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会ってはならない男たち
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常世は永倉に無理やり担がれて、とある料亭にやってきた。
永倉はこの辺りでは顔がきくようで、店主はあからさますぎるほどゴマをする態度で永倉を歓迎した。
「俺は運良く松前藩に戻ることができてな、今もそこで暮らしている。おまえたちが戦った地に所帯をもつとは、妙な気分だけどな」
永倉は自分の近況を口にしながら、通された部屋に腰を下ろした。
「けどよ、やっぱり慣れねえんだよ。松前は俺にとっちゃあ静かすぎる。もっとこう、熱くなるものが欲しくてな。なんだか、ぽっかり穴が空いたみたいになっちまってよ。困ったもんさ」
「そうですか……」
常世にとって、永倉の近況などどうでもいい話だった。妹と違い常世は、新選組に対してこれといった思い入れがないのだから。それよりもどうやってこの部屋から抜け出すか、そればかりを考えている。
―― どうする。この永倉ってやつ、やたら力はあるし剣術においては俺よりも上。厄介なやつだ。
「こうやってたまに東京に出てきて、こそこそ住処をさがしてるってわけよ。道場でも開きてぇが、それも時代遅れかもしれんしな。おい、鉄之助! 聞いているのか?」
「ええ、聞いていますとも。道場ですか。悪くはないと思いますけど」
「そうか! そうだよな! 日本男子たるもの、その精神は未来永劫継がないといけないよな! ぐははは」
とにかく永倉は威勢がいいし、素直なところがある。肩を持てばこうして上機嫌になるのだ。
―― 単純だな、このおっさんは……
「永倉さん。厠に行きたいのですが」
「おう! 廊下に出たら左だ。分からなくなったら店の者に聞け」
「はい、ありがとうございます」
「おい」
「はい?」
「逃げるなよ。まあ、鉄之助に限ってそんなこたしねえだろうが」
―― 残念ながら、おっさんが思っている鉄之助じゃないんだな。じゃあな!
「出て左。行ってまいります」
「早く戻ってこいよ。迷うなよ?」
「さすがに迷いませんよ。では」
厠に行くというのはもちろん嘘である。
こんなところで時間を使うわけにはいかないのだ。とにかく十羽を探さなければならない。
常世は教えられた方向とは逆に廊下を進んだ。この料亭は芸者や遊女を呼ぶこともできるらしい。あちらこちらから、賑やかな声が聞こえてくる。
常世は忙しく料理や酒を運ぶ女中の間をすり抜け、表まであと少しのところまで来ていた。
外に出さえすればもうこっちのものだ。
「ほう、これは懐かしい。あんたも永倉に捕まったくちか」
突然、背後から声をかけられた。
不覚にも常世は、声をかけられるまでその者の気配に気づかなかったのだ。
「あんた、市村鉄之助だろう?」
「あっ」
振り向くとそこには、常世が絶対に会ってはならぬ男がいたのだ。沢忠助になりすまし、会津でこの男の配下にいたのはほんの少し前のこと。
声をかけてきた男の名前は山口二郎という。
―― いちばん会ってはならぬ男に、よりによってこんなところで!
「ずいぶんと男らしなくなったものだ。それほどに箱館戦争は過酷であったのだな」
「ご無沙汰しております。山口殿もお元気そうでなにより。私は用がありますので、これで失礼いたします」
何もかも承知であろうこの男とは、長く対面すべきではない。常世は一礼をして男の横をすり抜けようとした。
しかし、
「おい」
「なっ、なんでしょう」
常世は山口二郎になんなく手首を掴まれてしまう。
永倉といい山口といい、身のこなしが速い上に逆らえない何かを持っている。
「まあ、話を聞かせろ。隠しても無駄だ。俺はおまえを知っている」
「おっしゃる意味がわかりかねます」
「ほう……ならばここで正体を暴くか? 沢忠助。いや、それも仮の姿であろうな」
「なんだとっ!」
常世の握られた手首が悲鳴を上げた。
「時間はたっぷりある。来い」
「くっ、そ」
常世は山口二郎に圧せられ、再び永倉が待つ部屋に戻ったのである。
―― このおっさんども! なんなんだよ!
永倉や山口からすれば、常世はまだまだ子どもなのである。
◇
「おい、遅えじゃねぇか。お! 久しぶりだな山口。元気そうでよかったぜ。ところで鉄之助、なんでいその面」
「なあに、市村が迷っていたところに俺がきたまでだ。おおかた市村も永倉に誘われたのだろうと、連れてきた」
「なんだよ。厠に行くのに迷ったのか。迷うわけねえって言ってたのによ。まだガキだなぁ。わははは」
まさか、永倉から逃げようとしたところを山口二郎に捕まったとは言えまい。
常世は罰が悪そうにうなずくしかなかった。
「とりあえず座れよ。酒を頼んだところだ。鉄之助に、土方さんの最期を聞かせてもらおうと思ってよ。山口もいいだろ?」
「ああ。会えるはずもないと思っていた市村と会えたのだからな、聞きたいことは山ほどある」
―― 勘弁してくれよ……
しばらくすると、女中が酒と肴を持ってきた。常世は酒は飲めぬと遠慮して、その代わりに箱館戦争のことを話すことにした。
話さねばこの場か離れられないからだ。
とはいえ、困ったものだ。永倉はさておき、問題は山口二郎である。ここで正直に全てを話すべきか、それともあくまでも市村鉄之助を押し通すか悩みどころであった。
「そうかい、そうかい。土方さん最期まで新選組のこと、忘れてなかったんだな。馬上で弾受けて死ぬって、土方さんらしいじゃねぇか。なあ、山口......う、ううぅ」
「誠の旗を手放しても、心は旗と共にいたのだな」
「くそう。泣かせやがって! 鉄之助が羨ましいぜ。よく生きて戻ってきたな。箱館は海も山も逃げ場はなかったと聞くぜ」
常世が話した内容に偽りはない。
永倉は土方の最期を聞いて泣いていた。さすがの山口も感慨深げにうなずいている。常世だってあの光景は二度と思い出したくない。土方に覆いかぶさり、腹から溢れ出る血をなす術なく、悲痛の表情で泣き叫ぶ妹のことを誰が話せようか。ましてや、土方の後を追って自分の胸に刀を刺したなど。
常世とて、そのときの光景を思い出すだけで、苦悶の表情は隠せない。
―― 吐き気がする。
永倉は指で涙を拭うと、今度は常世を憐れむようにこう言った。
「土方さんの里を出た今、これからどうするつもりなんだ。あてはあるのか」
「あて......あ! こうしてはおられないのです。俺には火急のっ」
そこまで言ったところで、山口が落ち着いた風体で話を切り出した。
「鉄之助は、俺が預かる」
「ええ! それはちょっと!」
山口の思いもよっらないい提案に、常世は心臓が跳ね上がる思いだった。よりによって、一緒にいてはならない男に、身を寄せるなどもってのほかである。
「おう! そうかい。それなら俺も安心だぜ。よかったな鉄之助! いや、俺がおまえを預かってもいいんだが、なんせ途中で新選組を離隊した男だろ? 最後まで土方さんの小姓を務めた鉄之助としては、嫌だろうからよ。よかった。よかったなぁ鉄之助」
しかし、永倉は常世の異論を打ち消して安堵の色を濃くした。常世としては同じ預かりならば、永倉のほうが断然いい。常世は知っているのだ。山口二郎という男には一分の隙がないということを。彼は難攻不落な剣士である。
「そのようなご面倒はかけられません。俺はもう大人ですし、ひとりで十分に生きてゆけますのでお構いなく! 失礼いたします」
「遠慮している場合ではないぞ鉄之助。そろそろ甘えたらどうだい」
「うおっ。離してください! なぜ俺の襟を掴んでいるのですか永倉殿!」
「かつての仲間だろうが。そういいなさんな」
「しかしっ!」
「しかしもおかしもないっての。鉄之助のことは、みんな心配していた。死んだ土方さんだけじゃねえ、近藤さんに沖田、それに原田。原田は特に気にかけていたなぁ。おまえを一緒に連れて行くと聞かなかった。今となりゃ、連れて行かなくてよかったぜ」
この場から去ろうと二人の虚を突いたつもりであった常世だが、みごと永倉は常世の首根っこを掴んで離さない。どうもこの二人男には隙というものが存在しないらしい。
「鉄之助、行くぞ。永倉、またな」
「おう。達者でな」
常世の意見など聞く耳をもたない山口は、懐から酒代を畳において立ち上がった。永倉は機嫌よく常世を山口に突き出す。もう常世に選択肢はないのだ。
―― くそ! くそくそくそ、くそー!
早く十羽を探してやらなければならないというのに、こんなところで邪魔が入るとは。
常世の焦りは増すばかりだ。
そんなことを知らない山口二郎は、すたすたと先を行ってしまう。逃げるなら今しかないのに、山口の背中がそうはさせてくれない。
『急いてはことを仕損じる。ときにその流れにまかせてみよ。しからば道は自ずとひらける』
おじじの声が聞こえたきがした。
永倉はこの辺りでは顔がきくようで、店主はあからさますぎるほどゴマをする態度で永倉を歓迎した。
「俺は運良く松前藩に戻ることができてな、今もそこで暮らしている。おまえたちが戦った地に所帯をもつとは、妙な気分だけどな」
永倉は自分の近況を口にしながら、通された部屋に腰を下ろした。
「けどよ、やっぱり慣れねえんだよ。松前は俺にとっちゃあ静かすぎる。もっとこう、熱くなるものが欲しくてな。なんだか、ぽっかり穴が空いたみたいになっちまってよ。困ったもんさ」
「そうですか……」
常世にとって、永倉の近況などどうでもいい話だった。妹と違い常世は、新選組に対してこれといった思い入れがないのだから。それよりもどうやってこの部屋から抜け出すか、そればかりを考えている。
―― どうする。この永倉ってやつ、やたら力はあるし剣術においては俺よりも上。厄介なやつだ。
「こうやってたまに東京に出てきて、こそこそ住処をさがしてるってわけよ。道場でも開きてぇが、それも時代遅れかもしれんしな。おい、鉄之助! 聞いているのか?」
「ええ、聞いていますとも。道場ですか。悪くはないと思いますけど」
「そうか! そうだよな! 日本男子たるもの、その精神は未来永劫継がないといけないよな! ぐははは」
とにかく永倉は威勢がいいし、素直なところがある。肩を持てばこうして上機嫌になるのだ。
―― 単純だな、このおっさんは……
「永倉さん。厠に行きたいのですが」
「おう! 廊下に出たら左だ。分からなくなったら店の者に聞け」
「はい、ありがとうございます」
「おい」
「はい?」
「逃げるなよ。まあ、鉄之助に限ってそんなこたしねえだろうが」
―― 残念ながら、おっさんが思っている鉄之助じゃないんだな。じゃあな!
「出て左。行ってまいります」
「早く戻ってこいよ。迷うなよ?」
「さすがに迷いませんよ。では」
厠に行くというのはもちろん嘘である。
こんなところで時間を使うわけにはいかないのだ。とにかく十羽を探さなければならない。
常世は教えられた方向とは逆に廊下を進んだ。この料亭は芸者や遊女を呼ぶこともできるらしい。あちらこちらから、賑やかな声が聞こえてくる。
常世は忙しく料理や酒を運ぶ女中の間をすり抜け、表まであと少しのところまで来ていた。
外に出さえすればもうこっちのものだ。
「ほう、これは懐かしい。あんたも永倉に捕まったくちか」
突然、背後から声をかけられた。
不覚にも常世は、声をかけられるまでその者の気配に気づかなかったのだ。
「あんた、市村鉄之助だろう?」
「あっ」
振り向くとそこには、常世が絶対に会ってはならぬ男がいたのだ。沢忠助になりすまし、会津でこの男の配下にいたのはほんの少し前のこと。
声をかけてきた男の名前は山口二郎という。
―― いちばん会ってはならぬ男に、よりによってこんなところで!
「ずいぶんと男らしなくなったものだ。それほどに箱館戦争は過酷であったのだな」
「ご無沙汰しております。山口殿もお元気そうでなにより。私は用がありますので、これで失礼いたします」
何もかも承知であろうこの男とは、長く対面すべきではない。常世は一礼をして男の横をすり抜けようとした。
しかし、
「おい」
「なっ、なんでしょう」
常世は山口二郎になんなく手首を掴まれてしまう。
永倉といい山口といい、身のこなしが速い上に逆らえない何かを持っている。
「まあ、話を聞かせろ。隠しても無駄だ。俺はおまえを知っている」
「おっしゃる意味がわかりかねます」
「ほう……ならばここで正体を暴くか? 沢忠助。いや、それも仮の姿であろうな」
「なんだとっ!」
常世の握られた手首が悲鳴を上げた。
「時間はたっぷりある。来い」
「くっ、そ」
常世は山口二郎に圧せられ、再び永倉が待つ部屋に戻ったのである。
―― このおっさんども! なんなんだよ!
永倉や山口からすれば、常世はまだまだ子どもなのである。
◇
「おい、遅えじゃねぇか。お! 久しぶりだな山口。元気そうでよかったぜ。ところで鉄之助、なんでいその面」
「なあに、市村が迷っていたところに俺がきたまでだ。おおかた市村も永倉に誘われたのだろうと、連れてきた」
「なんだよ。厠に行くのに迷ったのか。迷うわけねえって言ってたのによ。まだガキだなぁ。わははは」
まさか、永倉から逃げようとしたところを山口二郎に捕まったとは言えまい。
常世は罰が悪そうにうなずくしかなかった。
「とりあえず座れよ。酒を頼んだところだ。鉄之助に、土方さんの最期を聞かせてもらおうと思ってよ。山口もいいだろ?」
「ああ。会えるはずもないと思っていた市村と会えたのだからな、聞きたいことは山ほどある」
―― 勘弁してくれよ……
しばらくすると、女中が酒と肴を持ってきた。常世は酒は飲めぬと遠慮して、その代わりに箱館戦争のことを話すことにした。
話さねばこの場か離れられないからだ。
とはいえ、困ったものだ。永倉はさておき、問題は山口二郎である。ここで正直に全てを話すべきか、それともあくまでも市村鉄之助を押し通すか悩みどころであった。
「そうかい、そうかい。土方さん最期まで新選組のこと、忘れてなかったんだな。馬上で弾受けて死ぬって、土方さんらしいじゃねぇか。なあ、山口......う、ううぅ」
「誠の旗を手放しても、心は旗と共にいたのだな」
「くそう。泣かせやがって! 鉄之助が羨ましいぜ。よく生きて戻ってきたな。箱館は海も山も逃げ場はなかったと聞くぜ」
常世が話した内容に偽りはない。
永倉は土方の最期を聞いて泣いていた。さすがの山口も感慨深げにうなずいている。常世だってあの光景は二度と思い出したくない。土方に覆いかぶさり、腹から溢れ出る血をなす術なく、悲痛の表情で泣き叫ぶ妹のことを誰が話せようか。ましてや、土方の後を追って自分の胸に刀を刺したなど。
常世とて、そのときの光景を思い出すだけで、苦悶の表情は隠せない。
―― 吐き気がする。
永倉は指で涙を拭うと、今度は常世を憐れむようにこう言った。
「土方さんの里を出た今、これからどうするつもりなんだ。あてはあるのか」
「あて......あ! こうしてはおられないのです。俺には火急のっ」
そこまで言ったところで、山口が落ち着いた風体で話を切り出した。
「鉄之助は、俺が預かる」
「ええ! それはちょっと!」
山口の思いもよっらないい提案に、常世は心臓が跳ね上がる思いだった。よりによって、一緒にいてはならない男に、身を寄せるなどもってのほかである。
「おう! そうかい。それなら俺も安心だぜ。よかったな鉄之助! いや、俺がおまえを預かってもいいんだが、なんせ途中で新選組を離隊した男だろ? 最後まで土方さんの小姓を務めた鉄之助としては、嫌だろうからよ。よかった。よかったなぁ鉄之助」
しかし、永倉は常世の異論を打ち消して安堵の色を濃くした。常世としては同じ預かりならば、永倉のほうが断然いい。常世は知っているのだ。山口二郎という男には一分の隙がないということを。彼は難攻不落な剣士である。
「そのようなご面倒はかけられません。俺はもう大人ですし、ひとりで十分に生きてゆけますのでお構いなく! 失礼いたします」
「遠慮している場合ではないぞ鉄之助。そろそろ甘えたらどうだい」
「うおっ。離してください! なぜ俺の襟を掴んでいるのですか永倉殿!」
「かつての仲間だろうが。そういいなさんな」
「しかしっ!」
「しかしもおかしもないっての。鉄之助のことは、みんな心配していた。死んだ土方さんだけじゃねえ、近藤さんに沖田、それに原田。原田は特に気にかけていたなぁ。おまえを一緒に連れて行くと聞かなかった。今となりゃ、連れて行かなくてよかったぜ」
この場から去ろうと二人の虚を突いたつもりであった常世だが、みごと永倉は常世の首根っこを掴んで離さない。どうもこの二人男には隙というものが存在しないらしい。
「鉄之助、行くぞ。永倉、またな」
「おう。達者でな」
常世の意見など聞く耳をもたない山口は、懐から酒代を畳において立ち上がった。永倉は機嫌よく常世を山口に突き出す。もう常世に選択肢はないのだ。
―― くそ! くそくそくそ、くそー!
早く十羽を探してやらなければならないというのに、こんなところで邪魔が入るとは。
常世の焦りは増すばかりだ。
そんなことを知らない山口二郎は、すたすたと先を行ってしまう。逃げるなら今しかないのに、山口の背中がそうはさせてくれない。
『急いてはことを仕損じる。ときにその流れにまかせてみよ。しからば道は自ずとひらける』
おじじの声が聞こえたきがした。
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