4 / 26
第一章 プレイボール
このアプリ大丈夫なやつなのか?
しおりを挟む
夜も遅かったのと、がっつき過ぎる自分を戒めるため、その日の返信は我慢した。お陰で睡眠不足になってしまったけれど。
待ちわびた夜明け。彼の朝は早いだろうか、7時過ぎていたら大丈夫だろうかと考えれば考えるほど、返信の送信ボタンが押せない。
メッセージありがとうございましました。是非、お時間頂けたら嬉しいです。
「よしっ、行けっ」
送信ボタンを押して「ふぅー」と息を吐く。送信済みのメッセージを見ていてら既読のサインが現れた。
(もう読んだの! 早くない?)
いつまた返事が来るかとドキドキしながら身支度をしたけれど、通知音はならなかった。
「返信が来るなんて思っちゃダメよ。あれに返信はしないよ。うん、ないない」
そう自分に言い聞かせて、大人の挨拶なんだからと諦める方向で気持ちを整える。
人間とはなんて我儘な生き物なのか。あの背中が見られただけで満足していたのに、またプレイしている姿が見たくなってしまう。電話番号もらっただけでラッキーなのに、声が聞きたくなったりする。
社交辞令のメールに返しただけなのに、更に返信が欲しくなるなんて欲出しすぎ。
そして、私はきっと一日をこうして悶々としながら過ごすのだろう。
◇
月曜日。
俺はいつもと同じように少し早めに来て、デスクに溜まった書類のチェックを始めた。課長になってからは現場の指揮よりも、こう言った紙切れに判をつくことが増えた。
「おはようございます」
「おはよう」
河本健。コンテナ営業部主任。こいつは新入社員の時からの生え抜きだ。俺が信頼している部下の一人で、頭がキレる。売上予測、年間計画は全部こいつに任せている。俺と違ってお勉強のできる大学を出た理系の男だ。野球は高校の途中で辞めたらしいが、センスはいい。
なによりもこの頃は、表情が豊かになったのが面白い。
「おはようございますっ!」
「おはよう」
この女の影響が大きいのだろう。
原田羽七。コンテナ営業部主任補佐兼船便担当。明るくて何に対しても物怖じしない大胆で可愛い部下だ。本社でアジア線の運営をしていたのを俺が引き抜いてきた。
女の武器を使えない媚びない態度は、一時期ここの男たちを騒がせたな。本人はまったく気付いていなかったな。
何でも卒なくこなせる器用貧乏。それが羽七のコンプレックスだったらしい。仕事もソフトボールも、俺の指示通りに動けるのはこいつだけだ。
「おはようございます」
「おう。おはよう」
原田航。業務部主任エアー便担当。羽七の夫だ。
かつての会社一の色男。羽七と結婚するギリギリまでロジスティクスの玄関前に出待ちがいたと言う伝説を作った男だ。だからと言ってチャラチャラしているわけはなく、惚れた女一筋の熱くて何にでも一直線な男だ。
残念なのは野球のセンスがゼロ。柔道じゃあトップクラスだったのにな。
そんな事はどうだっていいんだよ!
「おい、羽七。ちょっと」
「なんでしょうか」
羽七は俺から朝一で呼び出されたのが気に食わないのか、妙な顔をしながら恐る恐るやって来る。
眉間にシワ寄せんじゃねえよ。相変わらず顔に出るやつだな。
「おまえ、土曜に小春で俺のスマホに何か落としてただろ」
「課長のスマホ? あぁ、あれがどうかしましたか」
「あのアプリ大丈夫なやつなのか? 勝手にお友だちとか言うのが増えてんだよ。気持ち悪いぞ」
俺が小声で言うと羽七は一瞬キョトンと首を傾げ、その後すぐに笑い出した。
「か、課長。うふふっ、んははは」
向かいの河本がギョッとした顔でこっちを見ている。羽七のこういうところを河本は毎回ドギマギして見てるんだよ。
「なんだよ。ちゃんと説明しろ」
「すみませんっ、ふふふ。えっと、課長が登録している電話帳から同じアプリを使っている人を探したんですよ。便利ですよ? 使い方も簡単で、直ぐに連絡取り合えるので」
「で、そのやり取り、他の奴らに見えたりしないのか」
「大丈夫です。個人個人のやりとりは第三者には見られませんから安心してください。これ、日本だけでなく海外でも使われています。どこにても、通信できる環境なら連絡が取れますよ」
ほら、な? こいつ人をばかにしたりしないんだよ。あれだけ笑った後なら、課長知らないんですかと言ってバカにしそうだろ?
「なるほどな。で、相手からメッセージ来たら直ぐに返した方がいいのか?」
「そうですね。返せるなら返した方がいいですし、大した内容でないならスタンプでの返事でもいいと思います。これ、相手がメッセージ読んだかどうか分かる仕組みなので。まあ、その仕組みが良いか悪いかはさておいてですけど」
「読んだかどうか分かるのか⁉︎」
「はい。……え?」
「いや、いい。助かった。何かあったらこいつで連絡する」
「はい。よろしくお願いします」
なんだと? 俺がメッセージを読んだ事を相手は知っている。じゃあ何か返さないとマズイんじゃないのか。
ってか、スタンプってなんだよ!
俺はメールでのやり取りが苦手だ。ちまちま打ってるより、電話した方が早いだろうってなるんだよな。
「ちっ……」
面倒臭えな。
確かに電話だと相手のタイミングもあるし、邪魔しないと言われればそうかもしれないな。
だんだんと、添田蒼子と言う名前が俺の脳内で繁殖しつつあった。
女にしてはわりと背が高く、色白の美人だった。柔らかい雰囲気を持ちつつも、頑固な一面を覗かせるバランスの取れた女だと思った。
しかも俺を現役時代から知っていると言っていた。確かにあの声には聞き覚えがある気がする。それよりも、なんで彼女が泣きそうになるんだ。
『どうして、現役を…在学中に辞めたんですか』
まるで俺が彼女の夢を打ち砕いたのかと思ってしまうような涙だった。
「はぁ」
全く、調子が狂う。
「羽七、このアプリ本当に大丈夫なんだな」
「大丈夫ですっ!」
「分かった。おまえを信用したからな」
「はあ?」
俺はそのアプリを起動させて言葉を打った。
返事、遅くなってすみません。週末、時間が合えば野球の試合を見に行きませんか。
ピコンッ♫
おわっ! なんだ!
ありがとうございます! スケジュール確認したら連絡します☺
「なんなんだこれ。いまの奴らはみんなコレでやってんのか」
言っておくが俺がオヤジだから躊躇った訳じゃない。スマホはそれなりに使いこなしているつもりだ。ナビだって、音楽だって、仕事のデータチェックだってスマホからアクセスしてるんだ。
ただ、こういう類のやつが好きじゃないだけだ。
文字より声の方が信用できる。そう思うのはやっぱりオヤジになった証拠なんだろうか。
そんなくだらない事を考えながら、俺は稟議書に目を通した。
◇
(きゃぁぁぁぁ‼︎)
安藤さんから返事がきた。しかも、野球の試合を見に行きませんかという誘いの文面。思わず速攻返事しちゃったけど、引かれてないかな。
私は朝から気分急上昇で仕事に向かった。
(何が何でも行くわ! 絶対にっ)
待ちわびた夜明け。彼の朝は早いだろうか、7時過ぎていたら大丈夫だろうかと考えれば考えるほど、返信の送信ボタンが押せない。
メッセージありがとうございましました。是非、お時間頂けたら嬉しいです。
「よしっ、行けっ」
送信ボタンを押して「ふぅー」と息を吐く。送信済みのメッセージを見ていてら既読のサインが現れた。
(もう読んだの! 早くない?)
いつまた返事が来るかとドキドキしながら身支度をしたけれど、通知音はならなかった。
「返信が来るなんて思っちゃダメよ。あれに返信はしないよ。うん、ないない」
そう自分に言い聞かせて、大人の挨拶なんだからと諦める方向で気持ちを整える。
人間とはなんて我儘な生き物なのか。あの背中が見られただけで満足していたのに、またプレイしている姿が見たくなってしまう。電話番号もらっただけでラッキーなのに、声が聞きたくなったりする。
社交辞令のメールに返しただけなのに、更に返信が欲しくなるなんて欲出しすぎ。
そして、私はきっと一日をこうして悶々としながら過ごすのだろう。
◇
月曜日。
俺はいつもと同じように少し早めに来て、デスクに溜まった書類のチェックを始めた。課長になってからは現場の指揮よりも、こう言った紙切れに判をつくことが増えた。
「おはようございます」
「おはよう」
河本健。コンテナ営業部主任。こいつは新入社員の時からの生え抜きだ。俺が信頼している部下の一人で、頭がキレる。売上予測、年間計画は全部こいつに任せている。俺と違ってお勉強のできる大学を出た理系の男だ。野球は高校の途中で辞めたらしいが、センスはいい。
なによりもこの頃は、表情が豊かになったのが面白い。
「おはようございますっ!」
「おはよう」
この女の影響が大きいのだろう。
原田羽七。コンテナ営業部主任補佐兼船便担当。明るくて何に対しても物怖じしない大胆で可愛い部下だ。本社でアジア線の運営をしていたのを俺が引き抜いてきた。
女の武器を使えない媚びない態度は、一時期ここの男たちを騒がせたな。本人はまったく気付いていなかったな。
何でも卒なくこなせる器用貧乏。それが羽七のコンプレックスだったらしい。仕事もソフトボールも、俺の指示通りに動けるのはこいつだけだ。
「おはようございます」
「おう。おはよう」
原田航。業務部主任エアー便担当。羽七の夫だ。
かつての会社一の色男。羽七と結婚するギリギリまでロジスティクスの玄関前に出待ちがいたと言う伝説を作った男だ。だからと言ってチャラチャラしているわけはなく、惚れた女一筋の熱くて何にでも一直線な男だ。
残念なのは野球のセンスがゼロ。柔道じゃあトップクラスだったのにな。
そんな事はどうだっていいんだよ!
「おい、羽七。ちょっと」
「なんでしょうか」
羽七は俺から朝一で呼び出されたのが気に食わないのか、妙な顔をしながら恐る恐るやって来る。
眉間にシワ寄せんじゃねえよ。相変わらず顔に出るやつだな。
「おまえ、土曜に小春で俺のスマホに何か落としてただろ」
「課長のスマホ? あぁ、あれがどうかしましたか」
「あのアプリ大丈夫なやつなのか? 勝手にお友だちとか言うのが増えてんだよ。気持ち悪いぞ」
俺が小声で言うと羽七は一瞬キョトンと首を傾げ、その後すぐに笑い出した。
「か、課長。うふふっ、んははは」
向かいの河本がギョッとした顔でこっちを見ている。羽七のこういうところを河本は毎回ドギマギして見てるんだよ。
「なんだよ。ちゃんと説明しろ」
「すみませんっ、ふふふ。えっと、課長が登録している電話帳から同じアプリを使っている人を探したんですよ。便利ですよ? 使い方も簡単で、直ぐに連絡取り合えるので」
「で、そのやり取り、他の奴らに見えたりしないのか」
「大丈夫です。個人個人のやりとりは第三者には見られませんから安心してください。これ、日本だけでなく海外でも使われています。どこにても、通信できる環境なら連絡が取れますよ」
ほら、な? こいつ人をばかにしたりしないんだよ。あれだけ笑った後なら、課長知らないんですかと言ってバカにしそうだろ?
「なるほどな。で、相手からメッセージ来たら直ぐに返した方がいいのか?」
「そうですね。返せるなら返した方がいいですし、大した内容でないならスタンプでの返事でもいいと思います。これ、相手がメッセージ読んだかどうか分かる仕組みなので。まあ、その仕組みが良いか悪いかはさておいてですけど」
「読んだかどうか分かるのか⁉︎」
「はい。……え?」
「いや、いい。助かった。何かあったらこいつで連絡する」
「はい。よろしくお願いします」
なんだと? 俺がメッセージを読んだ事を相手は知っている。じゃあ何か返さないとマズイんじゃないのか。
ってか、スタンプってなんだよ!
俺はメールでのやり取りが苦手だ。ちまちま打ってるより、電話した方が早いだろうってなるんだよな。
「ちっ……」
面倒臭えな。
確かに電話だと相手のタイミングもあるし、邪魔しないと言われればそうかもしれないな。
だんだんと、添田蒼子と言う名前が俺の脳内で繁殖しつつあった。
女にしてはわりと背が高く、色白の美人だった。柔らかい雰囲気を持ちつつも、頑固な一面を覗かせるバランスの取れた女だと思った。
しかも俺を現役時代から知っていると言っていた。確かにあの声には聞き覚えがある気がする。それよりも、なんで彼女が泣きそうになるんだ。
『どうして、現役を…在学中に辞めたんですか』
まるで俺が彼女の夢を打ち砕いたのかと思ってしまうような涙だった。
「はぁ」
全く、調子が狂う。
「羽七、このアプリ本当に大丈夫なんだな」
「大丈夫ですっ!」
「分かった。おまえを信用したからな」
「はあ?」
俺はそのアプリを起動させて言葉を打った。
返事、遅くなってすみません。週末、時間が合えば野球の試合を見に行きませんか。
ピコンッ♫
おわっ! なんだ!
ありがとうございます! スケジュール確認したら連絡します☺
「なんなんだこれ。いまの奴らはみんなコレでやってんのか」
言っておくが俺がオヤジだから躊躇った訳じゃない。スマホはそれなりに使いこなしているつもりだ。ナビだって、音楽だって、仕事のデータチェックだってスマホからアクセスしてるんだ。
ただ、こういう類のやつが好きじゃないだけだ。
文字より声の方が信用できる。そう思うのはやっぱりオヤジになった証拠なんだろうか。
そんなくだらない事を考えながら、俺は稟議書に目を通した。
◇
(きゃぁぁぁぁ‼︎)
安藤さんから返事がきた。しかも、野球の試合を見に行きませんかという誘いの文面。思わず速攻返事しちゃったけど、引かれてないかな。
私は朝から気分急上昇で仕事に向かった。
(何が何でも行くわ! 絶対にっ)
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
永遠の隣で ~皇帝と妃の物語~
ゆる
恋愛
「15歳差の婚約者、魔女と揶揄される妃、そして帝国を支える皇帝の物語」
アルセリオス皇帝とその婚約者レフィリア――彼らの出会いは、運命のいたずらだった。
生まれたばかりの皇太子アルと婚約を強いられた公爵令嬢レフィリア。幼い彼の乳母として、時には母として、彼女は彼を支え続ける。しかし、魔法の力で若さを保つレフィリアは、宮廷内外で「魔女」と噂され、婚約破棄の陰謀に巻き込まれる。
それでもアルは成長し、15歳の若き皇帝として即位。彼は堂々と宣言する。
「魔女だろうと何だろうと、彼女は俺の妃だ!」
皇帝として、夫として、アルはレフィリアを守り抜き、共に帝国の未来を築いていく。
子どもたちの誕生、新たな改革、そして帝国の安定と繁栄――二人が歩む道のりは困難に満ちているが、その先には揺るぎない絆と希望があった。
恋愛・政治・陰謀が交錯する、壮大な愛と絆の物語!
運命に翻弄されながらも未来を切り開く二人の姿に、きっと胸を打たれるはずです。
---
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
なにひとつ、まちがっていない。
いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。
それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。
――なにもかもを間違えた。
そう後悔する自分の将来の姿が。
Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの?
A 作者もそこまで考えていません。
どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。
聖女様の生き残り術
毛蟹葵葉
恋愛
「お前なんか生まれてこなければ良かった」
母親に罵倒されたショックで、アイオラに前世の記憶が蘇った。
「愛され聖女の物語」という物語の悪役聖女アイオラに生まれて変わったことに気がつく。
アイオラは、物語の中で悪事の限りを尽くし、死刑される寸前にまで追い込まれるが、家族の嘆願によって死刑は免れる。
しかし、ヒロインに執着する黒幕によって殺害されるという役どころだった。
このままだったら確実に殺されてしまう!
幸い。アイオラが聖女になってから、ヒロインが現れるまでには時間があった。
アイオラは、未来のヒロインの功績を奪い生き残るために奮闘する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる