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番外編(青き日々)

運動会、自衛官の名にかけて! 其の一

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 自衛隊の福利厚生も年々手厚くなり、男性隊員にも育児休暇が与えられるようになった。とはいえ、現場のことを考えると男性隊員が育児休暇を取得するのは容易ではない。そのあたりは民間で働く男性と変わりはなかった。
 事務仕事の多い部隊と現場で身体を使う部隊とら状況が異なる。どうしても家庭を持つと女性に負担がかかるのは避けられなかった。
 さて、安達はどうだろか。
 妻が出産する時は演習と重なり病院に行くことができなかったが、上官の配慮で出産報告を駐屯地から通信班経由で現場で受け取ることができた。お陰で演習終了後に全身偽装した草だらけの男たちから胴上げをされてしまうはめになった。
 安達は仲間に恵まれていたのだ。
 子どもは3人授かり、長男、長女、二男と安達家は賑やかになった。

 そして、長男が就学した最初の年。
 同じ校区に通う子どもを持った自衛官たちは、何やら不思議な行動を始める。それは、部隊長や司令クラスの幹部にまでに及んでいた。

「さーてと、今年もやっちゃいますか!」
「くじ引きか、それとも……」
「勝ちに行くんだから、そりゃ選抜しなきゃならないだろ。おい、総務に頼み込んでリスト作れ。今年は衛生隊の当番だ」
「了解!」

 安達は先輩たちの不思議な会話を聞きなら、課業にあたっていた。気になるのはなんの当番が回ってきたのかということだ。
 安達は応急セットを整えながら先輩に問いかけた。

「うちが当番らしいですが、いったい何の」
「そうか、安達は初めてだな! ほら、小学校の運動会があるだろ? プログラム知ってるか」
「いえ、知りません。まあ一年生なのでかけっこしてダンスして、ぐらいじゃないですかね」
「うん、そのプログラムじゃないんだな」
「え、どのプログラムですか」
「父兄参加型の競技があるんだよ」
「そういえば自分が子どもの時もありましたね。今もやっているんですか」
「最近は父兄の怪我が多くてな、取りやめにした学校がほとんどなんだが、うちの校区は別だ」
「へえ、そうなんですね」
「いいか? 俺たちの子供は全員同じ学校に通っている。ちなみに空自の基地も校区内にある。ということは父兄に自衛官が多い」
「はい」
「怪我の心配は無用だ」
「はあ」

 安達はいまいちピンとこない表情で返事をかえした。すると先輩は、悪い笑みを浮かべこう言った。

「リレー、障害物競走、棒引き、騎馬戦。先生方も期待しておられるよ。俺たちの戦いをな。ひっひっひっ」
「え……」


 ◇


 そして、運動会当日の朝。

「若菜、おにぎりはこうでいいか?」
「あら逞しいおにぎりさんね。もう少し、そうね半分の大きさにしてもらえます? 子どもたちのお口に入らないわ」
「そうだよな。すまん。えっと……これでどうだ」
「はい、それでお願いします」

 5時前から安達は若菜と運動会のお弁当作りをしている。3人の子どもに恵まれた安達家は長男が今年から小学生になった。はじめての大きな行事に長男ののぞむは運動会の練習を張り切っていた。
 普段は母親中心の生活に、今回は父親も参加するというから昨夜は興奮して大変だった。3歳になったばかりの凛花と眠る寸前まで布団で運動会の練習をするほどだ。
 1歳になった末っ子のまもるまで、キャーキャーと騒ぐまでの大騒動だった。

「よし、あとは詰めるだけね。四季さんありがとう。助かったわ」
「チビたちが起きてくる前に何とか終わりそうだな。昨夜は興奮していたが、今朝は大丈夫か?」
「ほんとよね。熱でも出てたら大変」
「見てくる」
「お願いします」

 安達は静かに家族が寝室として使っている畳の部屋を開けた。部屋の中の光景を確認した安達は、思わずふっと笑ってしまう。
 臨は走るような格好で布団を蹴散らしているし、凛花は逆さまになって丸まっている。守るがいちばんお行儀よく、タオルを口に当てながら眠っていた。

「もうすでに運動会じゃないか。どれ、主役は熱大丈夫かな?」

 安達は大きな手で臨の頭を挟むように触る。首の後ろもどれどれと触る。次に凛花、最後に末っ子の守。

「うむ。3人とも異常なし」

 子どもはすぐに熱を出す。どうしてか分からないが、男の子はとくにその傾向が強い。しかし、今朝は全員の平熱を確認した。
 あんなに楽しみにしていた運動会を熱で休むのはかわいそうだ。
 安達が部屋から出ようと子どもたちに背を向けた時、もぞもぞと動く気配を感じた。

「とうちゃん、朝?」
「臨、まだ寝ていていいぞ。すまん、起こしたな」
「晴れてる? 雨、降ってない?」
「大丈夫だ! いい天気だぞ」
「やったー。ぼく、もう起きる! 顔洗って着替えてご飯食べる!」
「そうか。じゃあ、凛花や守が起きないように静かに出ておいで」
「うん、わかった」

 臨はまだ眠いはずだ。目をゴシゴシこすりながら起き上がったし、いつもなら起きる時間ではない。しかし、自分から行動を起こすほど今日を楽しみにしていたのだろう。安達はたまらず臨の頭をひとなでした。

(晴れてよかった。雨で延期なんてなったら、落ち込んでいただろうさ)


「行ってきます!」
「忘れ物はない? 体操服、赤白帽子、タオル、水筒……それから」
「かあちゃん、大丈夫! 全部ある!」
「さすがね。じゃあ、お父さんと後から行くから頑張ってね」
「はい!」

 臨は玄関で見事な敬礼を安達と若菜に向けて出て行った。誰に教わったわけでもない敬礼は、肘の角度やぴんと伸びた指先から陸上自衛隊のそれそのものだ。

「まったく臨のやつ、どこで覚えたんだよ」
「敬礼のこと?」
「ああ。まあまあサマになっていた」
「うふふふ。ご近所さん全員自衛官ですもの、仕方がないわ」
「おかあーさん、まもたんエンエンしてる」
「あらま、お腹すいたのかしらね。教えてくれてありがとう」
「ちがうー。おむつ」
「あー、はいはい」
「パパ! りんのとこきてー。おきがえする」
「うむ、わかった」

 長女の凛花は末っ子の守をよく見ている。小さいながらもお姉さんをしっかりと発揮していた。守はお母さん、凛花はお父さんと状況をきちんと見極めているのも感心してしまう。

「凛花、今日はどれを着るんだ?」
「にいたん、うんどうかいだから。りんもうんどうかいのきる」
「凛花の運動会用の服はどれだ」
「四季さん、そこに。たたんである、それです」
「これか、なるほど」

 前日に凛花が選んだものを、枕元に畳んでおいてあった。安達はそれを凛花に渡す。

「自分で着られるかな?」
「うん! ひとりできる」
「すごいな凛花。ひとりで着られるようになったのか」
「パパも」
「そうだな、パパも着替えるか」
「じえいたいさん?」
「あはは。今日は自衛隊さんじゃないぞ」

 自分が出勤したあと、若菜は一人で子どもを見ながら家事をしているのだ。それを思うと頭が上がらない。
 若菜は決して安達に愚痴を言ったり、八つ当たりをしたりしない。不満もたくさんあるだろうに、いつもあの笑顔である。
 だから安達は、せめて休みの日は自分も積極的に家事に参加しなければと思っている。
 若菜の笑顔が曇らないように。

「さあ、みんな着替えたら朝ごはんを食べましょう。臨がまだかなーって待ってるわ」
「はーい」

 この校区は場所取りをしなくていい。
 地域ごとに応援席の区画を分けているため、開門ダッシュなどというお父さんの仕事はない。
 そのかわり、設営の手伝いと父兄のプログラムに参加することになっている。

「四季さんも、怪我をしないようにね」
「準備運動はしっかりするよ。あと、救護係の手伝いもあるんだ。ときどき席を外すかもしれない」
「大丈夫よ。お母さんたちも来るから」
「そうだな」

 両方の両親が孫の運動会にやってくる。それはそれは大所帯だ。先輩たちが言うには、小学校の運動会とは思えないほどの熱戦が繰り広げられるらしい。
 それについては何となく想像がついた。何事にも熱くなる普通科連隊が課業後になにか作っていたし、連隊長までが全力で! と意気揚々と言うのだ。この日ばかりは階級など関係ない、いわゆる無礼講なのだと盛り上がっていた。

(なんだか、えらい祭りになりそうだな……)

 初めて迎える運動会。子どもが主役の運動会。そこに自衛官たちの熾烈な戦いがあることを安達はまだ知らない。
 みんなが笑顔になる楽しい運動会になればいい。
 そう安達は願っていた。
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