貴方の右肩に労いのキスを

ユーリ(佐伯瑠璃)

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第三章 グランドスラム

あなたは永遠のエース

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壮一さんからプロポーズをされてから、毎日が夢のようで、舞い上がりそうになりながら仕事をした。疲れなんてどこかに飛んでしまったみたいに、体も軽い。

そして、この週末はこれからの事、両親への挨拶や、入籍はいつするのか、家はどうするのかなどを話す。

「結婚式は花嫁の夢だろ。蒼子の好きなようにしていいぞ」
「でも、ご家族の意向とかない? ほら、神前式とかチャペルとかあるでしょう」
「うちは特に拘りはないが……」
「ない、が?」
「俺は蒼子の着物姿もドレス姿もどっちも見たいな」
「ふふっ。じゃぁ、神前式して披露宴でドレスは?」
「それでいい」

壮一さんからどっちも見たいと言われると嬉しい。おまえの好きにしろって言いながらも、こうしたいって言うのが彼らしいかな。
それに、丸投げにされると困っちゃうし。

「指輪のことなんだが、蒼子と一緒に選びに行くのでいいか。そういうのよく分からないんだ」
「うん! 一緒に選ぼう」

まさか、こんなに甘い日が来るなんて思ってもいなかった。大田のおじさんが声を掛けてくれなかったら、こんな日は来なかったわ。
感謝しないといけないな。

「ねえ、大田のおじさんに言ってもいい? おじさんが声を掛けてくれなかったら、壮一さんと出会うことはなかったから」
「ああ。俺も大田さんには感謝している。蒼子を【小春】に連れて来てくれて本当によかったよ」

壮一さんは私の髪を撫でながら目を細めて懐かしんでいた。小料理屋【小春】で会った皆は元気だろうか。

「ねえ、あの時のメンバーは皆、元気?」
「元気すぎて困るんだ。あ、覚えてるか羽七の事」
「うん、小さくて可愛らしいのに、スイッチヒッターなのよね」
「羽七が妊娠したんだ」
「わぁ、素敵。ご主人はあの大きなイケメンさんだったよね」
「ああ。あいつらが親になるんだよ。くくっ」
「部下の幸せは上司の幸せよね。よかった」

壮一さんとの子どもはどんな子だろう。男の子だったら野球をして欲しいな。女の子だったら壮一さん、離さないのかな。
そんな未来の景色をぼんやりと想像してみる。きっと、どっちが生まれても彼は全力で愛してくれそう。

「俺たちもいずれ、そうなる」
「うん」

両頬を優しく包み込んでキスをくれた。額にチュ、鼻先にチュ、そして唇にも。なんて優しいキスなんだろう。
次第にそのキスは深くなる。まだ昼間だと言うのに彼は私をゆっくり押し倒した。

「壮一、さん」
「蒼子」
「んっ」

いつもの様に彼はゆっくりと愛してくれる。自分ではせっかちだなんて言うけれど、ぜんぜんせっかちじゃない。
私の身体がちゃんと悦んでいるかのか様子を見ながら、その手と唇で愛してくれるの。

「蒼子。どうして欲しいか、言ってみろ」
「え? 恥ずかしいよ」
「恥ずかしくなんかない。この先、ずっと一緒なんだぞ? 言いたい事、して欲しい事はちゃんと言うんだ。いいな」

こんな言い方、まるで上司みたい。でも、それもいい。
私ってどうしようもないくらい、壮一さんが好きだわ。

「あんっ」
「ほら」
「優しくっ、優しく抱いて」

勇気を出してそう言うと、壮一さんは眩しそうに微笑んだ。それだけで私の身体は熱くなる。あなたになら溶かされてもいい。

陽の光が射し込むこの部屋で私たちは愛し合った。壮一さんは本当に最後まで優しく、私を連れてゆっくりと昇りつめた。
腰の抽出もゆるいのに全身が震えるほどに気持ち良かった。グルンとグラインドしたり、そっと最奥を突いたり。

「ああっ、やだ。だめぇ。もう」

意識は遠のく寸前まで追いやられて、また引き戻されて。壮一さんは私を労うようにどこまでも優しく、ドロドロに蕩けさせてくれた。

「蒼子っ」

薄い皮膜越しに彼の熱が放たれた。
壮一さん。ありがとう。





それから、お互いの両親に挨拶を済ませた翌週のこと。

「ねえ、壮一さん。お願いがあるんだけど」
「なんだ」
「お式なんだけど、この辺りがいいの」
「うん? 6月か。今から7ヶ月後か。ああ、あれかジューンブライドか!」

壮一さんは当ててやったぞ、というように目を輝かせてそう言った。でも、ジューンブライドになるのは、たまたまなんだよね。

「まあ、それもあるんだけど。本当の理由はそうじゃないの」
「本当の理由って……なんだよ」

壮一さんは眉間にシワを寄せて、理由が何なのか思考を巡らせている。
でも少しだけ考えた後、「なんだよ。分からん」って、すぐき諦めちゃう。
そうよね、分からないよね。私がその理由を告げたら、あなたはどんな顔をするんだろう。

「ギブアップ?」

壮一さんは両手を上げて「ギブアップ」と不服そうに答えた。

「では、発表します!」

私は自分のバッグからある物を取り出した。そして、それを壮一さんに渡した。

(分かるかな?)

「あ? なんだこれ」
「開けてみて」

封筒から出てきたのは一枚の写真。即席カメラから現像されたようなもの。何だかわたしの方がドキドキする。

「・・・」
「えっと、それ何か分かる?」
「・・・」
「壮一さん?」

壮一さんは、写真を握り締めたまま、ピクリとも動かない。
痛い沈黙の後、消えそうなくらい小さな声を出した。

「蒼子、これ」

そして、ガバッと顔を上げて私の方を振り返る、とても鋭い眼光で。
バッターボックスでピッチャーを威嚇するような視線だった。

「これっ。蒼子、おまえ!」
「うん。ごめんね黙ってて、確信がなかったから。ひゃっ」

壮一さんはすぐに私を抱き寄せた。でも、決して強くはない。優しく受け止めて、私の全部を包み込んでくれた。

「なんだよ、早く言えよ」
「ご、ごめん」
「くそっ! すげぇ嬉しい」
「本当に?」
「当たり前だろっ。こんな事、嬉しい以外に、何があるんだ」

壮一さんは私の胸に顔を埋めた。時々、顔を動かして甘えるように私を抱きしめる。
私はそっと彼の頭を抱え、髪を撫でた。

「いつの、だ」
「うん? えっと……多分だけど、あの部屋でシた時かな」
「えっ」

私のお腹には壮一さんとの赤ちゃんが宿っていた。あの時、優しく抱いてと言った時は全然気付かなかったんだけど、身体は知っていたみたい。
週数から遡ると、野球の思い出が沢山詰まったあの部屋で肌を重ねた時だと思われる。 
お互い気持ちが昂ぶってて、避妊しなかったから。

「まさかの、できちゃった結婚だね。ふふっ」
「そうかっ。デキ婚か……あいつらに何て言うか。参ったな」
「まさか強面硬派な安藤課長がデキ婚だなんて。ふふっ、面白い」

壮一さんは顔を真っ赤にして「参ったな」を繰り返すばかり。

「蒼子、笑い過ぎだ。ってか、そんなに笑って大丈夫なのか!」
「大丈夫よ。普通に今まで通りの生活をしてくださいって、言われたから」
「なら、引っ越しだ。俺んちに直ぐに引っ越せよ。俺がやってられねえんだ。心配で仕事が手に付かない。せめて、一緒に住もう。いや、待てよ。その前に入籍だろ。式は蒼子が言うように6月でいい。でも、入籍だけはしておかないとマズいぞ」

壮一さんは、ぽかんとした私を置き去りにして、一人ブツブツ言いながら段取りを考えていた。
その姿が余りにも可笑しくて、つい。

「安藤選手、グランドスラム達成です」
「ああっ⁉︎」

あなたは私の永遠のエースよ。
そして、あなたは見事に満塁ホームランを放ったわ。

私のお腹の中で、ね。
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