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二章 -勝沼・流川・会津編ー
会津の現状
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刀の感覚を取り戻した土方は山口との合流を急いだ。既にここ会津では新政府軍との戦いが始まっていたからだ。土方が怪我の治療をしている間も激しい戦いが行われており、山口が率いる新選組と会津藩などの同盟軍は白河城を攻略した。しかしその後も新政府軍は執拗に白河城の奪還に力を注いだ。
「遅くなって申し訳ない」
土方が最初に口にしたのは詫びの言葉だった。
「いえ、なんとかまだ耐え忍んでいる状況です。新政府軍は関東での戦いが足を引っ張り全部がここに集結はしていません。それまでに叩き潰したいのですが」
次から次へと襲ってくる新政府軍の攻撃は、終わるところが見えなかった。一時期は降伏へと歩みかけた会津藩だったが、突きつけられた降伏条件があまりに酷く徹底抗戦を決断したそうだ。
「その、条件はなんだったんだ」
「容保公の斬首、城の開城、領地の没収が並べられてありました」
「はっ、斬首だと……そこまで恨んでやがったか」
京都守護職であった松平容保は尊王攘夷派に対して厳しい取り締まりをしてきた。それの影響あってか、新政府軍は会津藩や新選組に対して他藩とは異なる背景を含んだ攻撃を仕掛けてきていた。
「我々が到着した頃、会津藩は朝廷や官軍に従う意向を示していました。しかし、いざ開けてみると、条件があまりにも酷であったためこのような状況に」
「そうか、ご苦労だったな」
「いえ」
淡々と返す山口の言葉に、労いを含めた言葉を口にする土方を見ていると、もう新選組は土方のものではないのだと感じてしまう。実のところ新選組は山口隊と土方隊に分かれてしまっていた。
「さて、俺は若松城に行ってくるか。過激な坊主が会ってくれるんだとよ」
「過激な、坊主……」
私は意味がわからずに、つい山口の目を見た。山口は口の端をくっとあげ悪戯げに私を見返した。土方が準備をするとその場から離れると、山口は私に言う。
「覚王院義観と言って、寺の住職だ」
「寺の住職がなぜ土方さんに」
「言っていただろう。過激な坊主だと。上野の戦争で彰義隊を扇動し抗戦を煽った。しかし、官軍の圧倒的な力に敗戦し今はここにいるというわけだ」
「ますます、分かりません」
「だろうな……それよりあんた」
山口は理解に乏しい私への説明を諦めたのか、間合いを詰めると私のなりを上から下まで、じろじろと見定め始めた。
「な、なにか」
「あんたが土方さんを変えたのか」
「はっ、何を仰って」
「なるほどな。どうりで女らしさに勢いが増したわけか」
廊下で立ち話をしていたため、いつ誰が通り過ぎるか分からない。ましてや、女だとはっきり言われてはとてもまずい。私は気づくと山口の背に周り手で口をふさいでいた。そして後ろ手で障子を開け、私は山口をその空いた部屋に引きずり込んだ。
「なんて事を言うのですかっ」
「身のこなしはまるで忍びだな。そこまで慌てずともよかろう」
「でもっ」
「今やあんたよりも若い、まだ子供のような者たちまで兵士となっている。この会津では女も堂々と鉄砲を撃っているぞ」
「え、本当ですか」
山口が嘘を言っているとは思わない。けれど、女が鉄砲を撃っているなんてどう考えても全く想像がつかなかった。それが本当ならば、私はもう偽る必要はないのだろうか。
「見てみたいです。会津の、兵士たちを」
「分かった。では、土方さんを見送ったら連れて行ってやろう」
「はい。お願いします」
私は土方に会津兵の訓練を見に行くことを告げ、土方が戻るまでには帰ってくることを約束した。
*
訓練地に着くまでに、山口は会津兵士の事を教わった。会津藩が組織した四つの隊はそれぞれ玄武隊、朱雀隊、青龍隊、白虎隊といい、武家の男子を年代ごとに分けているそうだ。最年少は十三で最年長が五十六であることから、兵力を必死で掻き集めたのが明らかだった。
「本来ならば朱雀隊が主な戦力でならなければならない。しかし、現状は予備兵である玄武隊や白虎隊までも投入しなければならないということだ」
「かなり、厳しいということですね」
「ああ」
玄武隊は五十を過ぎた者たちばかりで、白虎隊はその逆の私と同じまたは、もっと幼い者たちが集められている。実戦の主力となる朱雀隊と青龍隊だけでは食い止められない厳しい戦いとなっている。
「薩摩と土佐の異常なまでの攻撃に、もはや小さな反撃をすることすら難しい」
「そんなに、酷いのですか」
冷静に何事も淡々と対処してきた山口の表情が僅かに歪んだのを、私は見てしまった。
「山口先生」
その時、少し声の高い若い男が山口のもとにやって来た。その男は見た目では私と同じくらいに見える。
「沢、どうだここの連中は」
「はい! 皆、訓練に励んでおります」
「そうか。市村、紹介する。この者は沢中輔という。新選組最年少の隊士だ。沢、この者が市村鉄之助だ」
「あなたが土方副長の小姓さんですか。へぇ、女みたいな顔をしているな」
「なっ! 私はっ、男だ」
「分かっていますよ、市村先生」
最近、山口が率いる新選組に加わったそうだ。山口が言うには剣術の腕前は文句のつけようがないと。清かに笑う沢の笑顔になぜか私は嫌な予感を覚えた。この沢という男の腹の底が全く読めなかったからだ。
「沢、相馬はどうした」
「はい。相馬先生はあちらで稽古をつけておいでです」
大阪を出る頃、新選組隊士として加入した相馬主計も先に会津に入っていた。誠実という言葉がとても似合う男だ。
「市村くん、ご苦労様。おや、身長が伸びましたか」
「相馬先生。お陰様でこの通りです」
そう私が返すと、嫌味のない笑顔を返してくれた。そんな相馬を見ると少しだけほっとする。
ここでの訓練内容を聞くと、剣術よりも鉄砲を扱うことが主になっているようだった。これまでの戦いを振り返ると、異国の戦術が勝利を重ねてきた。それも全て敵である新政府軍だ。猟師が使う火縄銃とは違い、弾をこめてから撃つまでの動作の速さとその飛距離は何度見ても驚くものがある。訓練の様子を黙ってみている私の隣に山口が立った。
「手前で銃を構えているのが、女だ。あんたと変わらんだろ。年齢も体格も」
「あの方が女性、ですか」
「女であることを隠しもせずに、男に混じって訓練をしている。実のところ、女の方がこの手の小銃は合っているのではないかと思っている」
女であることをそのままに、こうして重い銃を持ち男と肩を並べて国を守ろうとしている姿は、私の胸を熱くした。しかし、今さら自分も女だとは言えない。一部の人間には知られているけれど、私はそうしてはならないのだ。あの日私は自分の勝手な想いで市村鉄之助という男の武士の魂を奪った。だから私は最後まで市村鉄之助でいなければならない。鉄之助の名誉のためにも、この戦争の行く末を見なくてはならない。
「私は、市村鉄之助としてこの先も戦い続けます。死神が迎えに来るまでは、土方歳三の小姓を全うします」
「あんたはそう言うと思っていた。そうだな、あんたは土方さんから離れるべきではない。どんな状況になっても、あの背中を見失うな。決して後ろは振り向くな」
「はい」
山口の決して後ろを振り向くなと言う言葉は、私に何かを暗示しているように思えた。訓練する若き会津兵を見つめながらも、どこか違う場所を見ているようにも思える。
「籠城戦になったら、沢と相馬は土方隊につける。あの二人は優秀だからな、いい仕事をするだろう」
「山口先生……」
「あんたも銃の使い方を学ぶといい。刀だけでは太刀打ちできぬ」
何かを思わせたまま、山口は会津兵から銃を一丁借りると私にそれを押し当ててきた。私は黙ってそれを取り会津兵に習って銃を学んだ。小銃だといっても軽いわけでは無いし、操作が簡単なわけでもなかった。構えても狙った所に弾が当たらないのだ。隣であの女兵士がそれをいとも簡単に操って、印の付いた的を射ぬいてしまった。女の横顔は女と言われなければ分からないほど、精悍で勇敢だった。私ときたら、変わり身の術で鉄之助に成り代わっているだけというのに。
「最初は皆、そんなものだ。何度か撃てば要領が分かる」
「はい」
「そのような不安な顔をするな。刀の方がよっぽど難しいと思うぞ」
「そうでしょうか......」
私が不安に思ったのは、銃の扱い方ではない。山口の時に見せる、心ここにあらずな表情が胸の奥をざわつかせるのだ。山口は何かを心に決めたのだろうと思った。しかし、それを聞いても山口は語らないだろう。それぞれの誠が動き始めた……そう感じた瞬間だった。
「遅くなって申し訳ない」
土方が最初に口にしたのは詫びの言葉だった。
「いえ、なんとかまだ耐え忍んでいる状況です。新政府軍は関東での戦いが足を引っ張り全部がここに集結はしていません。それまでに叩き潰したいのですが」
次から次へと襲ってくる新政府軍の攻撃は、終わるところが見えなかった。一時期は降伏へと歩みかけた会津藩だったが、突きつけられた降伏条件があまりに酷く徹底抗戦を決断したそうだ。
「その、条件はなんだったんだ」
「容保公の斬首、城の開城、領地の没収が並べられてありました」
「はっ、斬首だと……そこまで恨んでやがったか」
京都守護職であった松平容保は尊王攘夷派に対して厳しい取り締まりをしてきた。それの影響あってか、新政府軍は会津藩や新選組に対して他藩とは異なる背景を含んだ攻撃を仕掛けてきていた。
「我々が到着した頃、会津藩は朝廷や官軍に従う意向を示していました。しかし、いざ開けてみると、条件があまりにも酷であったためこのような状況に」
「そうか、ご苦労だったな」
「いえ」
淡々と返す山口の言葉に、労いを含めた言葉を口にする土方を見ていると、もう新選組は土方のものではないのだと感じてしまう。実のところ新選組は山口隊と土方隊に分かれてしまっていた。
「さて、俺は若松城に行ってくるか。過激な坊主が会ってくれるんだとよ」
「過激な、坊主……」
私は意味がわからずに、つい山口の目を見た。山口は口の端をくっとあげ悪戯げに私を見返した。土方が準備をするとその場から離れると、山口は私に言う。
「覚王院義観と言って、寺の住職だ」
「寺の住職がなぜ土方さんに」
「言っていただろう。過激な坊主だと。上野の戦争で彰義隊を扇動し抗戦を煽った。しかし、官軍の圧倒的な力に敗戦し今はここにいるというわけだ」
「ますます、分かりません」
「だろうな……それよりあんた」
山口は理解に乏しい私への説明を諦めたのか、間合いを詰めると私のなりを上から下まで、じろじろと見定め始めた。
「な、なにか」
「あんたが土方さんを変えたのか」
「はっ、何を仰って」
「なるほどな。どうりで女らしさに勢いが増したわけか」
廊下で立ち話をしていたため、いつ誰が通り過ぎるか分からない。ましてや、女だとはっきり言われてはとてもまずい。私は気づくと山口の背に周り手で口をふさいでいた。そして後ろ手で障子を開け、私は山口をその空いた部屋に引きずり込んだ。
「なんて事を言うのですかっ」
「身のこなしはまるで忍びだな。そこまで慌てずともよかろう」
「でもっ」
「今やあんたよりも若い、まだ子供のような者たちまで兵士となっている。この会津では女も堂々と鉄砲を撃っているぞ」
「え、本当ですか」
山口が嘘を言っているとは思わない。けれど、女が鉄砲を撃っているなんてどう考えても全く想像がつかなかった。それが本当ならば、私はもう偽る必要はないのだろうか。
「見てみたいです。会津の、兵士たちを」
「分かった。では、土方さんを見送ったら連れて行ってやろう」
「はい。お願いします」
私は土方に会津兵の訓練を見に行くことを告げ、土方が戻るまでには帰ってくることを約束した。
*
訓練地に着くまでに、山口は会津兵士の事を教わった。会津藩が組織した四つの隊はそれぞれ玄武隊、朱雀隊、青龍隊、白虎隊といい、武家の男子を年代ごとに分けているそうだ。最年少は十三で最年長が五十六であることから、兵力を必死で掻き集めたのが明らかだった。
「本来ならば朱雀隊が主な戦力でならなければならない。しかし、現状は予備兵である玄武隊や白虎隊までも投入しなければならないということだ」
「かなり、厳しいということですね」
「ああ」
玄武隊は五十を過ぎた者たちばかりで、白虎隊はその逆の私と同じまたは、もっと幼い者たちが集められている。実戦の主力となる朱雀隊と青龍隊だけでは食い止められない厳しい戦いとなっている。
「薩摩と土佐の異常なまでの攻撃に、もはや小さな反撃をすることすら難しい」
「そんなに、酷いのですか」
冷静に何事も淡々と対処してきた山口の表情が僅かに歪んだのを、私は見てしまった。
「山口先生」
その時、少し声の高い若い男が山口のもとにやって来た。その男は見た目では私と同じくらいに見える。
「沢、どうだここの連中は」
「はい! 皆、訓練に励んでおります」
「そうか。市村、紹介する。この者は沢中輔という。新選組最年少の隊士だ。沢、この者が市村鉄之助だ」
「あなたが土方副長の小姓さんですか。へぇ、女みたいな顔をしているな」
「なっ! 私はっ、男だ」
「分かっていますよ、市村先生」
最近、山口が率いる新選組に加わったそうだ。山口が言うには剣術の腕前は文句のつけようがないと。清かに笑う沢の笑顔になぜか私は嫌な予感を覚えた。この沢という男の腹の底が全く読めなかったからだ。
「沢、相馬はどうした」
「はい。相馬先生はあちらで稽古をつけておいでです」
大阪を出る頃、新選組隊士として加入した相馬主計も先に会津に入っていた。誠実という言葉がとても似合う男だ。
「市村くん、ご苦労様。おや、身長が伸びましたか」
「相馬先生。お陰様でこの通りです」
そう私が返すと、嫌味のない笑顔を返してくれた。そんな相馬を見ると少しだけほっとする。
ここでの訓練内容を聞くと、剣術よりも鉄砲を扱うことが主になっているようだった。これまでの戦いを振り返ると、異国の戦術が勝利を重ねてきた。それも全て敵である新政府軍だ。猟師が使う火縄銃とは違い、弾をこめてから撃つまでの動作の速さとその飛距離は何度見ても驚くものがある。訓練の様子を黙ってみている私の隣に山口が立った。
「手前で銃を構えているのが、女だ。あんたと変わらんだろ。年齢も体格も」
「あの方が女性、ですか」
「女であることを隠しもせずに、男に混じって訓練をしている。実のところ、女の方がこの手の小銃は合っているのではないかと思っている」
女であることをそのままに、こうして重い銃を持ち男と肩を並べて国を守ろうとしている姿は、私の胸を熱くした。しかし、今さら自分も女だとは言えない。一部の人間には知られているけれど、私はそうしてはならないのだ。あの日私は自分の勝手な想いで市村鉄之助という男の武士の魂を奪った。だから私は最後まで市村鉄之助でいなければならない。鉄之助の名誉のためにも、この戦争の行く末を見なくてはならない。
「私は、市村鉄之助としてこの先も戦い続けます。死神が迎えに来るまでは、土方歳三の小姓を全うします」
「あんたはそう言うと思っていた。そうだな、あんたは土方さんから離れるべきではない。どんな状況になっても、あの背中を見失うな。決して後ろは振り向くな」
「はい」
山口の決して後ろを振り向くなと言う言葉は、私に何かを暗示しているように思えた。訓練する若き会津兵を見つめながらも、どこか違う場所を見ているようにも思える。
「籠城戦になったら、沢と相馬は土方隊につける。あの二人は優秀だからな、いい仕事をするだろう」
「山口先生……」
「あんたも銃の使い方を学ぶといい。刀だけでは太刀打ちできぬ」
何かを思わせたまま、山口は会津兵から銃を一丁借りると私にそれを押し当ててきた。私は黙ってそれを取り会津兵に習って銃を学んだ。小銃だといっても軽いわけでは無いし、操作が簡単なわけでもなかった。構えても狙った所に弾が当たらないのだ。隣であの女兵士がそれをいとも簡単に操って、印の付いた的を射ぬいてしまった。女の横顔は女と言われなければ分からないほど、精悍で勇敢だった。私ときたら、変わり身の術で鉄之助に成り代わっているだけというのに。
「最初は皆、そんなものだ。何度か撃てば要領が分かる」
「はい」
「そのような不安な顔をするな。刀の方がよっぽど難しいと思うぞ」
「そうでしょうか......」
私が不安に思ったのは、銃の扱い方ではない。山口の時に見せる、心ここにあらずな表情が胸の奥をざわつかせるのだ。山口は何かを心に決めたのだろうと思った。しかし、それを聞いても山口は語らないだろう。それぞれの誠が動き始めた……そう感じた瞬間だった。
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