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そして、愛
ここは国際コンテナターミナル
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「始めるぞ!」
鬼丈が会議から戻ってきた。
全員がミーティングルームに集合すると同時に、鬼丈は夕凪に数枚の紙を渡した。そこには本船の状況と入港時間、出港時間などが記されてあった。そして空欄に鬼丈が書きなぐった荷役の手順らしきものもある。
「木崎、ノーパソ持ってこい。俺が書いた手順を打ち直せ。急げ」
「はい」
逼迫した状況を思わせる鬼丈の声。あの映像と鬼丈の表情を見て、かなり難しい作業になると覚悟を決めた。
夕凪はノートパソコンを持ってきて、すぐに鬼丈が書いた文字を社内システムを介して起こした。打ち込んだ文字はクレーン運転士のマニュアルとなり、運転席の前方モニターに映し出される。手順の他に降ろすべきコンテナの位置や重量などのデータが展開図のように現れるのだ。
「木崎、打ち込みながら話は聞け。いいな」
「はい」
鬼丈が持ち帰った案はふた通りあった。
ひとつは、海上に突き出したコンテナだけを先に抜き出し、他の倒れたコンテナを起こしてから降ろす。
ふたつめはそれが難しいと判断された場合、問題のコンテナが落下しないようワイヤーで固定する。そしてその他のコンテナから先に降ろす。
通常であれはきちんと並んだコンテナの四方を機械でホールドして持ち上げる。しかし、今回はそれができない。ホールドは水平だから可能な荷役だ。倒れているコンテナは互いにロックされており簡単に起こすことはできないだろう。
そのロックを外し、キリンが下げたワイヤーを誘導する人間が必要になる。バランスを崩し互いに負荷を掛け合った、たくさんのコンテナの間に生身の人間が立つのだ。
「いつもより多くの人間がうろつくわけだ。二次の事故だけは絶対に起こすわけにはいかない。今回の荷役はベテランから選ぶ。それでもかなり神経を使うだろうから、二名一組のペアで運転席に上がってもらう。運転士は操縦に集中し、もう一人は手順確認と周囲の動きの監視だ」
夕凪はパソコンを操作しながらそれを聞いた。鬼丈は集中力の限界を考慮してニ時間したら交代すると言った。普段は終わるまで乗りっぱなしだけれど、それだけ負担が大きいということを表していた。
「出港時間は変えられない。リミットは着岸してから、午後一時まで。着岸の時間しだいになるが……恐らく四時間だろう。おまえら、しっかり頼んだぞ」
「はいっ!」
夕凪は予備運転士として、現場に入る。下で待機するトレーラーの誘導を補佐することになった。
夕凪は正直なところ少しだけホッとしている。あの貨物船の荷役から外されたからだ。あんなに運転に自信があったのに、男には負けたくないと突っ張っていたのに、あの映像を見たら体が竦んだ。
自分のせいで港湾全体に迷惑をかけてはいけない。操作ミスで生身の人間を傷つけてはならない。この港湾で唯一と言われたエースガンマンである鬼丈の名を傷つけることは、絶対にしたくなかった。
夕凪たちは鬼丈の説明を受けて貨物船が入るターミナルAに全員で行った。ここで働く者ならば目を瞑ってでも歩ける場所。ここにあの化物のような姿になった船が着く。
24時間、ほぼ年中無休で稼働しているこの国際コンテナターミナルは開港して以来、初の荷崩れコンテナ船復旧作業を行おうとしていた。
「木崎、お前もしかしたら初めてか。夜間の現場は」
「あ、はい。7年もキリンに乗ってるのに、夜間シフトに未だ入れてもらえません」
「まあ、がんばれよ」
先輩ガンマンはちょっと拗ねた夕凪の肩をトントンと叩いて励ました。
初めの頃、夕凪は鬼丈に夜間シフトに入れて欲しいと何度も食い下がった。しかし、毎回言われるのは同じ事。
『ケツの青いガンマンに夜のキリンは扱えねえ。イヤならよその会社に行け。お前みたいなのを雇ってくれる会社があるなら、拝んでみたいけどな』
酷い言われようだった。自分が女だからそんなふうに言われるのだと思い、雇用均等法を楯にしてみたこともあった。
『女に拘ってるのはお前じゃないのか? 笑わせんな』
以来、夕凪は鬼丈のシフトの組み方について何も言わなくなった。キリンそのものから引き摺り下ろされては、どこにも行き場がないから。
キリンに乗れるだけ幸せなのだと言い聞かせて。
鬼丈の本意は、また別のところにあるのことを男たちは夕凪に隠していた。夕凪がそれを知ったら、キリンに乗ることを恐れるかもしれないからだ。
まだ、夜間シフトに夕凪を組み込む体制が、このターミナルには整っていない。夜のコンテナターミナルは死角だらけの危険な場所。夕凪をここに一人で立たせたくないと言う思いは、男たちの共通の認識だった。
「先輩。夜のターミナルって、キレイですね」
「そうか? あんまり考えたことないな」
赤とオレンジの中間の淡い色。少し離れた場所から見るとゴールドのようにも見える。トレーラーのエンジン音とタイヤが擦れる音、キリンが出す幾通りかの機械音。降ろしたコンテナを掴んで、所狭しと走り回るストラドルキャリア。
その全てで奏でる音が夕凪には心地良かった。
ウイーン……プシュー
ピーッ、ピーッ、ピーッ、ガシャン
ウウウーー、シュー
キュルキュルキュル
潮風に乗ってそれらの音がターミナルを駆け抜けて、人々が乗せた、たくさんの思いが世界中に散らばる。何気なく使っているもの、口にしているものは世界の何処かで誰かが作って、世界の何処かの誰かが送り出す。それを世界の何処かの誰かが受け取る。
その中に自分もいる。夕凪が孤独から脱したいときに来るのは港だった。だって、寂しくないから。煩くて忙しくて目まぐるしいこの場所には、たくさんの人の温もりを感じることができるから。
「木崎!」
「はい」
鬼丈が夕凪を呼んだ。
「なんでしょうか」
「お前帰れ。もうこんな時間だ、すまん」
腕時計に目をやると日付けが変わる少し前に夕凪はハッとした。あれからスマホを確認していない。慌ててポケットから出して確認すると、自分が沢柳に送ったメッセージの返信で『分かった。帰る前に連絡をくれ』それ以降は催促のメッセージも電話の着信もなかった。
沢柳のことだ。忙しい夕凪に気を使ってじっと待っているのだろう。
「課長。このあとは」
「入港が早くなるかもしれなから……泊まりだな」
「え、じゃあ私も泊まります。自分だけ帰る選択はありません」
「けどお前、待ってるんじゃないのか。その、一緒に住んでる彼氏が」
「そうですけど、皆さんだってご家族が待ってるじゃないですか。同じですよ」
「あー、もう分かった。好きにしろ。その代わり勝手にうろつくな、俺から離れるな。お前は俺の下僕だ朝までは!」
「下僕ってなんですか!」
「煩え、さっさと電話してこい!」
鬼丈に怒鳴られた夕凪は、少し離れところに移動して沢柳に電話をすることにした。
仕事のことで頭の中はいっぱいで、鬼丈に言われるまで気付かなかった。彼女失格……。そんな言葉が心の中で木霊した。
『夕凪か』
「浩太」
呼び出して直ぐに沢柳の声が聞こえた。いつもと変わらない落ち着いた声。でも、こんなに早く取ったということは、夕凪からの連絡を今か今かと待っていたということ。
「ごめんね。なかなか連絡できなくて、こんな時間になっちゃった」
『いや、大丈夫だ。帰ってこれるのか? なんなら迎えに行く』
「あのね、まだ帰れそうにないの。荷崩れしたコンテナ船の入港が早まるかもしれなくて。だから、明日のお昼までは帰れないの。ごめんね、本当にごめんなさい」
『そうか、分かった』
沢柳はあっさりしていた。でも、夕凪には冷めたようには聞こえなかった。沢柳は夕凪に余計なプレッシャーをかけないようにしているのかもしれない。そんな事なら早く言ってくれよと怒られても仕方がないのに、沢柳はそんなふうに言わなかった。
なぜか夕凪は泣きたくなった。
「浩太……、怒らないの?」
『なんで俺があんたを怒るんだ』
「だって、待ってたでしょ? ご飯作って、お風呂も入れて。食べずに待ってたでしょ?」
『いや、食べたし風呂も入った。あんたには悪いがもうベッドの上だ。もう少し遅かったら眠っていたな。それより、夕凪。少しでも睡眠をとるんだぞ。不眠でキリンから落ちたら洒落にならん』
(……嘘っ。浩太、嘘つき。嘘ばっかり)
「うん。ありがとう。じゃあ明日ね。おやすみなさい」
『ああ。おやすみ』
夕凪は通話が終了しても、耳からスマホを離すことができなかった。高く積み上げられたコンテナを見上げたまま瞬きもせずに立ち尽くす。
ここは、ターミナルで働く者たちにとって戦場だ。戦場で涙を流す者は去らなければならない。喉の奥までこみ上げた熱をゴクンと呑み込んで、湧き上がるものを抑え込んだ。
「こうた……」
その名前を口にするだけで体中が熱くなる。
彼の姿を思い浮かべるだけで張り詰めた気持ちがふっと緩む。
あの口から紡がれる言葉の一つ一つに心が震える。
「木崎! 行くぞー!」
「はーい。今、行きます!」
ツツーッと一筋、顎に伝い落ちる雫を夕凪は無意識に作業着の袖で拭った。
(もう大丈夫!)
自分に言い聞かせて鬼丈のもとに駆け寄った。
「すみません。終わりました」
「おう……。お前っ、このやろー」
「え、何するんですかぁ!」
鬼丈が夕凪の頭をゴツい大きな手でぐしゃぐしゃに掻きまわした。きっちり結んだ髪の毛が台無しになる。
「あんまりオッサンを弄ぶな」
「意味がわかりません!」
ターミナルに鬼丈と夕凪のいつもの声が響き渡った。
鬼丈が会議から戻ってきた。
全員がミーティングルームに集合すると同時に、鬼丈は夕凪に数枚の紙を渡した。そこには本船の状況と入港時間、出港時間などが記されてあった。そして空欄に鬼丈が書きなぐった荷役の手順らしきものもある。
「木崎、ノーパソ持ってこい。俺が書いた手順を打ち直せ。急げ」
「はい」
逼迫した状況を思わせる鬼丈の声。あの映像と鬼丈の表情を見て、かなり難しい作業になると覚悟を決めた。
夕凪はノートパソコンを持ってきて、すぐに鬼丈が書いた文字を社内システムを介して起こした。打ち込んだ文字はクレーン運転士のマニュアルとなり、運転席の前方モニターに映し出される。手順の他に降ろすべきコンテナの位置や重量などのデータが展開図のように現れるのだ。
「木崎、打ち込みながら話は聞け。いいな」
「はい」
鬼丈が持ち帰った案はふた通りあった。
ひとつは、海上に突き出したコンテナだけを先に抜き出し、他の倒れたコンテナを起こしてから降ろす。
ふたつめはそれが難しいと判断された場合、問題のコンテナが落下しないようワイヤーで固定する。そしてその他のコンテナから先に降ろす。
通常であれはきちんと並んだコンテナの四方を機械でホールドして持ち上げる。しかし、今回はそれができない。ホールドは水平だから可能な荷役だ。倒れているコンテナは互いにロックされており簡単に起こすことはできないだろう。
そのロックを外し、キリンが下げたワイヤーを誘導する人間が必要になる。バランスを崩し互いに負荷を掛け合った、たくさんのコンテナの間に生身の人間が立つのだ。
「いつもより多くの人間がうろつくわけだ。二次の事故だけは絶対に起こすわけにはいかない。今回の荷役はベテランから選ぶ。それでもかなり神経を使うだろうから、二名一組のペアで運転席に上がってもらう。運転士は操縦に集中し、もう一人は手順確認と周囲の動きの監視だ」
夕凪はパソコンを操作しながらそれを聞いた。鬼丈は集中力の限界を考慮してニ時間したら交代すると言った。普段は終わるまで乗りっぱなしだけれど、それだけ負担が大きいということを表していた。
「出港時間は変えられない。リミットは着岸してから、午後一時まで。着岸の時間しだいになるが……恐らく四時間だろう。おまえら、しっかり頼んだぞ」
「はいっ!」
夕凪は予備運転士として、現場に入る。下で待機するトレーラーの誘導を補佐することになった。
夕凪は正直なところ少しだけホッとしている。あの貨物船の荷役から外されたからだ。あんなに運転に自信があったのに、男には負けたくないと突っ張っていたのに、あの映像を見たら体が竦んだ。
自分のせいで港湾全体に迷惑をかけてはいけない。操作ミスで生身の人間を傷つけてはならない。この港湾で唯一と言われたエースガンマンである鬼丈の名を傷つけることは、絶対にしたくなかった。
夕凪たちは鬼丈の説明を受けて貨物船が入るターミナルAに全員で行った。ここで働く者ならば目を瞑ってでも歩ける場所。ここにあの化物のような姿になった船が着く。
24時間、ほぼ年中無休で稼働しているこの国際コンテナターミナルは開港して以来、初の荷崩れコンテナ船復旧作業を行おうとしていた。
「木崎、お前もしかしたら初めてか。夜間の現場は」
「あ、はい。7年もキリンに乗ってるのに、夜間シフトに未だ入れてもらえません」
「まあ、がんばれよ」
先輩ガンマンはちょっと拗ねた夕凪の肩をトントンと叩いて励ました。
初めの頃、夕凪は鬼丈に夜間シフトに入れて欲しいと何度も食い下がった。しかし、毎回言われるのは同じ事。
『ケツの青いガンマンに夜のキリンは扱えねえ。イヤならよその会社に行け。お前みたいなのを雇ってくれる会社があるなら、拝んでみたいけどな』
酷い言われようだった。自分が女だからそんなふうに言われるのだと思い、雇用均等法を楯にしてみたこともあった。
『女に拘ってるのはお前じゃないのか? 笑わせんな』
以来、夕凪は鬼丈のシフトの組み方について何も言わなくなった。キリンそのものから引き摺り下ろされては、どこにも行き場がないから。
キリンに乗れるだけ幸せなのだと言い聞かせて。
鬼丈の本意は、また別のところにあるのことを男たちは夕凪に隠していた。夕凪がそれを知ったら、キリンに乗ることを恐れるかもしれないからだ。
まだ、夜間シフトに夕凪を組み込む体制が、このターミナルには整っていない。夜のコンテナターミナルは死角だらけの危険な場所。夕凪をここに一人で立たせたくないと言う思いは、男たちの共通の認識だった。
「先輩。夜のターミナルって、キレイですね」
「そうか? あんまり考えたことないな」
赤とオレンジの中間の淡い色。少し離れた場所から見るとゴールドのようにも見える。トレーラーのエンジン音とタイヤが擦れる音、キリンが出す幾通りかの機械音。降ろしたコンテナを掴んで、所狭しと走り回るストラドルキャリア。
その全てで奏でる音が夕凪には心地良かった。
ウイーン……プシュー
ピーッ、ピーッ、ピーッ、ガシャン
ウウウーー、シュー
キュルキュルキュル
潮風に乗ってそれらの音がターミナルを駆け抜けて、人々が乗せた、たくさんの思いが世界中に散らばる。何気なく使っているもの、口にしているものは世界の何処かで誰かが作って、世界の何処かの誰かが送り出す。それを世界の何処かの誰かが受け取る。
その中に自分もいる。夕凪が孤独から脱したいときに来るのは港だった。だって、寂しくないから。煩くて忙しくて目まぐるしいこの場所には、たくさんの人の温もりを感じることができるから。
「木崎!」
「はい」
鬼丈が夕凪を呼んだ。
「なんでしょうか」
「お前帰れ。もうこんな時間だ、すまん」
腕時計に目をやると日付けが変わる少し前に夕凪はハッとした。あれからスマホを確認していない。慌ててポケットから出して確認すると、自分が沢柳に送ったメッセージの返信で『分かった。帰る前に連絡をくれ』それ以降は催促のメッセージも電話の着信もなかった。
沢柳のことだ。忙しい夕凪に気を使ってじっと待っているのだろう。
「課長。このあとは」
「入港が早くなるかもしれなから……泊まりだな」
「え、じゃあ私も泊まります。自分だけ帰る選択はありません」
「けどお前、待ってるんじゃないのか。その、一緒に住んでる彼氏が」
「そうですけど、皆さんだってご家族が待ってるじゃないですか。同じですよ」
「あー、もう分かった。好きにしろ。その代わり勝手にうろつくな、俺から離れるな。お前は俺の下僕だ朝までは!」
「下僕ってなんですか!」
「煩え、さっさと電話してこい!」
鬼丈に怒鳴られた夕凪は、少し離れところに移動して沢柳に電話をすることにした。
仕事のことで頭の中はいっぱいで、鬼丈に言われるまで気付かなかった。彼女失格……。そんな言葉が心の中で木霊した。
『夕凪か』
「浩太」
呼び出して直ぐに沢柳の声が聞こえた。いつもと変わらない落ち着いた声。でも、こんなに早く取ったということは、夕凪からの連絡を今か今かと待っていたということ。
「ごめんね。なかなか連絡できなくて、こんな時間になっちゃった」
『いや、大丈夫だ。帰ってこれるのか? なんなら迎えに行く』
「あのね、まだ帰れそうにないの。荷崩れしたコンテナ船の入港が早まるかもしれなくて。だから、明日のお昼までは帰れないの。ごめんね、本当にごめんなさい」
『そうか、分かった』
沢柳はあっさりしていた。でも、夕凪には冷めたようには聞こえなかった。沢柳は夕凪に余計なプレッシャーをかけないようにしているのかもしれない。そんな事なら早く言ってくれよと怒られても仕方がないのに、沢柳はそんなふうに言わなかった。
なぜか夕凪は泣きたくなった。
「浩太……、怒らないの?」
『なんで俺があんたを怒るんだ』
「だって、待ってたでしょ? ご飯作って、お風呂も入れて。食べずに待ってたでしょ?」
『いや、食べたし風呂も入った。あんたには悪いがもうベッドの上だ。もう少し遅かったら眠っていたな。それより、夕凪。少しでも睡眠をとるんだぞ。不眠でキリンから落ちたら洒落にならん』
(……嘘っ。浩太、嘘つき。嘘ばっかり)
「うん。ありがとう。じゃあ明日ね。おやすみなさい」
『ああ。おやすみ』
夕凪は通話が終了しても、耳からスマホを離すことができなかった。高く積み上げられたコンテナを見上げたまま瞬きもせずに立ち尽くす。
ここは、ターミナルで働く者たちにとって戦場だ。戦場で涙を流す者は去らなければならない。喉の奥までこみ上げた熱をゴクンと呑み込んで、湧き上がるものを抑え込んだ。
「こうた……」
その名前を口にするだけで体中が熱くなる。
彼の姿を思い浮かべるだけで張り詰めた気持ちがふっと緩む。
あの口から紡がれる言葉の一つ一つに心が震える。
「木崎! 行くぞー!」
「はーい。今、行きます!」
ツツーッと一筋、顎に伝い落ちる雫を夕凪は無意識に作業着の袖で拭った。
(もう大丈夫!)
自分に言い聞かせて鬼丈のもとに駆け寄った。
「すみません。終わりました」
「おう……。お前っ、このやろー」
「え、何するんですかぁ!」
鬼丈が夕凪の頭をゴツい大きな手でぐしゃぐしゃに掻きまわした。きっちり結んだ髪の毛が台無しになる。
「あんまりオッサンを弄ぶな」
「意味がわかりません!」
ターミナルに鬼丈と夕凪のいつもの声が響き渡った。
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