桜の花弁が散る頃に

ユーリ(佐伯瑠璃)

文字の大きさ
上 下
57 / 57
後日章

夫婦の契り

しおりを挟む
 土方が私の中に入ってきたのが分かった。太くて硬い土方のものは、私の体の奥の奥を貫いた。

「あ、あ、あっ!」
「こいつはっ、たまんねぇなっ……くっ」

 自分でも分かるくらい、私は土方を締め付けている。土方は眉間に力を入れ、額には薄っすらと汗を浮かべていた。それを見ただけで胸の奥が切なく疼いた。刀を振り上げた姿とは違う男らしさがそこにあったから。

「どうしてやろうか。できれば、じっくりと追い詰めたいが……問題は俺がもつかどうかだ」
「あっ、やぁ……だめ、あんっ」

 土方は私を動かぬよう押さえると、ゆっくりとした動作で腰を回した。ただでさえ私の中は土方のものでいっぱいなのに、更に押し広げようとする動きに私は喘いだ。まるで溺れた人間が、水面に顔だけ出して空気を求めているように。

「ああっ……ぁ。ふあっ、ん」
「悪くっ、なさそうだな……っ」

 何も考えられない。止められない高揚感、抑えられない快感に気が狂いそうだった。自分が自分でなくなるようで怖い!

「もうっ、やめてくだっ……あっ。だめ、おかしくなるからっ」
「そうなるようにしてるんだよ。狂っちまえよ……常葉っ」
「ああっ!」

 今度は土方は奥へと突き始めた。私は土方の腕に爪を立てる。

「怖いです。歳三さん、近くに来てっ……ああん、歳三さん」

 すると、土方は私に重なるように体を密着させてくれた。私はすぐに腕を土方の背中に回した。肌が擦れ合うと、安心する。

「少し、キツ過ぎたか。そろそろイクぞ。ここからは止めてやれねえ。爪を立てるなり噛みつくなり、好きにしろ」
「あっ、あっ……やっ、ああんっ! ーーッ」

 長い律動のあと、私の中で何かが弾けた。私の体の最奥で土方の命が放たれたのだ。そう思ったのは女の本能ゆえの感覚だろうか。そして、ふうっと土方が長い息を吐いて脱力した。それを私は抱きとめる。

(しあわせ……)

 好いた男をこうして抱きしめられたこと。あゝ生きていてよかった。ようやくそう思えた瞬間だった。

「土方さん……、歳三さん。わたし、しあわせです。しあわせ過ぎて、怖い」
「莫迦やろう。しあわせ過ぎて怖がるやつがあるか」
「だって……。歳三さんがこんなに近くにいるんです。もう、二度と離れたくない」
「こんな可愛い女を、誰が離すかよ。もう、二度と、あんなことはしねえ。あの旗に誓ってもいい」

 あの旗。思いつくのは一つしかない。会津で山口に託した新選組の誠の旗だ。あの旗に誓ってくれると、土方は言う。

「そんな、恐れ多いです。あの旗は新選組の旗ですから」
「お前も新選組だろうが。なあ常葉。お前も誓え、あの旗に。夫婦の契ってやつを交わすんだ。まあ、体は先に契ってしまったがな」
「えっ! ふ、夫婦の……」
「ああ。もう、夫婦だろ。違うのか」
「歳三さん!」

 言葉にならない喜びがあった。それは望んではならない事だったから。傍に居られるだけで十分だと、それが小姓という男の姿のままでもよいと思っていたから。そして土方から、そう言われるなんて夢にも思っていなかったから。

「お前は泣きすぎだろう。俺はお前を泣かせてばかりだな」
「これはっ、嬉し涙ですから。これからはたくさん笑います。だから今は、泣かせてください……ううっ」
「好きなだけ、泣け。あいつらの分も、泣いてくれ」

 それを聞いてまた涙が溢れた。どんなに辛くても、苦しくても、悲しくても土方は泣くことができなかった。それが武士であれば、男であれば尚のこと、許されるものではなかった。切腹をするときですら、晴々とした気持ちで望むらしい。
 泣けなかった男たちに代わって、私は泣いた。

「常葉。今思えばお前があの旗だったんだろう。俺の全てがお前に向いていた。大阪を出たときからずっとそうだった。お前がいたから俺は、最後まで戦えたんだよ」

 そう言い終わると、土方が私の中からゆっくりと出ていった。土方は私を労うように何度も頭や頬を撫でる。そして、私に「死にたくねえって、思えたんだ」と言った。

「うわぁぁん! 生きてください! 歳三さん。私と一緒に生きてください」

 土方は死に場所を探しているのではないかと聞いたときは、そうかもしれないと思った。大事な仲間が志半こころざしなかばでこの世を去っていったから。支えにしていた局長も新選組も失い、気づけば徳川幕府もなくなっていた。だからその時は余計に、その言葉が核心をついているように思えた。

「生きましょうよ。歳三さん」
「俺はお前より年をとっているからな。先に逝っちまうだろうよ。けどな、その時が来るまでお前と生きてやる。それに、家族を作りたいんだろ? 先に逝っても寂しくないように作ってやるよ」
「やめてください。そんな先のことまでは言わないでください。よぼよぼになったって、逝かせませんから」

 十五の年の差を埋めることはできない。土方が言うように、普通ならば私より先にこの世を去ってしまうだろう。それでも土方が、その瞬間までは離れないと約束をくれた事に、胸がいっぱいになる。

 やっと私たちは、将来に向かって進み始めたのだ。

「こりゃ困ったな。常葉は俺が死んでも、死んでないと言い張りそうだぞ」
「ふふっ。そんな気がします」
「よし、決めた。これから毎晩抱くからな。お前によく似たガキを作るんだ。俺みたいなのはもうごめんだ」
「何を言っているのですか。私は歳三さんに似た男の子が欲しいです」

 私がそう言うと土方は不機嫌な顔をした。

「駄目だ。俺に似たのが生まれたら、お前はそいつに夢中になるだろ。それはいくら息子でも譲れねえな」
「まさかっ、自分の子供に妬くなんて!」
「悪いかよ」
「それを言うなら私だって嫌です。歳三さんが娘に夢中になって、私のことなんてどうでもよくなって……いやっ。そんなの、耐えられません」
「……くくっ、くはははっ」
「なんで笑うんですかっ」

 土方が声を出して、笑った。どれくらい振りだろうか。もう思い出せないくらいに遠い記憶だ。顔をくしゃくしゃにして笑う土方に私は見惚れていた。

「まだ生まれてもねえガキどもに、二人して妬くなんざ……おかしいだろ。ふははっ」
「歳三さんが、先に妬いたからですよ」

 私がそう言うと、口角を吊り上げたまま土方は額をコツンとぶつけてきた。そして鼻先を擦り合わせてくる。それが擽ったくて避けようとしたら頭を押えられて熱い口付けを見舞われた。

「んっ……ふ、ぁ」

 怒るなよ、拗ねるなよと言われているみたいだった。機嫌を直せと優しく甘やかすようにそれは続けられた。
 また、思考が怪しくなる。

「あ、んっ」
「また、とろんとしてきたな。そろそろいい頃合いか」
「もぅ……狡い、です」
「狡いか。そうだな、どんな手を使ってでもコイツはお前の中に入りたいらしい。諦めるんだな」
「あっ、もうそんなにっ」

 さっき私の中から出ていったばかりの土方のものは、すでに硬くなっていて下肢の入り口を探っている。

「そんなに、何だ」
「やっ。言わないっ! あんっ」
「夕餉になかなかあり付けそうにないな。まあ、俺ので腹いっぱいにしてやるから心配するなっ」
「やだっ、やっ。あっ、あっ、歳三さん。ゆっくり、して…くだっ」

 この間まで歩くのもままならなかった人が、こんなに何度もするなんて!

(信じられません!)


 その晩、夢も見ないくらいよく寝たことは否定しない。



 初めて朝餉の匂いで目覚めた。火を燃やす薪の音、茹で上がる野菜の匂いはなんとも懐かしい記憶を蘇らせる。その記憶の片隅に、家族の風景がちらりと見えた。私は気怠い体に気合を入れて炊事場に向かった。そこにいたのは昨夜、幾度も私を高みに連れて行った男だった。

(歳三さんが、朝餉を作っている。うそ……)

 大きな体を屈めながら、かまどに向かう土方に、愛おしさが込み上げた。たくさんの責務を背負っていた男が、普通の男と同じ様に日々を営もうとしている。

 私は草履を履くのも忘れてその背に飛び込んだ。

「歳三さんっ」
「おうっ! なんだ。びっくりするじゃねえか。おい、なんで裸足なんだ」
「あ……」
「あ、じゃねえだろうが」

 土方は、お前は本当にガキだなと言いながら私を抱え上げて井戸に向かう。
 こんなふうに、私たちの夫婦の生活がはじまった。

しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

fufufu
2020.07.18 fufufu

こちらの作品を拝見しかことがきっかけで、新選組にどハマり進行中です。ニワカですが、知識を蓄え、すっかり新選組通です。作品自体、もう何度読み返したことでしょう。鉄之助くん(常葉ちゃん)、土方さん、沖田さんのやり取りが、笑えて、泣けて、キュンキュンして、いろいろな感情がグチャグチャにかき乱されて、大好きです。土方さんが、常盤ちゃんに残した手紙には、大号泣でした。このまま離れ離れかと思ったら、大どん返し。納得の、そして大満足のラストをありがとうございます。

ユーリ(佐伯瑠璃)
2020.07.18 ユーリ(佐伯瑠璃)

お読みくださりありがとうございます。
しかも、何度も読んでくださったと。そして何より新選組通になられたこと!
嬉しくて有り難くて拝みたいくらいです。
私は司馬遼太郎先生が書いた「燃えよ剣」の土方さんが大好きです。司馬先生の足元にも及びませんが、私の新選組を書きたくて奮闘したお話です。やはり、女ですから幸せな結末をねつ造して書いてしまいました。
歴史としての新選組は短い命でしたが、駆け抜けた速さと熱い志に胸がいっぱいになります。

これからも新選組大好きでいてください!
ありがとうございます。

解除
なかむ楽
2018.05.18 なかむ楽

完結おめでとうございます
再び明治の動乱を乙女の気持ちで読めたのを嬉しくも楽しくも思いました。

懸命に生きて、懸命に愛し合って……。読みながら何度うるっときての、ドラマチックなラストにまたうるうるしました。
これからは、常葉ちゃんと土方さんが、穏やかなふたりの道を仲間の思いを胸に歩むのだろうなと思いが膨らみました。

素敵なお話をありがとうございました。
常世にいさまもすきです(*´ω`*)

ユーリ(佐伯瑠璃)
2018.05.18 ユーリ(佐伯瑠璃)

なかむラ様

最後までありがとうございました(*^^*)
作者の好き放題、やりたい放題でしたね。
ある意味、私の新選組完結です。
戊辰戦争に私なりに真剣に向き合ったつもりです。明治よいう世になって今日にいたるまで早150年……まだ振り返れば手の届きそうな月日ですよね?ね!

穏やかな時を刻んで行くと、私も思っています。

ありがとうございました(*´ω`*)

解除
藤島紫
2018.05.13 藤島紫

はじめまして。嶋藤と申します。
とても面白くて、48ページまで一気に読ませていただきました。
と言うよりも、気づいたら48ページと言う状況です。
戦闘シーンも、恋愛のシーンも
巧みな文章と表現で
どちらにも引き込まれました。

もう、過去となっている歴史は動かせませんが
ひたむきな常葉ちゃんが幸せになってくれるよう
願ってしまいまいます。

大賞エントリーとのことですので、微力ながら応援させていただきます。

ユーリ(佐伯瑠璃)
2018.05.13 ユーリ(佐伯瑠璃)

嶋藤様

お読み下さりありがとうございます。また、ご感想までいただいて、とても嬉しく思っています。
過去の歴史は変えられないですが、作者の願望が詰まっておりまして……^^;
その願望は最後に明かされるのですけどね。

長い話ですがありがとうございます。
そして、応援までして下さり本当にありがとうございます!
とても励みになります。
どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

椿散る時

和之
歴史・時代
長州の女と新撰組隊士の恋に沖田の剣が決着をつける。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

九州のイチモツ 立花宗茂

三井 寿
歴史・時代
 豊臣秀吉が愛し、徳川家康が怖れた猛将“立花宗茂”。  義父“立花道雪”、父“高橋紹運”の凄まじい合戦と最期を目の当たりにし、男としての仁義を貫いた”立花宗茂“と“誾千代姫”との哀しい別れの物語です。  下剋上の戦国時代、九州では“大友・龍造寺・島津”三つ巴の戦いが続いている。  大友家を支えるのが、足が不自由にもかかわらず、輿に乗って戦い、37戦常勝無敗を誇った“九州一の勇将”立花道雪と高橋紹運である。立花道雪は1人娘の誾千代姫に家督を譲るが、勢力争いで凋落する大友宗麟を支える為に高橋紹運の跡継ぎ統虎(立花宗茂)を婿に迎えた。  女城主として育てられた誾千代姫と統虎は激しく反目しあうが、父立花道雪の死で2人は強く結ばれた。  だが、立花道雪の死を好機と捉えた島津家は、九州制覇を目指して出陣する。大友宗麟は豊臣秀吉に出陣を願ったが、島津軍は5万の大軍で筑前へ向かった。  その島津軍5万に挑んだのが、高橋紹運率いる岩屋城736名である。岩屋城に籠る高橋軍は14日間も島津軍を翻弄し、最期は全員が壮絶な討ち死にを遂げた。命を賭けた時間稼ぎにより、秀吉軍は筑前に到着し、立花宗茂と立花城を救った。  島津軍は撤退したが、立花宗茂は5万の島津軍を追撃し、筑前国領主としての意地を果たした。豊臣秀吉は立花宗茂の武勇を讃え、“九州之一物”と呼び、多くの大名の前で激賞した。その後、豊臣秀吉は九州征伐・天下統一へと突き進んでいく。  その後の朝鮮征伐、関ヶ原の合戦で“立花宗茂”は己の仁義と意地の為に戦うこととなる。    

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。