物が番犬のように置かれ、寄り添うように被相続人が生前に愛用していたと思われるゴルフバックがあった。
本日の主役の登場を待っているようであった。
相続人吉国美枝子に案内され、磨かれた長い廊下を歩きながら、日下部調査官は少しずつ高まっていく緊張感を感じていた。
「札幌税務署の日下部です」
応接室に案内された日下部調査官は、あらたまって、相続人吉国恵美子と顧問の市山税理士に挨拶をして、身分証明書を提示した。
「どうぞ。おかけください」
相続人吉国恵美子がうながした。
そして、日下部調査官は、持病の椎間板ヘルニアを心配しながら、豪華なソファーの端にゆっくりと座った。
それを待っていたかのように、家人の女性がお茶を運んできた。
服装から見るに、病院の事務職員のようであった。
なれないことだったのか、ぎこちない対応であった。
いつものセレモニーから、相続税の実地調査の臨宅調査は、開始された。
*先にお話をしたように、国税通則法の改正から、相続人に対する実地調査は、調査の日程を調整するための事前連絡及び実地調査の概要の説明を行う必要があった。
そのため、電話連絡をして、相続人に調査の日程を確認したうえで、顧問税理士と調査日時を決定することが多いことから、すでに実地調査の対策がなされている前提で臨まなければならないことが多い。
調査は、先に準備調査において作成した、「臨宅調査事績書」の内容にしたがって、まず、被相続人の経歴等を聴取することからはじまります。
ただ、相続税の実地調査の現場の内容については、最近、多くの市販本に書かれていることから、ある意味、セレモニーとなっているかなと感じるのは、考えすぎだろうか?
しかし、この、セレモニー?の最初のポイントは、やはり被相続人の病歴及び死亡時の状況の把握から始まるのである。
被相続人が長期入院をしていれば、相続人の妻が被相続人の財産管理及び運用を代行していることが多く。
そのため、生前に預貯金の高額な入出金に深く関与していることが多い。
結果として、このあとの「臨宅調査事績書((調査項目)」の、質問に対する相続人の回答に、もしかしてと、相続財産の端緒を期待するからである。
時間をかけ、ゆっくりと、緊張感を高揚させるように、一つ一つの質問項目にしたがって相続人に質問をしてゆく。
被相続人のことについてはもちろんであるが、それ以上に、相続人の性格・考え方等ついて多くの情報を収集しながら質問することが、その後の現物の確認等の調査の進行のタイミングをはかるためにとても大事になる。
そして、正直に言って、私はこの「臨宅調査事績書」による相続人に対する質問を、たんたんと続けてゆくことがとても難しいと、今でも思っています。
慣れすぎることは、時に優良な情報を聞き漏らすことがある。
同じことの繰り返しと思うことがあれば、必ず初心に返って、辛抱強くあえて時間をかけて行うことが大切である。
日下部調査官は、相続人:吉国恵美子を相手に質問を開始した。
「ご主人の生まれは、たしか…」
「はい、…」
「先代が亡くなったのが、…」
「はい、…」
「職歴は…」と、被相続人の経歴を再確認するように聞いていった。
被相続人の経歴等は、すでに、準備調査の検討の時点で収集した資料から確認済みであるのではあるが、「臨宅調査事績書」による質問は、それを再確認していくことが大切になると、自分に言い聞かせながら、行っていった。
相続人:吉国恵美子は、入念な打ち合わせをしていたのか、ドラマのセリフのように答えてくれた。
横に座っていた顧問の市山税理士は、苦笑いをこらえていた。
「玄関に、ゴルフバックが置いてありましたけど、プレーはどちらで…」と、趣味嗜好の話に移り、相続人:吉国恵美子から、被相続人:吉国為造のゴルフの自慢話をしばらく聞くこととなった。
日下部調査官は、話を遮るように、病歴及び死亡当時の状況の質問に入っていった。
「ご主人がお亡くなりになった原因は…」と、聞いた。
「はい、…」と、相続人吉国恵美子から、被相続人吉国為造は、病死であると説明を受けた。
話しによると、五年前に、医者の不養生から肝臓を患い、長期の療養の後、亡くなったとのことである。
療養先は、自らが経営する病院の特別室の一室であったため、亡くなるまで仕事に従事していたらしい。
医者もまた、ある分野を担当する職人であるのであろう。
また、財産管理及び運用については、被相続人が自ら行っていたとの回答があり、自分は、主人に頼まれたことだけを代行していたとのことであった。
相続人:吉国恵美子から、私は、よくわからないのですと、オーラが出ていた。
しかし、経営はすでに息子の長男に託しており、当然に生前の相続対策は行っていた。
日下部調査官の「相続税臨宅調査事績書」による、被相続人の経歴・病歴及び死亡時の状況等の質問に対し、相続人代表の吉国美恵子の回答は、所々に顧問の市山税理士の助言もあり、実にそつのないものであった。
日下部調査官の最初の直感は、あたっていた。
また、当初の相続税の申告書において記載のあった、相続財産の現物及び資料等は、すでに、応接間のテーブルの上に置かれてあった。
保管場所の確認を暗に拒否する姿勢が、感じられた。
さらに、そこには、被相続人及び相続人の名義の預金通帳等も用意されていた。
日下部調査官は、ここまで万全な調査対策がなされている状況で始まった実地調査に、少し焦りを感じた。
相続人代表の吉国恵美子の物腰はとてもやわらかく、質問に対する回答は、常にドラマのセリフのようになめらかであった。
また、落ち着きがあり、「口無しの花」が咲く気配は、みじんも感じられなかった。
今日の現場は、全て刈り取られているのであろうか?
そんなことはあり得ない、どこかに、密かに咲いているはずである。
心の中で、そんな問答を繰り返していた。
それでも、「臨宅調査事績書」の内容にしたがって、日下部調査官の質問は、ゆっくりと時間をかけて続けられた。
万全な調査対策のほころびが生じる機会を手にするまで、新たな相続財産の端緒が得られることを期待して・・・。
選 択
日下部調査官は、しばらく無言になった。
そう、迷っていたのである。
「臨宅調査事績書((調査項目)」にまとめてあった多くの質問に対して、相続人代表の吉国美恵子の回答は明解で迷いを感じさせなかったからであった。
さらに、ここにきて万全な調査対策のほころびが生じる機会を手にすることが出来ず、不表現財産の端緒は、まだ得られていなかったためであった。
日下部調査官は、ゆっくりお茶をモニながら、思考を繰り返していた。
「照会文書の回答から、孫名義の簡易保険契約があることは判っているが、こんな単純なことを脈絡もなくここで確認しては…、質問すべきか?」
いや。相続人:吉国美枝子に現場の主導権がある状況では、無駄玉でしかない。
日下部調査官は、思い直したように、その思考を否定していた。
準備調査の、預貯金の資金操作の検討からは、被相続人が、財産管理を行っていたと思えず、財産管理については、被相続人が行っていたとの相続人:吉国美枝子の回答に矛盾を感じていた。
「しかし、この時点では、確認するのはまだ早すぎるか…」
日下部調査官は、この現場の状況を打開するため、少し間を置くため、別の視点からの質問をすることを想定した。
日下部調査官は、ふと何かを思い出したように、相続人吉国美枝子に質問をする。
「相続開始日の一年前、つまり、ご主人がお亡くなりになる一年前、北洋銀行札幌支店の相続人、奥様、あなた名義の普通預金に、野村証券札幌支店から、五二,四〇〇円の振込みがありますが?」
被相続人の相続税の申告書に有価証券の財産の記載があり、取引照会の回答からも特に問題となる取引ではなかったが、なぜか気になる。
ただ、時間稼ぎのような、間合いをとるような、つまらない質問であった。
「同じ頃、被相続人の、北洋銀行札幌支店の普通預金の出金に、「静岡のガレージ」という振込による出金があるのですが? 何の出金ですか?」
本当に、つまらない質問となることが想定された。
質問の順序と相続財産の現物確認のタイミングは、どうするか…。
日下部調査官は、思考の時間切れを感じたので、「おトイレを借りたいのですが?」と言っていた。
そして、相続人:吉国美枝子に、案内をお願いした。
日下部調査官は、自分の心の迷いを整理するため、質問を中断し、とりあえず応接室を出た。
トイレから戻った日下部調査官は、仕切り直しとして、現場の雰囲気を変えるため、先ほどの思考の想定と異なる、別の視点からの質問を始めた。
「奥様、ご主人のお金の使い道のことをお聞きしたいのですが。よろしいですか?」
「はい。私が知っていることでしたら、お答えできますが」
「五年前から北洋銀行札幌支店の普通預金の出金の中に、五十万円の定額の出金が多く確認されますが、出金の理由は何ですか?」
「はい。それは、主人の母校の大学の医局から、毎月出張で来ていただいている先生方へ、主人が、お礼として差し上げているお金です」
「五十万円のお礼ですか?」
「出張で来ていただいている先生方へのお礼としては、相場ですから…。普通ですよ。また来ていただきたいでしょう」と、相続人:吉国美枝子は、悪びれた様子もなく、当然のことをして、何が悪いのよと、言わんばかりであった。
「たしかに、先生方への出張に対する報酬は、病院からお支払いしておりますよね」
「はい。一週間近く泊まりがけで、お仕事をしていただいておりますので、当然のことです。」
相続人:吉国美枝子は、当然でしょと、悪びれることもなく、説明をした。
「五十万円は、主人のお小遣いの中から、お礼として差し上げているのです。報酬ではありませんことよ」と、相続人:吉国美枝子は、あらためてその事を強調して言った。
そんな二人のやりとりが、しばらく続けられていた。
「日下部調査官、今日は、相続税の調査ですよね」と、あわてて、顧問の市山税理士が聞いてきた。
「はい。そうですが…」
顧問の市山税理士は、今までの質問の継続を遮るように、相続税の実地調査の範囲を確認してきた。
日下部調査官は、顧問の市山税理士の対応から、これ以上質問を続けることは、無理と判断した。
端 緒
日下部調査官は、顧問の市山税理士の対応から、自分の心の迷いを修正し、あらためて質問をし始めた。
「奥様、相続開始日の一年前、つまり、ご主人がお亡くなりになる一年前、北洋銀行札幌支店の相続人、あなた名義の普通預金に、野村証券札幌支店から、五二,四〇〇円の振込みがありますが?」
「主人が野村証券札幌支店と取引を開始するとき、私も一緒にと勧められたので、口座を開設していたのですが、特に取引を継続する必要もないことから、取引を止め、口座を解約したときの残金を入金してもらったのかもしれません」
「そうですか…」
ところで、「奥様、同じ頃、亡くなったご主人の北洋銀行札幌支店の普通預金の出金を確認したところ、「静岡ガレージ」というところに、十万円の現金振込の出金がありますが、何のための出金かご存じですか? 亡くなる一年前の頃の振り込みですが?」と、相続人:吉国美枝子の反応を確かめた。
「主人が全て行っていましたので、よくわかりません」
「口無しの花」が、一輪咲いた。
「長期療養中の時期になりますが、奥様が現金振り込みをしていますよね」
「よく覚えていません。忘れてしまいました」
「口無しの花」が、二輪咲いた。
「あなた名義の普通預金に、野村証券札幌支店から、五二,四〇〇円の振込みをした頃の時期になりますが」
「やはり、よく覚えていません。忘れてしまいました」
「口無しの花」が、三輪咲いた。
急に、相続人:吉国美枝子の回答に、歯切れが悪くなってきた。
日下部調査官は、相続人:吉国美枝子の顔を見ながら、質問を続けた。
「じつは、こちらに伺う前に、「静岡ガレージ」のことについて、静岡の管轄税務署に依頼して確認してもらったのですが。高級車の保管の場所を提供している会社であることが確認されました。借りている方は、どなたですか?」
「私には、わかりません」と、相続人吉国美枝子は、うつむき加減で答えた。
日下部調査官は、相続人吉国美枝子の顔色が、変わったのを見逃さなかった。
「静岡の管轄税務署の調査では、息子さん名義の車が保管されていると、確認されたようですが?」
「もしかして、息子が、その頃、車を買ったのかもしれませんね…」
「かなり高額な買い物となりますが、購入の資金はどなたが出したのですか? 息子さんの収入では、購入するのに大変だと思うのですが?」
「私には、よくわかりません。息子に聞いて見ないと…」と、相続人吉国美枝子は、また、うつむき加減で、小声で答えた。
「では、少し、質問を変えて、お聞きしますが…。その前に、吉国さん、有価証券の売買報告書の綴りを見せてください」
日下部調査官は、ゆっくりと、でも、少し強い口調で言った。
「有価証券の売買報告書の綴りですか?」
吉国恵美子は、少し戸惑うように応えた。
「はい」
落ち着きを取り戻し、調査の主導権を得た日下部調査官は、ゆっくり答えた。
相続人:吉国恵美子は、何か、考えるかのようにしばらくの間動こうとしなかったが、思いつめたようにゆっくり腰を上げた。
日下部調査官は、それに合わせるように言った。
「吉国さん、お孫さんの簡易保険証券も見せてください」と言って、吉国恵美子の後に続くように立ち上がった。
そのとき、顧問の市山税理士は、何か言いかけたが…。
日下部調査官は、それを目で制止した。
*相続財産の現物の確認は、それまでの調査の流れで、ある程度、相続人と緊張感が保たれているタイミングで始まることが多い。
また、反対に、ふと緊張感が途切れたときに、相続人の行動にタイミングを合わせるように行うことも大切だと考えます。
しかし、時に、顧問の税理士の制止が入ることがあります。
その時には中断することなく、確信をもって相続人の目を見ながら、同意を求めることが大切です。
質問検査権の行使は、確かに、任意調査の限界の判断が難しい物ですが、だからといって、へりくだる必要もないのです。
「ほんの少しの正義感」を維持できる範囲での行使が、重要となります。
それを維持するのは、自分の行動に偽りと迷いがなければいいのです。
それが、職務を担う税務職員に期待されていることだと思います。
二人は、無言のまま、応接室を出た。
廊下を少し歩き、左手の奥の和室に入っていった。
そこは、冷たい空気につつまれ、薄明かりがともる仏間であった。
吉国恵美子は、豪華な仏壇の引き戸をゆっくりと開け、紫の風呂敷包みを重たそうに取り出した。
そして、風呂敷包みをそのままに、襖戸を開け隣の和室に入っていった。
日下部調査官は、慌てて風呂敷包みを抱えて後に続いた。
そこは、抹茶の香りが漂う小さな茶室だった。
吉国恵美子は、茶室の戸棚の奥の小さな引き戸を開け、さらに、その奥から小さな手提げ金庫を取り出し、日下部調査官に差し出した。
その間、二人は終始、無言だった。
*相続財産の、現物の保管場所に出向いての確認の時、自分の心臓の鼓動が大きく聞こえ、緊張感は最高に達していると思うのは私だけでしょうか?
このとき、無言でいることのほうが、なんとなく現場に溶け込めやすいと、いつも思っていました。
現物の保管場所に出向いての確認は、相続人の行動が止まり、現物を差し出すまで、言葉を交わすことはありませんでした。
最近は、現況調査の際の相続人とのトラブルを回避するために、二人で行うようになりました。
しかし、現物の保管場所に出向いての確認は、必ず、一人が担当することとなるでしょう。
その結果、相続財産の現物の確認を行うタイミングとか、現場の雰囲気の呼吸を合わせることが、私にとってはとても難しいと考えています。
相続人:吉国恵美子は、「これで全部ですよ」というような仕草をして、部屋を出て行った。
いつもであれば、仏間において仏壇の前で被相続人に挨拶をするのであるが、今回は、それを許してはくれなかった。
日下部調査官は、手提げ金庫と、紫の風呂敷包みを大事そうに抱えながら、応接室に戻ってきた。
紫の風呂敷包みは、とても重たかった。
応接室で待っていた、顧問の市山税理士の顔から、笑顔が消えていた。
日下部調査官が、手提げ金庫と紫の風呂敷包みをテーブルに置いたとき…。
「日下部さん、あなたの上司をここに呼んでいただけますか?」と、相続人:吉国恵美子は、強く言った。
「私。あなたには、このまま、これを見せたくないの…」と、相続人:吉国恵美子は、静かに言った。
予想もしなかった相続人:吉国恵美子の言葉に、日下部調査官は、返事を飲み込んでしまった。
少しの間を置いて、吉国恵美子に言われるままに、藤井統括官に連絡をとった。
「日下部です。」
「相続人代表の吉国恵美子から、統括官に来てほしいと申し出があり電話しました。急なことですが…、お願いできますか?」と、日下部調査官は藤井統括官に要件のみを伝えた。
「現場でもめ事ですか?」 と、藤井統括官は、聞いてきた。
「いえ。特にそのようことではないのですが? 理由はよくわからないのですが…。とにかく、ことらの方へ来ていただきたいのですが…」と、日下部調査官は、二度、藤井統括官に、とにかく来て欲しいと伝えた。
「このままでは、現物確認ができないこととなりますので…」と、言った。
「わかりました。できるだけ急いで行きます」と、藤井統括官から返事が返ってきた。
「よろしくお願いいたします」と、日下部調査官は、頭を下げていた。
「吉国さん。藤井統括官がこちらに来てくれることになりました」
「ありがとう。わがまま言って、ごめんなさいね」
吉国恵美子は、笑みを浮かべて言った。
それから、どのぐらいの時間がたったのだろう。
その間、応接室の緊張感が途切れることはなかった。
日下部調査官は、自分を落ち着かせるように、お茶を一口飲んだ。
お茶はぬるかったが、渇いた喉を潤すには十分であった。
顧問の市山税理士も、なぜか、顔色が良くなかった。
玄関のチャイムの音が、遠くから聞こえた。
それに答えるように、吉国恵美子が、席を立ち、応接室から出て行った。
まもなく、藤井統括官が、応接室に案内されて入ってきた。
日下部調査官はほっとした顔つきをして、藤井統括官を迎えた。
現物確認
藤井統括官は、相続人代表の吉国恵美子と顧問の市山税理士に挨拶をすると、ゆっくりと腰をかけた。
「お忙しいところ、来ていただきまして、ありがとうございます」
吉国恵美子は、藤井統括官に、お礼を言った。
「いえ。突然、電話の連絡をいただきましたので、驚いていますが…。何か、私に特別なお話があるのですか?」
「いえ。ただ、こちらの方には、手提げ金庫と、紫の風呂敷包みの中身を見られたくない。なぜか、私にも理由はわかりませんが、急に…、見せたくないと思ってしまったので…」
相続人代表の吉国恵美子は、少し安心した表情を浮かべて、テーブルの手提げ金庫をゆっくりと藤井統括官の前に差し出し、手提げ金庫を開けた。
手提げ金庫の中には、三人の孫名義の簡易保険証券と郵便局の定額貯金証書と印鑑が入っていた。
藤井統括官は、手提げ金庫の中を、とりあえず見た。
それから、少し震える手つきで、紫の風呂敷包みを解いた。
紫の、風呂敷包みの中には、輪ゴムで無造作にまとめてある、古い紙幣の束が十束あった。
日下部調査官は、思わず、「一億円ですか?」、と聞きたかったが、聞けなかった。
しばらくの間、応接室の四人は、無言だった。
*相続税の実地調査において確認された相続財産については、その場で内容を確認し、「相続財産確認書」を作成する。
当然のことであるが、現金についてはかならず金額を確認するのであるが、確認に時間がかかるため、関与税理士の協力を求めることもある。
また、高額の場合には、署に電話をして応援を依頼することとなるが、大事となる。
さらに、相続人の承諾を経て、取引先の金融機関に連絡し、金額を確認してもらうこともあるが、これはまれなことである。
「吉国さん。一億円ですか?」と、ゆっくりとした口調で、藤井統括官が聞いた。
「はい。」と、相続人:吉国恵美子は、答えた。
「このお金は、どうしたのですか?」と、藤井統括官が質問した。
「主人が管理していた無記名の債権を解約して、今まで現金で保管していました」
そう答えた、相続人代表の吉国恵美子は、何となく胸のつかえが下りたような顔つきをしていた。
「手提げ金庫の中を、確認させていただきます」
「はい。お願いいたします」
藤井統括官が、手提げ金庫の中の物を手に取って、確認した。
「三人のお孫さんの名義の、簡易保険証券と郵便局の定額貯金証書ですか?」
「はい。主人が三人の孫の将来のために管理していたものです」
「お孫さんの成長を楽しみにしていたようですね」と、藤井統括官が言った。
その言葉に、相続人:吉国恵美子は、目を拭った。
その後、相続税の実地調査は、藤井統括官と顧問の市山税理士の間で続けられ、日下部調査官の出番はなくなった。
目の前の現金についての、相続財産の現物の帰属の確認。
また、新たに確認された、孫名義の財産についての帰属の確認が行われた。
藤井統括官の指示の基、日下部調査官は、「現物確認書」を作成した。
相続人:吉国恵美子は、現場において確認された、相続財産の現物の帰属について、「現物確認書」に署名押印をした。
立会人は、顧問の市山税理士であった。
日下部調査官は、「現物確認書」の作成を終え、今後の調査の予定について確認しようと思ったとき…。
「藤井統括官。明日、修正申告書を提出したいのですが…」と、顧問の市山税理士は、藤井統括官に申し出をしていた。
「今回の調査については、実地調査の経過報告と、申告漏れとなる相続財産について、署長との重要事案審議会の時間をいただきたい」と、藤井統括官は、説明していた。
「では、今日で実地調査は終了ということでよろしいですか?」と、顧問の市山税理士は、何度も何度も、念を押すように藤井統括官に確認していた。
「そうですね。このような状況から判断して、実地調査の継続は難しいと思いますし、終了ということにいたしましょう…」
藤井統括官は、目で日下部調査官の確認をとった。
日下部調査官は、うなずいた。
「ありがとうございます」と、顧問の市山税理士は、嬉しそうに言った。
こうして、被相続人:吉国為造の相続税の実地調査は、なんと、一日で終了してしまった。
日下部調査官は、なぜ、相続人:吉国恵美子に嫌われたのか。
なぜ、顧問の市山税理士の態度が急変したのか。
わからなかった。
要 更 正
署に戻り、あらためて、日下部調査官は藤井統括官に、実地調査の状況報告と現場での現物の確認の経緯を説明した。
「今日は、大変でしたね」と、藤井統括官は、笑いながら言った。
「いえ…。申し訳ありませんでした」恐縮していた。
「いや、おかげで、私も貴重な体験をさせてもらったよ。実地調査の現場で一億円の現金を見ることなどめったにないからね。しかし、相続税の調査は、大変だね…」と、言った。
「ただ、相続人代表の吉国恵美子に嫌われたのは、少し残念でしたが…」
「ま、今回は仕方がないでしょう。ああでも言わなければ、腹の虫が治まらなかったのでしょう。怒った女性はとても怖いものですから」と、藤井統括官は、また、笑いながら言った。
「はい。そうですね…」と、日下部調査官は、苦笑いをしていた。
藤井統括官に、実地調査の状況報告をしていたとき、臨宅調査の途中から顧問の市山税理士の態度が急変したのか、また、吉国恵美子が落ち着かない行動をしていた理由がわかった。
藤井統括官から説明を受け、納得できたことがあったのだ。
被相続人吉国為造の実地調査に着手していた同じ頃、その日、近くの総合病院で査察による強制調査が実施されていたらしい。
そのため、顧問の市山税理士が、現物の確認作業中、終始落ち着きのない感じであり、また、修正申告書の提出を急ぎ、藤井統括官に実地調査の終了を何度も何度も、念を押すように確認していた理由が判明したのであった。
想像するに、吉国恵美子と二人で応接室を離れていた後、事務所の職員から近くの総合病院で査察による調査が行われていることの連絡が入っていたらしい。
そのため、そのあおりを受けてはならないと判断し、顧問の市山税理士は、急遽、調査対策について方向転換し、早期に終了する方法をとったと思われた。
顧問の市山税理士の過去の職歴が、調査対策に生かされた結果であった。
日下部調査官は、「重さは一キロ、増差は一億」と、つぶやいた。
なぜか窓際に、くちなしの花の鉢植えがあった。
平成二八年六月吉日、日下部調査官の机の上に、修正申告書が置かれてあった。
明日は、署長室で「重要事案審議会」が、開催されることとなった。
*私の実地調査の経験から、相続税の実地調査はこの話のように進行し進展していくのかなと思っております。
現場を離れ、十年もたっていますので、資産課税部門に配属された新人職員が、現在どのように研鑽を重ねる環境に あるのかわかりません。
また、同行研修調査が現在も行われているのかわかりません。
しかし、現場での多くの経験は、実地調査のいい結果を導く環境になることは、今も変わっていないと思います。
昔、私のような税務職員がいて、この話しのような相続税の実地調査を通して、 経験を重ね成長していたことを知っていただければ、と思います。
は じ め に
現職を離れて十年を過ぎ、資産税専門の開業税理士として、仕事を通じて数多くの人生経験を垣間見させていただいておりますが、その仕事も終盤を迎える年齢となり、ふと、現職時代の昔の話をしてみたくなりました。
誰に聞いてもらいたいと希望することもなく、ただ、自分の軌跡として、何か残すことができれば、と考えるのは、贅沢なこと、なんでしょう。
しかし、むかしの記憶をたどってお話しをすることとなるため、話の内容が所々飛び飛びとなるところがあり、また、話の順序が逆になってしまうこともあります。
うまく表現できるか疑問に思うところですが、ご容赦とともに、ご了承願います。
私が、資産課税部門の担当職員となったのは、税務職員として採用され、最初の人事異動で所属することとなった、管理徴収部門の担当職員としての業務をになって十年を過ぎた頃です。
その頃、なぜ、何で、あんなことになったのかな?
今でも時々思い出すことがある、ある出来事がありました。
管理徴収部門の業務の中の、滞納処分の業務に従事していた頃のことです。
温泉街でストリップ小屋を営業する、滞納者の話に迎合する直属の上司と、滞納処分の処理方法について意見が噛み合いませんでした。
滞納者は、「納付誓約による分割納付」のため、不動産を担保に提供していた。
にもかかわらず、納付の約束を何度も不履行とし、その都度納付を確約するにもかかわらず、一度も納税を実行していなかった。
ある日のこと、突然税務署の窓口に来て、「小切手を三枚切るから、不動産の担保を解除してほしい」と、申し出があり、その後、税務署に日参していた。
当然に、滞納している税金の全額納付を条件として提示した結果であった。
そんな状況が、繰り返されていたとき、突然、滞納者の話に迎合する直属の上司から、「俺の命令が聞けないのか」と、滞納処分票を叩きつけられました。
勢い余って、机の下に、滞納処分票が落ちた。
叩きつけられた滞納処分票を拾いながら、「こんな仕事、やって、られるか」と、思った勢いのまま、仕事の配置換えを申請した結果でした。
その年の七月の人事異動で、資産課税部門に配置換えが決まりました。
「五年間、黙って仕事をするように」と、辞令交付の際、署長から言われたことを覚えています。
移動先の税務署の資産課税部門に配属になり、三十歳を過ぎた年食った新人職員が最初に担当した業務は、譲渡所得の事後処理の仕事でした。
業務その一として、確定申告の譲渡所得の簡易な計算の間違え、または、特例適用等の誤りについて、来署依頼を行い処理する机上の仕事でした。
また、業務その二は、無申告となっている不動産の売買の内容がわからない、申告対象案件の来署案内文書を無視する方のお宅に出向いて処理する、臨宅による外回りの仕事です。
特に、外回りの臨宅による仕事は、十数件の案件を鞄に詰めて、一週間、毎日、また、一日中町中を歩いて、対象者の家を訪問することでした。
もちろん、来訪について事前の電話連絡をすると、不在または居留守を使われることが多いため、半強制的な「飛び込みの営業」の仕事のようでした。
新人職員が担当する仕事としては、かなりきついものでしたが、「対人間関係の交渉能力の向上を図る方法」としての経験を重ねるには、とても効果のある仕事でした。
もっとも、私においては、滞納整理の臨宅ほうが大変と思いましたが…。
そんな最初に担当した仕事の中で、特に印象に残っている仕事がありました。
その譲渡所得の事後処理の案件は、「駅裏の隠れ長屋」と称するところに住んでいた、自称「パチンコ店のオーナー」と称する方の無申告となっている案件で、外回りの臨宅による処理でした。
出勤後、早々に書類を鞄に詰め、朝一番に現地に赴き、住所地の居宅を何度も探すも、所在地に居宅が見あたらなく不明であった。
仕方なく、近くの交番において居宅の所在を確認し、「駅裏の隠れ長屋」と称するところに臨宅した事案でした。
「え、あそこに行くのですか?」
応対してくれた交番の警察官が、「やめたほうがいいよ」というような顔で、教えてくれた。
「はい。仕事ですから」と、答えた。
「何かあったら…、電話で連絡してください」と言う声を背中に受け、気をつけてという顔をしていた交番の警察官と別れた。
すでに相手には事前に電話連絡をして、来訪の承諾を得ていたことから、今更やめるわけにも行かなかった。
当時は、滞納処分の臨宅ほうが、時に、危険度が高いと思っていましたが…。
教えてくれた「駅裏の隠れ長屋」の入り口は、薄暗い路地の奥まったところにあり、建物の外観は周囲が暗くて見づらく、よくわからなかった。
入り口のベルを二度鳴らし、返事を待たず建物の中に入ると、手前に居間があり、奥に台所がある「鰻の寝床」のような間取りの家であった。
自称「パチンコ店のオーナー」と称する方は、待ちわびていたかのように手招きをしていた。
「とりあえず、時間どおりに来られたね」
「ちょっと、交番で道草してしまいましたが…」
会話も早々に来訪の挨拶をして、身分証明書を提示し、ソファーに座った。
譲渡所得の事後処理の処理内容は、簡単なものであった。
自称「パチンコ店のオーナー」と称する方と対面し、申告の内容を確認するのに時間はかからなかった。
そのため、その場において、修正申告書を作成して、記名押印をしてもらい、処理は無事終了した。
そこで止めておけば良かったものの、滞納処分の経験が災いした。
今後の向学のため、また、情報収集等のため、さらに、少しの興味本位のため、「パチンコ店の経営」についての話を聞くことにしたのである。
自称「パチンコ店のオーナー」と称する方は、パチンコ経営について自慢げに話をしてくれて、小一時間ばかり話を聞いていたような気がしていた。
その間、奥の台所では奥様らしい女性が食事の準備をしているようでしたが、挨拶をするでもなく、お茶を入れてくれるそぶりもなく、だだ、背中を向けて立っていた。
しかし、こちらの話に耳をそば立て、じっと聞いているような、なんとなく監視されているような雰囲気は感じられた。
話も一段落ついたところで、修正申告の税金の納付について確約し、報告書の作成のため、その日は帰署することとした。
「明日納めておくから。安心してね」と、そんな返事を聞きながら、自称「パチンコ店のオーナー」と称する方と別れた。
そんな仕事があったのかと記憶から遠ざかり、忘れてしまっていた頃であった。
二日後の午前中に、突然、その電話がかかってきた。
「上川さんですね」
「はい。そうですが。どちら様ですか?」と返事をした。
電話の相手は名前を名乗ることをせず、私が電話に出たことを確認すると、一方的に話をし始めた。
「調査官、今日の朝刊のお悔やみ広告欄を見ましたか? できれば見ておいた方がいいと思いますよ」と話して、電話が切れた。
何だ? 何のことかわからない。
急ぎ、総務課に行き、新聞の「お悔やみ広告欄」を確認すると、自称「パチンコ店のオーナー」と称する方の、死亡広告が載っていた。
なくなった理由は、「心不全」となっていた。
二日前の譲渡所得の事後処理の来訪の面談時においては、とても元気に楽しそうに話をしていたのであるが?
なぜか、背筋が震えたのを、今も思い出します。
ふと、あのとき「所在がわからないので、近くの交番で聞いてきた・・・」と話をしておいて良かったと思うところでした。
そんな、こんな、資産税の仕事の経験を積み重ねても、当時の資産課税担当の新人の職員が、相続税の実地調査を担当するのは、さらに、多くの譲渡所得の実地調査を経験した後となるのです。
その後、バブルがはじけて、不動産の売買に関する申告は、譲渡損失を計上することが多く、結果、譲渡所得の事後処理の臨宅による事後処理は行われなくなりました。
このような譲渡所得の事後処理を通して、新人職員の実務研修を行っていた機会がなくなってしまったことは、今思うと、とても残念に思うところでした。
それに伴い、譲渡所得の実地調査も少なくなったことは、さらに残念を重ねる結果となりました。
こんな環境の中で、譲渡所得の事後処理とか、実地調査のお話をしても、新人職員の方には、あまり興味を持っていただくことができないのではないかと思いましたので、この話は、あらためて機会があればと考えるところとなりました。
そこで、現在の資産課税の担当の新人職員の方を対象に、むかし、むかし、年食った新人の職員が行っていた、相続税の実地調査の時の基本の話について、少しの参考にしていただきたいと思い、記憶をたどり、古い経験を思いおこして、小説風に話をして見ようと考えました。
話の内容は、ごく一般的な相続税の実地調査の内容となっておりますので、すでに数多くの相続税の実地調査を経験されたベテラン職員の方には、当たり前すぎてつまらないお話となるかもしれません。
もしよろしければ、少しの間、お付き合いを頂ければ、ありがたいと思うところです。
目 次
税務職員は、二度ベルを鳴らす
準備調査
現況調査の作戦計画
預貯金高額入出金
臨宅調査
相続税臨宅調査事績書
選 択
端 緒
現物確認
要更正
税務職員は、二度ベルを鳴らす。
所得税の確定申告という一ヶ月間の税務繁忙期の期間を無事に終了した、札幌税務署の署内の風景は、一般の会社と変わるところはなかった。
資産課税部門の日下部調査官は、平成二七年分の所得税の確定申告の譲渡所得の事務処理と報告事務を終え、来月から始まるゴールデンウイークの休暇申請書を前に頭を悩ませていた。
「今年の連休は、どうしようかな?」
「どこか遠く、海外旅行にでも行きたいなあ…」
そんな資金もないのに…。
どこからか、そんな声が聞こえるような気がするのは、気のせいか?
そんな思考回路を回しながら思案していたとき、日下部調査官は、藤井統括官に呼ばれた。
「日下部さん、今いいですか?」と、藤井統括官が手招きをしていた。
「はい。何でしょうか?」
「五月の休暇申請は今日までですから、早く提出してください。」
「はい。今悩んでいるところでした」
「それから、連休明けの相続税の実地調査の事案は、被相続人の吉国為造を予定したいと考えていますが、どうだろう…。いいかな?」
「はい」
「上期(昨年の七月から十二月まで)の実地調査の事案については、すべて調査が終了し、報告済みとなっておりますので、新規の調査事案に着手できます。」
いつでもいいですよと、アピールをしていた。
「わかりました。それでは、これをよろしくお願いします」
藤井統括官から、被相続人吉国為造の新規の「相続税の実地調査の事案」を受け取り、席に戻った日下部調査官は、「重さは約一キロ、増差は一億かな…」と、つぶやいた。
*通常、相続税の実地調査は、各担当者の事務処理状況を確認して、統括官から個別に調査事案として交付され る。
また、相続税の実地調査に選定される調査事案の書類の重さは結構重く、 約一キロとなる。
そして、遺産の総額は、三億円から五億円の間となることが多い。
また、相続税の実地調査の経験の少ない職員は、遺産の総額が一億円から三億円の事案が多く、添付されている書類等も少ないことから扱いやすいとされている。
なお、実地調査選定の要調査の項目が多いと、うまくいけば、調査による遺産総額の増差は、一億ぐらいとなるものが多い。
もっとも、これは、あくまでも、私の調査の経験則で全てに当てはまることではありませんが…。
準 備 調 査
藤井統括官から、被相続人吉国為造の相続税の実地調査の事案を受け取った日下部調査官は、さっそく、調査事案の「相続税申告審理兼準備調査検討表」に目を通しはじめた。
*通常、実地調査事案の選定作業は、調査経験の深い職員が担当している。
私の場合、選定作業を行う場合、担当した相続税の申告書の申告審理においては、必ず、自分が作成した「相続税申告審理兼準備調査検討表」を作成することとしていた。
その方が、効率よく行うことができると思えたからであった。
日下部調査官は、いつもの通りの手順で、実地調査の事案を検討することとした。
最初に行うのは、実地調査選定事案の「要調査抽出事項」の項目の確認作業である。
申告審理において抽出された要調査項目の確認作業から、提出された相続税の申告書の概要を確認し、要調査事項の抽出の経緯及び理由を確認する。
通常、所得税の確定申告の期間明けの初めての実地調査の事案は、調査の実務経験を重ねている日下部調査官においても、アイドリングに時間がかかる。
日下部調査官は、少し気が重く感じていたが、その思いを払拭するため、少し自分を追い詰める必要があると考えて、被相続人吉国為造の相続税の申告書を作成した、顧問の市山税理士に、相続税の実地調査の連絡の電話をかけた。
「おはようございます。市山税理士事務所の山田です」と、明るく元気な声で対応してくれた。
「おはようございます。札幌税務署、資産課税部門の日下部と申します。」
「市山先生をお願いいたします」
「はい。少々お待ちください。市山先生、税務署から電話です」
「市山です。お世話になっております。」
「札幌税務署、資産課税部門の日下部と申します。いま、お話よろしいでしょうか?」
「はい。どのようなことでしょう」
「確定申告の業務も一段落したところ、早々で申し訳ないのですが。被相続人:吉国為造の相続税の申告内容について確認したいことがありますので、相続人の方にお会いしたいのですが。」
「実地調査の日程調整ですね。わかりました」
市山税理士からは、「相続人に確認のうえ回答する」と、返事が返ってきた。
電話の声の調子から、少し緊張感が感じられたが、そこは、お互い様であった。
市山税理士に実地調査の日程調整の電話をかけ終わり、日下部調査官は、気後れ気味の気持ちに少し気合を入れた。
*相続税の実地調査の連絡は、当時は、相続税の申告書を作成した関与税理士に直接電話をかけて依頼していた。
しかし、現在は、国税通則法の改正から、最初に相続人に連絡をすることから始まる。
結果、その多くは、相続人の「関与税理士に確認してから」とか、「関与税理士に任せているので、担当者から、連絡を取ってほしい」との返事で終わることが多い。
また、現在は、電話の連絡に合わせて、「実地調査の内容」について、マニュアル的な事項の説明をすることになっているらしい。
その説明内容は、項目が多く、また、説明の途中において相続人の方からの質問を受けることも多く、担当者においては、かなり大変であろうと思われる。
この国税通則法の改正による、マニュアル的な事項の説明をすることになったことが、私が現職を去るきっかけとなった理由の一つでもあった。
*この話に登場する、「相続税申告審理兼準備調査検討表」という調査の様式については、特に決まったものはありません。
調査を担当する者が、それまでに培った経験で、各自が勝手に作成している調査の様式であります。
おそらく、現在も作成されていないと思います。
当時、「申告審理のチェック項目」と「実地調査の準備調査の要調査項目の抽出作業」が同時に進行するほうが、準備調査の処理として効率的と考えて、私が勝手に作成したものです。
相続税の申告審理の場合、「申告審理のチェック項目」と「要調査項目の抽出」を同時に行ったほうが、実地調査の選定の理由がより具体的になり、担当した新人職員においては、準備調査の作業が行いやすいと考えていたからです。
その結果、調査事案の交付を受けた新人職員の調査担当者が、短時間に問題点を把握しやすく、また、新たな要調査項目についての抽出の時間が少しでも確保できると考えたためです。
「札幌市…、吉国為造、昭和二〇年八月十五日生、七一歳、吉国総合病院、院長…」と、独り言を言うようにつぶやいていた。
「相続人は、妻:恵美子、六一歳、病院事務長。長男:英行、四〇歳、副院長。次女:紀子、三七歳、勤務医。…」
家族全員が、医者または医療従事者であった。
「当初の相続税の申告書上の問題点は…」
日下部調査官は、最初に、提出された相続税の申告書について、形式的なチェック項目を確認していった。
この作業を通して、被相続人、相続人、相続財産及び遺産の分割内容についての基本的な情報を把握し申告内容の全体像を確認するのである。
次に、「申告された相続財産の構成と、過去の確定申告状況とのバランスは…」
相続財産の、遺産の総額と財産の構成割合が、過去の所得税の確定申告の収入内容の情報から比較検討して、バランスが整っているかを確認していった。
さらに、「署内簿書と署外資料の調査事績整理と照会の回答状況は…」
日下部調査官は、相続財産の情報収集先について、照会文書の発送の漏れがないかどうかについて、再確認していった。
「あれ! 孫たちの署外資料の照会がされてない。」
相続税の申告書に添付されていた、資料及び申告審理の前作業において照会された回答の文書等を見ながら、実地調査の選定事案の「相続税申告審理兼準備調査検討表」のチェック項目を確認していた日下部調査官は、困ったなと思った。
当然に、照会文書が発送されていると思っていた、孫たちの預貯金等の照会がされていなかったのであった。
「実地調査の日まで、照会文書の回答が間に合うかな?」と考えながら、急ぎ、すでに確認されていた三人の孫たちの住所を基に、署外資料の照会文書を作りはじめた。
よし、「今日中に発送しよう」と、気を入れなおした。
さて、今回の臨宅調査の現場では、どうだろうかな?
「今回は、口無しの花が何本咲くかな…」と、日下部調査官は、つぶやいた。
*相続税実地調査の場合、通常、被相続人の収入による化体財産として、相続人名義及び孫名義の財産(特に預貯金等)を把握することが重要となります。
そのため、申告書を収受した後、まず、住民票と戸籍謄本を確認し、不足がある場合追加収集し、実地調査のための被相続人、相続人及び孫に関する相続関係図を完成させ、署外資料の収集のための準備をすることが必要となります。
その理由として、提出された相続税の申告書の添付書類には相続関係図がついているのですが、その内容は被相続人及び相続人の範囲に限定されており、併せて、添付されている戸籍謄本及び住民票も同様の範囲となっていることが多いためです。
特に、遺産総額が高額になればなるほど、相続人等の範囲が広くなっていきます。
また、日下部調査官の、「今回は、口無しの花が何本咲くかな・・・?」とのつぶやきの理由ですが、相続税の実地調査の臨宅調査においては、被相続人に関する経歴・病歴・財産の管理状況について、相続人に数多くの質問をすることとなるのが普通です。
しかし、相続人からは、「主人が全て行っていましたので、よくわかりません」と、妻の回答が多く。
また、「亡くなった者が行っていたことなので、私にはよくわかりません」という相続人の回答も多い。
つまり、「死人に口無し」の花が、実地調査の現場に数多く咲くのです。
この花が咲くことが多いほど、不表現資産の端緒の実が熟すと思うのですが?
あなたは、どう思いますか?
なお、資産税に関する業務においては、一般的な税務相談に限らず、相続人に対して質問する場合、「死亡した」とか「死んだ」という言葉は、決して使わない要にしてください。
これらの言葉は、悲しみを抱え込み、張り詰めた相続人の心に深く刺さるものがあり、この言葉を使うことにより、何でもない一言が、後日、大きなトラブルとなる原因を発生させ、資産税に関する業務の処理に支障を来すことがあります。
出来れば、相続税の実地調査の現場に限らず、資産課税の業務に携わる方においては、常に、「亡くなった」という言葉を使うよう心がけたいものです。
現況調査の作戦計画
日下部調査官は、申告審理事績の内容と、署内外の収集資料の照会の回答を照合しながら、「なにか変だな?」と疑問に思った資料について、機械作業のように付箋紙を貼り付けていった。
同時に、要調査項目として抽出し、「臨宅調査事績書(調査項目)に、書き込んでいった。
臨宅調査事績書(調査項目)に要調査項目の要点をまとめながら、「相続人に対する質問は、この項目から始めて、これと…、これは…、あとで聞くことにしようかな?」と、つぶやき。
「それから、相続財産の現物の確認は、ここで行動できれば、タイミングとしてはとてもいいかも…」と、独り言を言いながら、作戦計画を立てていた。
また、臨宅調査での相続財産の現物と保管場所の確認のタイミングを、「臨宅調査事績書((調査項目)」に赤丸でしるしを付けた。
臨宅調査は、いつものように「相続税の臨宅調査事績書」にしたがって始めることにしていた。
現況調査は、要調査項目として抽出した、「相続財産の保管状況の確認」から始めることとし、確認する順序を次のように決めた。
1.提出された相続税の申告書に記載された相続財産の現物の確認
2.相続人代表の妻:恵美子名義の財産の現物の確認
3.生前の預貯金の高額入出金に係る使途等の質問からの現物の確認
「それから、それから、・・・・・」とつぶやきながら、臨宅調査のシナリオの構想を多方面から検討し、練っていった。
相続税の実地調査に限らず、税務調査の現場では常に緊張の連続である。
仮に、事前の申告審理において、多くの調査項目が抽出されれば、税務調査の主導権は常にこちら側にあるのである。
しかし、事案の内容、相続人の、いや、関与税理士の調査に対する事前の準備の状況によっては、相手方に主導権があり、現況調査への隙間が見えてこないことがある。
その事を考えると、些細な情報・無関係に見える情報を見逃すことなく、シナリオの構想を練ることは、とても重要であると、日下部調査官は、自分に言い聞かせながら、何度も、何度も、繰り返し、申告審理事績の内容と署内外の収集資料の回答を照合し続けた。
*私の場合、準備調査は、まず交付された相続税の事績書の添付資料及び照会文書等を相続財産の種類別に、資料の大きさを整えながら整理することから始めます。
相続財産の種類により区分し、添付資料及び照会文書を整理することによって、調査事案の相続財産の概要を再確認するのです。
話の中の、「臨宅調査事績書(調査項目)は、単にメモ書きですから、様式は作成されていません。
それぞれの調査官が、それまでの実地調査の経験によって、使い勝手のいいように作成しているものです。
また、相続税の実地調査の場合、臨宅の現場で現物を確認するタイミングを常に計りながら、多くの質問を続けることはとても難しいです。
そこで、いつ現物を確認するタイミングとなるのかわからないので、調査関係書類はできるだけカバンから出さないようにしています。
そのため、質問事項をあらかじめ「臨宅調査事績書((調査項目)」にまとめておき、いつでも、財産の保管場所に同行できるように準備しておくことが必要と思います。
現在では、国税通則法の改正があり、臨宅調査の現場で、相続財産の保管場所におもむき、現物を確認することはかなり難しいこととなっております。
そのため、新人職員の多くは、臨宅調査の現場で現物の保管場所におもむき確認する経験をすることは、少ないことでしょう。
ともすると、現役を離れるときまで、その機会が訪れることがない場合があります。
当時、私の場合、相続税の実地調査を一人で担当していましたから、現物を確認することは特に大変なことでした。
さらに、臨宅調査の現場において調査書類をカバンから出して始めようとする動作を行うことは、「これから現物を確認の調査をはじめますよ」と相続人に合図を送るようなものですから、調査関係書類をできるだけカバンから出さないようにしていました。
相続人に心の準備を整えさせるのは、実地調査の進行上から好ましくないと思います。
お話の中にあったように、私の場合、実地調査に着手するときには、いつも質問による調査事案の展開を想定し、 「実地調査のシナリオ」を作成してから、臨宅調査に臨むこととしています。
この「実地調査のシナリオ」を作成する時間が、準備調査をとても楽しくさせ、最も充実した時間でもありました。
なぜならば、ひとつとして同じ調査事案がなく、常に新鮮さを求められると感じられ、また、臨宅調査がシナリオどおり進行したときの喜びは、また、格別なものがあります。
当時、研修調査のため、新人職員に同行する機会が何度かありました。
その際には、準備調査の検討の過程において、この「実地調査のシナリオ」を作成することを指導内容の一つとして勧めました。
しかし、担当の統括官から、この「実地調査のシナリオ」を作成する指導内容については、実地調査を数多く経験することで、自然に調査の形ができあがってくるので、時間の無駄との指摘を受けることが多かったことを思い出します。
しかし、同行研修において、そのような経験の場を与えてくれる、先輩職員の方が、どれほどいるでしょうか、そんな疑問を感じるのですが…。
あるとき、新人の職員ではなかったのですが、ひょんなことに実地調査に同行することになりました。
当然として、実地調査の着手の前日、臨宅調査の打ち合わせを行いました。
彼に、現場においての自分の役割分担を確認したところ、「実地調査のシナリオ」は私の頭の中にあるので、現場では私の行動に合わせていただきたいと、説明を受けたことがありました。
当然に、そんな彼に、私が指導助言する隙間はありませんでした。
前日の打ち合わせの話をしている時、彼が新人と言われた時期、先輩からどんな同行研修調査を受けてきたのだろうと思いながら、彼が準備調査の楽しさを知ることがないことに、寂しさを感じました。
その後、調査書類等の紛失等の事例が、全国の税務署で、多く発生したときがありました。
現在、このときの出来事の反省から、情報管理等の徹底がはかられて、その結果、調査現場への書類等の持ち出しは禁止されている状況にあるようです。
そのことがあり、その後、新人職員の研修調査を担当する機会はありませんでした。
いや、私のほうから、同行研修調査を避けていたのかもしれません。
当時、五人の同行研修調査を担当しましたが、「実地調査のシナリオ」の作成を受け入れてくれた新人職員は、一人だけでした。
彼女は、同行研修調査を終えた後、実地調査において、とてもいい結果を常に出していたことを記憶しております。
今思うと、もう少し頑張って、新人職員の同行研修調査を担当させてもらえば良かったのかなと、少し残念に思うところです。
預貯金高額入出金
日下部調査官は、被相続人:吉国為造及び相続人たちの預貯金の高額入出金の取引内容を、「預貯金関係資金操作検討表」に入力し、相続開始日前五年間の預貯金の高額な入出金の取引について検討をはじめた。
この作業により「預貯金関係資金操作検討表」に入力する項目は、主に高額な現金による入金及び出金について、その理由の解明が必要と思われる取引を入力の対象として行っているが。
時に、相続財産の情報に関係があると思われるもの。
また、取引の相手方が判明しているにもかかわらず、なんとなくであるが、その取引の理由の解明が必要と思われるものなど。
日下部調査官は、「多すぎず、そして、少なすぎず、なんとなく気になるなという取引について」といった感じで、いつもの入力作業を行っていった。
とても根気のいる作業である。
日下部調査官は、被相続人:吉国為造及び相続人たちの預貯金の高額入出金の取引内容の五年間分の入力作業を進めながら、この家族の生活状況・消費及び貯蓄性向の関連性を想像していた。
被相続人:吉国為造及び相続人たちの、通常貯金・普通預金の「預貯金関係資金操作検討表」による検討が終わると、引き続き、家族名義の預貯金の端緒を把握するため、定額貯金・定期預金の設定・書き換え・・解約等の内容について、被相続人と相続人の関連性の有無も併せて検討していった。
*通常、準備調査においては、被相続人の相続開始日の前五年間から、相続開始日後一年間の、取引先金融機関の預貯金の高額な入出金等の内容を、「預貯金関係資金操作検討表」に入力します。
時に、十年の期間にわたり入力することもあります。
その入力作業は、被相続人の預貯金の使途等を想定しながら、臨宅調査のとき、相続人にその理由について、聴取するための入出金の取引の項目について「臨宅調査事績書((調査項目)」にまとめておきます。
この作業は地味でとても時間がかかりますが、多くの申告漏れの相続財産の端緒を把握する、とても重要な作業です。
とくに、質問に対する相続人の回答が、「主人が全て行っていましたので、よくわかりません」とか、「亡くなった者が行っていたことなので、私にはよくわかりません」と返ってくることが多いのです。
そのため、逆に、多くの質問を重ねていくことにより、相続人の緊張感を少しずつ高めて、実地調査の主導権を常にこちら側におくための小道具の一つでもあります。
相続人に質問する取引の項目数が多ければ多いほど、不表現資産への端緒が見えてくるチャンスに遭遇することがあります。
そんなとき、実地調査が楽しく、また、嬉しくなってくると思えるのは私だけでしょうか?
また、日下部調査官の「今回は、口無しの花が何本咲くかな・・・?」とのつぶ やきが聞こえてきそうですね。
そういう実地調査の現場を想定し「臨宅調査のシナリオ」を作りながら、常に現物の確認ができるタイミングを図り、不表現資産への端緒を探っていく。
私は、そんな準備調査の作業を、いつも行うことを心がけていたような気がします。
質問検査権という、任意調査の限界への挑戦でもありました。
臨宅調査の現場での緊張感を維持し、それに耐えながらの調査でした。
ただ、「ほんの少しの正義感」を心のよりどころとしていたような気がします。
なんとなく、テレビドラマの「火曜サスペンス」のドラマを演出し、現場のワンシーンを想像しているような気分になってきませんか?
そんな風に思うと、「調査って、本当にいいものですね」と、言いたくなりませんか?
臨宅調査
全ての準備調査が終了し、実地調査の当日を迎えた。
「統括官、実地調査に行ってきます」
「はい。気をつけてください」
日下部調査官は、藤井統括官に、被相続人吉国為造の相続税の実地調査の出張を告げ、札幌税務署を出た。
「天気晴朗、なれど、波高し・・・」と、歴史の言葉をつぶやいていた。
五月病と称される連休の疲れは、なぜか感じられない。
被相続人:吉国為造の居宅は、札幌市内の郊外の、商店街から少し離れたところの、高級住宅街の一角にあった。
現地の到着時間は、約束の時間の十五分前であった。
日下部調査官は、いつものように建物の外観を確認するため、被相続人:吉国為造の三階建ての居宅周辺を一周して、門をくぐりゆっくり歩き玄関に立った。
被相続人吉国為造の居宅は、敷地内に広い庭のある、大きく豪華な建物であった。
平成二八年五月十六日、午前九時三十分、深く息を吸って、玄関のベルを、二回鳴らした。
インターホンから、「はい」と返事が返ってきた。
「おはようございます。札幌税務署の日下部です」
少し緊張感を感じながら、見えない相手に向かって言った。
「少々お待ちください」
黒光りの鉄製の玄関の鉄製のドアが、ゆっくりと重々しく開いた。
右上に監視カメラが設置されていた。
セキュリティは、万全であった。
相続税の実地調査の幕が上がった。
相続税臨宅調査事績書
約束した時間より十五分も早く来たにもかかわらず、顧問の市山税理士は、相続人吉国美枝子の傍らに立っていた。
緊張を隠しているかのような、笑顔で出迎えてくれた。
余裕のある雰囲気を作りながら待っていた二人をみて、「やりづらいな・・・」と、日下部調査官は、思った。
玄関の踊り場には、ビクター犬の置物が番犬のように置かれ、寄り添うように被相続人が生前に愛用していたと思われるゴルフバックがあった。
本日の主役の登場を待っているようであった。
相続人吉国美枝子に案内され、磨かれた長い廊下を歩きながら、日下部調査官は少しずつ高まっていく緊張感を感じていた。
「札幌税務署の日下部です」
応接室に案内された日下部調査官は、あらたまって、相続人吉国恵美子と顧問の市山税理士に挨拶をして、身分証明書を提示した。
「どうぞ。おかけください」
相続人吉国恵美子がうながした。
そして、日下部調査官は、持病の椎間板ヘルニアを心配しながら、豪華なソファーの端にゆっくりと座った。
それを待っていたかのように、家人の女性がお茶を運んできた。
服装から見るに、病院の事務職員のようであった。
なれないことだったのか、ぎこちない対応であった。
いつものセレモニーから、相続税の実地調査の臨宅調査は、開始された。
*先にお話をしたように、国税通則法の改正から、相続人に対する実地調査は、調査の日程を調整するための事前連絡及び実地調査の概要の説明を行う必要があった。
そのため、電話連絡をして、相続人に調査の日程を確認したうえで、顧問税理士と調査日時を決定することが多いことから、すでに実地調査の対策がなされている前提で臨まなければならないことが多い。
調査は、先に準備調査において作成した、「臨宅調査事績書」の内容にしたがって、まず、被相続人の経歴等を聴取することからはじまります。
ただ、相続税の実地調査の現場の内容については、最近、多くの市販本に書かれていることから、ある意味、セレモニーとなっているかなと感じるのは、考えすぎだろうか?
しかし、この、セレモニー?の最初のポイントは、やはり被相続人の病歴及び死亡時の状況の把握から始まるのである。
被相続人が長期入院をしていれば、相続人の妻が被相続人の財産管理及び運用を代行していることが多く。
そのため、生前に預貯金の高額な入出金に深く関与していることが多い。
結果として、このあとの「臨宅調査事績書((調査項目)」の、質問に対する相続人の回答に、もしかしてと、相続財産の端緒を期待するからである。
時間をかけ、ゆっくりと、緊張感を高揚させるように、一つ一つの質問項目にしたがって相続人に質問をしてゆく。
被相続人のことについてはもちろんであるが、それ以上に、相続人の性格・考え方等ついて多くの情報を収集しながら質問することが、その後の現物の確認等の調査の進行のタイミングをはかるためにとても大事になる。
そして、正直に言って、私はこの「臨宅調査事績書」による相続人に対する質問を、たんたんと続けてゆくことがとても難しいと、今でも思っています。
慣れすぎることは、時に優良な情報を聞き漏らすことがある。
同じことの繰り返しと思うことがあれば、必ず初心に返って、辛抱強くあえて時間をかけて行うことが大切である。
日下部調査官は、相続人:吉国恵美子を相手に質問を開始した。
「ご主人の生まれは、たしか…」
「はい、…」
「先代が亡くなったのが、…」
「はい、…」
「職歴は…」と、被相続人の経歴を再確認するように聞いていった。
被相続人の経歴等は、すでに、準備調査の検討の時点で収集した資料から確認済みであるのではあるが、「臨宅調査事績書」による質問は、それを再確認していくことが大切になると、自分に言い聞かせながら、行っていった。
相続人:吉国恵美子は、入念な打ち合わせをしていたのか、ドラマのセリフのように答えてくれた。
横に座っていた顧問の市山税理士は、苦笑いをこらえていた。
「玄関に、ゴルフバックが置いてありましたけど、プレーはどちらで…」と、趣味嗜好の話に移り、相続人:吉国恵美子から、被相続人:吉国為造のゴルフの自慢話をしばらく聞くこととなった。
日下部調査官は、話を遮るように、病歴及び死亡当時の状況の質問に入っていった。
「ご主人がお亡くなりになった原因は…」と、聞いた。
「はい、…」と、相続人吉国恵美子から、被相続人吉国為造は、病死であると説明を受けた。
話しによると、五年前に、医者の不養生から肝臓を患い、長期の療養の後、亡くなったとのことである。
療養先は、自らが経営する病院の特別室の一室であったため、亡くなるまで仕事に従事していたらしい。
医者もまた、ある分野を担当する職人であるのであろう。
また、財産管理及び運用については、被相続人が自ら行っていたとの回答があり、自分は、主人に頼まれたことだけを代行していたとのことであった。
相続人:吉国恵美子から、私は、よくわからないのですと、オーラが出ていた。
しかし、経営はすでに息子の長男に託しており、当然に生前の相続対策は行っていた。
日下部調査官の「相続税臨宅調査事績書」による、被相続人の経歴・病歴及び死亡時の状況等の質問に対し、相続人代表の吉国美恵子の回答は、所々に顧問の市山税理士の助言もあり、実にそつのないものであった。
日下部調査官の最初の直感は、あたっていた。
また、当初の相続税の申告書において記載のあった、相続財産の現物及び資料等は、すでに、応接間のテーブルの上に置かれてあった。
保管場所の確認を暗に拒否する姿勢が、感じられた。
さらに、そこには、被相続人及び相続人の名義の預金通帳等も用意されていた。
日下部調査官は、ここまで万全な調査対策がなされている状況で始まった実地調査に、少し焦りを感じた。
相続人代表の吉国恵美子の物腰はとてもやわらかく、質問に対する回答は、常にドラマのセリフのようになめらかであった。
また、落ち着きがあり、「口無しの花」が咲く気配は、みじんも感じられなかった。
今日の現場は、全て刈り取られているのであろうか?
そんなことはあり得ない、どこかに、密かに咲いているはずである。
心の中で、そんな問答を繰り返していた。
それでも、「臨宅調査事績書」の内容にしたがって、日下部調査官の質問は、ゆっくりと時間をかけて続けられた。
万全な調査対策のほころびが生じる機会を手にするまで、新たな相続財産の端緒が得られることを期待して・・・。
選 択
日下部調査官は、しばらく無言になった。
そう、迷っていたのである。
「臨宅調査事績書((調査項目)」にまとめてあった多くの質問に対して、相続人代表の吉国美恵子の回答は明解で迷いを感じさせなかったからであった。
さらに、ここにきて万全な調査対策のほころびが生じる機会を手にすることが出来ず、不表現財産の端緒は、まだ得られていなかったためであった。
日下部調査官は、ゆっくりお茶をモニながら、思考を繰り返していた。
「照会文書の回答から、孫名義の簡易保険契約があることは判っているが、こんな単純なことを脈絡もなくここで確認しては…、質問すべきか?」
いや。相続人:吉国美枝子に現場の主導権がある状況では、無駄玉でしかない。
日下部調査官は、思い直したように、その思考を否定していた。
準備調査の、預貯金の資金操作の検討からは、被相続人が、財産管理を行っていたと思えず、財産管理については、被相続人が行っていたとの相続人:吉国美枝子の回答に矛盾を感じていた。
「しかし、この時点では、確認するのはまだ早すぎるか…」
日下部調査官は、この現場の状況を打開するため、少し間を置くため、別の視点からの質問をすることを想定した。
日下部調査官は、ふと何かを思い出したように、相続人吉国美枝子に質問をする。
「相続開始日の一年前、つまり、ご主人がお亡くなりになる一年前、北洋銀行札幌支店の相続人、奥様、あなた名義の普通預金に、野村証券札幌支店から、五二,四〇〇円の振込みがありますが?」
被相続人の相続税の申告書に有価証券の財産の記載があり、取引照会の回答からも特に問題となる取引ではなかったが、なぜか気になる。
ただ、時間稼ぎのような、間合いをとるような、つまらない質問であった。
「同じ頃、被相続人の、北洋銀行札幌支店の普通預金の出金に、「静岡のガレージ」という振込による出金があるのですが? 何の出金ですか?」
本当に、つまらない質問となることが想定された。
質問の順序と相続財産の現物確認のタイミングは、どうするか…。
日下部調査官は、思考の時間切れを感じたので、「おトイレを借りたいのですが?」と言っていた。
そして、相続人:吉国美枝子に、案内をお願いした。
日下部調査官は、自分の心の迷いを整理するため、質問を中断し、とりあえず応接室を出た。
トイレから戻った日下部調査官は、仕切り直しとして、現場の雰囲気を変えるため、先ほどの思考の想定と異なる、別の視点からの質問を始めた。
「奥様、ご主人のお金の使い道のことをお聞きしたいのですが。よろしいですか?」
「はい。私が知っていることでしたら、お答えできますが」
「五年前から北洋銀行札幌支店の普通預金の出金の中に、五十万円の定額の出金が多く確認されますが、出金の理由は何ですか?」
「はい。それは、主人の母校の大学の医局から、毎月出張で来ていただいている先生方へ、主人が、お礼として差し上げているお金です」
「五十万円のお礼ですか?」
「出張で来ていただいている先生方へのお礼としては、相場ですから…。普通ですよ。また来ていただきたいでしょう」と、相続人:吉国美枝子は、悪びれた様子もなく、当然のことをして、何が悪いのよと、言わんばかりであった。
「たしかに、先生方への出張に対する報酬は、病院からお支払いしておりますよね」
「はい。一週間近く泊まりがけで、お仕事をしていただいておりますので、当然のことです。」
相続人:吉国美枝子は、当然でしょと、悪びれることもなく、説明をした。
「五十万円は、主人のお小遣いの中から、お礼として差し上げているのです。報酬ではありませんことよ」と、相続人:吉国美枝子は、あらためてその事を強調して言った。
そんな二人のやりとりが、しばらく続けられていた。
「日下部調査官、今日は、相続税の調査ですよね」と、あわてて、顧問の市山税理士が聞いてきた。
「はい。そうですが…」
顧問の市山税理士は、今までの質問の継続を遮るように、相続税の実地調査の範囲を確認してきた。
日下部調査官は、顧問の市山税理士の対応から、これ以上質問を続けることは、無理と判断した。
端 緒
日下部調査官は、顧問の市山税理士の対応から、自分の心の迷いを修正し、あらためて質問をし始めた。
「奥様、相続開始日の一年前、つまり、ご主人がお亡くなりになる一年前、北洋銀行札幌支店の相続人、あなた名義の普通預金に、野村証券札幌支店から、五二,四〇〇円の振込みがありますが?」
「主人が野村証券札幌支店と取引を開始するとき、私も一緒にと勧められたので、口座を開設していたのですが、特に取引を継続する必要もないことから、取引を止め、口座を解約したときの残金を入金してもらったのかもしれません」
「そうですか…」
ところで、「奥様、同じ頃、亡くなったご主人の北洋銀行札幌支店の普通預金の出金を確認したところ、「静岡ガレージ」というところに、十万円の現金振込の出金がありますが、何のための出金かご存じですか? 亡くなる一年前の頃の振り込みですが?」と、相続人:吉国美枝子の反応を確かめた。
「主人が全て行っていましたので、よくわかりません」
「口無しの花」が、一輪咲いた。
「長期療養中の時期になりますが、奥様が現金振り込みをしていますよね」
「よく覚えていません。忘れてしまいました」
「口無しの花」が、二輪咲いた。
「あなた名義の普通預金に、野村証券札幌支店から、五二,四〇〇円の振込みをした頃の時期になりますが」
「やはり、よく覚えていません。忘れてしまいました」
「口無しの花」が、三輪咲いた。
急に、相続人:吉国美枝子の回答に、歯切れが悪くなってきた。
日下部調査官は、相続人:吉国美枝子の顔を見ながら、質問を続けた。
「じつは、こちらに伺う前に、「静岡ガレージ」のことについて、静岡の管轄税務署に依頼して確認してもらったのですが。高級車の保管の場所を提供している会社であることが確認されました。借りている方は、どなたですか?」
「私には、わかりません」と、相続人吉国美枝子は、うつむき加減で答えた。
日下部調査官は、相続人吉国美枝子の顔色が、変わったのを見逃さなかった。
「静岡の管轄税務署の調査では、息子さん名義の車が保管されていると、確認されたようですが?」
「もしかして、息子が、その頃、車を買ったのかもしれませんね…」
「かなり高額な買い物となりますが、購入の資金はどなたが出したのですか? 息子さんの収入では、購入するのに大変だと思うのですが?」
「私には、よくわかりません。息子に聞いて見ないと…」と、相続人吉国美枝子は、また、うつむき加減で、小声で答えた。
「では、少し、質問を変えて、お聞きしますが…。その前に、吉国さん、有価証券の売買報告書の綴りを見せてください」
日下部調査官は、ゆっくりと、でも、少し強い口調で言った。
「有価証券の売買報告書の綴りですか?」
吉国恵美子は、少し戸惑うように応えた。
「はい」
落ち着きを取り戻し、調査の主導権を得た日下部調査官は、ゆっくり答えた。
相続人:吉国恵美子は、何か、考えるかのようにしばらくの間動こうとしなかったが、思いつめたようにゆっくり腰を上げた。
日下部調査官は、それに合わせるように言った。
「吉国さん、お孫さんの簡易保険証券も見せてください」と言って、吉国恵美子の後に続くように立ち上がった。
そのとき、顧問の市山税理士は、何か言いかけたが…。
日下部調査官は、それを目で制止した。
*相続財産の現物の確認は、それまでの調査の流れで、ある程度、相続人と緊張感が保たれているタイミングで始まることが多い。
また、反対に、ふと緊張感が途切れたときに、相続人の行動にタイミングを合わせるように行うことも大切だと考えます。
しかし、時に、顧問の税理士の制止が入ることがあります。
その時には中断することなく、確信をもって相続人の目を見ながら、同意を求めることが大切です。
質問検査権の行使は、確かに、任意調査の限界の判断が難しい物ですが、だからといって、へりくだる必要もないのです。
「ほんの少しの正義感」を維持できる範囲での行使が、重要となります。
それを維持するのは、自分の行動に偽りと迷いがなければいいのです。
それが、職務を担う税務職員に期待されていることだと思います。
二人は、無言のまま、応接室を出た。
廊下を少し歩き、左手の奥の和室に入っていった。
そこは、冷たい空気につつまれ、薄明かりがともる仏間であった。
吉国恵美子は、豪華な仏壇の引き戸をゆっくりと開け、紫の風呂敷包みを重たそうに取り出した。
そして、風呂敷包みをそのままに、襖戸を開け隣の和室に入っていった。
日下部調査官は、慌てて風呂敷包みを抱えて後に続いた。
そこは、抹茶の香りが漂う小さな茶室だった。
吉国恵美子は、茶室の戸棚の奥の小さな引き戸を開け、さらに、その奥から小さな手提げ金庫を取り出し、日下部調査官に差し出した。
その間、二人は終始、無言だった。
*相続財産の、現物の保管場所に出向いての確認の時、自分の心臓の鼓動が大きく聞こえ、緊張感は最高に達していると思うのは私だけでしょうか?
このとき、無言でいることのほうが、なんとなく現場に溶け込めやすいと、いつも思っていました。
現物の保管場所に出向いての確認は、相続人の行動が止まり、現物を差し出すまで、言葉を交わすことはありませんでした。
最近は、現況調査の際の相続人とのトラブルを回避するために、二人で行うようになりました。
しかし、現物の保管場所に出向いての確認は、必ず、一人が担当することとなるでしょう。
その結果、相続財産の現物の確認を行うタイミングとか、現場の雰囲気の呼吸を合わせることが、私にとってはとても難しいと考えています。
相続人:吉国恵美子は、「これで全部ですよ」というような仕草をして、部屋を出て行った。
いつもであれば、仏間において仏壇の前で被相続人に挨拶をするのであるが、今回は、それを許してはくれなかった。
日下部調査官は、手提げ金庫と、紫の風呂敷包みを大事そうに抱えながら、応接室に戻ってきた。
紫の風呂敷包みは、とても重たかった。
応接室で待っていた、顧問の市山税理士の顔から、笑顔が消えていた。
日下部調査官が、手提げ金庫と紫の風呂敷包みをテーブルに置いたとき…。
「日下部さん、あなたの上司をここに呼んでいただけますか?」と、相続人:吉国恵美子は、強く言った。
「私。あなたには、このまま、これを見せたくないの…」と、相続人:吉国恵美子は、静かに言った。
予想もしなかった相続人:吉国恵美子の言葉に、日下部調査官は、返事を飲み込んでしまった。
少しの間を置いて、吉国恵美子に言われるままに、藤井統括官に連絡をとった。
「日下部です。」
「相続人代表の吉国恵美子から、統括官に来てほしいと申し出があり電話しました。急なことですが…、お願いできますか?」と、日下部調査官は藤井統括官に要件のみを伝えた。
「現場でもめ事ですか?」 と、藤井統括官は、聞いてきた。
「いえ。特にそのようことではないのですが? 理由はよくわからないのですが…。とにかく、ことらの方へ来ていただきたいのですが…」と、日下部調査官は、二度、藤井統括官に、とにかく来て欲しいと伝えた。
「このままでは、現物確認ができないこととなりますので…」と、言った。
「わかりました。できるだけ急いで行きます」と、藤井統括官から返事が返ってきた。
「よろしくお願いいたします」と、日下部調査官は、頭を下げていた。
「吉国さん。藤井統括官がこちらに来てくれることになりました」
「ありがとう。わがまま言って、ごめんなさいね」
吉国恵美子は、笑みを浮かべて言った。
それから、どのぐらいの時間がたったのだろう。
その間、応接室の緊張感が途切れることはなかった。
日下部調査官は、自分を落ち着かせるように、お茶を一口飲んだ。
お茶はぬるかったが、渇いた喉を潤すには十分であった。
顧問の市山税理士も、なぜか、顔色が良くなかった。
玄関のチャイムの音が、遠くから聞こえた。
それに答えるように、吉国恵美子が、席を立ち、応接室から出て行った。
まもなく、藤井統括官が、応接室に案内されて入ってきた。
日下部調査官はほっとした顔つきをして、藤井統括官を迎えた。
現物確認
藤井統括官は、相続人代表の吉国恵美子と顧問の市山税理士に挨拶をすると、ゆっくりと腰をかけた。
「お忙しいところ、来ていただきまして、ありがとうございます」
吉国恵美子は、藤井統括官に、お礼を言った。
「いえ。突然、電話の連絡をいただきましたので、驚いていますが…。何か、私に特別なお話があるのですか?」
「いえ。ただ、こちらの方には、手提げ金庫と、紫の風呂敷包みの中身を見られたくない。なぜか、私にも理由はわかりませんが、急に…、見せたくないと思ってしまったので…」
相続人代表の吉国恵美子は、少し安心した表情を浮かべて、テーブルの手提げ金庫をゆっくりと藤井統括官の前に差し出し、手提げ金庫を開けた。
手提げ金庫の中には、三人の孫名義の簡易保険証券と郵便局の定額貯金証書と印鑑が入っていた。
藤井統括官は、手提げ金庫の中を、とりあえず見た。
それから、少し震える手つきで、紫の風呂敷包みを解いた。
紫の、風呂敷包みの中には、輪ゴムで無造作にまとめてある、古い紙幣の束が十束あった。
日下部調査官は、思わず、「一億円ですか?」、と聞きたかったが、聞けなかった。
しばらくの間、応接室の四人は、無言だった。
*相続税の実地調査において確認された相続財産については、その場で内容を確認し、「相続財産確認書」を作成する。
当然のことであるが、現金についてはかならず金額を確認するのであるが、確認に時間がかかるため、関与税理士の協力を求めることもある。
また、高額の場合には、署に電話をして応援を依頼することとなるが、大事となる。
さらに、相続人の承諾を経て、取引先の金融機関に連絡し、金額を確認してもらうこともあるが、これはまれなことである。
「吉国さん。一億円ですか?」と、ゆっくりとした口調で、藤井統括官が聞いた。
「はい。」と、相続人:吉国恵美子は、答えた。
「このお金は、どうしたのですか?」と、藤井統括官が質問した。
「主人が管理していた無記名の債権を解約して、今まで現金で保管していました」
そう答えた、相続人代表の吉国恵美子は、何となく胸のつかえが下りたような顔つきをしていた。
「手提げ金庫の中を、確認させていただきます」
「はい。お願いいたします」
藤井統括官が、手提げ金庫の中の物を手に取って、確認した。
「三人のお孫さんの名義の、簡易保険証券と郵便局の定額貯金証書ですか?」
「はい。主人が三人の孫の将来のために管理していたものです」
「お孫さんの成長を楽しみにしていたようですね」と、藤井統括官が言った。
その言葉に、相続人:吉国恵美子は、目を拭った。
その後、相続税の実地調査は、藤井統括官と顧問の市山税理士の間で続けられ、日下部調査官の出番はなくなった。
目の前の現金についての、相続財産の現物の帰属の確認。
また、新たに確認された、孫名義の財産についての帰属の確認が行われた。
藤井統括官の指示の基、日下部調査官は、「現物確認書」を作成した。
相続人:吉国恵美子は、現場において確認された、相続財産の現物の帰属について、「現物確認書」に署名押印をした。
立会人は、顧問の市山税理士であった。
日下部調査官は、「現物確認書」の作成を終え、今後の調査の予定について確認しようと思ったとき…。
「藤井統括官。明日、修正申告書を提出したいのですが…」と、顧問の市山税理士は、藤井統括官に申し出をしていた。
「今回の調査については、実地調査の経過報告と、申告漏れとなる相続財産について、署長との重要事案審議会の時間をいただきたい」と、藤井統括官は、説明していた。
「では、今日で実地調査は終了ということでよろしいですか?」と、顧問の市山税理士は、何度も何度も、念を押すように藤井統括官に確認していた。
「そうですね。このような状況から判断して、実地調査の継続は難しいと思いますし、終了ということにいたしましょう…」
藤井統括官は、目で日下部調査官の確認をとった。
日下部調査官は、うなずいた。
「ありがとうございます」と、顧問の市山税理士は、嬉しそうに言った。
こうして、被相続人:吉国為造の相続税の実地調査は、なんと、一日で終了してしまった。
日下部調査官は、なぜ、相続人:吉国恵美子に嫌われたのか。
なぜ、顧問の市山税理士の態度が急変したのか。
わからなかった。
要 更 正
署に戻り、あらためて、日下部調査官は藤井統括官に、実地調査の状況報告と現場での現物の確認の経緯を説明した。
「今日は、大変でしたね」と、藤井統括官は、笑いながら言った。
「いえ…。申し訳ありませんでした」恐縮していた。
「いや、おかげで、私も貴重な体験をさせてもらったよ。実地調査の現場で一億円の現金を見ることなどめったにないからね。しかし、相続税の調査は、大変だね…」と、言った。
「ただ、相続人代表の吉国恵美子に嫌われたのは、少し残念でしたが…」
「ま、今回は仕方がないでしょう。ああでも言わなければ、腹の虫が治まらなかったのでしょう。怒った女性はとても怖いものですから」と、藤井統括官は、また、笑いながら言った。
「はい。そうですね…」と、日下部調査官は、苦笑いをしていた。
藤井統括官に、実地調査の状況報告をしていたとき、臨宅調査の途中から顧問の市山税理士の態度が急変したのか、また、吉国恵美子が落ち着かない行動をしていた理由がわかった。
藤井統括官から説明を受け、納得できたことがあったのだ。
被相続人吉国為造の実地調査に着手していた同じ頃、その日、近くの総合病院で査察による強制調査が実施されていたらしい。
そのため、顧問の市山税理士が、現物の確認作業中、終始落ち着きのない感じであり、また、修正申告書の提出を急ぎ、藤井統括官に実地調査の終了を何度も何度も、念を押すように確認していた理由が判明したのであった。
想像するに、吉国恵美子と二人で応接室を離れていた後、事務所の職員から近くの総合病院で査察による調査が行われていることの連絡が入っていたらしい。
そのため、そのあおりを受けてはならないと判断し、顧問の市山税理士は、急遽、調査対策について方向転換し、早期に終了する方法をとったと思われた。
顧問の市山税理士の過去の職歴が、調査対策に生かされた結果であった。
日下部調査官は、「重さは一キロ、増差は一億」と、つぶやいた。
なぜか窓際に、くちなしの花の鉢植えがあった。
平成二八年六月吉日、日下部調査官の机の上に、修正申告書が置かれてあった。
明日は、署長室で「重要事案審議会」が、開催されることとなった。
*私の実地調査の経験から、相続税の実地調査はこの話のように進行し進展していくのかなと思っております。
現場を離れ、十年もたっていますので、資産課税部門に配属された新人職員が、現在どのように研鑽を重ねる環境に あるのかわかりません。
また、同行研修調査が現在も行われているのかわかりません。
しかし、現場での多くの経験は、実地調査のいい結果を導く環境になることは、今も変わっていないと思います。
昔、私のような税務職員がいて、この話しのような相続税の実地調査を通して、 経験を重ね成長していたことを知っていただければ、と思います。
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