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1890/07/07/21:30東雲啓修*
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黎明の過去を語るのには、欠かせない人物が存在した。
東京帝国大学文学部教授、 皇晃貴である。彼は黎明同様、若くして大学に入り、小説家として大成した天才だった。普段小説を読まない俺でさえもその名は幼い頃から知っているほど、それほどまでに名が知れていた。
「黎明の左腹に火傷の跡がある__そう言ったらどうする」
左腹の火傷_この言葉が大きな意味を持つ小説が存在する。皇が三十六歳という短い生涯で多くの作品を残した中、特に異彩を放っていた小説、手折[#「手折」は太字]。丁度、今潮君が手にしている小説である。
手折は皇が書いた最初で最後の官能小説、そして自殺前に刊行した最後の小説ということで、多くの話題を呼んでいた。皇晃貴と彼の書生の話で、その書生を自分好みに仕上げるために、日々蹂躙する様子が淡々と綴られている小説である。そして、その小説にこんな一節があった。
『お前の體に印をつけよう。もしお前が僕から離れるのならば、僕はこの話を小説にして世に出さう。いつかお前が誰かと目交おうとした時に、この傷を見て相手は思ふんだ。この男は、皇晃貴のものであると。そしてお前は思ひ返すんだ、私は、先生のものであると』
作中の皇は、そう言ってその学生の脇腹に赤く光る炭を当てた。
「あの話は、仮構だと」
「…俺もそう思いたかった」
主人公の男は皇晃貴と書いてあるが、犯罪紛いの行為、その余りに過激な行為、そして執筆当時、皇には妻子がいたことからこの小説は皇の空想だと言われている。しかし、俺はこの話を、この学生を知っていた。
「有り得ない。先生は名家の出身、家も大学から近い、彼の元にいる必要はないでしょう」
「黎明は皇の元で学びたいと申し出て、皇もそれを快諾し、黎明は彼の書生となった」
黎明が書生であったことは広くは知られていないが、知るものの間では、そのように言われている。
「…表向きは、そう言われている」
「表向き、ということは実際は違うのですね」
「ああ」
入学当初こそ、黎明は「先生、先生」と皇と慕っていたが、それは単に小説家としての憧れだったのだろう。彼の好意的な態度を恋愛感情だと思いあがった皇は俺たちが二年生になった頃、黎明に交際を申し出た。隣に俺がいたというのに、場所も時間も憚らずに話す皇の瞳には黎明しか映っていないようだった。
「…お言葉は嬉しいのですが、申し訳ありません」
俺も黎明の、皇に対する行為はそういった感情だと思い込んでいたため、てっきり了承するものだと思っていた。俺も驚いたが、何よりも驚いていたのは皇だろう。なぜ、どうしてと肩を揺する皇に、黎明は困った様に笑うだけだった。
後ほどなぜ断ったのかを聞いてみると、黎明はなぜ了承すると思っていたのかと驚いたように理由を話した。
「なんでって、先生のことは小説家としては尊敬しているけれど、私は男色趣味では無いし…私自身、縁談の話があるから」
そもそも先生は既婚者だし、と黎明は揺すられて着崩れた着物の襟を正した。
縁談。黎明が、結婚?
あまり想像がつかなかった。入学から1年、皇に可愛がられている黎明をよく見ていたせいか、黎明の隣に女がいる光景を想像ができない。
「縁談、そうか、お前、縁談」と困惑していると黎明は軽快に笑った。
「君は私の事をなんだと思ってるんだ。こう見えても家督だからね、色々考えてるんだよ」
俺が皇の企てを聞いてしまったのはそう話した一ヶ月後だった。
偶然通りかかった教室で、皇と彼の生徒たちが話しているのを耳にしてしまった。
「…お前たちが黎明を襲い、そこで僕が黎明を助ける、いいね?」
金も名誉もある男だ。自分が望んだものが手に入らないのは納得ができないのだろう。この一か月間、皇は黎明にあの手この手で迫っていた。今回は、数分後にこの教室に訪れる黎明を大人数の学生に襲わせ、そこに皇が入り、黎明を助ける。そして黎明を手籠めにしようという算段らしい。確かにこの手のやり方は他の学生間で耳にするし、失敗の話こそは聞いたことがない。なるほどなと感心していると、教室から、皇が出てきた。すれ違いざまに一瞬だけ目があったような気がしたが、皇は気に止める様子は無く歩いて行った。
話によれば、もう少しすれば黎明が来るらしいが_そう考えながら振り返り、俺は肩を跳ねさせる。振り返った先には、黎明が立っていて、俺に話しかけようとしていたのか、手を微妙な位置に上げている。
「ああ、すまない、驚かす気はなかったんだけど…」
「あ、いや、黎明、こんなところで、何を」
「ああ、私は皇先生に呼ばれて」
困ったものだよ、と黎明は肩を竦めた。無視をすればいいものの、人が良い黎明は、どれだけ付き纏われようとも、いつも困った様に笑いながら皇の相手をしていた。
「無視すればいいだろう?」
「授業の話だったら困るからね。そうだ、啓修。少し待っていてくれないか?一緒に昼食を食べに行こう」
どうしようか。
皇の件で頭を悩ませ、黙ったままでいる俺の顔を黎明が覗き込む。硝子のような瞳と視線が合い、咄嗟に答えた。
「あ、ああ。わかった。隣の教室で待っている」
黎明は満足そうに笑って頷くと、その教室に入った。それを見送り、俺は隣の教室に入る。耳を済ますと、木造の薄い壁、隣の教室の声がよく聞こえる。しばらくすると、ガタン、と大きな物音がした後、黎明の声が聞こえた。
「離して、くださいッ!」
時折、ドタバタと床を蹴る音がして、口を塞がれているのか、時折くぐもった声が聞こえる。始まったのか。耳を澄ましていると、隣の部屋の物音に加え、廊下がきしきしと音を立てているのに気がついた。その足音はだんだんと近づいてきて、部屋の一歩手前で止まる。ガラガラと隣の教室の扉が開く音がした。
「っ先生!」
皇の企て通りであれば大人数に組み敷かれているであろう黎明を皇が助け、手篭めにする。そのはずだった。
しかし、教室に入ってきたであろう皇は、黎明を助けるわけでもなく、きしきしと足音を響かせながら、教室を歩いている。恐怖で震えている黎明の声がかすかに聞こえる。
「せ、先生…?」
この後の展開は、容易に予想ができた。その予想を裏切ることはなく、隣の教室からは抵抗するように床を蹴る音、そして黎明の悲痛な声が響いてきた。
「なん、で、ッ、先生!、皇、先生…っ!」
皇は黎明を助けるという脚本は捨て、今、目の前にいる、自由を失った黎明を蹂躙することを選んだのだった。
「や、っ、」
大人数の下品な会話と、肉がぶつかる音、そしてそれに混じって黎明の声がする。どこか湿り気を帯びている嗚咽交じりのその声に、腹の奥がうずいた気がした。
「たす、っけ、…だれ、か、…ッ!けい、しゅう…ッ!」
隣にいると伝えたからか、何故俺の名前を呼んでいたのかは分からない。ただ、訪れかけたその劣情から俺を正気に戻すのには十分だった。
何をしているんだ、俺は。
教室から飛び出して、その扉を開ける。そして扉を開けた先の光景に息を飲んだ。
「黎め_」
しばらく、俺は立ち尽くしてその光景を眺めていた。その端麗な顔は汗や涙に塗れ、助けを求める口からは、腰を突かれるたびに嬌声のような悲鳴と、精液をだらしなく垂れ流している。乱れた首元は色素の薄い肌が露呈し、手繰り上げられた着物からは、しなやかな筋肉の付いた華奢な足が露呈している。そして、その体を支えるように、皇は黎明の細い腰を掴み、その大きく反り立つ肉杭で黎明を貫いていた。
「っ、や、」
皇が黎明の体を起こそうと腕を引いたとき、ばち、と涙を浮かべる彼と視線がぶつかった。それまで「たすけて、たすけて」とうわごとのように呟いていたが、俺の目を見て、はっきりと声を上げた。
「たすけ、て、くれ、啓修っ!」
その声に、俺はハッとして、慌てて駆け寄った。皇と、黎明を引きはがし、着ていた羽織を黎明の肩に掛ける。震える彼に触れた瞬間、途端に罪の意識がどっと襲ってくる。
「黎明、ごめん、黎明」
黎明を思いやる言葉でもなく、咄嗟に出てきたのは謝罪の言葉。ますます自己嫌悪感は募っていく。黎明は、俺にしがみつき震えながら泣いていた。
「ああ、君、見覚えがあると思ったら、よく黎明のそばに居る奴か」
頭の上から声が降る。焦る様子も、怒る様子も微塵もなく、なぜこんなに落ち付いているんだとこの余裕さが酷く不気味に感じる。
「君も、黎明が好きなんだろう?お前も交じるか?」
その言葉を聞き腕の中の黎明が、ビクリと跳ねる。不安げに俺を見上げた黎明の肩を、ぎゅっと強く抱きしめた。皇と同等に堕ちて堪るか。俺は、一瞬の快楽のために黎明を失うのは御免だ。
「…ふざけるな」
俺の答えに、皇は大きくため息をついた。
「興醒めだ」
俺にはそうだけ言い捨てると、震える黎明の頭に手を置き、頬までをゆっくりと舐るように撫でた。
「じゃあ、また今度ゆっくり話をしようか、黎明」
これで、終わるわけがなかった。この数日後、何があったのか、黎明は皇の家に住み込むことになった。一体何故。黎明に聞こうにも、彼に話しかけると、どこで見ているのか、皇が現れ「黎明」と彼の腕をとりどこかへ連れていく。黎明は、ただ「はい、先生」とだけ返事をして皇の後を歩く。思えば、黎明の日向のような柔らかい雰囲気が消え、今のような哀愁漂う物静かな印象を感じるようになったのは、この時期だった。そして、小説家、遊馬黎明の名が広がり始めたのも、この時期だった。他の学生が“遊馬黎明”と名が記された小説に読み耽っているのを目にすることもある。黎明は違う世界の住人になってしまったように感じ、劣等感や、罪悪感から俺も黎明に話しかけることは無くなっていた。学部が違うと、会おうと思わなければ、本当に合わないもので、黎明の姿を最後に見てから、一か月、数か月が経ち、そしてもうすぐ一年が経とうとしていた。このまま関係も希薄になるのだろう。そう思った矢先。不意に黎明の方から声をかけてきた。
東京帝国大学文学部教授、 皇晃貴である。彼は黎明同様、若くして大学に入り、小説家として大成した天才だった。普段小説を読まない俺でさえもその名は幼い頃から知っているほど、それほどまでに名が知れていた。
「黎明の左腹に火傷の跡がある__そう言ったらどうする」
左腹の火傷_この言葉が大きな意味を持つ小説が存在する。皇が三十六歳という短い生涯で多くの作品を残した中、特に異彩を放っていた小説、手折[#「手折」は太字]。丁度、今潮君が手にしている小説である。
手折は皇が書いた最初で最後の官能小説、そして自殺前に刊行した最後の小説ということで、多くの話題を呼んでいた。皇晃貴と彼の書生の話で、その書生を自分好みに仕上げるために、日々蹂躙する様子が淡々と綴られている小説である。そして、その小説にこんな一節があった。
『お前の體に印をつけよう。もしお前が僕から離れるのならば、僕はこの話を小説にして世に出さう。いつかお前が誰かと目交おうとした時に、この傷を見て相手は思ふんだ。この男は、皇晃貴のものであると。そしてお前は思ひ返すんだ、私は、先生のものであると』
作中の皇は、そう言ってその学生の脇腹に赤く光る炭を当てた。
「あの話は、仮構だと」
「…俺もそう思いたかった」
主人公の男は皇晃貴と書いてあるが、犯罪紛いの行為、その余りに過激な行為、そして執筆当時、皇には妻子がいたことからこの小説は皇の空想だと言われている。しかし、俺はこの話を、この学生を知っていた。
「有り得ない。先生は名家の出身、家も大学から近い、彼の元にいる必要はないでしょう」
「黎明は皇の元で学びたいと申し出て、皇もそれを快諾し、黎明は彼の書生となった」
黎明が書生であったことは広くは知られていないが、知るものの間では、そのように言われている。
「…表向きは、そう言われている」
「表向き、ということは実際は違うのですね」
「ああ」
入学当初こそ、黎明は「先生、先生」と皇と慕っていたが、それは単に小説家としての憧れだったのだろう。彼の好意的な態度を恋愛感情だと思いあがった皇は俺たちが二年生になった頃、黎明に交際を申し出た。隣に俺がいたというのに、場所も時間も憚らずに話す皇の瞳には黎明しか映っていないようだった。
「…お言葉は嬉しいのですが、申し訳ありません」
俺も黎明の、皇に対する行為はそういった感情だと思い込んでいたため、てっきり了承するものだと思っていた。俺も驚いたが、何よりも驚いていたのは皇だろう。なぜ、どうしてと肩を揺する皇に、黎明は困った様に笑うだけだった。
後ほどなぜ断ったのかを聞いてみると、黎明はなぜ了承すると思っていたのかと驚いたように理由を話した。
「なんでって、先生のことは小説家としては尊敬しているけれど、私は男色趣味では無いし…私自身、縁談の話があるから」
そもそも先生は既婚者だし、と黎明は揺すられて着崩れた着物の襟を正した。
縁談。黎明が、結婚?
あまり想像がつかなかった。入学から1年、皇に可愛がられている黎明をよく見ていたせいか、黎明の隣に女がいる光景を想像ができない。
「縁談、そうか、お前、縁談」と困惑していると黎明は軽快に笑った。
「君は私の事をなんだと思ってるんだ。こう見えても家督だからね、色々考えてるんだよ」
俺が皇の企てを聞いてしまったのはそう話した一ヶ月後だった。
偶然通りかかった教室で、皇と彼の生徒たちが話しているのを耳にしてしまった。
「…お前たちが黎明を襲い、そこで僕が黎明を助ける、いいね?」
金も名誉もある男だ。自分が望んだものが手に入らないのは納得ができないのだろう。この一か月間、皇は黎明にあの手この手で迫っていた。今回は、数分後にこの教室に訪れる黎明を大人数の学生に襲わせ、そこに皇が入り、黎明を助ける。そして黎明を手籠めにしようという算段らしい。確かにこの手のやり方は他の学生間で耳にするし、失敗の話こそは聞いたことがない。なるほどなと感心していると、教室から、皇が出てきた。すれ違いざまに一瞬だけ目があったような気がしたが、皇は気に止める様子は無く歩いて行った。
話によれば、もう少しすれば黎明が来るらしいが_そう考えながら振り返り、俺は肩を跳ねさせる。振り返った先には、黎明が立っていて、俺に話しかけようとしていたのか、手を微妙な位置に上げている。
「ああ、すまない、驚かす気はなかったんだけど…」
「あ、いや、黎明、こんなところで、何を」
「ああ、私は皇先生に呼ばれて」
困ったものだよ、と黎明は肩を竦めた。無視をすればいいものの、人が良い黎明は、どれだけ付き纏われようとも、いつも困った様に笑いながら皇の相手をしていた。
「無視すればいいだろう?」
「授業の話だったら困るからね。そうだ、啓修。少し待っていてくれないか?一緒に昼食を食べに行こう」
どうしようか。
皇の件で頭を悩ませ、黙ったままでいる俺の顔を黎明が覗き込む。硝子のような瞳と視線が合い、咄嗟に答えた。
「あ、ああ。わかった。隣の教室で待っている」
黎明は満足そうに笑って頷くと、その教室に入った。それを見送り、俺は隣の教室に入る。耳を済ますと、木造の薄い壁、隣の教室の声がよく聞こえる。しばらくすると、ガタン、と大きな物音がした後、黎明の声が聞こえた。
「離して、くださいッ!」
時折、ドタバタと床を蹴る音がして、口を塞がれているのか、時折くぐもった声が聞こえる。始まったのか。耳を澄ましていると、隣の部屋の物音に加え、廊下がきしきしと音を立てているのに気がついた。その足音はだんだんと近づいてきて、部屋の一歩手前で止まる。ガラガラと隣の教室の扉が開く音がした。
「っ先生!」
皇の企て通りであれば大人数に組み敷かれているであろう黎明を皇が助け、手篭めにする。そのはずだった。
しかし、教室に入ってきたであろう皇は、黎明を助けるわけでもなく、きしきしと足音を響かせながら、教室を歩いている。恐怖で震えている黎明の声がかすかに聞こえる。
「せ、先生…?」
この後の展開は、容易に予想ができた。その予想を裏切ることはなく、隣の教室からは抵抗するように床を蹴る音、そして黎明の悲痛な声が響いてきた。
「なん、で、ッ、先生!、皇、先生…っ!」
皇は黎明を助けるという脚本は捨て、今、目の前にいる、自由を失った黎明を蹂躙することを選んだのだった。
「や、っ、」
大人数の下品な会話と、肉がぶつかる音、そしてそれに混じって黎明の声がする。どこか湿り気を帯びている嗚咽交じりのその声に、腹の奥がうずいた気がした。
「たす、っけ、…だれ、か、…ッ!けい、しゅう…ッ!」
隣にいると伝えたからか、何故俺の名前を呼んでいたのかは分からない。ただ、訪れかけたその劣情から俺を正気に戻すのには十分だった。
何をしているんだ、俺は。
教室から飛び出して、その扉を開ける。そして扉を開けた先の光景に息を飲んだ。
「黎め_」
しばらく、俺は立ち尽くしてその光景を眺めていた。その端麗な顔は汗や涙に塗れ、助けを求める口からは、腰を突かれるたびに嬌声のような悲鳴と、精液をだらしなく垂れ流している。乱れた首元は色素の薄い肌が露呈し、手繰り上げられた着物からは、しなやかな筋肉の付いた華奢な足が露呈している。そして、その体を支えるように、皇は黎明の細い腰を掴み、その大きく反り立つ肉杭で黎明を貫いていた。
「っ、や、」
皇が黎明の体を起こそうと腕を引いたとき、ばち、と涙を浮かべる彼と視線がぶつかった。それまで「たすけて、たすけて」とうわごとのように呟いていたが、俺の目を見て、はっきりと声を上げた。
「たすけ、て、くれ、啓修っ!」
その声に、俺はハッとして、慌てて駆け寄った。皇と、黎明を引きはがし、着ていた羽織を黎明の肩に掛ける。震える彼に触れた瞬間、途端に罪の意識がどっと襲ってくる。
「黎明、ごめん、黎明」
黎明を思いやる言葉でもなく、咄嗟に出てきたのは謝罪の言葉。ますます自己嫌悪感は募っていく。黎明は、俺にしがみつき震えながら泣いていた。
「ああ、君、見覚えがあると思ったら、よく黎明のそばに居る奴か」
頭の上から声が降る。焦る様子も、怒る様子も微塵もなく、なぜこんなに落ち付いているんだとこの余裕さが酷く不気味に感じる。
「君も、黎明が好きなんだろう?お前も交じるか?」
その言葉を聞き腕の中の黎明が、ビクリと跳ねる。不安げに俺を見上げた黎明の肩を、ぎゅっと強く抱きしめた。皇と同等に堕ちて堪るか。俺は、一瞬の快楽のために黎明を失うのは御免だ。
「…ふざけるな」
俺の答えに、皇は大きくため息をついた。
「興醒めだ」
俺にはそうだけ言い捨てると、震える黎明の頭に手を置き、頬までをゆっくりと舐るように撫でた。
「じゃあ、また今度ゆっくり話をしようか、黎明」
これで、終わるわけがなかった。この数日後、何があったのか、黎明は皇の家に住み込むことになった。一体何故。黎明に聞こうにも、彼に話しかけると、どこで見ているのか、皇が現れ「黎明」と彼の腕をとりどこかへ連れていく。黎明は、ただ「はい、先生」とだけ返事をして皇の後を歩く。思えば、黎明の日向のような柔らかい雰囲気が消え、今のような哀愁漂う物静かな印象を感じるようになったのは、この時期だった。そして、小説家、遊馬黎明の名が広がり始めたのも、この時期だった。他の学生が“遊馬黎明”と名が記された小説に読み耽っているのを目にすることもある。黎明は違う世界の住人になってしまったように感じ、劣等感や、罪悪感から俺も黎明に話しかけることは無くなっていた。学部が違うと、会おうと思わなければ、本当に合わないもので、黎明の姿を最後に見てから、一か月、数か月が経ち、そしてもうすぐ一年が経とうとしていた。このまま関係も希薄になるのだろう。そう思った矢先。不意に黎明の方から声をかけてきた。
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