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本編

2、とりあえずのお見合いで

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 盛大にビールを吹き出した安達をよそに、叔母の京子は意気揚々と見合い相手の話を始めた。
 名前は萌木若菜。年齢は安達より二つ下で、短大を卒業後は家業を手伝っている。

「あのね、老舗お醤油屋さんの娘さんなの。エプロンが似合う可愛らしいお嬢さんよ。絶対にシー君が好きなタイプだと思うの」
「叔母さん、待ってください。そんな良いところのお嬢さんが、どうして俺と見合いするんですか。他にいくらでもいるでしょう。それにまだ見合いをするような年齢ではない気がします」
「年齢は関係ないわよ? それにそのお嬢さん、今までお付き合いしたことないみたいでね。自然恋愛はなかなか難しいらしくって」

 聞けば男性との付き合いをしたことがない、真っ新な21歳である。そんな純粋無垢な女性が、安達の顔を見たら泣くのではないか。

「そんなに大事に育てられた方だと、俺の顔を見たら泣いて帰るんじゃないですかね。しかも世間離れした仕事をしているし、向こうから断ってきますよ。行く意味あるのかな」

 どうにかして見合いを取り止めにできないか、安達は考えていた。彼女が欲しくないわけではないし、結婚もしたくないわけではない。
 だだ、

(今じゃないだろ……俺、結構忙しいんだよ)

 陸士から陸曹へ昇任するために試験を受け、あらたに資格を取得しようとしているのだ。恋だの愛だのにうつつを抜かす時間は今はない。

「そこは安心してちょうだい! 若菜さんはね、もうあなたの顔知ってるの。知っていて、お見合いをしたいと申し込まれたんだから。えっへん。どうよ、抜かりはないわよ?」
「嘘ですよね……」
「本当の話よ。ささ、着替えてらっしゃい! レッツゴーよ!」
「なんと!」

 京子はいったい、安達のどんな写真を見せたのだろうか。これでは断る理由が全くなくなってしまった。もしも安達から断れば、相手の面子を潰してしまうことになる。それに今からドタキャンだなんて、国民の信用が何よりも大事な自衛官としては、あるまじき行為である。

(とりあえず会ってみるしかないか。どちらにしろ、俺の仕事を知ったら向こうも考え直すはずだ)

「とりあえず、着替えてきます」
「さすが、シー君!」

 安達は洗面所で顔を洗い、歯を磨いて身なりを整えた。それから母が買ってくれたシャツを着て、スーツに袖を通すと鏡の前に立った。ネクタイは自衛官の制服にもあるので慣れたものである。
 最後に玄関で革靴に足を入れたところで違和感を感じた。

(磨きが足りていないじゃないか!)

 買ったばかりの新品ではあるが、どうもつま先の輝きがイマイチである。自衛官は毎日靴を磨く。それは自分の顔が写るくらい磨けと言われるほどに。

(これは、完全に職業病だな……)

「あらー。似合ってるじゃない。ちょっと肌が黒過ぎるのが気になるけど、まあいいでしょう。堅苦しいお見合いじゃないの。親なしの気楽なものよ」
「そうですか」
「ほらぁ。笑って笑って。そんな顔してたらお店の人もびっくりよ」

 こうして安達は、叔母の京子に連れられて待ち合わせ場所に向かうのであった。


 ◇


 待ち合わせの店は繁華街から通りをひとつ中に入った場所に、雰囲気のあるたたずまいの古民家風の建物だった。垣根で囲われた木造建の小さな店は、あまりにも可愛らしくて足を踏み入れるのを躊躇うほどだ。

「このお店、いいでしょう。ここね、流行りの古民家カフェなの。シー君の大好きなスイーツがたくさんあるわよ」
「スイーツ……」
「プリンもお団子も美味しいのぉ。特にきな粉が最高で……」

(叔母さんっ、俺の弱いところを……くそぅ)

 ドアを開けると陶器で作られた風鈴が控えめに鳴った。
 安達たちは奥の個室に通される。部屋にある出窓の格子から中庭が見えて、外から心地よい風が吹き込んできた。

「お連れさまもいらっしゃいました」

 安達たちが部屋に通されてすぐ、今日の見合い相手が到着した。とりあえずという気持ちで来たにも関わらず、ものすごい緊張が襲ってきた。

「シー君、顔っ。大魔神みたいになってる!」
「叔母さん、シー君はやめて下さい」
「はいはいはい」

 そんなやりとりをしていると、個室の引き戸が開いた。音もたてずに静かに彼女は入ってきた。

「初めまして、萌木と申します」
「若菜さん。今日はありがとうございます。さあこちらに座って。私はもう失礼するから、あとは二人のペースでやってちょうだい」
「えっ、叔母さんもう帰るんですか」
「そうよ? 四季さん、若菜さんをよろしくね」

 京子は小声で帰りは自宅まで送るようにと安達に伝言を残してあっという間に消えた。残された二人は出されたお冷を前に気まずく部屋を眺めていた。
 グラスの氷がカランと動いて、飾りのミントが傾いた。

(いかん、何か話さなければ)

 安達は姿勢を正して萌木を見た。肩まで伸びたボブヘアはシンプルな髪型なのに品がある。腰にベルトのついたベージュ色のワンピースが女性らしさを表していた。色白の肌、太くも細くもなくきちんと整えられた眉、頬にはほんのりピンクのチークが乗せられ、口紅も控えめながら艶のあるものだった。
 彼女もまた姿勢がよい。育ちの良いお嬢さんがテレビから飛び出してきたようだと安達は思った。

「申し遅れました。安達四季と申します。ご存知かと思いますが、陸上自衛官をしております。年齢は23になりました」
「初めまして、萌木若菜です。しきさんて珍しいお名前ですね。漢字はどのように書くのですか」
「季節の、四季です」
「まあ! すてき!」
「あ、ありがとうございます」

 若菜は安達の名前を聞いて、ぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた。その笑顔を正面から受けた安達は、思わず目を瞑ったほどだ。

(まて、なぜにこんなに眩しい)

 男だらけの世界で生きている安達にとって、女の子を絵に描いたような若菜は刺激が強すぎたのだ。こんな笑顔は駐屯地では逆立ちしたってお目にかかれない。姉がいるとはいえ、お転婆すぎるため女と思ったことがない。

「四季さん、なにを頼みますか? スイーツばかりで、男の人にはちょっと厳しいですよね」
「ああっ、気付きませんで。なんでも好きなものを頼んでください。自分、こんな顔していますが、その……恥ずかしながら、甘い物が好物でして」
「そうなんですね! わたしも大好きで、このお店を指定しちゃったんですよ。ちょっと後悔してたんですけど、よかったぁ」

(だめだ。可愛すぎるじゃないか)

 二人は悩みに悩んだ末に、ここのカフェ一推しの和洋ミックスのスペシャルセットを注文した。飲み物は安達がコーヒーで、若菜が紅茶だ。
 頼んだあとはまた無言になってしまう。そんな空気に耐えられずに安達から口を開いた。

「すみません。自分はこういったことは初めてなもので、どうしたらよいか……失礼があったら申し訳ありません」
「わたしも初めてです。なにを話したら良いか悩んじゃいますね」
「自分、怖い顔をしているので、黙っていると小さな子どもなんか泣いてしまうのです。だから、萌木さんには自分よりももっとイケメンの……」
「若菜って、呼んでください。わたしも四季さんと呼びますから」
「えっ。ああ、わ、若菜さん」
「はい。お顔、怖くないですよ? 強そうだし、むしろ変な人が寄ってこないと思うんです。それに」
「それに?」
「他の女の人が近寄らないですし、四季さんを取られる心配が減るというものです」
「ああ、まあ確かに女性に言い寄られることなどはないと……え?」

 安達が強面でよかった。他の女性から取られる心配をしなくていい。そんなふうに若菜に言われた気がした。

(気のせいだよな。どういうことだ? よく分からん)

 若菜はにこにこしながら安達を見ている。

「お待たせいたしました。スペシャルセットでございます」
「わぁ、美味しそう。四季さんはどれが一番お好きですか?」
「自分はこの中ではプリンが」
「気が合いますね。わたしも大好きなんです」

(なんだ、おかしいな。俺のことを好きだと言われている気がする。そんなわけ、あるか!)

 プリンをひと掬い口の中に運ぶと、程よい甘味が広がった。期待していた以上の味がした。なんと上品で人の心を和ませてくれるのかと安達は感心した。

「あら、四季さんたら。笑顔も素敵ですね」
「笑顔? 俺のですか⁉︎」
「はい」

 確かに好きな甘味を食べて気を許していたかもしれないが、笑ったつもりはもうとうない。ましてや他人から素敵な笑顔だと、褒められたことなど生まれてこの方ないのだ。
 安達はゴツい手を自分の顔に当てて確かめた。頬も口元もいつもと変わりない。
 しかし、若菜はそんな安達を見てずっと微笑んでいるのだ。

「美味しいですね、四季さん」
「え、あ、はい」
「今度は、何を食べに行きましょうか。四季さんからの連絡お待ちしております」
「はい。はい⁉︎」

 弾む会話は特にしていないが、二人で食べるスイーツはとても美味しかった。それは、間違いのない事実だ。

 会計前に安達と若菜は携帯番号を交換した。
 駐屯地の規則上、いつでも連絡が取れるわけではないことを伝えたが、若菜はにっこり笑って頷いた。
 そして、叔母京子から言われた通りに安達は若菜を家の近くまで送り届ける。

「四季さんありがとうございました。また」
「はい。ありがとう、ございました……また」

 若菜の風に揺れるワンピースの裾が、安達の膝を撫でていく。

(ああ……なんて、可愛らしい人なんだ)

 とりあえずのお見合いは、また今度の約束に変えられたのであった
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