キリンのKiss

ユーリ(佐伯瑠璃)

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これが、恋

俺を教えてやる

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 夕凪はどうにか沢柳の腕の中から逃れたかった。けれど、沢柳は執拗に夕凪の耳朶や耳の付け根にキスをしてくる。沢柳が鼻先で夕凪の髪を払いながら、今度は首にその唇があてられる。ゾクゾクと背中から何かが這い上がってくるようで、それを避けようと前のめりになる。すると沢柳は夕凪の胸とお腹に腕を回しそうする事さえも許してくれない。

「浩太っ……ちょっと。ふ、んあっ」

 体をよじると更に沢柳と密着してしまう。足掻けば足掻くほど、彼の手の内に嵌っていくようだった。ハフッと、沢柳は夕凪の首を柔く咥えるように噛んだ。夕凪がビクと反応すると沢柳の眼鏡のフレームが項にあたった。

「夕凪」
「っ」

 また、耳のすぐ側で沢柳が甘く囁く。もうどこに力を入れればいいのか分からなくなった夕凪は、抵抗する事をやめた。

(もう、好きにして)

 すると、沢柳は夕凪を向かい合わせになるようくるりと反転させた。その反動で体がぐらりと揺れ、倒れまいと夕凪は沢柳のシャツをを握った。
 夕凪は頬を赤く染めて、息も走ったあとのように乱れている。視線を上げると眼鏡を掛けたいつもの沢柳の顔があった。フレームの奥から自分を映す瞳は逸らせばそれの報復を受けそうなほど熱く滾らせて。

「あの……っ」
「俺はあんたの、その不器用でいじらしい、哀れにも思えるような姿が、堪らなく好きらしい」
「らしいって……」
「夕凪はどうなんだ。俺を受け入れてもいいと思っているのか。俺はどんなあんたでも受け入れたい」

 沢柳はそう言うと、夕凪の体をソファーに押し倒した。夕凪に抵抗する間はなく、二人がけの小さなソファーにトサリと背中がついた。

 170もの大きな男女が重なるように倒れたら、そこに全身は収まらない。夕凪の足はフローリングについたまま、沢柳に至っては膝をついている。折り重なった二人は無言で見つめ合った。

 ドク、ドク、ドク、ドクと確かな鼓動が耳に響く。夕凪のものなのか沢柳のものなのか分からない。今からすることを想像すると、よりいっそう鼓動は激しくなった。

(このまま浩太に、抱かれるのかな)

 そう意識してしまうと、もう他の選択肢は夕凪の頭から消えてしまう。先ほどの力が抜けるような感覚がまた、襲ってくるのか。それ以上の快感を沢柳は夕凪に与えるのだろうか。張り詰めた空気に、唾を飲み込むのさえ阻まれた。

「浩太……」

 夕凪が誘うように鼻にかかった声でそう呼ぶと、サイドブレーキを引き忘れた車の様にゆっくりと沢柳の顔が近づいてきた。唇と唇が触れ合ったとたん、急(せ)いたように沢柳が舌を捩じ込んできた。

 先日のような探りながらのキスではない。沢柳には、これが俺だと教え込んでいるような激しさがあった。角度を変えるたびに沢柳の眼鏡のフレームが夕凪の頬を擦った。

「うっ、ふ……ん。め、眼鏡っ。壊れちゃうよ」
「眼鏡の心配とは余裕だな」

 息の荒い夕凪に比べれば、にやりと笑う沢柳の方が随分と余裕に見える。

「なら、あんたが外してくれないか。あいにく俺はこっちが忙しい」
「えっ、あんっ」

 沢柳は夕凪のシャツの裾から両手を滑り込ませて、キャミソール越しに夕凪の体の線を辿っていった。夕凪は沢柳のスクエア型の眼鏡を両手でそっと外し、ゆっくりとソファーの下に置いた。

「なるほど。抑えなくてもいいと言うことだな。承知した」
「違う、そういう意味じゃっ」

 大人びて落ち着いた、優等生を匂わせていた沢柳の顔が、意地悪で少し幼げな顔に変わった。
 口元を鋭角に上げ夕凪を見下ろす。

 夕凪の心臓はドクドクと音をたてながら走り始めた。男とセックスをするのは初めてではないけれど、こんなにドキドキしたことはない。暴かれて濡らされて、揺らされて終わりの、単純な行為だと知っている。なのに、沢柳にはそれ以上の期待を持ってしまう。

「ねぇ、このまま最後まで、スるの?」

 色気のない言葉を発してしまう。

「あんたしだいと言いたいが、俺の方が抑えられそうもない。イヤ、か」

 じりじりと壁に押し当てられて、もう逃げ場はないんだよと言われているようだ。

「イヤ、じゃないけど……は困る」
「聞こえなかった。もう一度」
「だからっ。シテもいいけどナマで挿れられるのはコマリマス!」
「そういうことか」

 夕凪から沢柳の重みが消えた。
 体を起こした沢柳はズボンの後ろポケットから財布を出した。
 そして、

「あっ、そんなところに……」
「安心しろ。昨日買った新品だ。普通の動きならば破れたりしない」

 サラリととんでもない事を沢柳は言っている。夕凪は目をこれでもかとか大きく開けて「死角なしってこのことなの?」などと大混乱。

「いい年をした男女がデートをすれば、最終的に辿り着く先はココだろう?」

 人差し指と中指で挟んだ避妊具が夕凪の目の前を流れた。夕凪はぽかんと口を開けたままそれを目で追う。

「なんだか、負けた気分」
「勝ち負けじゃないだろ」
「こんな人、初めて」
「誰かと比べられるとは腹立たしいな。比べている暇がなくなるくらい……」
「なによっ」

 沢柳は夕凪をソファーから下ろすと、フローリングに敷かれたカーペットの上に組み敷いた。若草色のこの部屋で唯一可愛らしい色合いのもの。そこに夕凪の黒い髪が広がった。

「キレイだな、あんた」
「またあんたって、言ってる」
「あんたにはあんたが似合っている。夕凪」
「っ……。もうっ」

 沢柳からあんたと言われるのは嫌じゃない。そしてたまに投下される「夕凪」に心臓が掴まれたように苦しくなる。
 沢柳の口から紡がれる少し硬い言葉も、薄い表情から漏れる柔らかな笑みも好きだ。

(好き? 私、好きになったのかな)

「研修で港を案内されたとき、あんたの凛とした媚びない視線。そして、その晩あの峠であんたにケツを突かれかけた。あの時から俺は必ず木崎夕凪をものにしてやると、決めていた」
「わたしはっ」
「夕凪がなんと言おうと、もう離さない。諦めてくれ」
「なっ……!」

(強引ーー!)

 これまで付き合ってきた男も一方的に意見や取るべき行動を押し付けてきた。沢柳も彼らと同じなのだろうか。いや、違う気がする。沢柳の強引さの中には自分に対する好意や思いやりが含まれている。

「続きだ」
「んっ」

 反論は許さないと、沢柳は夕凪の弱い耳朶に唇を寄せた。少し湿った唇の感触と、かかる吐息が夕凪を狂わせる。もう十分と首をひねると、もっとしてと強請っているようにも思える。迫り上がる悦びが夕凪の思考も奪った。

 着ていた服がカーペットに散らばり夕凪も沢柳も裸体を晒し合う。カーテンの裾から煌々とした光が差し込む中、二人は体を重ねた。夕凪にとって男と肌を合わせるのは久しぶりで、ほんのり汗ばんだ感触にどうしようもない淫らさを覚えた。

淫猥いんわいだな」
「なに? どういう意味なの」
「淫らでだらしがないことを言う」
「なにそれ。そんな卑猥な言い方、やめて」
「どうしてだ。これからシようとしていることは、そういうことだ。それに、そういうあんたを見たい」
「……やっ」

 沢柳は膝で夕凪の脚を割った。
 密着していた肌を離すと、女性の象徴であるふたつの膨らみに視線が落ちる。夕凪はそんな沢柳の動きをただ目で追うだけだった。目で追うと、それだけで体に火がついていく。沢柳が辿っていった視線が導火線のように引かれ、止まった先に灯される熱。

「は、あっ……ぁ」

 沢柳は夕凪の両脇に手を添えて、右の乳房から確認するように唇で乳輪をなぞる。一周し終わると口をゆっくり開いて先端を含んだ。ぷくりと存在を主張している朱い実には触れないように。

 夕凪はたまらない。迫りくる快楽には確かな刺激が足りなかった。ゆるゆると、延々とよせる悦という波に我慢できず体を捩る。そうすると、沢柳の唇が僅かにソレに触れて夕凪は声を漏らした。

「ぁっ……ん」

 最後は奥歯をぎゅっと噛み締めた。
 まだ足りない、もっと強く、もっと激しく触れて。そんな綿で包むような甘やかしはいらないからと。夕凪は自ら胸を突き上げて沢柳の顔を見つめた。するとその気配に気づいた沢柳は視線だけを夕凪に向けた。
 沢柳のその瞳が弧を描いたと思うと、突然夕凪の体に電気が奔った。

「ああっ!」

 沢柳が夕凪の乳房にある朱い実に舌を絡ませたからだ。絡め取るように包み込んでは押し潰し、ついには唇で挟んで転がした。

「んっ…んっ」

 夕凪は声を必死で抑えた。でも、抑えれば抑えるほど込み上げるものの勢いが増していく。それを見た沢柳は左手で反対の乳房をすくい上げ、親指で先端を弾いた。

「やあっ」

 下腹部の奥が熱を持ち子宮の入り口がハクハクと呼吸を始めたのが分かった。まだ触れられていない脚のあわいの一番奥が、男のそれで埋めて欲しいと喘ぐ。

「夕凪。今のあんたは、淫らで美しい。俺の求める淫猥なさまがここにある」
「やっ、ぁ、っく」
「啼くのを我慢する姿も、たまらないっ」
「ひゃっ、あっ」

 蜜が溢れかえった窪みに沢柳の長く美しい指があてられた。夕凪は腰を揺らす。悲しいほどにヒクついて止まない隘路を、早く慰めて欲しくて。

「あぁ、すごいな。もう内側がうねっている」
「うっ、あっ……こう、たっ」
「あんたの体、もらうぞ」
「ん」

 沢柳は避妊具の袋を破り、張り詰めた男の象徴に被せた。沢柳自身も夕凪が欲しくて、味わいたくて仕方がなかった。恥じらいから声を抑えて、欲しいのに強請ることができないその姿に、理性など簡単に吹き飛ばされてしまいそうだった。

 グッ、と先端を押し付けられ夕凪は息を呑む。沢柳が夕凪の脚を大きく開いて持ち上げると、自身を奥へ沈めていく。あまり解されていないその道はとても狭い。けれど決して拒絶する反応はなく、早く来いと、もっと奥に来いと誘い込まれるようだった。

「はっ……っー」
「はああんっ」

 すべてを収めた瞬間、どちらからともなく声が上がった。沢柳にとって声を漏らすなんて皆無に等しかった。少なくとも今までは。

「夕凪……っ」
「はっ、はっ、ん、ああっ」

 女は男の昂ぶりを取り込むと、離すまいと優しく抱きしめる。抱きしめられた男の熱は、吐精感と死ぬ物狂いで戦う。

 最奥で抱きしめて、絡み合って求め合う。体が悦び、心が歓喜の声をあげる。

 二人の相性は恐ろしく良かったことは間違いない。熱い息が部屋に充満し太陽の匂いに浄化された。

「あんた、最高だ」

 はぁはぁと荒ぶる息を整えながら、男は女を抱きしめた。
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