4 / 23
御礼にお供を
しおりを挟む
女はゆっくりとした動作で布団から身体を起こした。身体が動くか確かめているのか、肩や首を触ったり膝を曲げている。
常世は静かに立ち上がり、女のそばまで行くと無言でお茶を差し出した。
「毒は入ってない。なんなら飲んでみせる」
女は躊躇っていたが、常世の言葉を信じたのか湯飲みを受け取った。
「ありがとう」
女は一度口をつけると、よほど喉が渇いていたのか入っていた全部を一気に飲み干した。
「ケホッ……ん、ふぅ」
「そんなに喉が渇いていたのか」
「最後に飲んだのはいつだったか、覚えていない」
「あんた、役人にでも捕まって拷問されたのか。その身体の痣、簡単じゃないぞ」
「えっ、えっ……み、見たのですかっ。わたしのっ、わたしのっ……はだか……!」
女は顔を真っ赤にして両腕で自分の身体を抱きしめた。それを見た常世も大慌てだ。
あくまでも怪我の程度を知るためで、決してやましい気持ちがあったわけではない。そこに嘘はない。
「ち、違うっ! その、もし大怪我でもしていたら手当てが必要だろっ……だから、見たくて見たわけではないっ。勘違い、するなっ」
常世は突っぱねるような言い方しかできなかった。
これがもし、土方や原田なら赤子が手をひねる程度のことなのだろうが、常世にとってはそうではなかった。
女の扱いは、いまだ会得していない。
「ごめんなさい。わたしの身体はあまりきれいじゃないから」
「だから、そういう意味ではない。痣だらけなんだから仕方がないだろう。治ればきれいになる」
「はい」
「それより、具合はどうなんだ」
「具合は……不思議なくらい良いです」
「そうか、効いたんだなあの薬が」
「くすり?」
常世が飲ませたおじじの秘薬。何十年も寝かせた薬草が配合されたものなのだ。常世も飲んだことはなく、どれくらいの効能があるのか知らない。
「悪い、ちょっと脚、見るぞ」
膝の内側に見えていた痛々しい痣は、見事に消えていた。
「すごいな……消えている! なあ、あんた自分で確かめてくれないか。腹、脇腹、肩、自分で見えるところ全部」
「はい」
常世は女に背を向けた。脚の痣が消えていたことに常世は驚きと興奮を隠せなかった。あの薬は内傷によく効くようだ。
―― ということは、土方も助かったな。
「あの」
「おう、どうだ」
「なにもありません。痛みも、なくなってる」
「本当か⁉︎」
常世は振り返って女の身体を見た。暗い中でもわかるほどだった痣はきれいに消えている。それどころか、女の肌は白く艶やかだった。
常世は思わず指先で、女の肩を撫でていた。
「きゃっ」
「うわっ! すまないっ」
女の肌は滑らかで柔らかくて、温かい。思っていもいなかった感触に、常世は自分の指を内側に強く握り込んだ。
―― なにやってんだよ! 馬鹿か!
「わたしこそ、すみません。男の人から触れられたのが初めてで、その……」
「初めて? えっ!」
女ははだけた着物を整えながら、恥ずかしそうに小声で言った。
「ずっと、男のふりをしていたので」
「新選組隊士として、だろ」
「ご存知でしたか。とっくに戦争は終わったのに、わたしだけ取り残されてしまいました。みなと散るはずだったのに、どうして」
女は鉢巻をぎゅっと握りしめた。その鉢巻がたった一つの己の存在の証なのだろう。
「十番隊なら、組長は原田という男だろ。確か、新選組から離隊して彰義隊とやらに移った」
「はい。原田先生がわたしを拾ってくれました。ずっと共に戦うと誓ったのに、なのに先生は……っ。わたしを捨てた」
「拾ったはいいが、足手まといになったら捨てる。戦場ではよくあることだ」
「違います。原田先生は、そんなんじゃっ」
「でも、いらねって言われたんだろ」
そこまで言って常世は後悔をした。女を責めるつもりで言ったわけではない。けれど、苛立ちを覚えたのは否定できない。男のふりをした元女隊士を見ていると、なんとなく妹の常葉を思い出してしまうからだ。
「言い方が、悪かった」
「いえ。まったく、その通りなので仕方がありません。大坂から江戸に入ったときに何となく察していたので」
「新選組は劣勢だった。それでも後に引くことができなかった。運はすでに尽きていた。もう、終わったことだ」
常世は自分に言い聞かせるように話を切った。戦争は終わったのだ。常葉も土方と生きる道を見つけた。生かされた者に与えられたのは、この先も生きていくということだけだ。
女は顔を上げ、常世に問う。
「女の幸せって何でしょうか。原田先生は女が女らしく生きられる時代が来るから、お前は女として生きろと言いました」
「どんなにうまく化けても、女は女だ。男にはなれない。武器を捨て男に嫁ぎ子供を産む。子供を育てて日々を営むのが女の役目だ。男は女と子供が生きていけるように金を持って帰る。それを世間では幸せと言う」
常世は今でも、常葉が市村鉄之助という男に化けてまで土方について行ったことに腹が立っている。どう考えても女であることを隠し通せるわけがないのに、それでも常葉は男であることを願った。
常葉は女を捨ててでも、土方の近くにいたかったのだ。
そして、常葉を止められなかった自分に更に腹立たしさを覚えていた。
いくら血を分けた兄妹でも、心までは縛れない。あっという間に妹は兄の手を離れてしまった。
「あんた、惚れていたんだろ。原田のことは残念だったと思っている。上野は誰にも止められなかった。あの男も分かっていたはずだ。だからあんたを捨てたんだ」
だから常世は会津に忍び込み、斎藤の下で刀を振った。いつでも常葉を連れて逃げ出せるように。
―― 土方は常葉を、離さなかったけどな
「く、うっ……」
女は奥歯を噛み締めて、泣き声を殺した。
それを見た常世は、胸の奥が痛くなり拳を畳に押し付けて誤魔化した。どうしても常葉とこの女が重なってしまうのだ。
もう、戦争は終わったのだから、皆、好きに生きればいい。
「泣けよ。もう全て、終わったんだ。あんたは自由だ。好きに生きていいんだ」
常世は俯く女の頭にそっと手のひらを乗せた。行くあてもなく彷徨い、残党狩りに巻き込まれ、不逞な輩に絡まれた女。
ずっと誠の鉢巻を握りしめ、苦しみを耐える姿はあまりにも痛々しかった。
「もうっ……くそったれ。新選組のくそったれ……私もあの旗の下で散りたかった。原田先生のくそったれ……何がっ、何が誠だっ……ううっ、ううううっ」
それでも女は泣き喚くことはなかった。ただ静かに声を殺しながら涙を流した。
◇
朝になり、店主がやって来た。
女が生きていることに内心ほっとしたのか、湯浴みをすすめる。
「では、風呂をお借りします」
店主から浴衣と手ぬぐいを受け取った女は部屋を出た。常世は女を見送ると、店主を呼び止めた。そして、そこそこの金を握らせる。
「あまりはそのまま納めてくれ」
「へぇ。ありがとうございます。では、すぐに手配いたします」
その後、常世は素早く身支度を済ませると、女が風呂から戻る前に宿を出た。
―― 女の命は助かった。もう用はない。こんな所で足を止めるわけにはいかないんだって。
常世は懐に入れた玉簪に触れた。これを大坂にいる、椿という女の医者に渡さねばならないのだ。そうすれば常世の勤めは終わり、本当の自由を得ることができる。
もう守る者もいない、ただ自分のためだけに生きればいい。
―― 国に帰るか。いや、異国に渡ってもいいな。なにか商売を始めるのもいい。
常世は自分の生きる道を探していた。そうでなければ自分の存在や価値を見失いそうになる。まだ二十歳にも満たないというのに、余生を悩む老いた浪士のようだった。
「飯でも食うか」
常世は朝餉も食べずに宿を出た。女を拾ったせいで夕飯にありつけぬまま今に至り、さすがに腹が減った。ここは田舎ではないから、歩いていれば何か食わせてくれる店が見つかるだろう。
常世は少し歩く速度を落とした。
その時だ、後ろから何やら忙しげな声がする。
「あのっ、もしー! わたしを助けてくださった、名も知らぬ若旦那さまぁー!」
どこの誰か知らぬが、礼も受け取らずに去るなど粋なことをする奴がいるもんだ。常世は心の中でそう呟いて歩みを進める。
しかし、その声が常世を呼び止めている声だと知ったのは、目の前を通り過ぎようとした猫が常世を見るや否や毛を逆立てて逃げ出した時だ。
「お待ち下さい! あのっ、若旦那さま!」
常世は息を切らせながら駆け寄って来た女に、突然腕を掴まれた。
「うおっ」
「やっと、追いついたぁ」
「若旦那って、俺のことなのかっ! って、おまえっ」
常世の腕をしっかり掴んで離さないのは、常世が昨日助け、今朝何も告げずに宿に置いてきた女だった。
宿の店主に頼んで女のために揃えてもらった着物を着ており、それは思った以上に似合っていた。
髪は結い上げ、こざっぱりとした顔立ちは昨夜のズタボロの浪人ではない。控えめに言っても、目の前の女は可愛らしかった。
「なんで来た」
「わたしはあなた様に助けてもらった上に、薬をいただき、宿代もお着物代までも出してもらいました。なのにまだ、お礼の一つも言っておりません」
「礼が欲しくて助けたわけではない。みくびるな。俺は俺、あんたはあんた。もういいから、去れ」
「そんな……」
本当はこんな突き放した言い方をするつもりはなかった。どうしてか口が勝手に動いてしまう。常世は自分の中で危機感を覚えていたのかもしれない。
―― 女と関わっていいことは、ない!
「わたしの名はとわ。十に羽という字を書いて十羽と申します。女という名ではありません。どうぞ十羽とお呼びください。それから若旦那さま、お供をお許しください」
「おまえ、読心術ができるのか! 待て。最後、なんと言った」
「お礼に、お供させていただきます」
「お供、お供だとぉ! はぁぁぁ!」
まさか、拾った女が旅の共になる。
常世は静かに立ち上がり、女のそばまで行くと無言でお茶を差し出した。
「毒は入ってない。なんなら飲んでみせる」
女は躊躇っていたが、常世の言葉を信じたのか湯飲みを受け取った。
「ありがとう」
女は一度口をつけると、よほど喉が渇いていたのか入っていた全部を一気に飲み干した。
「ケホッ……ん、ふぅ」
「そんなに喉が渇いていたのか」
「最後に飲んだのはいつだったか、覚えていない」
「あんた、役人にでも捕まって拷問されたのか。その身体の痣、簡単じゃないぞ」
「えっ、えっ……み、見たのですかっ。わたしのっ、わたしのっ……はだか……!」
女は顔を真っ赤にして両腕で自分の身体を抱きしめた。それを見た常世も大慌てだ。
あくまでも怪我の程度を知るためで、決してやましい気持ちがあったわけではない。そこに嘘はない。
「ち、違うっ! その、もし大怪我でもしていたら手当てが必要だろっ……だから、見たくて見たわけではないっ。勘違い、するなっ」
常世は突っぱねるような言い方しかできなかった。
これがもし、土方や原田なら赤子が手をひねる程度のことなのだろうが、常世にとってはそうではなかった。
女の扱いは、いまだ会得していない。
「ごめんなさい。わたしの身体はあまりきれいじゃないから」
「だから、そういう意味ではない。痣だらけなんだから仕方がないだろう。治ればきれいになる」
「はい」
「それより、具合はどうなんだ」
「具合は……不思議なくらい良いです」
「そうか、効いたんだなあの薬が」
「くすり?」
常世が飲ませたおじじの秘薬。何十年も寝かせた薬草が配合されたものなのだ。常世も飲んだことはなく、どれくらいの効能があるのか知らない。
「悪い、ちょっと脚、見るぞ」
膝の内側に見えていた痛々しい痣は、見事に消えていた。
「すごいな……消えている! なあ、あんた自分で確かめてくれないか。腹、脇腹、肩、自分で見えるところ全部」
「はい」
常世は女に背を向けた。脚の痣が消えていたことに常世は驚きと興奮を隠せなかった。あの薬は内傷によく効くようだ。
―― ということは、土方も助かったな。
「あの」
「おう、どうだ」
「なにもありません。痛みも、なくなってる」
「本当か⁉︎」
常世は振り返って女の身体を見た。暗い中でもわかるほどだった痣はきれいに消えている。それどころか、女の肌は白く艶やかだった。
常世は思わず指先で、女の肩を撫でていた。
「きゃっ」
「うわっ! すまないっ」
女の肌は滑らかで柔らかくて、温かい。思っていもいなかった感触に、常世は自分の指を内側に強く握り込んだ。
―― なにやってんだよ! 馬鹿か!
「わたしこそ、すみません。男の人から触れられたのが初めてで、その……」
「初めて? えっ!」
女ははだけた着物を整えながら、恥ずかしそうに小声で言った。
「ずっと、男のふりをしていたので」
「新選組隊士として、だろ」
「ご存知でしたか。とっくに戦争は終わったのに、わたしだけ取り残されてしまいました。みなと散るはずだったのに、どうして」
女は鉢巻をぎゅっと握りしめた。その鉢巻がたった一つの己の存在の証なのだろう。
「十番隊なら、組長は原田という男だろ。確か、新選組から離隊して彰義隊とやらに移った」
「はい。原田先生がわたしを拾ってくれました。ずっと共に戦うと誓ったのに、なのに先生は……っ。わたしを捨てた」
「拾ったはいいが、足手まといになったら捨てる。戦場ではよくあることだ」
「違います。原田先生は、そんなんじゃっ」
「でも、いらねって言われたんだろ」
そこまで言って常世は後悔をした。女を責めるつもりで言ったわけではない。けれど、苛立ちを覚えたのは否定できない。男のふりをした元女隊士を見ていると、なんとなく妹の常葉を思い出してしまうからだ。
「言い方が、悪かった」
「いえ。まったく、その通りなので仕方がありません。大坂から江戸に入ったときに何となく察していたので」
「新選組は劣勢だった。それでも後に引くことができなかった。運はすでに尽きていた。もう、終わったことだ」
常世は自分に言い聞かせるように話を切った。戦争は終わったのだ。常葉も土方と生きる道を見つけた。生かされた者に与えられたのは、この先も生きていくということだけだ。
女は顔を上げ、常世に問う。
「女の幸せって何でしょうか。原田先生は女が女らしく生きられる時代が来るから、お前は女として生きろと言いました」
「どんなにうまく化けても、女は女だ。男にはなれない。武器を捨て男に嫁ぎ子供を産む。子供を育てて日々を営むのが女の役目だ。男は女と子供が生きていけるように金を持って帰る。それを世間では幸せと言う」
常世は今でも、常葉が市村鉄之助という男に化けてまで土方について行ったことに腹が立っている。どう考えても女であることを隠し通せるわけがないのに、それでも常葉は男であることを願った。
常葉は女を捨ててでも、土方の近くにいたかったのだ。
そして、常葉を止められなかった自分に更に腹立たしさを覚えていた。
いくら血を分けた兄妹でも、心までは縛れない。あっという間に妹は兄の手を離れてしまった。
「あんた、惚れていたんだろ。原田のことは残念だったと思っている。上野は誰にも止められなかった。あの男も分かっていたはずだ。だからあんたを捨てたんだ」
だから常世は会津に忍び込み、斎藤の下で刀を振った。いつでも常葉を連れて逃げ出せるように。
―― 土方は常葉を、離さなかったけどな
「く、うっ……」
女は奥歯を噛み締めて、泣き声を殺した。
それを見た常世は、胸の奥が痛くなり拳を畳に押し付けて誤魔化した。どうしても常葉とこの女が重なってしまうのだ。
もう、戦争は終わったのだから、皆、好きに生きればいい。
「泣けよ。もう全て、終わったんだ。あんたは自由だ。好きに生きていいんだ」
常世は俯く女の頭にそっと手のひらを乗せた。行くあてもなく彷徨い、残党狩りに巻き込まれ、不逞な輩に絡まれた女。
ずっと誠の鉢巻を握りしめ、苦しみを耐える姿はあまりにも痛々しかった。
「もうっ……くそったれ。新選組のくそったれ……私もあの旗の下で散りたかった。原田先生のくそったれ……何がっ、何が誠だっ……ううっ、ううううっ」
それでも女は泣き喚くことはなかった。ただ静かに声を殺しながら涙を流した。
◇
朝になり、店主がやって来た。
女が生きていることに内心ほっとしたのか、湯浴みをすすめる。
「では、風呂をお借りします」
店主から浴衣と手ぬぐいを受け取った女は部屋を出た。常世は女を見送ると、店主を呼び止めた。そして、そこそこの金を握らせる。
「あまりはそのまま納めてくれ」
「へぇ。ありがとうございます。では、すぐに手配いたします」
その後、常世は素早く身支度を済ませると、女が風呂から戻る前に宿を出た。
―― 女の命は助かった。もう用はない。こんな所で足を止めるわけにはいかないんだって。
常世は懐に入れた玉簪に触れた。これを大坂にいる、椿という女の医者に渡さねばならないのだ。そうすれば常世の勤めは終わり、本当の自由を得ることができる。
もう守る者もいない、ただ自分のためだけに生きればいい。
―― 国に帰るか。いや、異国に渡ってもいいな。なにか商売を始めるのもいい。
常世は自分の生きる道を探していた。そうでなければ自分の存在や価値を見失いそうになる。まだ二十歳にも満たないというのに、余生を悩む老いた浪士のようだった。
「飯でも食うか」
常世は朝餉も食べずに宿を出た。女を拾ったせいで夕飯にありつけぬまま今に至り、さすがに腹が減った。ここは田舎ではないから、歩いていれば何か食わせてくれる店が見つかるだろう。
常世は少し歩く速度を落とした。
その時だ、後ろから何やら忙しげな声がする。
「あのっ、もしー! わたしを助けてくださった、名も知らぬ若旦那さまぁー!」
どこの誰か知らぬが、礼も受け取らずに去るなど粋なことをする奴がいるもんだ。常世は心の中でそう呟いて歩みを進める。
しかし、その声が常世を呼び止めている声だと知ったのは、目の前を通り過ぎようとした猫が常世を見るや否や毛を逆立てて逃げ出した時だ。
「お待ち下さい! あのっ、若旦那さま!」
常世は息を切らせながら駆け寄って来た女に、突然腕を掴まれた。
「うおっ」
「やっと、追いついたぁ」
「若旦那って、俺のことなのかっ! って、おまえっ」
常世の腕をしっかり掴んで離さないのは、常世が昨日助け、今朝何も告げずに宿に置いてきた女だった。
宿の店主に頼んで女のために揃えてもらった着物を着ており、それは思った以上に似合っていた。
髪は結い上げ、こざっぱりとした顔立ちは昨夜のズタボロの浪人ではない。控えめに言っても、目の前の女は可愛らしかった。
「なんで来た」
「わたしはあなた様に助けてもらった上に、薬をいただき、宿代もお着物代までも出してもらいました。なのにまだ、お礼の一つも言っておりません」
「礼が欲しくて助けたわけではない。みくびるな。俺は俺、あんたはあんた。もういいから、去れ」
「そんな……」
本当はこんな突き放した言い方をするつもりはなかった。どうしてか口が勝手に動いてしまう。常世は自分の中で危機感を覚えていたのかもしれない。
―― 女と関わっていいことは、ない!
「わたしの名はとわ。十に羽という字を書いて十羽と申します。女という名ではありません。どうぞ十羽とお呼びください。それから若旦那さま、お供をお許しください」
「おまえ、読心術ができるのか! 待て。最後、なんと言った」
「お礼に、お供させていただきます」
「お供、お供だとぉ! はぁぁぁ!」
まさか、拾った女が旅の共になる。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
浅葱色の桜
初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。
近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。
「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。
時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。
小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。
白薔薇黒薔薇
平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。
残影の艦隊~蝦夷共和国の理想と銀の道
谷鋭二
歴史・時代
この物語の舞台は主に幕末・維新の頃の日本です。物語の主人公榎本武揚は、幕末動乱のさなかにはるばるオランダに渡り、最高の技術、最高のスキル、最高の知識を手にいれ日本に戻ってきます。
しかし榎本がオランダにいる間に幕府の権威は完全に失墜し、やがて大政奉還、鳥羽・伏見の戦いをへて幕府は瓦解します。自然幕臣榎本武揚は行き場を失い、未来は絶望的となります。
榎本は新たな己の居場所を蝦夷(北海道)に見出し、同じく行き場を失った多くの幕臣とともに、蝦夷を開拓し新たなフロンティアを築くという壮大な夢を描きます。しかしやがてはその蝦夷にも薩長の魔の手がのびてくるわけです。
この物語では榎本武揚なる人物が最北に地にいかなる夢を見たか追いかけると同時に、世に言う箱館戦争の後、罪を許された榎本のその後の人生にも光を当ててみたいと思っている次第であります。
聲は琵琶の音の如く〜川路利良仄聞手記〜
汀
歴史・時代
日本警察の父・川路利良が描き夢見た黎明とは。
下級武士から身を立てた川路利良の半生を、側で見つめた親友が残した手記をなぞり描く、時代小説(フィクションです)。
薩摩の志士達、そして現代に受け継がれる〝生魂(いっだましい)〟に触れてみられませんか?
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
梅すだれ
木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。
登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。
時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。
悲恋脱却ストーリー 源義高の恋路
和紗かをる
歴史・時代
時は平安時代末期。父木曽義仲の命にて鎌倉に下った清水冠者義高十一歳は、そこで運命の人に出会う。その人は齢六歳の幼女であり、鎌倉殿と呼ばれ始めた源頼朝の長女、大姫だった。義高は人質と言う立場でありながらこの大姫を愛し、大姫もまた義高を愛する。幼いながらも睦まじく暮らしていた二人だったが、都で父木曽義仲が敗死、息子である義高も命を狙われてしまう。大姫とその母である北条政子の協力の元鎌倉を脱出する義高。史実ではここで追手に討ち取られる義高であったが・・・。義高と大姫が源平争乱時代に何をもたらすのか?歴史改変戦記です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる