The stickers!!!

瀣田 花音

文字の大きさ
上 下
1 / 2
1章

頭おかしい会社って社会のどっかにマジであるから気をつけてね

しおりを挟む
微かに浮かんだ雲を、ああ、これは最近見た間抜けな猫の顔に似ているなぁとか、思いがら、会社のビルの屋上でタバコを吹かす夜。

 僅かになびく風に俺のタバコの煙と灰が、俺のスーツに匂いとタールを左側に流す風に感謝を覚えながらも、他の人間には悪態を頭の中で吐くという悪態はちゃんと晒しますね、人間だもの。たいがを。

 と言うわけで俺こと叶瀬大河は絶望の淵に揺れていた。

 このゴミみたいな社会に対する、ゴミみたいな会社の野望への絶望。俗に言う板挟みって奴。
 何も考えなきゃ楽しい世の中なんだけど、何も考えずに生きていられる阿呆はほんの僅かで、そういう馬鹿はその自覚なんて一切しないまま、幸せを得るか、あるいは絶望のまま地獄へ真っ逆さまと落ちていく。俺はその地獄へと足を一歩踏み入れかけたからこそ、今の地獄に這いつくばっているんだけれど、誰かには解って欲しい。そういう寂しさがある。

 なんだかんだで頭脳明晰として育ってきた俺に対して、カスだの、バカだの言ってきた世の中だけど、今を振り返ればそれらは自己を守る為の大人の保身的なエゴだって解ってきた。
 結構、色んな人に気を遣ってきたんだな、俺って自惚れた事もあったけれど、でも、それは他人には一切見せない。
 大事な人には大事だって思ってて欲しいし、行動にして返してあげたいってのが俺の思考のアルゴリズムだったりするし、何なら大事な人には一切気付かれないのが寂しさを生む。所謂、俺の女の子ってやつ(悪魔の辞典・ビアス著を参照してね)。

 そんな感じで腐って生きている俺の職業はというと、なんとこれがびっくり。

 『ヒーロー』ってやつなんですよ。

 ちゃんとそれらしいスーツを着て、世間一般でいう、悪人と呼ばれる人種を自分なりに説得して改心させるアレね。
 でもね、この仕事結構大変なんだよね。
 コンプライアンスでがんじがらめなもんだから、やれない事、というかやっちゃいけない事が多いんだ。
 ちなみにやらかしちゃうと――――――
 これは後で話そうかな。

 うん、まぁ、こういう人も『ヒーロー』という仮面を被って人をなんとか窘めてますよっていう、そういうお話。

 はぁ、今日もお仕事終わったけど、今日はどんなアニメ見ようかな……… プリ○ュアでも見ようかな………



   ※    ※    ※



実は訳あって俺って人間は『ヒーロー』の職業に就くまでは派遣とかバイトでなんとか食いつないでいたんだよね。どこかしらでロボットらしさを感じる正社員様に冷たさを感じたり、たまに魅せる暖かさに気持ちが揺れ動いたりした場面もあったけど、それも全部社交的な仮面の一つとしての振る舞いだって考えると、人間って恐いなぁって考えてた。学生だった時の先生とかもそうやって仮面を使い分けて、叱るときは叱って、お話するときはちゃんとお話をするのも、多分、社交的な生徒に対する接し方の一つだったんだな、って振り返るとおぞましいったらありゃしない。


 そして、俺が社会生活を送っている時に突然言われる文言がある。これだ。ワン、ツー、スリー。



「叶瀬くん。訳あって、今月末で君との雇用契約を解除します。勿論、給与や予告手当は支払うけれど、うん、まぁ、頑張って」



 これをその日に言われたよね。というかよく言われる文言なんだよね。

 仕事に関していえばそれなりに上手くやれてた方なんだれど、大体が過去の事で足引っ張っちゃっていつもこうなる。多分、上の人の繋がりで、この人は上手くやれるけれど、イメージ悪いから、使える時に使い切って、そっからクビ切ろう、ってそんな算段。

 だから、解雇予告手当で貯金がたんまり。ってかそれ以外でも貯金がたんまり。
 でも、俺は社会に対して諦めないぜ。なんせ、超寂しがり屋だからね。

 んで、かつて、俺が学生時代に務めていたホストクラブの経営者にこんなやつがいた。

「人間には二種類いる。俺か、俺以外か」

 ああ、まさしく今の俺の人間性に準じた素晴らしい生き方を掲示してくれた神様のような人だ。

 当時はバカだなぁと思ってそのホストクラブをやめた身だけれど、今はそいつにくらいついて行きたい気分だよね。今そいつ大金持ちだし。後悔ってこうやって生まれる。もったいない。

 こっから学んだ事だけど、俺も経営者になろうって思って、事業計画を立てようと思った。が、これが上手くいかない。

 理由も簡単。何も思い浮かばないから。

 大体、世の中の人間が何考えて、何をもってこれをしよう、あれをしようだなんて考えた事もなかった。ガキの頃なんか、ネジ作ってそれに生きがい覚えるとか頭のネジぶっ飛んでるだろ、それ作ってから俺と話せ、って思ったよね。今思えばすっげえ失礼な思考してたわ。申し訳ありません。ぴえん。

 そんなこんなで愚痴が多い人間だけれど、俺はそういう愚痴はやめられないとまらないかっぱえびせん。でも、おいしい所だけつまんで生きていくだなんて難しい世の中にはなっているとは思う。が、自分の事を大事にしてくれている人には大事だと思ってもらいたいし、何より好きな人同士で、尚且つ互いが互いの思想を知りながららも対立しながら生きていくなんて正気の沙汰ではない。正味、商機を逃すよねって意味合いも込めて。

 それでも、俺の職業は『ヒーロー』だ。人には言わない言えない、言ったらいけない。このせいで折角見つけたお気に入りのアパートを強制的に引っ越しさせられたし、一人で住みたいのに同居人が一人ついて来ちゃったし、他にも俺のやりたい放題の一切に制限が課せられてストレスがやばい。せめて自分の時間だけは欲しいもんだぜ。ゲームしたいぜ。



 自己紹介はさておいて、なんで『ヒーロー』にならざるを得なくなったのか、所謂、説明しよう! って奴だ。博士みたいでかっこいい。(でもヒーロー番組の博士キャラのポジションの人ってヒロインの女の子にセクハラめっちゃしてそう、って昔から子供ながらに思ってた)

 訳あって仕事の契約期間が切れたってかクビになった俺はしょぼくれながら真っ暗闇の夜道をとぼとぼ歩きつつ、あのクビ宣告したやつどっかの新喜劇の背の高い芸人に似てて嫌みったらしいなぁと思っていた所、とある女を見かけたんだ。まぁ、面はかなり良い方で、モデルやっても様にはなるなぁ、と思える位のスタイルの良さも兼ね備えてた。良くも悪くも目に余る女だった。

 そいつがでかい紙袋と自分の鞄を両手にぶら下げて、スキップしてた所、街灯のない暗闇からいきなり自転車に乗ったひったくりが現れて、鞄の方を盗んでいったんだ。あの時の女の顔が異常に目に焼き付いちゃったから、俺も期待に応えなきゃって思って、こっちに向かってくるその男の腕を思い切り掴んでやると、その手に引っ張られてこっちも姿勢を崩しながらも踏ん張れたけど、相手は相手でバランスを崩してその場ごろごろと転がって、鞄だけ置いて自転車で逃げてった。

「ありがとう!」
 女が俺の方へ駆け寄ってきて、こう言ってた。

「いえ、当然の事をしたまでです」

 今思えばなんでこんな事言っちゃったのかは謎だけど、その時はその時で、女に対してどうすべきか、みたいなのを咄嗟にこっちの口から出して言っちゃっただけで、別に言ったことが俺の真意ではない。
 だが、こっちの状況が変わる一変―――みたいなのが起きた。

「ねぇ、君。今って何かしてるの? 仕事ってやつ」

「えぇ、いや―――………」

 言葉が詰まった、が………

「してないです。というより―――」

「あはは、じゃあ、もし良かったらこれ!」

 その女は一枚の折りたたんだ紙をポケットから差し出した。
 俺がそれを解いて確認してみたんだが、それは求人案内だった。

「………えっ」
「仕事ないなら、うちでやってよ。給料は………そんなにないし、色々厳しいけど、君なら、君だからやれる仕事はこっちで用意してあげられる。
 きっと君に向いてる仕事だから」

 そう言って女は去って行った。
 みれば求人案内だった。
 スーツを着てこいって話と、スーツ着て販売する仕事って話くらいしか覚えてないけど、無職になりたてほやほやの俺にとってはかなりの吉報というか、なんというか、これ以上無い巡り合わせを感じて、よっしゃって思ってその日に準備して即連絡したよね。

 んで、らしくもないスーツをかっちりと着て、杉並区のどっかのビルに面接に行ったんだ。
 そん時は、俺に期待を寄せて求人を渡してくれた相手方の失礼になっちゃいけねえって考えて死ぬほど緊張してたんだけど、驚きがあったんだ。

「先日、連絡致しました叶瀬です」
 インターホンを鳴らしてらしくもない敬語を披露。そして開いた扉。
「あ、叶瀬くんね! 社長の天ヶ瀬よ!」
 この前の女が天真爛漫そのものを振るわんとするばかりの笑みを俺に振りまいて答えた。
「え、あ、ども」

「さぁ、入って入って!」
 なんかノリが軽いなぁって思いながら、そのノリにびくともせず、誠実(というか緊張のせいなんだけど)な態度はそのままに応接室に入る。

 案内された部屋の中にはガタイのしっかりした角刈りで白いスーツに着られない位のオーラを持った強面の男がこちらをギロリと睨んできて更にこっちの緊張感が高まった。

 「かけて」って言われて椅子に座って、ぎろりとこちらを見る、天ヶ瀬と名乗った女とこわい男の人二人。ああ、初めてバイトやろうつって面接行った日の事を思い出すぜ。その時の緊張感ってのを味わってた。

「じゃあ、自己紹介をするね! 私はこの株式会社メソッドの社長の天ヶ瀬美奈! この隣の人は―――」
「川田裕吾」
 白いスーツの男が天ヶ瀬の言葉を遮って名乗った。
「あ、あの、私は―――」
「君は叶瀬大河くん! 知ってるから言わなくてもいいよ! ってか君―――」

 突然だが、俺は色んな意味で有名人だ。顔はそこそこ良いって他の人からそれなりに言われてきたし、スタイルも良いって言われ続けてきたから身なりにはそれなりに自信があるんだが、それが裏目に出るような事件―――というか事案みたいな事を世間に対して振りまいた苦い経験のお陰で、街並みを出歩くときはマスクは欠かさない。所謂、炎上した人って事。
 多分、俺の自信のなさみたいなのがこの頃はあった。だから、俺は俺の事言われるのが嫌いだった。
 だから、ひんやりとした汗を額から流したんだが―――

「野久保○樹に似てるね! あはは! おもしろ!」

「………………」

 変な返答に笑ってい誤魔化していたつもりだが、相手にはどう映ったかはこっちにはわからん。
 でも、なんも思っていないっぽいから、その場は適当に過ごした。んだけど、そん時は緊張で言葉なんか紡げなかったわ。

「じゃあ、仕事として、君に対していくつか質問をするね!」

「………え、あ、はい」

「趣味は何かな?」

「―――趣味………ですか………? うーん、アニメとか映画とか」


「え! アニメ見るの!? 何見てるの!?」


「………………キュア」

「え、なんて?」

「………プリ○ュアです」

 あー恥ずかしいっってこの時思った。

 なんで正直に答えたって言うと、仕事をする上で嘘を振りまいたり沈黙を貫くと、後で後で散々な目に遭うからだ。例え、人を気遣う嘘だったとしても、それが後で火種になって一気に爆発していって、気付いた時には取り返しの付かない目にあってるケースってのはよくある話。ってか俺もよくやらかしたし、やらかされた。そして、行いから学ばない奴は一生これを繰り返して……… ま、この話はこの辺にしとこう。

「え! プ○キュア見るの! じゃあ、その前後に放送してる特撮とかはどうなの!?」

「たまに見ますね」

 って答えると天ヶ瀬は満面の笑みをこちらに浮かべて、
「すごい! 私もヒーロー大好きなの! 最近のだと―――」
 何故かここで天ヶ瀬の特撮トークが始まった。正直オタク過ぎて半分聞いてなかった―――ってか俺の事を雇ってもいいのかそっちで判断する手段として質問などでこっちの事聞き出す為の面接なのに、なんで俺が聞き手側に回ってんだって途中から思った。
 てか、隣にいる川田って男もいい加減天ヶ瀬を止めろ。なんで止めるどころか話聞いてにやついてんだこいつ。

「あ、あの………」

 いい加減、と思ってこっちが口を開くと、天ヶ瀬も事態を察して口を開いた。

「こほん、じゃあ別の質問に移るね―――」

 何かが書かれた紙を眺めはじめて、ようやく面接らしい面接が始まった、と思っていた。

「何故うちを志望したのですか?」

 てめえが誘ったからだろ。
「はい、そちらのお誘いで―――」
「あ、私が誘ったんだった」
 忘れてたのかよ。

「じゃあ、次の質問に移るよ。今日はどうやってここまで来たの?」
「はい、電車で来ました」
「バイクは乗れる? 普通二輪の免許があれば大丈夫なんだけど」
 じゃあ、最初から求人案内にに書けよ。
「はい、一応免許はあります」

 すると、またこれにも満面の笑みを浮かべる天ヶ瀬。何考えてるんだって当初は思っていた。
「運動は得意?」
「はい、中学時代ではバスケットボール部に所属していて、キャプテンを務めていました」

 しかもその笑みって奴は俺が質問を答えていく度に深みが増してくもんだから、途中で過去の自分のやらかしというものを思い出して、もしやこいつ俺に気があるのでは―――だなんて事を考え出しちゃったりもした。でも、これは仕事に関する事ではないから、それはそれ、これはこれ、として置いとくために敢えて黙った。

「じゃあさ、じゃあさ! 人と話すのって自信ある!?」
「―――というと?」
「………うーん、なんて言うのかな。語彙力―――みたいなの!」
「はい、それなりに映画やアニメ、たまに小説なんかも読むので自信はあります」
「じゃあ決定! 君を採用します!」
 まだどんな仕事をやるのか聞いてないのにこの始末。まじで俺の事好きなのかと本気でおもってたけれど、その愛情が別の所にあったのは、即座に気付いた。


「にしても、なんでそんなきっちりした格好して来たの?」


「え、スーツで来てくださいとの事でしたので」


「………スーツ、スーツ……… あ、そっちのスーツ着てきたのね!」
 どのスーツだよ。


「てっきり戦う格好で来るのかと思ったよ」

 戦う格好のスーツ………?

 もしやこいつ―――まぁ、この辺にしとこう。


「とりあえずこれからもよろしくね」

「え、あ、まぁ。よろしくお願いします」

 こんな感じで面接はスムーズ(?)に終わった。採用されて良かった(良かった)。この後、社長に身長と体重とスリーサイズを聞かれた。この時は俺のファンになっちゃったのかなぁ、って自惚れを隠しながら、答えといた。
 一息吐きたい所だが、帰るまでが遠足とも言われているが如く、帰るまでが面接である。この会社の人間が俺の帰路を追って、俺が帰りに何をしでかすか見張っているかもしれない。現にそういう会社も世の中ある、らしい。無駄な仕事させてるなぁと思うけれど。

 面接が終わると、社長はそそくさと部屋を出て行った。


 何か言われるまで席を立ちたくない部類の人間であった俺は未だがっしりと握ったてを膝元に押しつけて、緊張感をそのままにしていた。

「落ち着いて良いぞ」

 社長の隣にいた、川田という男が口を開いた。

「え、あ、はい」


 素っ気なく返事をしてみたものの、川田の表情がどうも堅苦しくて、こっちも表情がカチカチになった。


「一つ言っておく。社長はお前の事を知らない」


「は、はぁ」

「でも、俺はお前の事を知っている」

「―――え」

「お前が起こしてしまった事を。その被害を」


「………………」

 とんでもなく強面な顔立ちで川田に言われた俺は固まる事しか出来なかった。

 そう、それもその筈、俺は一度世間に対してとんでもない失態を犯してしまった事がある。整った顔立ちもあったせいで、死ぬほどネット上でコラ画像が作られてしまったが挙げ句、それがミーム化して世界の叶瀬となったのだ。しかも、これがまた厄介で、その時いた周りの友人をも巻き込んじゃったから、事態は更にあらゆる方向へと向かって、あらゆる方向に謝罪せねばならなくなってしまった。ごめんね、昔のお友達さん達。今でも友達だと思っているよ。一方的に。
 お陰で出歩くときはいつもマスクを欠かさないし、欠かせない。

「でも、お前だからこそ、出来る仕事でもある。期待には答えろよ」

 返ってきたのは予想外の返答だった。こっちに投げかけられた言葉のせいで頭の中が二転三転してこんがらがっていたからか、その時の俺はどうすればいいのか解らんかったが、まぁ、今になれば解る。

「はい」

 そう返事して俺は川田に背を向けてこの場を去った。あーなんかイライラというかモヤモヤする。




   ※   ※   ※



 そんなこんなで初出勤日。今日という日はお日様も元気に昇ってらっしゃる事で、こっちときたら立ってるだけで汗だらだらになる位の熱気がそこらで渦巻いていた。
 昨日の格好で路上を歩いていても、風で涼しさを味わえるどころか、熱風が顔に当たってこれがまあ気分の悪いこ
と。

 こんな日常はいつも送ってきたから慣れてるんですけどね。それ以上に人の視線が嫌だし。
 オフィスに着く頃合いの前にはその近くのコンビニのトイレとかでちゃんと汗拭きシートとか、その他諸々でちゃんと身なりを整えて、準備を整えてたよね。社会人の鑑って奴。

 ―――そして、いざ出勤。

「おはようございます!」

 ドアを開けて元気な挨拶。真っ白な部屋に黄色い俺の声が響き渡っている。はず。

 どうだ、俺の挨拶を聞いて気持ちが良いだろう。という自己満足は部屋を黄色に染めてはくれないくらいにはそこにいる社員達が白を演出していた。要は沈黙が蔓延ったってわけ。

 そんな、虚無感の中で初出勤の祭に訪れるよう指示されていた社長室へ、行ってみたが、これがまぁ酷い。
 部屋の棚の至る所に特撮ヒーローやアメコミヒーロー、ましてやアニメのヒーローのグッズが陳列されていた。所狭しと。ぎっしりと。

 そんな特撮オタク部屋で、「うおおおおおお!!」と叫び声を上げながら、音がイヤホンから漏れる程爆音で仮面ラ○ダーを視聴している社長に手を振るなどして、自分の存在を自覚させる行動を取る事約三十分。ウルトラマンがお家に帰らねばならない時間十回分を要してようやく俺の存在に気付くと、はっ、っとようやくこちらに気付いて顔つきで俺にこう言ったんだ。

「あ、叶瀬くん! 遅いじゃない! それじゃ社会人失格よ!」

 えぇ………
 ちゃんとこちらに気付いていれば時間通り就業開始できてたと思うんですけど。

 まぁ、この辺の理不尽に関しては俺も沢山経験してきたからさておいて。
「も、申し訳ございません」
「お、謝れてえらい!」
 ずっと仮面ライダー見てたくせに何様なんだこいつ、と思いながらも、まぁ、見てくれはいいもんだからすっかり許せちゃうモヤモヤした気持ちが纏うが相手は経営者。そしてこういう感情の一切を捨てねばならぬのも労働。

「今日から君にやってもらうのはね―――」

 社長が一旦部屋から出て暫く。川田と大きな段ボール箱を連れて再びこちらにやってきた。

 そして、段ボール箱の封を開けて、中から出てきたのは黒いヘルメット―――というより、ブラック○ンサー似のヒーローのマスクだった。パンサーというよりかは、耳の部分が後ろの方へ伸びてるから山羊の角に近いと思った。
 んで、何をやるのかはこちらもよく分かっていなかったし、ぼんやりと何をこれからやらされるのか予想を組み立
ててはいたが、社長の口から飛び出してきたのはこちらの予想を遙かに上回る衝撃発言。



「今日から君にはヒーローになって貰います。その名も『ザルヴァートル』!」

 ええぇ……… え、何言ってんのこの人ってなったよね。てか今でも思ってるわ。


「『ザルヴァートル』はラテン語で救世主を意味する単語のドイツ語読みだ。名前には意味があった方が―――」
 川田が言ったが流石に意味不明すぎてこちらも突っ込んだ。

「いや、ちょっと待ってください。話が飛躍し過ぎてる気が―――」

「求人に書いてあったろ。スーツを着て販売をする仕事だって」


 ―――そう言う意味だったのかよ。


「まぁまぁ、この辺はさておいて、仕事なんだからさ。一回着てみてよ!」

 確かに俺は雇われてここにいて、雇われてるって事は俺がここにいるだけで見えない金のやりとりが法人格であるこのメソッドって会社と、個人である俺とで発生しているわけだ。

 なので、相手が仕事だって言うならこちらも着替えざるを得ない―――が、

「あ、あのう……… ちょっと恥ずかしいのでどっか、更衣室とかって、あります?」


 俺がそういうと、川田が俺をオフィスにあったトイレに案内してくれた。道中でデスクに置かれたパソコンを目の前に無言でキーボードを打ち込んでいる男性社員三人にロボットらしさを感じてこういう雰囲気苦手だなぁと思いつつ、ふと目に入った『入るな!』と書かれた入った事もない扉の張り紙を凝視していると、俺の様子を見ていた川田がやがて口を開いた。

「うちには色んな社員やアルバイトがいる。あの張り紙もそうだが深く気にしなくてもいい」

「………はい」

 ここで川田という男が割と鋭いタイプの人間である、と俺は判断した。目つきも鋭いが、勘も鋭く人の考えている事を見られるタイプだ。きっと、俺でも逆らえないタイプの人間なんだろうなとこの頃からずっと思った。今もそう。

「だが、お前の事は信用している。失ったものが沢山あったにも関わらず今もここに立っている。それが人間の人間としての価値であるのをお前はどこかで知っている。だから、俺と社長はお前だけは捨てない」
「は、はい………」
 何言ってんだ、このおっさん。ってこの時は思ってた。今になればこの意味がよく分かるが説明は割愛させて貰おう。

「トイレはここだ。着るのはこの黒い全身タイツ―――ではなく、『アーマーアセンブルインナー』だ」
 何言ってんだこいつ。まぁ、名前がついてるって事はそれなりの意味があるんだろう、と思いながら、黒いポリエステル製のインナーを受け取った。握ってみると随所に電源コードのようなものがスーツを象っている生地を這っていた。

 なんかあるんだろうなぁ、と思いつつ、トイレでお着替え。

 着てきた紳士服、という意味合いでのスーツを綺麗に畳んでトイレから出て再び社長室へ足を運ぶと、社長が幾度と見せる満面の笑み―――というより狂気を孕んでいるに等しい笑顔を浮かべていた。

「あははは。ようやく見れるのね! あははははは!!!」
 うわ、なんだこいつって思ってた。そんな社長の姿を見ている川田の柔らかい表情にもドン引きした。

「………あの、この後どうすれば―――」

「あ、ごめん! ちょっと待ってね」

 社長がワイヤレスイヤホンを耳に押し当てて、そこについていたボタンを押しながら、相手と通信しているのだろうか、一言喋った。
「真田君。お願い!」


 すると、段ボールに入っていたいくつもの黒い物体が箱の中から飛び出して、ふわふわと浮きながら停滞するのかと思いきや、いきなりこちらへ飛び出して、俺の着用しているスーツの随所に纏わり付いて、それぞれが、カチンカチン、と音を立てて、俺に装甲を施したんだ。


 クソびっくりして、「うえぇぇえ!」って声を出した俺。いや、いきなり漫画とかアメコミヒーロー映画みたいな事が起こるとびっくりするじゃん。でも、一番この場でびっくりというか、声を上げていたのは、「きゃああああああああああ!!!!」って叫んで、この様を眺めて目がハートの社長だった。いや、何者だよアンタ。


 んでもってそんな社長の姿を見て更に顔がとろける川田。絶対社長の事好きだろってこの頃から思ってた。
 そんなこんなで装甲まみれになった俺だったが、社長が無言で差し出した鏡を見て、これが意外と様になっていると自覚したもんだから、こっちも自信がついた。

 てか、今の技術ってここまで進歩してるんやなってこっちも思ったわ。

「かっこいい!!!!!」

「………どうも、ありがとうございます」
 適当に会釈だけしといた。

「最後にヘルメット、じゃなくて『ブレインアーマー』を被せてっと」
 社長が直に俺の顔面目がけてブレインアーマーとやらのお面を被せると、これもびっくり。ウィーン、ガシャンとかいって、勝手に閉まって装着してくれるではありませんか。今起こってる事が現実なのかマジで疑わしかった。一応仕事のつもりで来てるんだけど、楽しすぎるのと、びっくり仰天の連続だった。まぁ、今は慣れすぎてというか慣れさせられて逆に日常の一部というかたまにストレスだったりもするんだけどね。

「よし、これで正装は整ったな。じゃあ業務に移ってもらう」
「これを着て悪い人をやっつけるんですよね! 解ってますよぉ~」

 今の自分の姿に有頂天な俺は川田にこんな言葉を投げかけたが、返答はその時俺が思ってたのとは全く違うものだった。

「違う。これを着て、腰のホルダーにあるステッカーを全部売ってこい。300枚ある。1枚八百円だ。売れたらスーツの右腕のアーマーからレシートも出る」

「へ?」

 そう、この会社は〝変わってる〟のであった。

「今お前が着ているものは普段から慣れ親しんでいる特撮ヒーローの小道具としてのスーツのそれとは全く違う。それはさっきお前も見たことだろう。だが、このスーツは違う。人に夢を与える存在だ。さっきの現象見て少しは思う事があっただろう」

「ええ、まぁ」

「だから、様々な仕様が施されている。例えば―――この今俺が抑えている段ボール。これを思い切り殴ってみろ」

「殴るの!?」

「いいからやれ」

「………………はい」

 意味も分からずに、川田の差し出した段ボール箱の前へ赴いて、右手を思い切り振り上げる。仕事だからしゃあない。これを粉々にするぞって勢いで右腕を振り下ろした瞬間、ビリリとした鋭い痛みが走った。おかげで、こちらが腕を振り下げられなかった。
「ってええ………」

 普段はあんまりこういう声ってのはあげないんだけど、今度ばかりは応えたので声が出ちゃった。
「これは『バイオレンスセンサー』。スーツの着用者に暴力を阻止させる装置だ。人前で人を殴るもんじゃないからな」

「え、でも、ヒーローって―――」

「その最終手段が暴力なんだよぉ! って社長が言ってたんだ。許せ」

「え、あ、はい」
 また適当に会釈してみる。今の俺は会社の道具。上がそう言うなら従わなければならない。でも、思ったんだ。これパワハラでは?

「次の機能は『オートモーションアクター』だ。今から身体の力を抜け。ってか、寝そべってもいいぞ」
 言われた通りに仰向けに寝そべってみる。装甲のせいで寝心地が悪くなるかと思いきや、これが以外と心地良かった。何で出来てるんやろってこの時点では考えてた。

「それでは機能を披露しよう」って言って川田が身につけたワイヤレスイヤホンのボタンを押しながら「起き上がらせてくれ」呟いた。所謂通話。(余談だけど、小型のワイヤレスイヤホンで通話してる人って独り言呟いてるヤバい人に見えちゃうよね。俺はよくそう思っちゃう)

 だらんと背を床に預けてる俺だったが、暫くすると、勝手に俺の身体が動いて、立ち上がったんだ。そんで右腕が勝手に右上に振り上げられ手のひらもぴしんと真っ直ぐ開かされた。所謂仮面○イダーのポーズ。

 勝手に動いたというか、スーツのアーマーに動かされたって感じ。

「うおおっ」

 その様子を見て川田は腕を組んで考えてた。

「ここはもう少し上の方がいいのではないのかな」

 他にも色々な機能の説明をされたが、その時は頭がパンク寸前で覚えてないに等しかった。
 だが、これだけはそん時でも覚えてた。

「実はこのスーツなんだが……… 価値という名の将来に欠点を抱えている」
「ええ、はい」
 頭パンクしてる人間の空返事をしたが、この後衝撃の一言が飛び出した。

「実はこのスーツなんだが、7億円で作られてるんだ」

「は!?」

 金額を聞いてびっくり。俺も言葉を選べなくなる位の高額備品だった。そう、俺が着ている、そして着ていたものはというのはその辺のブランド品よりも遙かに高い金額を投資されて作られている高級品。モンク○ールよりも遙かに高いわこれ。

「そして、このスーツの価値というものを君に作って欲しい。それが君の仕事だ」

「あ、え、あ、あ、あ、あはい」

 この時は責任重たすぎてなんも答えられなかったけど、今はその意味がよく分かるわ。因みにこれ、社長が外部から借金して作ってるらしくて、会社の備品じゃないらしい。なので、会社の負債ってのはこの時点ではなかったらしいんだが、そもそもどうやって7億円なんて借りれたんだって思った。あんまり深掘りすると何かやばい雰囲気みたいなのを感じ取ったからしなかったけどね。

 ま、そんなこんなで俺の仕事ってのが始まった。

 いきなり謎のスーツ着させられて外に放り出されて放り出された訳だけど、まぁ最初に気になったのは人の目である。街行く全ての人が俺をガン見してくるもんだから、めちゃんこ恥ずかしかった。黒い仮面の中身は血が顔に上って真っ赤っか。んでめっちゃ汗かいてる。

 でも、その汗ってのもマスクやスーツ内の『コンフォータブル・スマートエアコン』って機能―――いわゆるスーツに内蔵されてるちっこいエアコンが乾かしてくれるからこれが以外と快適………なんだけど、やっぱ恥ずかしいもんは恥ずかしいわ。簡単に言えばファン付きの作業服に近い。

 この環境のお陰か、営業ってか販売そのものはやりやすかった。が、なんとここで俺に問題点発見。なんと営業の仕事をするの初めてでしたって事。だから、その辺の人間相手にかける言葉というか単語ってのが全く解らんかった。『ヒーロー』って体裁で仕事している上で、相手に恥かかせる訳にはいかんから、言葉選びってのがマジで重要だと思った俺だったが、その弊害もあって何言えばいいのか迷いまくった。でも、金貰ってるから、何もしないってのもダメだ。

「あのー、シールいりませんか! 800円!」

「なんで昼間からそんな格好してるの? 暇なの? 働けば?」

 通りすがりの女子高生からこっちのメンタルを抉る言葉のダイレクトアタック。っても中々へし折れないのも俺だ
ったが、これはかなり効いた。あと俺働いてる。これが仕事。

「いやー、これいいんすよ。黄色い蛍光の反射板みたいな機能もあって、車通りが多いのに暗い夜道も安全」
「ここ都会だよ? 灯りが消える事なんてないんだから。時間ないから、それじゃ」

 好きでもない女子高生にフラれた。そして商談も失敗した。


 こんな感じで手当たり次第に他の人に声をかけてみたもんだが、全然上手くいかなかった。てか一枚も売れてない。こんなんじゃ会社に帰るに帰れねえし、しょぼくれ過ぎて憂鬱の中ブランコに揺られながら夕日を浴びて今日の行動を振り返ってみてたんだが、結局俺は悪くねえって死ぬほど自分に言い聞かせて励ましてた。別に他人への愚痴を言っても良かったんだが、吐く相手もおらんし他人に罪なすりつけて自分が上の立場だって思い上がるのは簡単なんだけど、そう言う奴って全く成長しないし傍から見て滑稽なんだよな。

 っても出てくるのってのはため息ばっかりで、これもあんまり生産性のある行動じゃないから正直したくないんだがストレスもやばいので勝手に出ちゃう。

「あークソほど売れねええええええ」なので他人の目なんかはばからずに叫んだが、『コンプライアンス・ボイスチェンジャー』なるものがこのマスクには搭載されていて、俺の不適切な発言全てが規制されるのだ。言論統制も甚だしい。お陰でで「ピー」の規制音が辺りに響き渡ってたらしい。

 すると、一人の小学生くらいの男の子がこちらの規制音を聞いたのか、こちらにのそのそとやってきた。ポ○モンのピ○チュウのワッペンが唾の真上の中央にある可愛らしい赤い帽子が印象的だった。

「ねえおじさん。なんでさっきピーピー言ってたの?」
 いきなりおじさん呼ばわりとは可愛くないなこいつ。

「え、俺そんな事言ってたっけ?」
 勿論、機能の事なんて全部把握してない俺だったので、子供が言ってた事の意味が全くわからんかった。何言ってんだこいつ、って感じ。
「うん。防犯ブザーが喋ってるみたいだった。てか、おじさん、そんな格好してピーピー言ってたら警察に捕まっちゃうよ」

 中々痛いところ突いてくるガキんちょだなこいつ。まぁ、イライラはおいといて。
「これが仕事なんだよ。あ、そうだ。少年、今お金ある?」

「え、いきなり? 一応、なくはないけど……… カツアゲ?」

「違います。少年にいいものを紹介しよう。このシールだ。一枚800円」

「………シール一枚800円? 高くない? なんか凄いの? これ」

「蛍光塗料を使っているから暗い夜道も安全だ。しかも可愛いロゴも入ってる。俺からしか買えないぞ」

「―――言いづらいんですけど、そういうシールって百均でも買えるし、ロゴとか正直どうでもいい………」

「………ですよね」

「う、うん。おじさんも大変そうだし、僕帰るね」

「気をつけてね………」

「………おじさんもね」
 最終的に子供にまで気を遣われて、哀れなおじさんこと、俺。定時も近いし一回会社に戻って、上司に土下座せねば……… と、俺の初出勤初業務は災難だった。。

 帰ったら何どやされるんだろうって不安と、心の中で自分の無能に嘆いていた。この仕事向いてねえわ。って感じで。

 でも、自分から仕事をやめたら逃げるのと同じだし、明日もやれないなりに頑張ろうって切り替える。今日だけが俺じゃない。
 って考えても、やっぱり理不尽をすっげえ感じるわ。なんでこんなコスプレみたいな事してやることがシール売る
ことなんだよ。マッチ売りの少女やってた方がまだ簡単だろ。

 大体、なんで7億のこのスーツ使ってやることがこれなんだよ。前提がおかしいだろ。

 まぁ、これが仕事だっていうなら、こっちはやるだけやるし、これで業績伸びないなら上が悪いって判断つける他ない。本来なら、最終的に責任取るのは上の人間だし。

 でも、久々の正社員だしなあ。うーん。文句言うのやめよ。素直に受け入れよ。

 そんなこんなで帰路につく直前だった。先ほどの少年の姿が横断歩道の前にあって、声をかけようか迷ったが、彼にも彼の時間があるからって思ってなんも言わずに見守ってみたんだ。

 そん時は赤信号で、横切る側の信号が黄色になってるのを確認して、それが青になった途端、その少年は横断歩道へ足を一歩前に出したんだよ。すると、トラックが赤信号側からスピードを緩めずに猛突進してきてたんだよ。くっそ危ない暴走運転。

 んで、このままだとその子供と衝突しちまうわけだが、そいつも気付いてないんだよな。トラックの存在に。

 だから、俺は咄嗟に飛び出したんだ。


 ああ、ここで死ぬのも悪くねえって思った。半分は自暴自棄だったのかもしれない。


 その必死さも相まって走馬灯みたいなやつも過った。




 俺がSNSで炎上した理由。俺が大学をやめざるを得なくなった理由。俺が今も社会に対して中途半端でありながらもぶら下がり続けられている理由。その全てが頭の中で蘇りながら、それでも俺は足を止めない。止められない。

 今から丁度7年前くらい。俺が浪人して大学入ってたワケだけど、バンドのサークルにいたんだよな。ギターとボーカルやってた。
 息抜きにサークルの旅行の企画を打ち立てて、出かけようとしてた時だった。そん時から東京に住んでたんだけど、旅行先は実家がある愛知で、俺は自分が上の立場教えられると思ってワクワクしてたんだ。典型的なオタク思考みたいな。
 サークルの人数は決して大所帯でもなく、十数人程度になるのかな。でも、そんな中で1番楽しみにしてたのは自己顕示欲を解放できる俺だったんだ。いやー、こういうのって暴露するの恥ずかしいんだけど、誰か気持ち分かってくれるよね? どうなんだろう。
 そこで、皆で新幹線乗ってて、わいわいしてた。周りの客には迷惑だったかもしんねえって後で思ったし、これがきっかけだったのかな。着く前なのに阿呆みたいに酒飲んで、阿呆みたいに酔っ払ってて、特に俺なんかはこれが旅行の始まりだって自覚なんてなしに、居酒屋感覚で呑んでたから、そん時の記憶ってのがすっごい曖昧だったんだ。
 まぁ、でも、そん時は楽しかった。



 だが、事はそこで起こっちまった。


 
 突如、電車内が横転し始めて、乗客や物があちらこちらに飛び交う大惨事がいきなりおこったんだ。何かを考える余裕なんて全然無い所か、俺も俺の身を守るのに必死だった。

 気付けば俺は車外に放り出されていた。どこかが痛えとか、そういうのも麻痺してて、平気だったと言えば嘘になるが、どこかで不安というか寂しさみたいなのを感じてしまっていて、歩んで何かを探していた。人だ。それもそのはず、辺り一帯は土煙でいっぱいで、人の姿どころか声も聞こえない。いや、声は響いていたんだが、そん時の俺が聞けなかっただけだ。

 時が経つにつれて冷静になるんだが、我に返れ返るほど今の自分のいる場所が地獄だって実感した。

「え?」って何回も言った。血塗れで動かねえ奴が沢山いた。今思えばそう言う奴は肌も真っ白で、人の形をしているのに人の色はしていない。でも、助けなきゃってなった。だって、寂しいから。不安だから。そして、人といたいからっていう自分の強いエゴだったのかもしれない。

 既に死んでいるであろう、だらんとうなだれた誰かの身体の肩を組んで、安全な場所まで運んで幾ばくかの時間が経った。

 救助に駆けつけた自衛隊や救急作業員、消防隊の人がやってきて、俺と同じような事を涼しい顔でやってたのに、俺は苛ついてたんだろうな。俺はこれをやるのに必死だった。辛かった。中には腕とか足とか変な方向に曲がっている奴もいて、それを直視するのが酷だったんだ。でも、そいつらはそれに対しても慣れたような手つき触ってくし、やっぱり表情を一切歪めることはなかったんだ。そんな俺はそいつらに嫉妬を振りまきながら、人を救助していった訳なんだが、どうもそいつらよりかは人の扱いってのが解って無くて、それでもあいつらは言うんだ。

「ありがとうございます」って。意味が分からなかった。解るわけも無かった。

 この救助ってのをやってて惨めだったんだ。惨めなんだけど、やらざるを得なくて、惨めなんだけど、やらなきゃいけないって自分の中で思い、やり続けたが、どうも自分の中に限界ってのがあったらしい。

 後日、記事には土砂崩れが原因だったって、色々をやって実家に帰ってた俺に親から読まされた。前日の大雨で地盤が緩んでいたらしく、そのせいで俺やサークルの仲間達は巻き込まれたんだって。現に半分のメンバーはこの事故で死んだ。中には才能があると思わしきやつもいた。それをも運んだのかは俺の記憶には無いんだけど、こっちの心に深く傷が行ったのは確かだ。

 だから、俺はそこまで溜まりに溜まった鬱憤ってのを自分のSNSで吐いた。

 すると、批判の声はこっちに来た。どうやら酒飲んで暴れ回ってるから、死んで当然だって。確かに、それも一理あるとは思うが、中には死んだやつもいるのに、って思ってそういう意見を返したやつに猛反論した。

 そしたら、知らない間に俺の顔とか名前がネット上に拡散されて、知らない間に有名人になった。悪い意味でね。

 でも、それが社会だって言うなら俺はこれを飲み込まなきゃいけない。今も俺が俺だって解った人間は平気で車とかぶつけてきて、それに対して被害がどうこうつって賠償請求まで求めてくる始末。

 自分の行いは自分で解決しなきゃって、その時から身についた習慣で、この自覚を持ってる人間は世の中少ないながらに、解ってもらえなくても、こちら側から叶えてあげられなければ、きっと社会は前へ道を進む事は出来ない。その踏み台が俺になるのであればそれで構わないし、今もそうやって生きている。




 ―――だから。




 いつの間にか飛び込んでいた。路上で。左肩には迫るトラックもあった。でも、子供を抱きしめられている。今、前へ突き出せば助かるだろうって所まで俺の身体がやってきていたから、そうした。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 そして、衝撃を告げる音が辺りを響いた。きっと、悲鳴が上がっている事だろうって。でも、子供は―――自分の手元からは離れてはいたが、無事だ。ガードレールにいつの間にか貼り付けられていたクッションに身を預けていたのか、今も五体満足で立っている。心配そうにこっちに駆け寄ってきてくれているが、俺にはそれに答えられる元気なんて残ってない。

 ………でも、これでいいんだ。ああ、疲れたなぁ。ってそん時は思ってた。いつの間にか吸える空気も少なくなってきたし、頭もぼうっとしてきた。

 でも不思議と過去の記憶がぶり返る走馬灯ってやつはさっき見てたせいでなんも来なかった。そう、来なかったんだ。

「うおおおおおおおおおお! 一人の謎の男が子供を助けたぞ! 傷一つなしに!」
 ………どうやら声が上がってるっぽかった。よく聞けば俺が子供を………傷一つ無く助けた―――傷一つない!? どういうこと? って思って俺は起き上がって身体の隅々を確認したが、それがマジでなかったんだよな。

「え?」って俺が声を荒げてもその事実は揺らぐことは無くて、まぁ、俺も五体満足だったんだよ。

「おじさん! ありがとう!」

 感謝の言葉を聞いても実感なんて無かった。

 なんで助かったのかは解らんが、スーツのお陰なんだろうってぼんやりとどっかで考える位はできた。なんでかっつうと、マスクの中、要は俺の視界ってのはARのユーザーインターフェースが常に表示されてた訳で、一人称視点のゲームやってる感覚で常に歩いて商売やってた訳だけど(できてないけど)、その視界の中央に『EMERGENCY PROTECT ACCEPT』って赤い文字が表示されてて、そういうのが発動したんやなぁとぼんやりと思ってたが、この時は有り難みなんか解ってなかった。

『叶瀬くん大丈夫!? 緊急アラートがこっちで鳴っちゃってたみたいだから心配して連絡しちゃった』

『叶瀬、大丈夫か!? 怪我とかないか!?』

 こっちの視界のUIに社長と川田が右下にちっこく映し出されてしゃべった。カメラ通話みたいな感じで。

「え、いやー大丈夫っぽいです。どうしてかは解らないんですけど」

『このスーツはね、着用している人が無敵になるように出来てるの。拳銃なんか簡単に弾き返せるくらいの丈夫な素材と、外出前に言ったオートモーションアクターの受け身で身につけている間に死ぬことなんて絶対に無いんだから! あと、助けようって思った人も、ブーツについてる遠隔拡散クッションで助けられるのよ! でもね、事が起こっちゃうとこっちも心配だから連絡しただけ!』

 そう、このスーツ。マジでなにが何でも着用している奴は絶対守るって機能が搭載されている。これ身につけてる時に今の今まで一回も怪我したことがない。心には沢山傷を負わされているけどね。
 そんな仕様だから、ビルから飛び降りても平気だし、さっきみたいなトラックとか、ましてや新幹線に轢かれてもマジで平気って訳。これは7億円だわ。

「このスーツのお陰って事ですね、本当に感謝致します」

 美人社長に心配されてうっかりにやけた顔で応対して、俺って本当にお調子者だよなぁって自覚の中、川田が切り込んだ。

『なら安心だな。そうだ。所でステッカーは何枚売れた?』

 なんだこいつ。

 この空気でノルマを聞いてくるとか正気かよこいつってノリで、でも正直に答えようって思って、口を開こうとした時に、さっき助けた少年がこっちに駆け寄ってきてくれて、
「おじさん、さっき助けてくれてありがと! お礼におじさんが売ってるシール買う! 記念に! なんかいいことありそうな気がするから!」
「え、マジで!? 一枚800円になりまーす!」

 少年がポケットに入れてた布のがま口財布から五百円玉二枚を取り出して俺が広げた手のひらに置く。んで俺は右腰のホルダーのステッカー入れの傍にあるコイン入れに金を投入すると、その下から釣り銭、右腕のスマホみたいなアーマーの下のプリンター? のようなものからレシートが出てきた。

「じゃ、お釣り200円ね」
 釣り銭とレシートと商品のステッカーを渡すと、少年は「ありがとう」と一言。今度こそ安全に歩道を渡って帰路についたみたいだ。

 そんな少年の姿を見て、自分の事が誇らしくなって、一安心………したかった。

「で、何枚ステッカーを売ったんだ」

「1枚です」

「帰ってこい。始末書書け」

「はい」


 クソがよ。


 まじでこういう所は今でもどうかと思うんだよな。ま、仕事全く出来てなかった俺のせいだし、今日は叱られにいこうって諦めがここでようやくついた。


 あーマジこの会社頭おかしいわ。今でも務めてるんですけどね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕の目の前の魔法少女がつかまえられません!

兵藤晴佳
ライト文芸
「ああ、君、魔法使いだったんだっけ?」というのが結構当たり前になっている日本で、その割合が他所より多い所に引っ越してきた佐々四十三(さっさ しとみ)17歳。  ところ変われば品も水も変わるもので、魔法使いたちとの付き合い方もちょっと違う。  不思議な力を持っているけど、デリケートにできていて、しかも妙にプライドが高い人々は、独自の文化と学校生活を持っていた。  魔法高校と普通高校の間には、見えない溝がある。それを埋めようと努力する人々もいるというのに、表に出てこない人々の心ない行動は、危機のレベルをどんどん上げていく……。 (『小説家になろう』様『魔法少女が学園探偵の相棒になります!』、『カクヨム』様の同名小説との重複掲載です)

白石マリアのまったり巫女さんの日々

凪崎凪
ライト文芸
若白石八幡宮の娘白石マリアが学校いったり巫女をしたりなんでもない日常を書いた物語。 妖怪、悪霊? 出てきません! 友情、恋愛? それなりにあったりなかったり? 巫女さんは特別な職業ではありません。 これを見て皆も巫女さんになろう!(そういう話ではない) とりあえずこれをご覧になって神社や神職、巫女さんの事を知ってもらえたらうれしいです。 偶にフィンランド語講座がありますw 完結しました。

ひきこもり×シェアハウス=?

某千尋
ライト文芸
 快適だった引きニート生活がある日突然終わりを迎える。渡されたのはボストンバッグとお金と鍵と住所を書いたメモ。俺の行き先はシェアハウス!?陰キャ人見知りコミュ障の俺が!?  十五年間引きニート生活を送ってきた野口雅史が周りの助けを受けつつ自分の内面に向き合いながら成長していく話です。 ※主人公は当初偏見の塊なので特定の職業を馬鹿にする描写があります。 ※「小説家になろう」さんにも掲載しています。 ※完結まで書き終わっています。

視聴者と作る! 現実世界

天谷爽
ライト文芸
「皆こんばんは! 今日も二時間宜しく!!」 高校生の日野隆介は動画配信者である。チャンネル登録者数は多くはないが視聴者と一つになりたいという思いも叶い、アンチの存在はほとんどない。 充実した配信者ライフを送る日野だったが、そんな彼に転機が。 「これ、日野くんだよね」 クラスの美人学級委員長にバレて配信していることがバレてしまった! 配信者ライフ、即終了!? 波乱の学園生活が始まる―――!! この物語はカクヨムでも投稿されています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【6】冬の日の恋人たち【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
『いずれ、キミに繋がる物語』シリーズの短編集。君彦・真綾・咲・総一郎の四人がそれぞれ主人公になります。全四章・全十七話。 ・第一章『First step』(全4話) 真綾の家に遊びに行くことになった君彦は、手土産に悩む。駿河に相談し、二人で買いに行き……。 ・第二章 『Be with me』(全4話) 母親の監視から離れ、初めて迎える冬。冬休みの予定に心躍らせ、アルバイトに勤しむ総一郎であったが……。 ・第三章 『First christmas』(全5話) ケーキ屋でアルバイトをしている真綾は、目の回る日々を過ごしていた。クリスマス当日、アルバイトを終え、君彦に電話をかけると……? ・第四章 『Be with you』(全4話) 1/3は総一郎の誕生日。咲は君彦・真綾とともに総一郎に内緒で誕生日会を企てるが……。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)

ミッドナイトウルブス

石田 昌行
ライト文芸
 走り屋の聖地「八神街道」から、「狼たち」の足跡が失われて十数年。  走り屋予備軍の女子高生「猿渡眞琴」は、隣家に住む冴えない地方公務員「壬生翔一郎」の世話を焼きつつ、青春を謳歌していた。  眞琴にとって、子供の頃からずっとそばにいた、ほっておけない駄目兄貴な翔一郎。  誰から見ても、ぱっとしない三十路オトコに過ぎない翔一郎。  しかし、ひょんなことから眞琴は、そんな彼がかつて「八神の魔術師」と渾名された伝説的な走り屋であったことを知る──…

君が大地(フィールド)に立てるなら〜白血病患者の為に、ドナーの思いを〜

長岡更紗
ライト文芸
独身の頃、なんとなくやってみた骨髄のドナー登録。 それから六年。結婚して所帯を持った今、適合通知がやってくる。 骨髄を提供する気満々の主人公晃と、晃の体を心配して反対する妻の美乃梨。 ドナー登録ってどんなのだろう? ドナーってどんなことをするんだろう? どんなリスクがあるんだろう? 少しでも興味がある方は、是非、覗いてみてください。 小説家になろうにも投稿予定です。

処理中です...