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三章 -箱館編ー
五稜郭、攻略
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土方隊は駒ヶ岳を挟んで海側の峠から進軍した。私たち大鳥隊はその反対側になる峠下を行く。その分かれ道には、もう土方隊の姿はなかった。
「足が速いね土方くんは。よほど早くに君を回収したいらしい」
大鳥の機嫌はよかった。予定通りだとでも言いたげに、峠の先を見ている。私の心はこの空と同じく曇っている。一度も目を合わすことなくあの背を見送ってしまったからだ。どうか、無事に箱館まで行ってほしい。
「市村くん」
「はい」
「君はこの機会を無駄にしてはいけないよ。土方くんをその気にさせるためとはいえ、君は戦術を学べるんだから。それに僕は君の能力をかっている。僕の隊でもしっかり働いてもらわなくては困るよ」
「ご期待に添えられますよう、努力いたします」
大鳥が言うように、この離れた時間を無駄に過ごしてはいけない。この先も戦い続けることを考えれると、大鳥の率いる隊はどんな戦い方をするのか知る必要がある。土方を生かすためにも、ここは耐えなければいけない。
「聞こえたよね。僕は君の能力を知っていると」
「それが、なにか」
「君はさあ……」
大鳥は鳥羽伏見での事を話し始めた。徳川軍として大阪から登ってきた大鳥の隊は、京まで到達せずに撤退したはずだ。それなのに鳥羽伏見の何を知っているというのだろうか。
「僕の部下から聞いたのさ。君、土方くんを助けるために敵の首を落としたよね。しかも、一太刀で。どんな剣豪家でも、一太刀で首なんて落とせないよ。よほどの居合を極めた者か……または術者か」
「私はっ」
「しかも間合いの詰め方が尋常じゃなかったらしいけど。ひと蹴りで、かなりの距離を瞬時に詰めたらしいじゃないか。もしかして、忍びかなんかかな」
「っ……」
大鳥は私の反応を嬉しそうに待っている。別に自分の能力を隠すつもりはない。むしろこの力を土方や新選組のために使いたかったくらいだ。それが女としれてから、土方は私を前に出さなくなった。いつだって自分が前を行き、盾のように護ってくれた。
「いいじゃないか。君のお陰で戦術が広がったよ。よろしく頼むよ」
「はい」
(土方さん。私、あなたの力になれるよう努力して帰ります。だから、私を捨てないでください)
左手に駒ヶ岳が見える。この山の向こう側を土方たちは進んでいるのかと思うと、いてもたってもいられなかった。土方のためならこの山を越えても構わないのに……。吹き付ける風が更に冷たくなった。見上げた空は黒に近い色で、今にも雨が降りそうだ。
「雪だっ」
誰かがそう叫んだ。
「雪……」
北の大地の冬支度は早い。私たちは進める足を速めた。雪が積もる前に、カタをつけなければ!
*
進軍を始めてすぐの事だった。無用な戦闘を避けるため、明治政府宛に書いた嘆願書をたずさえた先発隊が峠下の宿場にて、箱館府から奇襲を受けた。その報告を聞いた大鳥の顔色が変わる。
「伝令! 急ぎ、先発隊と合流! 遠慮はいらないっ、開戦!」
私たちは峠下の大野村と七重村を目指した。大鳥が言うには恐らく、明治政府群はこちらの足取りを掴んだのだろうという。こちらがお伺いをたてようと書簡を手にしたが、それを見もせずに先手を打ってきた。これは話し合いをしても無駄ということだ。
「市村くんは僕と一緒に来て! いいね!」
「はい」
私は沖田の刀に手を掛けた。大鳥が率いる伝習隊の鉄砲部隊が先を行く。そのすぐあとを私たち刀の部隊が追った。大鳥の指揮は私の想像よりも細かく繊細だ。小銃を撃つ間合いや待避の仕方、弾をこめる時間、交代まで全て指示をする。
「右、空いている! 撃てっ」
ー ターン、ターン、ターン
「退け!」
「市村くん、準備はいいね。炙り出された奴らが溢れてくるよ」
「はい!」
銃声が鳴りやみ煙が細く宙に吸い込まれていくと、箱館府軍と思われる者たちが刀を振り上げで影から現れた。
「いいかい。彼らは戦慣れしていない。斬りつけるだけでいい。無駄な体力は使わないこと!」
「分かりました」
大鳥が言うように、致命傷をつけるまでもなく敵は不利を感じると逃げていった。それを私たちは追い詰める。蟻の子を散らすように彼らは撤退していく。
「敵の鉄砲隊が川汲峠に向かいました!」
(川汲……土方さんがいる!)
鉄砲隊と聞いてすぐに思い出したのは宇都宮の戦いだった。先陣をきる土方が盾になり銃弾を受けた。
(駄目だ。私が食い止める)
私がは地を蹴り、後方から一気に数名の背中を斬った。それに気づいた何名かが私に銃口を向ける。
(大丈夫、見える。弾が吐き出されて流れ飛んでくるのが……見える)
私は頭一つの差でその弾を避けた。敵は信じられないとまた弾をこめなんども私に向けて撃つ。神経が研ぎ澄まされて、全てが緩く目に映った。振り上げた刀の先に弾が刺さった。その瞬間、カッと体が燃えるように熱くなる。
「私が相手だ!」
刀を振り下げると、切っ先に刺さっていた弾が飛んで銃を構えた男の額を撃ち抜いた。どうしよう……止められない!
「市村ぁー!」
大鳥の叫び声で私は我に返る。私は何をしようとしていたのか……。
「追うな! それ以上は駄目だ。我々は箱館を目指す」
「しかし! あちらには土方さんたちが」
大鳥が私の側まで走ってきた。いつも後方から指示を出している大鳥が、金属音の交じる中にやって来た。
「追いかけてどうする。後退は赦さない! 命令だ! 前進する」
「でもっ」
「君は土方くんや新選組を信用していないのかい? 君がいないと彼らは駄目なのか。そんな集団ならさっさと滅びたらいい!」
「なんてことを!」
大鳥はガタイのいい男数名に私を取り押さえさせた。そして冷たい瞳でこう言う。
「君より、僕のほうが土方くんを信用している。彼らの能力を僕はよく知っているよ。君は何を今まで見ていたのかな」
そう私に言うと、大鳥は隊に戻った。大鳥は土方の能力を知っていると言った。私よりも土方を信用しているとも言った。
(なぜだ!)
「逃げるものは放っておくように! 進め!」
土方隊がいるであろう方向に多くの兵士たちが逃げていった。大鳥は彼らの追跡を許さず、このまま五稜郭を目指すと命令をした。私だって土方が殺られるなんて思ってはいない。あの人は誰よりも強く賢い。分かっているのに、自分の知らない場所で戦っていると思うといてもたってもいられなくなる。
「市村くん! 先頭を頼む。偵察はできるか」
「はい。お任せくださいっ」
(大丈夫、土方さんは……大丈夫!)
私は刀を鞘に戻すと走っ先頭についた。この先にも敵が潜んでいるかもしれない。雪も降り始め、辺りが見えにくくなる。私は木の幹を斜めに蹴りながらその頂きにたった。頬を吹きつける風は鋭さを増し始めた。
「大鳥殿にお伝えください。前方、敵の姿なし」
「承知した!」
今は土方の心配をするよりも、自分にできることをやらなければいけない。私がそうすることで、土方の助けになるかもしれないから。
「堀が見えます!」
奇妙に入り組んだ堀が見えた。これまで見た城の堀とは全く異なるものだった。すると、後方から大鳥がやって来た。
「おめでとう市村くん。あれが五稜郭だよ」
「あれが、五稜郭……」
箱館府の人間は我々と戦うのを諦めたのか、中に入るとものけの空だった。つい今しがたまでいたのであろう、火鉢の火が残ったままだった。外から見る五稜郭は異様な雰囲気だったが、中に入るとよく見る奉行所だ。でも、ひとつだけ目を引くものがあった。建物の一番上に大きな鐘がある。あれで急な知らせをしていたのかもしれない。
先に五稜郭を占領した松本隊は中をくまなく捜査し、領内に箱館府の人間は残っていないと確認した。
「では、我々も入ろうか」
「これは本当に日本の建物なのでしょうか」
「これはね、フランスの要塞が手本なんだよ。安政元年にここは異国に港を開いている。だからそういった手法はあちらこちらにあるだろうね。しかし、これでは外からの砲撃に耐えるのは難しいね」
大鳥はこの手の建物には慣れたふうで、あちらこちらを触ったり見たりしては改修が必要だと独り言を言う。
しばらくすると、外堀の方から声が上がりまとまった集団が入城してきた。
「土方隊のおでましだね」
刀を右手に持った勇ましい男たちがやってきた。もちろん先頭は土方だ。
(土方さん!)
「大鳥さん、あんたわざとだろ」
「何のことだい」
「あんた、敗走する箱館府の野郎どもを全部こっちに流しただろ」
「そっちに流れたのか……それは知らなかった」
着くなり土方は肩で息をしながら大鳥を上から睨みつけていた。大鳥はなんのことだいと素知らぬふりをしている。
「お陰でこの有様だよ大鳥さん」
「いやいや、それでも宣言どおりの五日目での占領だよ。さすが土方くんだなあ」
「ちっ」
大鳥は土方隊に敗走した箱館府の人間の始末をさせたのか……!?
「まさか全員あの世送りかい」
「そんなわけないだろう。深追いはしていない」
「それはよかった」
この二人のこれからが心配になったのは私だけではないはずだ。周りの人間はびくびくしながら遠巻きで見ている。
「大鳥さん」
「なんだい」
「もういいだろ。市村を返してもらう」
土方が私を指差してそう言った。やっと土方のもとに戻れる。そう思ったとき大鳥はこう言った。
「まだ、松前が落ちていないよ土方くん」
「なんだとっ」
(大鳥さん、土方さんをこれ以上怒らせないでください)
鬼の形相の土方と、愉快そうにしている大鳥は異様な空気を醸し出していた。
「足が速いね土方くんは。よほど早くに君を回収したいらしい」
大鳥の機嫌はよかった。予定通りだとでも言いたげに、峠の先を見ている。私の心はこの空と同じく曇っている。一度も目を合わすことなくあの背を見送ってしまったからだ。どうか、無事に箱館まで行ってほしい。
「市村くん」
「はい」
「君はこの機会を無駄にしてはいけないよ。土方くんをその気にさせるためとはいえ、君は戦術を学べるんだから。それに僕は君の能力をかっている。僕の隊でもしっかり働いてもらわなくては困るよ」
「ご期待に添えられますよう、努力いたします」
大鳥が言うように、この離れた時間を無駄に過ごしてはいけない。この先も戦い続けることを考えれると、大鳥の率いる隊はどんな戦い方をするのか知る必要がある。土方を生かすためにも、ここは耐えなければいけない。
「聞こえたよね。僕は君の能力を知っていると」
「それが、なにか」
「君はさあ……」
大鳥は鳥羽伏見での事を話し始めた。徳川軍として大阪から登ってきた大鳥の隊は、京まで到達せずに撤退したはずだ。それなのに鳥羽伏見の何を知っているというのだろうか。
「僕の部下から聞いたのさ。君、土方くんを助けるために敵の首を落としたよね。しかも、一太刀で。どんな剣豪家でも、一太刀で首なんて落とせないよ。よほどの居合を極めた者か……または術者か」
「私はっ」
「しかも間合いの詰め方が尋常じゃなかったらしいけど。ひと蹴りで、かなりの距離を瞬時に詰めたらしいじゃないか。もしかして、忍びかなんかかな」
「っ……」
大鳥は私の反応を嬉しそうに待っている。別に自分の能力を隠すつもりはない。むしろこの力を土方や新選組のために使いたかったくらいだ。それが女としれてから、土方は私を前に出さなくなった。いつだって自分が前を行き、盾のように護ってくれた。
「いいじゃないか。君のお陰で戦術が広がったよ。よろしく頼むよ」
「はい」
(土方さん。私、あなたの力になれるよう努力して帰ります。だから、私を捨てないでください)
左手に駒ヶ岳が見える。この山の向こう側を土方たちは進んでいるのかと思うと、いてもたってもいられなかった。土方のためならこの山を越えても構わないのに……。吹き付ける風が更に冷たくなった。見上げた空は黒に近い色で、今にも雨が降りそうだ。
「雪だっ」
誰かがそう叫んだ。
「雪……」
北の大地の冬支度は早い。私たちは進める足を速めた。雪が積もる前に、カタをつけなければ!
*
進軍を始めてすぐの事だった。無用な戦闘を避けるため、明治政府宛に書いた嘆願書をたずさえた先発隊が峠下の宿場にて、箱館府から奇襲を受けた。その報告を聞いた大鳥の顔色が変わる。
「伝令! 急ぎ、先発隊と合流! 遠慮はいらないっ、開戦!」
私たちは峠下の大野村と七重村を目指した。大鳥が言うには恐らく、明治政府群はこちらの足取りを掴んだのだろうという。こちらがお伺いをたてようと書簡を手にしたが、それを見もせずに先手を打ってきた。これは話し合いをしても無駄ということだ。
「市村くんは僕と一緒に来て! いいね!」
「はい」
私は沖田の刀に手を掛けた。大鳥が率いる伝習隊の鉄砲部隊が先を行く。そのすぐあとを私たち刀の部隊が追った。大鳥の指揮は私の想像よりも細かく繊細だ。小銃を撃つ間合いや待避の仕方、弾をこめる時間、交代まで全て指示をする。
「右、空いている! 撃てっ」
ー ターン、ターン、ターン
「退け!」
「市村くん、準備はいいね。炙り出された奴らが溢れてくるよ」
「はい!」
銃声が鳴りやみ煙が細く宙に吸い込まれていくと、箱館府軍と思われる者たちが刀を振り上げで影から現れた。
「いいかい。彼らは戦慣れしていない。斬りつけるだけでいい。無駄な体力は使わないこと!」
「分かりました」
大鳥が言うように、致命傷をつけるまでもなく敵は不利を感じると逃げていった。それを私たちは追い詰める。蟻の子を散らすように彼らは撤退していく。
「敵の鉄砲隊が川汲峠に向かいました!」
(川汲……土方さんがいる!)
鉄砲隊と聞いてすぐに思い出したのは宇都宮の戦いだった。先陣をきる土方が盾になり銃弾を受けた。
(駄目だ。私が食い止める)
私がは地を蹴り、後方から一気に数名の背中を斬った。それに気づいた何名かが私に銃口を向ける。
(大丈夫、見える。弾が吐き出されて流れ飛んでくるのが……見える)
私は頭一つの差でその弾を避けた。敵は信じられないとまた弾をこめなんども私に向けて撃つ。神経が研ぎ澄まされて、全てが緩く目に映った。振り上げた刀の先に弾が刺さった。その瞬間、カッと体が燃えるように熱くなる。
「私が相手だ!」
刀を振り下げると、切っ先に刺さっていた弾が飛んで銃を構えた男の額を撃ち抜いた。どうしよう……止められない!
「市村ぁー!」
大鳥の叫び声で私は我に返る。私は何をしようとしていたのか……。
「追うな! それ以上は駄目だ。我々は箱館を目指す」
「しかし! あちらには土方さんたちが」
大鳥が私の側まで走ってきた。いつも後方から指示を出している大鳥が、金属音の交じる中にやって来た。
「追いかけてどうする。後退は赦さない! 命令だ! 前進する」
「でもっ」
「君は土方くんや新選組を信用していないのかい? 君がいないと彼らは駄目なのか。そんな集団ならさっさと滅びたらいい!」
「なんてことを!」
大鳥はガタイのいい男数名に私を取り押さえさせた。そして冷たい瞳でこう言う。
「君より、僕のほうが土方くんを信用している。彼らの能力を僕はよく知っているよ。君は何を今まで見ていたのかな」
そう私に言うと、大鳥は隊に戻った。大鳥は土方の能力を知っていると言った。私よりも土方を信用しているとも言った。
(なぜだ!)
「逃げるものは放っておくように! 進め!」
土方隊がいるであろう方向に多くの兵士たちが逃げていった。大鳥は彼らの追跡を許さず、このまま五稜郭を目指すと命令をした。私だって土方が殺られるなんて思ってはいない。あの人は誰よりも強く賢い。分かっているのに、自分の知らない場所で戦っていると思うといてもたってもいられなくなる。
「市村くん! 先頭を頼む。偵察はできるか」
「はい。お任せくださいっ」
(大丈夫、土方さんは……大丈夫!)
私は刀を鞘に戻すと走っ先頭についた。この先にも敵が潜んでいるかもしれない。雪も降り始め、辺りが見えにくくなる。私は木の幹を斜めに蹴りながらその頂きにたった。頬を吹きつける風は鋭さを増し始めた。
「大鳥殿にお伝えください。前方、敵の姿なし」
「承知した!」
今は土方の心配をするよりも、自分にできることをやらなければいけない。私がそうすることで、土方の助けになるかもしれないから。
「堀が見えます!」
奇妙に入り組んだ堀が見えた。これまで見た城の堀とは全く異なるものだった。すると、後方から大鳥がやって来た。
「おめでとう市村くん。あれが五稜郭だよ」
「あれが、五稜郭……」
箱館府の人間は我々と戦うのを諦めたのか、中に入るとものけの空だった。つい今しがたまでいたのであろう、火鉢の火が残ったままだった。外から見る五稜郭は異様な雰囲気だったが、中に入るとよく見る奉行所だ。でも、ひとつだけ目を引くものがあった。建物の一番上に大きな鐘がある。あれで急な知らせをしていたのかもしれない。
先に五稜郭を占領した松本隊は中をくまなく捜査し、領内に箱館府の人間は残っていないと確認した。
「では、我々も入ろうか」
「これは本当に日本の建物なのでしょうか」
「これはね、フランスの要塞が手本なんだよ。安政元年にここは異国に港を開いている。だからそういった手法はあちらこちらにあるだろうね。しかし、これでは外からの砲撃に耐えるのは難しいね」
大鳥はこの手の建物には慣れたふうで、あちらこちらを触ったり見たりしては改修が必要だと独り言を言う。
しばらくすると、外堀の方から声が上がりまとまった集団が入城してきた。
「土方隊のおでましだね」
刀を右手に持った勇ましい男たちがやってきた。もちろん先頭は土方だ。
(土方さん!)
「大鳥さん、あんたわざとだろ」
「何のことだい」
「あんた、敗走する箱館府の野郎どもを全部こっちに流しただろ」
「そっちに流れたのか……それは知らなかった」
着くなり土方は肩で息をしながら大鳥を上から睨みつけていた。大鳥はなんのことだいと素知らぬふりをしている。
「お陰でこの有様だよ大鳥さん」
「いやいや、それでも宣言どおりの五日目での占領だよ。さすが土方くんだなあ」
「ちっ」
大鳥は土方隊に敗走した箱館府の人間の始末をさせたのか……!?
「まさか全員あの世送りかい」
「そんなわけないだろう。深追いはしていない」
「それはよかった」
この二人のこれからが心配になったのは私だけではないはずだ。周りの人間はびくびくしながら遠巻きで見ている。
「大鳥さん」
「なんだい」
「もういいだろ。市村を返してもらう」
土方が私を指差してそう言った。やっと土方のもとに戻れる。そう思ったとき大鳥はこう言った。
「まだ、松前が落ちていないよ土方くん」
「なんだとっ」
(大鳥さん、土方さんをこれ以上怒らせないでください)
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