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一章
第七話
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張り詰めた空気が場を支配する。押し潰されそうなプレッシャーを感じる。
それが愉しい、それが心地良い。
少年は無手で、女は短剣を両手に持ち静かに佇んでいる。
相手の呼吸さえ聴こえるのではないか、と言う程の静けさと緊張感。
自然と笑みがこぼれる。全身に力がみなぎるような、そんな感覚になる。
一歩踏み出したのは果たしてどちらからだったのか。
しかしそれを合図とし、両者は相手を打ち倒す事のみを頭の中に浮かべ、それ以外の総ての雑念を切り払った。
女は逆手に持った短剣の切っ先を男に向けながら、音速もかくやという速度で駆ける。
少年はそれを知覚する前に直感に従い右へ跳んだ。
遅れて数瞬、短く空を切り裂く音を少年の耳が捉えた。
ーーー直感に従っていて良かった。そうぇなければあの一撃で終わっていたな。
女を見るといつの間にか右腕を上に振り上げていた。下から上へ走る剣線だったのだろう。
男ーーー圭はたらりと一筋汗を額から頬を通り、顎へ伝い地面へと落とした。
想像を、超える速さだった。まさか自分のステータスに知覚されないと程の速度とは思っていなかった圭は驚きを隠せずにいた。
一方、女ーーーヴァイオレットも自分の渾身の一撃を躱されるとは考えていなかった。あの一撃で終わらせるつもりだったのだ。正直なところ、実力に問題はない事は既に察していた。
だからこそ、これ以上圭の力を今見なくてもこれからの活動で自ずと分かってくるとそう思っていた。
だから全力で打ち倒す事にした。しかし、その全力の一撃は躱された。見たところさほど戦闘経験は積んでいない、技術ではなくただのステータスで才能で躱されたのだ。
ーーー全く、努力が才能に叩き潰されるというのはこのような感覚なのですね。確かにこれは、全てがバカバカしくなってきますよ。
何せ彼女は叩き潰す側だった。18で特級になった異常者だ。『英雄候補』という称号まで持っている程に。
その彼女を更に高い才能で抗い、そして越えようとする者がいるなどと考えもしなかった。
いくら冒険者をとある事情から引退した身であるとしても、腕は衰えていない筈だ。だからこそ驚愕し、歓喜した。
ーーー異常者は私1人ではなかった、という事ですか。……思いの外嬉しいものですね、孤独では無いというのは。
胸が踊るのを抑え込み、次の一撃を繰り出すべくその視界に圭を捉え、左脚を踏み込んだ。
ーーー速いっ!
今まで闘ったあらゆるものより速く、そして何よりも強いと感じた。ヴァイオレットが左腕に持った短剣に確かな殺意を感じた。地球では感じたことの無い感覚に戸惑い、初めて恐れた。短剣が刀身以上に長く感じる。
「っ!くそ!」
後ろに全力で跳ぶ。ヴァイオレットの殺意が鳩尾辺りを横に一閃する。
これもまた、回避に成功した。更に距離を開けることが出来たのは助かった。
ーーーこれで魔法が使える!
思うより先に詠唱を開始した。
「凍えろ『氷の息吹』!」
広範囲に攻撃可能な魔法を選択した。
『アイスエッジ』や『アイスジャベリン』では躱される、そう直感した。
ーーーこれならあの速さでも当たるだろう。
そう思う程に効果範囲を広げて放ったのだ。人を10人飲み込んでもまだ足りない程の息吹。それがヴァイオレットに襲いかかった。
しかしそれを嘲笑うかのように左に跳び軽々と躱される。
続けて魔法を放つ。今度は速い、そして多くの弾丸をイメージする。
「凍てつきし弾丸よ、その顎をもって我が敵の腑を喰い破れ『百の弾丸百の牙』」
一瞬のうちに百を超える氷の弾丸を生成する。
そしてそれを打ち出した。その光景はガトリングと言うよりはまるで手榴弾の爆発を1つの方向に集約したもののようだった。
しかし、音速の弾丸でさえヴァイオレットを捉えることは出来なかった。
無数の弾丸の総てを躱し、斬り伏せ、その華奢な身体に1つも当てることは叶わなかった。
「速すぎる!」
そう口に出してしまった圭を誰が責められようか。たった数度攻撃しただけで分かってしまった。
ーーー絶対に当たらない。
理解る。
ーーーあんなちゃちな範囲攻撃では当てるのは不可能だ。
であるならば、
ーーーそれなら、
こうすれば良い。
ーーーこの場総てを凍りつかせる。
「凍らせよう。草木を、湖を、動物を、人を、大地を、その総てを凍らせよう。氷帝の名の下に、『余す生命総てに死を』!」
総てが凍りついた。
たった2人を除いて。
それが愉しい、それが心地良い。
少年は無手で、女は短剣を両手に持ち静かに佇んでいる。
相手の呼吸さえ聴こえるのではないか、と言う程の静けさと緊張感。
自然と笑みがこぼれる。全身に力がみなぎるような、そんな感覚になる。
一歩踏み出したのは果たしてどちらからだったのか。
しかしそれを合図とし、両者は相手を打ち倒す事のみを頭の中に浮かべ、それ以外の総ての雑念を切り払った。
女は逆手に持った短剣の切っ先を男に向けながら、音速もかくやという速度で駆ける。
少年はそれを知覚する前に直感に従い右へ跳んだ。
遅れて数瞬、短く空を切り裂く音を少年の耳が捉えた。
ーーー直感に従っていて良かった。そうぇなければあの一撃で終わっていたな。
女を見るといつの間にか右腕を上に振り上げていた。下から上へ走る剣線だったのだろう。
男ーーー圭はたらりと一筋汗を額から頬を通り、顎へ伝い地面へと落とした。
想像を、超える速さだった。まさか自分のステータスに知覚されないと程の速度とは思っていなかった圭は驚きを隠せずにいた。
一方、女ーーーヴァイオレットも自分の渾身の一撃を躱されるとは考えていなかった。あの一撃で終わらせるつもりだったのだ。正直なところ、実力に問題はない事は既に察していた。
だからこそ、これ以上圭の力を今見なくてもこれからの活動で自ずと分かってくるとそう思っていた。
だから全力で打ち倒す事にした。しかし、その全力の一撃は躱された。見たところさほど戦闘経験は積んでいない、技術ではなくただのステータスで才能で躱されたのだ。
ーーー全く、努力が才能に叩き潰されるというのはこのような感覚なのですね。確かにこれは、全てがバカバカしくなってきますよ。
何せ彼女は叩き潰す側だった。18で特級になった異常者だ。『英雄候補』という称号まで持っている程に。
その彼女を更に高い才能で抗い、そして越えようとする者がいるなどと考えもしなかった。
いくら冒険者をとある事情から引退した身であるとしても、腕は衰えていない筈だ。だからこそ驚愕し、歓喜した。
ーーー異常者は私1人ではなかった、という事ですか。……思いの外嬉しいものですね、孤独では無いというのは。
胸が踊るのを抑え込み、次の一撃を繰り出すべくその視界に圭を捉え、左脚を踏み込んだ。
ーーー速いっ!
今まで闘ったあらゆるものより速く、そして何よりも強いと感じた。ヴァイオレットが左腕に持った短剣に確かな殺意を感じた。地球では感じたことの無い感覚に戸惑い、初めて恐れた。短剣が刀身以上に長く感じる。
「っ!くそ!」
後ろに全力で跳ぶ。ヴァイオレットの殺意が鳩尾辺りを横に一閃する。
これもまた、回避に成功した。更に距離を開けることが出来たのは助かった。
ーーーこれで魔法が使える!
思うより先に詠唱を開始した。
「凍えろ『氷の息吹』!」
広範囲に攻撃可能な魔法を選択した。
『アイスエッジ』や『アイスジャベリン』では躱される、そう直感した。
ーーーこれならあの速さでも当たるだろう。
そう思う程に効果範囲を広げて放ったのだ。人を10人飲み込んでもまだ足りない程の息吹。それがヴァイオレットに襲いかかった。
しかしそれを嘲笑うかのように左に跳び軽々と躱される。
続けて魔法を放つ。今度は速い、そして多くの弾丸をイメージする。
「凍てつきし弾丸よ、その顎をもって我が敵の腑を喰い破れ『百の弾丸百の牙』」
一瞬のうちに百を超える氷の弾丸を生成する。
そしてそれを打ち出した。その光景はガトリングと言うよりはまるで手榴弾の爆発を1つの方向に集約したもののようだった。
しかし、音速の弾丸でさえヴァイオレットを捉えることは出来なかった。
無数の弾丸の総てを躱し、斬り伏せ、その華奢な身体に1つも当てることは叶わなかった。
「速すぎる!」
そう口に出してしまった圭を誰が責められようか。たった数度攻撃しただけで分かってしまった。
ーーー絶対に当たらない。
理解る。
ーーーあんなちゃちな範囲攻撃では当てるのは不可能だ。
であるならば、
ーーーそれなら、
こうすれば良い。
ーーーこの場総てを凍りつかせる。
「凍らせよう。草木を、湖を、動物を、人を、大地を、その総てを凍らせよう。氷帝の名の下に、『余す生命総てに死を』!」
総てが凍りついた。
たった2人を除いて。
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