キリンのKiss

ユーリ(佐伯瑠璃)

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これが、恋

愛が溢れる

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 沢柳は夕凪を思い切り引き寄せてキスをした。

 沢柳の眼鏡のフレームが夕凪の鼻先にぶつかると、顔の角度を変えて再びその唇を貪った。眼鏡を外す暇さえ惜しく、自分の中に眠らせた情熱が溢れてくるのを止められない。

 触れただけでは足りない。噛んで砕いて自分の体の一部にしてしまいたい。それでも満たされないと分かっている。そんな沢柳の激しいキスに恐怖を感じたのか、夕凪が顔を後ろに逸らそうとする。沢柳は逃さないと、夕凪の頭ごと自分に引きつけた。

「ふ、うんっ」

 酸素を求めて開いた唇に沢柳は容赦なく舌を捩じ込んだ。いく度か味わった夕凪の口内は、今夜に限って鉄の味がした。たぶん、弾みで何処かが切れてしまったのかもしれない。沢柳はその箇所を探るようにゆっくりと舌先を動かした。
 逃げようと頸部に力を入れていた夕凪も、しだいに歩調を合わせるように舌を絡ませ、漏れる吐息も艶がかったものになっていった。

「浩太っ……どうしたの」
「どうしたんだろうな。あんたがいけない」
「なんでっ、あっ……これ!!」

 沢柳の激しいキスに応えるのに必死で、応えているうちに夢中になって、夕凪は沢柳の胸元を両手で握りしめていた。その両手の自由が、今はきかない。

「言っただろ。縛ってでも帰したくない、と。足掻くと結び目が絞まる。力は入れない方がいい」
「こんなのダメだよ! 解いて、お願い」

 先ほど解いたネクタイが夕凪の両手を合わせるように絡みついていた。いや、縛り上げられていた。驚いて手首を開こうとしたら余計にキツく絞まってしまい、もう何も出来なくなってしまった。
 夕凪が焦った顔を向けると、沢柳は口角だけをグイと上げて満足そうに見つめ返した。

(ヤダ! 何その、悪っるい顔!!)

「その、必死に抗おうとする姿は逆効果だと教えてやりたい」
「浩太っ……やっ」

 夕凪はベッドに押し倒された。上から覆い被さろうとする沢柳を自由のきかない手で押し返す。すると沢柳は夕凪の手を彼女の頭上に押し付けると、ごろんとそのまま返した。
 夕凪は手を上げた状態で、ベッドにうつ伏せになってしまう。肘を伸ばされた状態で体重をかけられては、もう何もできない。

「もぅ……何これ。冗談はやめてよ。これじゃまるでSMよ!」
「SM……そういうのが、好みか」
「違うしっ! あっ、ちょ……んっ」

 沢柳は夕凪のTシャツを肩まで捲り上げて、色白の背中に唇を寄せた。夕凪の背筋がピクと跳ねる。沢柳は背骨に沿って唇を上へと這わせ、両手は脇腹をゆっくりと撫でた。

「痛むようなことはしない。俺にそういった趣味はない」
「でも、縛ってる」
「なんであんたの体が、こんなふうになったか分かるか」
「分かんない!」
「じゃあ、教えてやる。あんたは余計な力が入りすぎている。いつも逆らおうと、耐えてやろうと、負けまいと、ギリギリし過ぎている。俺に抱かれるときくらい、全てを委ねてはどうだ。絶頂も逃そうとするな」
「えっ……」

 そしてまた沢柳は背中に唇を落とした。

 背中に甘い痺れが広がる。力を入れるなと言われても夕凪には理解できなかった。これでもセックスをするときは男性がしたいようにさせ、自分はされるがまま委ねているつもりだった。

「んっ……ふ、んっ」

 手首にネクタイがくい込んで痛い。痛いのにその痛みからも悦を拾おうとする体に、夕凪は困惑した。

「夕凪。なぜ逃げようとする。俺を受け入れてくれ。強がりも恥じらいも俺の前では必要ない。そのままのあんたを、見せてくれ」
「ん、ああっ」

 沢柳が夕凪の肩甲骨けんこうこつに沿って舌を這わた。夕凪が今まで一度も感じたことのない刺激が腰にまで伝わる。

 カタとベッドの脇に沢柳が眼鏡を置いた。それを横目で見た夕凪はゴクンと唾を飲む。眼鏡を外したあとの沢柳の行為に脳が復習を始め、勝手に下腹部がズクンと疼いた。

 沢柳は夕凪のほんの少しの変化も逃さぬよう丁寧に肌に触れる。そして手のひらを、胸の膨らみへと這わせる。
 包み込んで揉みしだき、指の間に朱い実を挟んで捻る。その度に夕凪は微かに背を反らした。

「浩太、あ、んっ」
「声を、抑えるな」

 胸への愛撫はそのままにして、沢柳は夕凪の臀部にキスをした。

「あっ、やっ……」

 そして、手を一旦離すとTシャツを首から抜いた。でも手首から先には抜けない。ネクタイもTシャツも夕凪の自由を奪った。
 
 夕凪は背中で沢柳が服を脱ぐ気配を感じた。無言の時間は夕凪を更に敏感にしたてる。

「俺といる時だけは、男女のあり方など忘れてしまえ。夕凪、あんたが女だろうと男だろうと関係ない。俺は夕凪という人間に惚れたんだ」
「浩太、あっ」
「体は分かっている。ここも、ここも、もう俺を欲しがっている。違うか」

 ショーツごとズボンを脱がされた。沢柳の指が夕凪の隘路に進入する。抗えない快楽が夕凪に押し寄せて、思わず臀部を浮かせ奥に挿れやすいように膝を開いてしまった。
 自分の意思で、こんなに淫らな姿勢は取ったことがない。全てはこの男の声がそうさせるのだと、心の中でなじるしかなかった。

「あっ……あっ、ん」
「夕凪。あんた、綺麗だ」

 ぎゅっと心も体もその声に反応して収縮する。どんどん迫りくる絶頂が夕凪は怖かった。それを受け入れたら自分はどうなってしまうのか、とても想像できなかったから。

「我慢をするな。逃げるな」
「いやっ、怖いっ……から! 私、イクの怖いのっ! せめて、せめて前から抱きしめてお願い!」
「っ、夕凪!」

 沢柳は夕凪の体を抱き起こし、正面からぎゅっと強く抱きしめた。
 初めて夕凪に要求され、それが沢柳の心を激しく揺さぶった。いつも私は大丈夫、一人でも平気、男には負けない……そんなふうに心に鎧を着たいじらしい女が、抱きしめてくれと言ったから。

「痛いよ、浩太。腕が、痛い」
「すまない」

 勢いで強く抱きしめたせいで、拘束した夕凪の腕は二人の胸の間で折れ曲がっていた。沢柳は夕凪の腕を自分の首にかけた。

「ぷっ……でも、解いてはくれないんだ」
「解く時間が惜しい」

 沢柳は夕凪を自分の脚に跨がせて、腰を引き寄せて隙間なく密着させた。夕凪の肩口に顔を埋めて、鼻を首筋に押し当てた。
 そうすると、ほんのり汗ばんだ肌から男を誘う匂いと、母を思わせるような温もりが感じられた。夕凪には他の女からは得ることができなかった何かが潜んでいる。

 そう、沢柳は感じていた。

「俺と一緒に、暮らさないか」

 なぜかそんな言葉が沢柳の口から零れた。付き合い始めてまだそう時間は経っていない。だからこそ余計に離れている時間が惜しく思えた。
 夕凪はその言葉を聞いて沢柳の顔を確認した。突然、何を言い出したのかと驚いた表情で。

「そんなに怖い顔をされるとは思わなかった」
「え、いや。驚いただけ。一緒にって、同棲するってこと?」
「それ以外になにかあるのか。あぁ、そうか……同棲するなら結婚した方がいい。という考えか」
「けっ、けっ、結婚!? あの、まだそこまで頭が回らないからっ。その、浩太が嫌とかじゃなくって、考えたことないから。だからっ」
「ふっ、くくくっ……。そんなに怯えないでくれ。冗談だ」
「じょ……う、だん?」
「結婚を迫っているわけではない。まずは同棲をしてみないかと。俺はあんたから離れるのが不安だ」
「不安って!?」
「頑張りすぎるところもだが、食生活も気になる」
「なんか……ダメな彼女みたい、私」
「ダメじゃない。あんたは可愛らしい。本当はあんな男だらけの職場にやりたくない」
「え、可愛くないよ! 私、可愛いところなんて、ひとつもないもんっ」

 顔を真っ赤にして夕凪は叫んだ。
 可愛いなんて言われたことは無かったし、沢柳から自分に対する独占欲のようなものを見せられると、どう対処していいか分からない。
 本当は嬉しいくせに、そんな筈はないとどうしても否定して自分を守ろうとしてしまう。なのに沢柳は恥ずかしがりもせずに言葉にする。

「可愛いと思う俺の価値観を否定しないでもらいたい。あんたに否定する権利は、ない」
「うっ」

 夕凪が自分を否定すると言うことは、沢柳の考え方までも否定するようなもの。そう言われて初めて、そう思うのは相手に対して失礼なことなのだと知らされた。

「まあ、考えてみてくれないか。一緒に、暮らすことを。俺はいつでもあんたを受入れたい」

 そしてまた、沢柳は夕凪を抱きしめた。
 今度は優しく包み込んで、愛おしそうに鼻を夕凪の首筋に擦り付ける。肌と肌が触れ合う感触に厭らしさよりも、慈しみを感じる。血の繋がっていない人間同士がこんなに愛で溢れていることに、夕凪は戸惑った。

「ありがとう。でも、少し考えさせて。私、ちょっと驚いてるの」
「ああ、急がない。それより」
「ん?」
「続けていいか。俺自身、収拾がつかなくなっている」
「あ……う、ん」

 座ったまま、しかも夕凪は沢柳の膝の上で密着している。夕凪の臀部の下では硬くなった男の象徴が頭を擡げようとヒクついていた。それを知り、また体に熱が回り始める。

 沢柳は夕凪の額に軽くキスを落とすと、そのままゆっくりとベッドに押し倒した。縛られた腕はもちろんそのままだ。沢柳がそっとベッドの脇に手を伸ばし、ビニールのパッケージを破いた。自身にそれを装着すると、夕凪の体に再び舌を這わせた。
 汗ばんでしっとりとした肌に色が差し、ほんのり甘く変化する。鎖骨から胸、鳩尾みぞおちと、可愛らしい臍の窪み、その全部が愛おしくて仕方がなかった。

「んっ、はぁ……」

 決定的な刺激が足りないのか、夕凪は口を少し開けて熱い息を吐く。まだ、羞恥が勝ってこうして欲しいとは言えない。それを察した沢柳は夕凪が首に回した腕から抜け出すと、今度は頭を下腹へと移動した。

「あ、まっ……てぇっ。あんっ」

 沢柳の舌が、脚の付け根を添いながら熱く燃え滾る入り口に迫る。沢柳は夕凪の両膝下に腕を入れて、大きく押し広げた。そこはテラテラと控えめに光り紅く熟れていた。

「綺麗だ。もう誰にも触れさせはしない」
「こうっ、た。あっ」

 ツプと沢柳の長い指が埋められて夕凪はビクンと体を強張らせた。脚に力を入れて激しい刺激を逃そうと必死だった。それを感じ取った沢柳は自身の顔を紅く熟れたそこにやり、舌でチロチロと触れながら指は中を探った。

「ダメっ、もうやめて、お願い」

 自由にできない夕凪の手が必死に沢柳の髪を掴んで逸らそうとする。でもそこに確かに伝わる力はなく、逃れようとすればするほど自分を沢柳に押し付けてしまっていた。

「ああっ。はっ、はっ……んあっ」

 緩い刺激と突然こみ上げる熱いものが交互にやってるく。逃れようのない罠に夕凪はとうとう負けた。

「浩太ぁ……イカせて、おねがっ」
「何度でもイカせてやる」
「ふ、あーーっ……」


 夕凪が絶頂に達したのを確認して、沢柳は指を抜きそこに自身をあてがう。収縮を繰り返すその狭き道へ一気に突入した。

「うっ……く」

 声を漏らしたのは沢柳だった。腰を押し付ける度に中でキツく抱きしめられる。目の前で一つに縛った夕凪の腕が、行き場を失い宙を舞っていた。
 沢柳はネクタイを解き、絡まったTシャツを剥ぎ取った。縛った跡がついているだろう手首に何度も何度もキスをして、再び夕凪の最奥へ体を沈めた。

「夕凪……っ」





 深夜。

「んっ……浩太。喉、乾いた」

 沢柳の腕の中から夕凪のくぐもった声がする。夕凪が自然と口にした沢柳への要求。

「お水、のませて」
「分かった。待っていてくれ」
「早くね」
「ああ」

 キッチンに向かう沢柳の頬はにわかに緩む。

 たったそれだけの願いが、沢柳の心を満たしていった。

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