キリンのKiss

ユーリ(佐伯瑠璃)

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そして、愛

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 沢柳の家を出た二人は特に何を話すこともなく、停めてあった駐車場にたどり着いた。
 陽はずいぶんと西に傾いて、遠くの空がオレンジ色のカーテンを引き始めた。

「少し、走るか」
「うん」

 夕凪は自分を卑下しているつもりはない。だからといって胸を張って自慢できるかと言えばそうではない。一人で生きていくためにも男の人より強くありたかった。意地を張って我慢して、唇を噛み締めていればその努力は報われると信じていたから。
 当然そこに、恋愛という言葉は含まれていない。でも、今は隣に沢柳がいる。自分を好きだと言ってくれた。生まれ育った環境の、そのままの自分を受け入れたいと言ってくれた。それも、祖父の遺影と一緒に。

 今の夕凪の気持ちはとても朗らかだった。沢柳とならずっと並んで歩けるような気がしたから。いや、そうしていたいと思えたから。


 車が海岸沿いを走り始めると、対岸に夕凪の見慣れたコンテナ船のターミナルが現れた。休日のガントリークレーンたちは首を起こして仲良く寄り添っているように見える。赤と白の模様をしたキリンは、遠くから見るととても可愛い。

 沢柳はパーキングエリアに車を頭から停めた。すると、車のフロントガラスに夕凪の相棒たちがスッポリと収まった。

「本当にキリンに見えるんだな」
「そうなの。意外と可愛いでしょう? 働き者で力持ち、頼りになるキリン」
「なんで、クレーン運転士になろうと思ったんだ。なかなか特殊な仕事だと思うんだが」
「子供のときにね、一回だけおじいちゃんと二人で動物園に行ったの。その時、象乗り体験があって並んでたんだけど、隣の檻にキリンがいるのを見てしまって、キリンに乗りたいって大騒ぎして……」

 もしかしたら夕凪の初めての我儘だったかもしれない。駄々をこねて、多くの人の前で泣きじゃくった。大きな象の背中より首の長いキリンにどうしても乗りたかった。叱られるのを覚悟で祖父の腕を振り払って檻の前に来た。でもキリンに乗れるはずはなかった。

「乗れないって分かってたの。だけどもう引けなくて。そしたらキリンさんが長い首を折ってね、わたしの顔を舐めたの。びっくりして涙が止まった」

 夕凪はあの時のことを今でもはっきりと覚えている。キリンの優しい黒の瞳がゆっくり近づいて来て、泣かないでと何度か瞬きをしたことを。虚ろにも見える瞳にはたくさんの光が映って見えたことを。

 それから中学を卒業する頃、港で働く男たちの特集をテレビで見た。

 夕凪が釘付けになったのは男たちにではなく、大きなクレーン。それがガントリークレーンだった。愛称がキリンと知り、再び夕凪の中に熱が宿った。キリンがコンテナ船の背中に向かって首を水平に傾ける姿が、キスをしているように見えた。あの時、自分の顔を優しく舐めたキリンが脳内で蘇り重なる。

「ガントリークレーンを見たときに、ああキリンに乗れるんだって感動したの」
「今では立派なキリン使いだな」
「キリン使い!?」
「ああ」

 沢柳は言い終わったあと、夕凪の頬にかかる髪を指で梳くように後ろに撫でた。夕凪の丸みおびた耳が顔を出す。そこに沢柳はキスをした。

「浩太っ」

 沢柳は夕凪の唇にもキスをする。そして助手席に座る夕凪の背に腕を回し、自分に引き寄せた。でも二人をサイドブレーキが邪魔をして、思うように密着できない。
 沢柳はリクライニングレバーを強く引き、一気に夕凪が座っているシートを後ろに押し倒した。

 ガッ……ガダッ!

「きゃっ」

 沢柳にしては乱暴な倒し方だと、夕凪の鼓動がドクドク、ドクドク大きな音をたて始めた。

 シートが重みで擦れる音がすると、沢柳は夕凪に被さるように体を沈めた。この86GTはスポーツ走行によるGにも耐えられるように、シートバックとクッション性に優れている。包み込まれているような安心感があった。でも逆に、外から故意に覗き込まれない限り誰が座っているのか分かりにくい。今みたいにシートを倒されたら尚のこと。

「あんた、俺を煽るのがうまいな」
「いつ、わたし、煽ったの」
「もうずっと煽られている。あんたの泣きそうな顔や、昔を懐かしんで輝く瞳。あのキリンを操る姿を想像しただけで俺はっ」
「ん、ふっ」

 普段の沢柳とは違い性急だった。唇と唇が触れたと思ったら、端からすぐに舌が入って来た。
 夕凪は激しく蠢く沢柳の舌についていくことができず、ときどき息継ぎをすることしかできなかった。唾液が垂れていく感触を痺れた脳が教えてくれる。でも拭う暇はない。

 夕凪はシートからも包み込まれ、上から沢柳に隠すように覆われている。

「は、あっ。まっ、て。こうた」

 沢柳の手は明らかに意思を持って脇腹から腹部へ、そして太腿へと移動をしていく。夕凪はキュと脚に力を入れた。けれどそれも虚しく、沢柳は手を夕凪の太腿の間に簡単に挿し込んでしまった。夕凪の薄手のカーゴパンツは沢柳の掌の熱を正確に伝える。

「あっ、ダメ」
「なにがダメなんだ。具体的に、説明してくれ」

 説明しろと言いながら、夕凪へのキスはやめない。耳朶に歯を立てたり、その付け根を舌で舐めたりする。夕凪が開いた口からは吐息が漏れるだけだった。

「あっ、はぁ。んっ」

 今度はシャツの下で沢柳の指先が怪しげに彷徨う。そして容赦なく夕凪のインナーをズボンから引き出した。ひゅっと肌に外の空気が触れて夕凪は少し身震いをした。

「寒いか。すぐ温める」
「えっ、やだっ。こうたぁ」

 沢柳の手はあっという間に這い上がり、夕凪のブラジャーを押し上げた。服の下で晒されることの恥ずかしさは夕凪自身、まだ経験したことがなかった。
 沢柳の指が胸の突起を掠めると、夕凪は堪らず体を捩る。声も抑えられない、何とか逃れたいけれど、この狭いシートの上ではそれも叶わない。心だけが焦がされて、そのうちに思考が蕩けていく。

「あっ、ん。あっ、んっ、んっ」

 子猫のような鳴き声が沢柳の耳を刺激する。夕凪はとうとうシャツを捲られて、その頂に熱を持った沢柳の唇があてられた。

「はぁっ。もう、やだっ、だめなのぉ。こうたぁ、こうたぁ」

 もどかしい刺激が辛くて夕凪は沢柳に求める。もっと確かな悦をちょうだい、もっとちゃんと私を奪ってと、心の中で訴える。

「夕凪」
「浩太」

 夕凪は自分の両腕を沢柳の首に回してクッと引き寄せて「お願い」と吐息混じりに囁いた。

 






 海沿いの寂れた通りには昔からある少し古びた男女が愛を交わす場所がある。辛うじてまだ営業していますといった雰囲気のピンク色の看板を上げたホテル。今どきこれかと言いたくなる簾を車ごと潜るホテル。

 でも、二人には関係なかった。一時間走って帰る余裕なんてない。何処でもいい、でも、誰にも見えない屋根の下がよかった。

 シャワーなんて浴びたくない。誰が選んだかわからないソープで体を洗うよりも、汗まみれのそのままの体を味わいたい。二人は部屋に入って鍵をかけると縺れながらベッドに倒れ込んだ。

「浩太っ、ああっ。浩太」
「逃げたりしない。いや、逃さない」

 破れるかもしれない。そんな勢いで沢柳は夕凪の服を剥ぎ取る。逃さないと宣言した通り、夕凪を瞳で圧しながら自分も服を脱いだ。

 ギシ……
 古びたダブルベッドが軋む。

 沢柳は夕凪の唇にキスをしたあと、迷うことなく自身の手を夕凪の脚のあわいの更に奥へ忍ばせる。今日、初めて触れるそこはヌルヌルと愛液で溢れ、沢柳の指を優しく包み込んだ。

「待たせたようだな」
「違うもん。待ってな、ああっ」

 まだ逆らう言葉を持っている夕凪を叱るように、沢柳の指は隘路を貫いた。
 間違いなく待ち望んでいた悦に夕凪は仰け反る。もっと奥に来てと言わんばかりに、膝を立て沢柳が動きやすいように腰をひねった。夕凪のその動きに沢柳は思わず目を細める。

 あまり愛撫をしていないのに、中から溢れるものは止まらない。膣壁が沢柳の指を絡め取り奥へと誘い込む。これ以上は進めない場所まで来ると、悲しそうにヒクヒクとそこが波打つ。溢れる蜜は沢柳の手首まで伝った。

「夕凪。悪いがもう、いいか」

 夕凪はガクガクと頷く。
 こんなにも求められいる。そう思えば男の芯はハチきれるほど膨張し、熱く燃え滾る。早く女に抱きしめられたいと、先奔る。

 確かに夕凪が頷いたのを確認して、沢柳はベッドに備え付けの避妊具に手を伸ばした。

「待って」
「どうした」
「それ、怖い。破れたり、しない?」
「……大丈夫だろ」

 夕凪にそのコンドームは嫌だと言われても、残念ながら自前のものは無い。やめるとして夕凪はシャワーで流せば問題ない。しかし、自分のコレは簡単に鎮まりそうにない。

(どうする……シャワールームで抜くか)

 沢柳は頭の中で考えた。どうするのが一番いいのかを。

「浩太? 浩太っ」
「はっ、すまない。止めるか」
「いや、止めないで」
「ならば、コレを使うぞ」
「貸してっ!」
「おいっ」

 夕凪は沢柳が開けようとした避妊具を奪い遠くに投げた。沢柳は一瞬何が起きたのか分からず、投げられたそれをただ見つめるだけだ。
 夕凪はゆっくり起き上がると、沢柳の顔を自分に向けた。驚いたままの沢柳はされるがまま振り返った。

「浩太、アレはいらない。知らない人が準備したの使いたくない」
「しかし持ち合わせはないぞ、だったら止めるしか」
「イヤ」
「夕凪?」

 夕凪は人が変わったように、強烈な意思をもつ瞳で沢柳を見上げた。

(言わなくても分かってよ、今日だけだから。今日だけでいいから、そのままの貴方をちょうだい)

 沢柳はゴクンと唾を飲み込んだ。浮かび上がった喉仏がゆっくりと下がる。

(本気で言っているのか)

 沢柳はゆっくりと夕凪を押し倒した。濡れて光るそこに昂ぶる自身を擦り付けて本当にいいのかと最終確認をした。

「いいの。……きて」
「万が一、が起きても俺はあんたとその子を離さない」
「うん」

 沢柳は夕凪に口付けた。

 沢柳は夕凪の長い脚を押し広げ、ゆっくりと中へ押し進める。どんなに技術が進んで、0.01ミリの世界がゼロに等しいと言われても、本物のゼロの感触には勝てない。
 初めて直接感じた夕凪の温もりに沢柳は鳴いた。

「ぁ……くっ」
「んっ、あん。あっ」

 挿れただけで弾けてしまいそうだった。目の前がスパークして無心に突きたくなる。マシーンのように腰を前後に振る動作を頭の中にとどめて、奥歯が擦り潰れるほど強く噛み締めた。

「あんたのナカ、良すぎてもたないっ。許して、くれっ」
「あっ、あっ、イイ、浩太っ。私もイイのぅ」

 夕凪の善がりを目の当たりにして、沢柳の理性という細い線はプツンと切れた。

 もう逃れられない、そう思ったのは沢柳の方だった。始めて見たときから手に入れたかった女に、身も心も囚われる。男の全てが震え、その奥に愛を放った。

「ゆう、な……っ」
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