勇者がアレなので小悪党なおじさんが女に転生されられました

ぽとりひょん

文字の大きさ
上 下
34 / 303
第1章 魔法士

第34話 帰宅する

しおりを挟む
「いらっしゃいま……じゃなかった。お帰りなさいませ、ご主人様!」
「んっ? ……はっ? ええっ、生徒会長!?」

 たどたどしい接客の声が響き、次いで入店した客が困惑の声を上げた。無理もない。
 学園最強と名高いノエルがまさかのメイドとして、しかも学年の違う出し物で出てくるなど誰が予想できようか。特に模擬戦での姿を知っているなら混乱しても仕方ない。
 それでもきちんと席まで案内されているようだ……盗み聞きすると、ちゃっかり一番高い組み合わせのメニューを頼んでいる。
 恐らくノエルがオススメとして誘導したのだろう。中々のやり手である……というか容赦ないな、アイツ。

 実際、彼女がメイド喫茶で働き始めて一時間ほど経ったが、明らかに昨日より客足が増えている。
 物々しい二つ名のせいで余計な先入観が働き、誤解や勘違いを受けているノエルだが、元々は人当たりの良い性格に加えてボクっ子の白髪赤目美少女である。属性過多かよ。
 他の七組メイドに見劣りしない人形の如き麗しい容姿の女子が、メイクによって宝塚系パッションメイドとなったのだ。
 見る者を魅了し、朗らかに迎え入れてくれる姿は老若男女問わず好評で、口コミの影響もあってか客足が絶えず流れてきている。激痛を耐えてメイクした甲斐があったぜ。

 おまけに接客の応対に多少粗さが滲み出ても“味が出ていてとても良い”“新しい一面が見れて満足”“う、美しい……”と受け入れられているので、メイド喫茶としてのレベルが下がることもない。
 納涼祭のお祭り感にベストマッチした最高の人材、それがノエルだ。
 実行委員のデールを筆頭に七組のみんなも事情を話せば納得してくれたし、売り上げへの貢献度が高く非常に助かる。

「特製パンケーキを二つ! クロトくん、コーヒー二つ!」
「はいよ」

 調理場に顔を出してきたノエルに応えて、ティーカップを用意しコーヒーを注ぐ。芳醇な香りが湯気と共に立ち込め鼻腔をくすぐる。
 砂糖とミルク、ティースプーンを揃えると、作り置きしていた生地を用いて、手早くパンケーキを作りあげた調理班がトレイに乗せて持っていった。

 体の具合を見て調理の方に回ろうと思ったが、執事服では隠せない所まで包帯が巻かれているので人前には出せない、無理をしてほしくない、お願いだから七組総出で見張っててほしい、と。
 シルフィ先生の切実な要望によって、本当にコーヒーを淹れるだけの置き物と化している。いや、うん……楽ではあるし体も癒せて一石二鳥なのだが、なんだか不甲斐ない……。
 試しにそのむねをデールに伝えたところ、


「望んだ訳でもねぇのに生徒会長と戦わされた挙句、反動で血まみれになったヤツを酷使するほど畜生じゃねぇよ。いいから大人しくしてろ」


 若干キレ気味に反論され、調理班の“なに言ってんだコイツ”みたいな視線に刺され、肩を縮めて豆を挽く機械として作業に徹している。
 なぜそこまで気が立っているのか不思議だったが、どうやら七組全員、模擬戦が組まれた理由をエリックから知らされたらしい。

 特待生の意義を問うにしても行動が遅い、今更過ぎる、不当な判断、頭悪いんか? など。
 来賓に対する不平不満、胸の内にいきどおりは中々抑えられるものではないようだ。
 ノエルは模擬戦に関して割とノリノリだったけど、俺と同じく巻き込まれた側で、公開処刑の如き見せしめに関与された被害者とも言える。

 だからあっさりと七組の皆に受け入れられた。彼女もまた学生であり、楽しみ方に差異はあれど納涼祭を堪能する権利がある。
 そもそも普段から激務で学園を空けがちな彼女が、学園行事を満足に楽しめた機会があったのだろうか? 
 恐らく自らの所属するクラスの出し物にすら関われず、出店を見て回ること体験することも出来ず……文字通り、後の祭りを眺めるくらいしかできなかったのでは、と。

 直接口に出して聞いたわけでもないが、保健室でのチグハグな感情の出し方が増々そう思わせた。
 そんな寂しい青春を送り続けたであろう彼女が、今はすっかり笑みを浮かべて接客している。楽しませる側として納涼祭を満喫できてる現状を嬉しく感じているのかもしれない。
 ……最終日も手伝ってくれないかな? メイドとして働くのに納得してるんだし、更なる売り上げに貢献してもらったりとか……ダメかな?

『──!?』
「ん?」

 邪悪な感情の芽生えを刈り取るように、突如としてざわついた室内に思考が奪われた。気になったので片手間に挽いていたコーヒー豆を一旦いったん火から離して放置し、調理場の外へ顔を出す。
 うーん? もしかしてクレーマーが来たのかと思ったが違うっぽいな。出入り口に人だかりが出来てるけど荒々しい声は響いてこないし。

 珍しいお客さんでも来たのか? だとしても、なぜお客とメイドがどちらも顔を赤らめているんだ。お客はともかくメイドは仕事してよ。
 機能不全に陥った人だかりの壁に痛みをこらえながら近づくと、その向こうから白い手が伸びる。それはどうも俺に向けられているようだった。
 気づいた何人かが体をどけることで、手を伸ばした誰かの全容が……あぇ?



「──来たわよ、坊や」



 それは、溶けるようでしっかりと芯のあるあでやかな声音。
 情熱的なまでに赤く、綺麗に整えられた長髪。
 夏場に対応した薄着から晒された白い肌、目に毒と言い切れるくらいには溢れんばかりの豊満な胸。
 物憂げな顔も華やかな表情も映える、すれ違えば男女問わず誰もが振り向く美貌。

 銀細工の耳飾りを揺らして、手を振りこちらに向かってくるのは──“麗しの花園”のオーナー、シュメルさん。
 歓楽街トップ店の責任者でありながら滅多におおやけの場には出たがらない彼女が、今まさに、目の前にいる。
 まるで悪戯いたずらが成功したことを喜ぶ子供のような、無邪気な笑みを浮かべて。

「…………スゥーッ」

 長く息を吸って、平常心を保ちつつも思考する。
 めちゃんこ美人な女性に声を掛けられる──既知の人物であり、言動からそれなりに親交があると知られた。
 お互いにバレたらマズい商いをしている──特に彼女の職業柄、学生である俺が知り合いなのはよくない。
 下手な対応で身元が判明するのはダメだ──周知された瞬間、学生生活も歓楽街の立ち位置も危うくなる。

 明確にこちらを認識している以上、今さら人違いでした、なんて良い訳が通るとは思えない。
 そもそもメイド喫茶を成立させる為に“麗しの花園”へどれだけの苦労を掛けた……? 衣装やメイク道具も融通してもらってるんだぞ……俺だけが知っている取引相手とはいえ、無下に扱うなんて論外だ。
 せめて、せめて花園のスタッフ総出で来られなかっただけマシと考えよう。その上で、シュメルさんをどうするかが重要だ。

 コンマ数秒単位で広がる思考の海。グルグルと渦巻く選択肢。
 必死にかき集めたピースで形作る最良の答え。
 カチ割れそうな頭痛を噛み殺し、いざ口を開いて──

「あの、こちらの、席へ……どうぞ」

 ごく平凡。苦肉の末に出た言葉があまりに情けなかった。
 笑えよ、ちくしょう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

処理中です...