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そして始まる二人の物語ー本編ー
お前が俺の、貴方が私の
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日の出と共に捜索が開始された。愛海は救難士を連れて飛び立ち、海音はもう一度オレンジ色の救命胴衣を身に着け、睦海の手を借り救難艇に乗り込んだ。近くを通る漁船にも遭難者を見たら連絡をするようにと協力を依頼した。でも、海音の中では確信していた。なぜと聞かれると説明は出来ないけれど、勝利は絶対にあの島に居る! と。睦美の口添えで救難艇はその島めがけて海を走った。
潮風が海音の顔を叩くように吹き抜けて行く。首元までジッパーをしっかり上げて目を細めて近づく島を見ていた。釣り人に人気のこの無人島は船着き場がきちんと整備されている。周辺はだんだんと浅くなるため大型船のやしまは近づけない。空を見上げると愛海が操縦するヘリコプターが、そして遠くには報道ヘリコプターも見える。陸ではどんなふうに勝利の事を言われているのだろうか。
「間もなく着岸します!」
胸の鼓動は今までで一番高鳴っているかもしれない。この島のことはよく覚えている。クジラの背を追って上陸し、双眼鏡を覗きながら歩いた岩場。足を踏み外して下に落ちたとき、すぐに声を掛けてくれたのは勝利だった。大きな体躯に驚く暇もなく、あっという間に背負われた。その時、その背中から太陽の匂いがした。広くて逞しい男の背中から色気とは別にホッとさせる匂いだった。見ず知らずの男だというのにそれで安心したのを覚えている。勝利はここにいる、絶対に! と強い自信が溢れてきた。
「海音さん、大丈夫ですか」
「はい。私も上陸します」
(ショウさん! 私、迎えに来ました!)
◇
まぶたの裏が一気に朱色に染まり夜が明けたのを知る。勝利は嵐の夜を越え、岩の窪みに躰を隠して休んでいた。薄っすらと目を開ければ痛いほどの光線が脳みそを突き刺す。対馬に向って泳いでいたのに、自然の力にはどんなに鍛えた躰も及ばず、海面を漂うのを諦めた。多少息をしなくとも問題ないと潜水し、海流に身を委ねた。勝利が落ち着きを取り戻した海面に上がったときは対馬と反対に流されていたと知る。遥か向こうに船の灯りが見えた。けれどこの状況で叫んでも藻掻いても無駄なことはよくわかっていた。ぷかぷかと流され気付くと岩に足がぶつかった。腕を伸ばして這い上がるとそこは島であると知り、助かったと安堵したのは約6時間も前になる。
「なんだ、今日はやけにご機嫌だな」
海も空も日が昇り始めると昨夜とはまるで逆で、朝日でキラキラ海面が揺れ、空は雲ひとつない藍色が広がっていた。間もなくこの世界全体に夜明けが訪れて、海も空も区別がつかないほど澄んだ青に染まるだろう。勝利は起きあがると縮めていた躰を大きく伸してみた。そしてゆっくりと首、肩、腕、腰と順に動かして負傷した箇所がないか確認をした。無駄な抵抗をしなかったからか問題はなさそうだ。
命もある、自慢の躰も問題ない。そう思うと、次に気に留めるのは海音のことだった。きっとニュースでこの事は知っているはずだ。察しのいい海音ならそれが自分かも知れないと気に病むに決まっている。今すぐ俺は生きている! そう伝えたい。
「海音.....」
ショウさんのオレンジが見たい。そんな彼女の声が脳裏で蘇る。そんな事を言った自分を海音は責めているかもしれない。そう思うと、「そうじゃない! 本当は俺が戻りたくて仕方がなかったんだ。それを後押ししてくれたのが海音だったんだ」と家を出る前に伝えておけば良かった。胸の奥をえぐられるような後悔の痛みが走った。とにかく早く、戻らなければならない。勝利は島の周辺を確認しようと歩き始めた。
「ここって、アレだろ! 俺が海音を助けたあの島じゃないのか! だったら」
勝利は岩場から這い上がって本土を見た。
「泳いで帰れるな」
遠泳訓練で足ヒレもつけずに20キロ泳がされたことがある。それを思えば楽勝だ! などと元トッキューは思っていた。もう波は穏やかで目的地も視界良好だ。もう飛び込むしかない!そう決心した時、勝利の耳に届いた音。ライトをチカチカさせなから救難ヘリコプターが飛んで来ていることに気づく。
「ああ、待ってたほうが早いな」
出来るだけ目につくようにと高い場所に移動して、両腕を上げ大きく振った。勝利は自分の捜索にヘリコプターだけでなく、巡視船やしままで出動しているとは思ってはいない。ましてや、婚約者である海音までも。心の中で海音に会って最初になんと言おうかと、そればかり考えていた。
(海音、ただいま。じゃねえな.....海音、心配かけてすまなかった。か? いやもっと気の利いた)
だから背後に迫る危機に気づくはずがなく……。
「ショウさんっ!!」
「……あ?」
空耳か、幻聴かと混乱しながら聞き慣れた声に向かって躰を捩る。振り向いた時にはオレンジ色の塊が飛び込んできて、ドンッという衝撃でよろめいた。
「なっ、おおっ」
「きゃっ」
ダダダダッと後ずさりそのままドスンと尻もちをついた。勝利は何がなんだか分からないままオレンジ色の塊を抱きとめて「痛ってぇ」とゴチて顔を上げた。上げた先に目に入ったそれを見て勝利は固まる。
(何だ、どういう事だ。夢か? 俺はまだ夢を見ていたのか……いや、死んだのか)
「ショウさん! 勝利さんっ! うわぁぁぁん」
(なんてリアルな夢なんだ。海音が泣いているじゃないか。すまん)
「ねぇ、何か言ってよ! ショウさんっ」
勝利は自分に馬乗りで泣き叫ぶ海音を見ながら、涙で濡れた頬に掌をあてた。柔らかい、湿っている、温かいとリアルな感触を味わっている。海音は何も言わない勝利が正気ではないかもしれないと焦り、早く戻ってきてと大胆な行動に移った。
「しっかりして! 夢じゃないとよっ!」
「え、んんん!?」
海音は勝利の両頬を手で挟んで固定すると、噛み付く勢いでその唇を奪った。潮風に晒されてカサカサになっていた勝利の唇を丁寧に食んで、海音は抵抗する間を与えまいと舌を咥内にねじ込んだ。勝利は違う意味で朦朧としそうになる。なんて情熱的なキスなんだと。
「っ、ハァハァ。戻ってきて、ショウさん」
海音の海よりも深い群青色の瞳が勝利を見つめた。頭上ではヘリコプターの音と撒き散らす風が吹きつけ、海音の肩越しに見覚えのあるオレンジの隊員が立っているのが見える。よく見ると海音も海上保安庁の紺色の作業服を着て、オレンジ色の救命胴衣をつけている。
「俺、死んでねえな」
そんな一言しか出てこなかった。
「死んどらんよ! ショウさんは死んどらんっ。見つけたっ。やっとショウさんを見つけたぁ!」
「海音」
子供のように泣きじゃくる海音を勝利はようやく、ぎゅっと抱きしめた。辺りは太陽に煌々と照らされて勝利は無事に救出された。
◇ ◇ ◇
救出後、メディカルチェックを受けた勝利は幸いにもどこも悪いところはなく、あえて言うなら軽い脱水症状だろうと言われ特別な治療は必要なしとハンコを押された。その後、事故報告などで書類を書いて提出をした。勝利が最も驚いたのは巡視船やしまが出動していた事と、それの指揮をとっていたいたのが七管の保安部長だったと言うことだ。彼も根っからの海の男だとは聞いていたけれど、管理職で椅子に根が張ったようなあの部長が動いたと知り、違う意味で震えた。しかもその部長から一週間の自宅療養と言うなのお土産までもらって。
「部長! こ、この度は」
「いやいや本当に今回は肝が冷えたね。君があの時、海に落ちてくれなかったらヘリコプターごとドカンで今頃はやり玉にあげられていたところだったよ。いやぁ助かった。あの救難ヘリも随分と値がはるからな、税金が飛んで行かずにすんだよ」
「え、あ、はぁ」
「と言うのは冗談で。あの判断をしてくれたことに大変感謝をしている。尊い市民の命と、機内の隊員の命を護ってくれたのだからね」
「いえ。当然の事です。それに部長は俺の為にやしままで出してくださいました。恐れ多い事です」
「あれもたまには出さんと、錆びつくだろう。いいウォーミングアップになったよ」
数々の困難であろうと言われる環境でも彼ら救難士は怯むことなく立ち向かってくれる。その救難士の命を護ることが保安部長である自分の役割だ思っている。絶対に殉職などさせないと、家で待つ家族に無事に返してやることが使命であると。口では軽く言ってのけるが本心は別のところにあるのだ。上に立つものはそれなりの責任とプレッシャーを背負いながら、じっと椅子に座っているというわけだ。
「というわけでな、海音くんとの結婚式には呼ぶように」
と悪戯染みた顔でそう言った。
「はい! はいっ?」
焦る勝利を豪快に腹を揺さぶりながら笑ったとか。
「ただいま」
二人の家に帰ってきた勝利は玄関のドアを開けてそう言った。
「おかえり」
穏やかな笑みをのせて海音がそう答えた。
たった四文字の言葉が今日は躰中に染み渡って行く。耳から入った互いの言葉が脳内を一掃して、頬を緩ませて、胸の奥を優しく撫でて走り抜けていく。当たり前の義務のようなその言葉がとても愛おしい。玄関先で抱き合うと二人は顔を見合わせて笑った。
「まさか海音が助けに来るとは思わなかった」
「私も乗せてもらえるなんて思わなかった。皆さんに感謝です」
「初めて俺、助けられたよオレンジに」
「そうだね。いつも助けるオレンジだもんね。私の後ろで救難士の方がいてくださって」
「そのオレンジじゃない」
「え?」
勝利は靴を脱ぐと、海音を抱えあげてリビングに移動した。二人で選んだ革張りの大きなソファーに海音はドサリと降ろされた。見上げる勝利の顔はいつになく真剣で、気のせいか瞳の奥が潤っていた。
「ショウさん?」
「俺のオレンジは、海音、おまえだ。目の前に広がったオレンジは海音だった。ありがとう。俺を見つけてくれて」
「しょうり、さん」
そう言うと勝利は膝をついて海音の肩口に顔を埋め、首筋に甘えるように鼻を擦りつけた。海音の甘くて優しい匂い、おっとりしていて危なっかしいのに芯が強くて頑固な女。自分より12も年下で可愛い女、なのに急に大人の女になって心も躰も離してはくれない優艶な女。あの島で助けた女にあの島で助けられた。
「海音は俺のヒーローだな」
「違うよ、勝利さんが私のヒーロー」
「なんだよ。譲れよ」
「譲らない。それに私、女だからヒーローじゃないもん」
「くっそー、このやろうっ」
「ちょ、ちょーっとぉぉぉ」
嬉しくて泣けてくる。こんな気持ちがあるだろうか。悔しくても悲しくても涙は出なかったのに、嬉しくて出るなんて。勝利はその涙を隠すように海音をきつく抱きしめた。
「ぜっーたいに、離さないから覚悟しろ」
「苦しいぃぃー!」
海音はその熱苦しい愛情表現が好きだった。勝利が見せる困った顔も怒った顔も、そして驚くほど甘い顔も全部好きだと。だから、自分の事をおっさんだなんて言わないでと思う。
貴方はみんなのヒーローだよ。
日本中の海に目を光らせて、人々の危機に勇猛果敢に飛び込んでいく。
「ショウさんのオレンジ見れたから、今夜から解禁ね♡」
「ヨッシャー!」
深く熱いその情熱は青い海に輝くオレンジ色の希望。
潮風が海音の顔を叩くように吹き抜けて行く。首元までジッパーをしっかり上げて目を細めて近づく島を見ていた。釣り人に人気のこの無人島は船着き場がきちんと整備されている。周辺はだんだんと浅くなるため大型船のやしまは近づけない。空を見上げると愛海が操縦するヘリコプターが、そして遠くには報道ヘリコプターも見える。陸ではどんなふうに勝利の事を言われているのだろうか。
「間もなく着岸します!」
胸の鼓動は今までで一番高鳴っているかもしれない。この島のことはよく覚えている。クジラの背を追って上陸し、双眼鏡を覗きながら歩いた岩場。足を踏み外して下に落ちたとき、すぐに声を掛けてくれたのは勝利だった。大きな体躯に驚く暇もなく、あっという間に背負われた。その時、その背中から太陽の匂いがした。広くて逞しい男の背中から色気とは別にホッとさせる匂いだった。見ず知らずの男だというのにそれで安心したのを覚えている。勝利はここにいる、絶対に! と強い自信が溢れてきた。
「海音さん、大丈夫ですか」
「はい。私も上陸します」
(ショウさん! 私、迎えに来ました!)
◇
まぶたの裏が一気に朱色に染まり夜が明けたのを知る。勝利は嵐の夜を越え、岩の窪みに躰を隠して休んでいた。薄っすらと目を開ければ痛いほどの光線が脳みそを突き刺す。対馬に向って泳いでいたのに、自然の力にはどんなに鍛えた躰も及ばず、海面を漂うのを諦めた。多少息をしなくとも問題ないと潜水し、海流に身を委ねた。勝利が落ち着きを取り戻した海面に上がったときは対馬と反対に流されていたと知る。遥か向こうに船の灯りが見えた。けれどこの状況で叫んでも藻掻いても無駄なことはよくわかっていた。ぷかぷかと流され気付くと岩に足がぶつかった。腕を伸ばして這い上がるとそこは島であると知り、助かったと安堵したのは約6時間も前になる。
「なんだ、今日はやけにご機嫌だな」
海も空も日が昇り始めると昨夜とはまるで逆で、朝日でキラキラ海面が揺れ、空は雲ひとつない藍色が広がっていた。間もなくこの世界全体に夜明けが訪れて、海も空も区別がつかないほど澄んだ青に染まるだろう。勝利は起きあがると縮めていた躰を大きく伸してみた。そしてゆっくりと首、肩、腕、腰と順に動かして負傷した箇所がないか確認をした。無駄な抵抗をしなかったからか問題はなさそうだ。
命もある、自慢の躰も問題ない。そう思うと、次に気に留めるのは海音のことだった。きっとニュースでこの事は知っているはずだ。察しのいい海音ならそれが自分かも知れないと気に病むに決まっている。今すぐ俺は生きている! そう伝えたい。
「海音.....」
ショウさんのオレンジが見たい。そんな彼女の声が脳裏で蘇る。そんな事を言った自分を海音は責めているかもしれない。そう思うと、「そうじゃない! 本当は俺が戻りたくて仕方がなかったんだ。それを後押ししてくれたのが海音だったんだ」と家を出る前に伝えておけば良かった。胸の奥をえぐられるような後悔の痛みが走った。とにかく早く、戻らなければならない。勝利は島の周辺を確認しようと歩き始めた。
「ここって、アレだろ! 俺が海音を助けたあの島じゃないのか! だったら」
勝利は岩場から這い上がって本土を見た。
「泳いで帰れるな」
遠泳訓練で足ヒレもつけずに20キロ泳がされたことがある。それを思えば楽勝だ! などと元トッキューは思っていた。もう波は穏やかで目的地も視界良好だ。もう飛び込むしかない!そう決心した時、勝利の耳に届いた音。ライトをチカチカさせなから救難ヘリコプターが飛んで来ていることに気づく。
「ああ、待ってたほうが早いな」
出来るだけ目につくようにと高い場所に移動して、両腕を上げ大きく振った。勝利は自分の捜索にヘリコプターだけでなく、巡視船やしままで出動しているとは思ってはいない。ましてや、婚約者である海音までも。心の中で海音に会って最初になんと言おうかと、そればかり考えていた。
(海音、ただいま。じゃねえな.....海音、心配かけてすまなかった。か? いやもっと気の利いた)
だから背後に迫る危機に気づくはずがなく……。
「ショウさんっ!!」
「……あ?」
空耳か、幻聴かと混乱しながら聞き慣れた声に向かって躰を捩る。振り向いた時にはオレンジ色の塊が飛び込んできて、ドンッという衝撃でよろめいた。
「なっ、おおっ」
「きゃっ」
ダダダダッと後ずさりそのままドスンと尻もちをついた。勝利は何がなんだか分からないままオレンジ色の塊を抱きとめて「痛ってぇ」とゴチて顔を上げた。上げた先に目に入ったそれを見て勝利は固まる。
(何だ、どういう事だ。夢か? 俺はまだ夢を見ていたのか……いや、死んだのか)
「ショウさん! 勝利さんっ! うわぁぁぁん」
(なんてリアルな夢なんだ。海音が泣いているじゃないか。すまん)
「ねぇ、何か言ってよ! ショウさんっ」
勝利は自分に馬乗りで泣き叫ぶ海音を見ながら、涙で濡れた頬に掌をあてた。柔らかい、湿っている、温かいとリアルな感触を味わっている。海音は何も言わない勝利が正気ではないかもしれないと焦り、早く戻ってきてと大胆な行動に移った。
「しっかりして! 夢じゃないとよっ!」
「え、んんん!?」
海音は勝利の両頬を手で挟んで固定すると、噛み付く勢いでその唇を奪った。潮風に晒されてカサカサになっていた勝利の唇を丁寧に食んで、海音は抵抗する間を与えまいと舌を咥内にねじ込んだ。勝利は違う意味で朦朧としそうになる。なんて情熱的なキスなんだと。
「っ、ハァハァ。戻ってきて、ショウさん」
海音の海よりも深い群青色の瞳が勝利を見つめた。頭上ではヘリコプターの音と撒き散らす風が吹きつけ、海音の肩越しに見覚えのあるオレンジの隊員が立っているのが見える。よく見ると海音も海上保安庁の紺色の作業服を着て、オレンジ色の救命胴衣をつけている。
「俺、死んでねえな」
そんな一言しか出てこなかった。
「死んどらんよ! ショウさんは死んどらんっ。見つけたっ。やっとショウさんを見つけたぁ!」
「海音」
子供のように泣きじゃくる海音を勝利はようやく、ぎゅっと抱きしめた。辺りは太陽に煌々と照らされて勝利は無事に救出された。
◇ ◇ ◇
救出後、メディカルチェックを受けた勝利は幸いにもどこも悪いところはなく、あえて言うなら軽い脱水症状だろうと言われ特別な治療は必要なしとハンコを押された。その後、事故報告などで書類を書いて提出をした。勝利が最も驚いたのは巡視船やしまが出動していた事と、それの指揮をとっていたいたのが七管の保安部長だったと言うことだ。彼も根っからの海の男だとは聞いていたけれど、管理職で椅子に根が張ったようなあの部長が動いたと知り、違う意味で震えた。しかもその部長から一週間の自宅療養と言うなのお土産までもらって。
「部長! こ、この度は」
「いやいや本当に今回は肝が冷えたね。君があの時、海に落ちてくれなかったらヘリコプターごとドカンで今頃はやり玉にあげられていたところだったよ。いやぁ助かった。あの救難ヘリも随分と値がはるからな、税金が飛んで行かずにすんだよ」
「え、あ、はぁ」
「と言うのは冗談で。あの判断をしてくれたことに大変感謝をしている。尊い市民の命と、機内の隊員の命を護ってくれたのだからね」
「いえ。当然の事です。それに部長は俺の為にやしままで出してくださいました。恐れ多い事です」
「あれもたまには出さんと、錆びつくだろう。いいウォーミングアップになったよ」
数々の困難であろうと言われる環境でも彼ら救難士は怯むことなく立ち向かってくれる。その救難士の命を護ることが保安部長である自分の役割だ思っている。絶対に殉職などさせないと、家で待つ家族に無事に返してやることが使命であると。口では軽く言ってのけるが本心は別のところにあるのだ。上に立つものはそれなりの責任とプレッシャーを背負いながら、じっと椅子に座っているというわけだ。
「というわけでな、海音くんとの結婚式には呼ぶように」
と悪戯染みた顔でそう言った。
「はい! はいっ?」
焦る勝利を豪快に腹を揺さぶりながら笑ったとか。
「ただいま」
二人の家に帰ってきた勝利は玄関のドアを開けてそう言った。
「おかえり」
穏やかな笑みをのせて海音がそう答えた。
たった四文字の言葉が今日は躰中に染み渡って行く。耳から入った互いの言葉が脳内を一掃して、頬を緩ませて、胸の奥を優しく撫でて走り抜けていく。当たり前の義務のようなその言葉がとても愛おしい。玄関先で抱き合うと二人は顔を見合わせて笑った。
「まさか海音が助けに来るとは思わなかった」
「私も乗せてもらえるなんて思わなかった。皆さんに感謝です」
「初めて俺、助けられたよオレンジに」
「そうだね。いつも助けるオレンジだもんね。私の後ろで救難士の方がいてくださって」
「そのオレンジじゃない」
「え?」
勝利は靴を脱ぐと、海音を抱えあげてリビングに移動した。二人で選んだ革張りの大きなソファーに海音はドサリと降ろされた。見上げる勝利の顔はいつになく真剣で、気のせいか瞳の奥が潤っていた。
「ショウさん?」
「俺のオレンジは、海音、おまえだ。目の前に広がったオレンジは海音だった。ありがとう。俺を見つけてくれて」
「しょうり、さん」
そう言うと勝利は膝をついて海音の肩口に顔を埋め、首筋に甘えるように鼻を擦りつけた。海音の甘くて優しい匂い、おっとりしていて危なっかしいのに芯が強くて頑固な女。自分より12も年下で可愛い女、なのに急に大人の女になって心も躰も離してはくれない優艶な女。あの島で助けた女にあの島で助けられた。
「海音は俺のヒーローだな」
「違うよ、勝利さんが私のヒーロー」
「なんだよ。譲れよ」
「譲らない。それに私、女だからヒーローじゃないもん」
「くっそー、このやろうっ」
「ちょ、ちょーっとぉぉぉ」
嬉しくて泣けてくる。こんな気持ちがあるだろうか。悔しくても悲しくても涙は出なかったのに、嬉しくて出るなんて。勝利はその涙を隠すように海音をきつく抱きしめた。
「ぜっーたいに、離さないから覚悟しろ」
「苦しいぃぃー!」
海音はその熱苦しい愛情表現が好きだった。勝利が見せる困った顔も怒った顔も、そして驚くほど甘い顔も全部好きだと。だから、自分の事をおっさんだなんて言わないでと思う。
貴方はみんなのヒーローだよ。
日本中の海に目を光らせて、人々の危機に勇猛果敢に飛び込んでいく。
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