かみしまの海〜海の守護神、綿津見となれ〜

ユーリ(佐伯瑠璃)

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28 目覚めよ、戦士たち

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「平良さん! うちのヘリ、戻ってきましたよ!」
「なんだって⁉︎」

 歌川の声に平良が振り返ると、確かにそこには退避したはずのヘリコプターうおたかがいる。
 上空をときどきホバリングしながら、少しづつ近づいて来ていた。

「平良さん。うおたかに位置を知らせてください。金城さん、うおたかまで少し近づけますか。エンジン、生きてる?」
「はい。やってみます」

 突然の海流の変化に、ボートは流されてしまった。そして、エンジンまで止まる事態に見舞われていた。レナの姿も見失い最悪の状況である。

「エンジン、大丈夫です!」
「よかった。平良さん無線飛ばせますか?」
「あいにく、うおたかのチャンネルが分からない。だか、大丈夫だ」

 平良は落ち着いた様子で、肩につけていたストロボを外した。特別警備隊は任務中に海面に落下した場合、自分の位置を示すストロボを肩に装備しているのだ。それをうおたかに向けてかざした。
 しばらくすると、うおたかは機動を変え平良たちの方に向かって飛んできた。

「よし、気づいたようだ!」
「ナイスです平良さん」

 歌川と平良が安堵している側で、金城が甲高い声で叫んだ。

「ああああっ!」
「どうしたんですか、金城さん。やっぱりボート壊れちゃいましたか? 大丈夫ですよ、うおたかはこちらに気づきましたから」
「レレレレレレ」
「金城さん! 気をしっかり! 故障は致し方ありませんから。僕がうまく処理を」
「レナさん‼︎ 伊佐監理官‼︎」
「ええ‼︎ どこにですかー! 伊佐さん! あなた、どこにー!」
「おいっ、二人とも落ち着けばかやろう! おい、同じ場所にかたよるな! 転覆するだろうがー!」

 三人を乗せたボートはちょっとしたパニック状態だった。大した波もないのに、グワングワンと大きく揺れる。平良はバランスを取ろうと二人とは反対側に移動した。兎にも角にも、落ち着かねばならない。

「ええーい、くそっ」

 パンパンパンッ――

 歌川も金城も耳の奥がツーンとなり、口を開けたまま恐る恐る平良のほうを振り向いた。
 鬼のような形相の平良が、拳銃を空に向けて仁王立ちだ。
 平良は二人を睨みつけたまま、今度はストロボをくるくる回して腕を前方に向けた。
 すぐ近くまで来ていたうおたかは、平良の頭上を越えて飛んで行く。

「え……た、平良さん?」

 金城が思わず問いかける。

「我々は一旦かみしまに戻る。あとはうおたかに任せた」
「あっ、そうか! うおたかはお二人を救出に⁉︎」
「分かったらとっとと舵をきれ。退避!」
「はい!」

 歌川はずり下がった眼鏡を整えると、何事もなかったようにボートに腰を下ろした。

(僕としたことが、取り乱してしまいました……ですよね、ですよ。伊佐が死ぬはずなんてない。彼はワダツミに守られているんですから)


 ◇


 うおたかが伊佐とレナの近くまで来てホバリングを開始した。風圧が直接当たらないようにしてくれてはいるが、体力が底をつきそうな二人には辛い試練だった。
 うおたかの扉から、機動救難士が今から降りると合図をした。伊佐は波飛沫を浴びながら確認した。

「レナさんもう少しだから頑張りましょう」
「はい。私は大丈夫ですから」

 二名の機動救難士が着水し、伊佐とレナのもとにやってきた。そして浮き輪を素早く伊佐に渡す。
 機動救難士はレナを先に吊り上げるつもりなのだ。

「お二人ともよく頑張りましたね。さあ、上にあがりましょう。まずは、あなたから先に」
「待ってください。私よりも彼を先にお願いします。彼はずっと海中にいたので私より体力を消耗しています」
「え、しかし」

 機動救難士は困ったように伊佐の顔を見た。

「レナさん」
「はい……っ!」

 伊佐はレナを引き寄せて冷え切った彼女の手のひらにキスをした。それは、唇が触れるだけの軽いものだ。レナは驚いて、ただただ伊佐がしているのを見ているだけだった。伊佐は惜しむようにその手を離した。
 レナは呆然と伊佐が離れるのを見つめている。

「先に上で待っていてください。俺もすぐに行きます」

 伊佐は今のうちにと機動救難士に目で合図する。機動救難士はやれやれといった感じで、手早くレナにエアパックハーネスを装着した。

「大丈夫ですよ。彼もすぐに吊り上げます。行きますよー」

 機動救難士が腕を大きく回すと、ワイヤーが巻き上げを始め、レナはゆっくりとヘリコプターうおたかに収容された。

「伊佐監理官ですよね。彼女とはそういう仲に?」

 もう一人の機動救難士がたずねる。

「そういう仲……」

 先ほどのキスのことを言っているのだ。そういうことができるような関係なのかと。
 実は伊佐自身も驚いている。なぜかそうしないわけにはいかなかったのだ。彼女には特別な何かを感じてしまったのかもしれない。

「角倉航空長が相当お怒りでしたよ。大丈夫ですか」
「え? 航空長が?」
「ええ。さっきの方、我如古さんですよね。彼女と航海長は仲良しですからね」
「あぁ……なるほど。まあ、お叱りは甘んじて受けますよ。面倒かけて申し訳ない」
「いえいえ。さ、来ましたよ! 我々も上がりましょう」

 角倉と我如古は互いに切磋琢磨しながら、それぞれの科をとりまとめてきた。女性ならではの苦労もあったにちがいない。そんな大事な仲間を伊佐は危険にさらしたのだ。
 伊佐が少しだけ憂鬱になったのは言うまでもない。

「よろしくお願いします」


 ◇


 そして、伊佐がうおたかに収容されようとしている最中、ちょうど吊り上げの半分を過ぎたころであった。
 突然、海面が大きく盛り上がり、大きな魚の尾鰭が見えたかと思うと、沈んだはずの人造人間が海中から姿を現した。

「あいつ! くたばってないのか!」
「もしかして、あれが⁉︎」

 よく見ると人造人間の体には綿津見の髭が絡みついている。そういえば、綿津見がとどめはおまえたちがと言っていた気がする。

 伊佐がヘリコプターうおたかに収容されると、機内は異様な空気に包まれた。人造人間の姿を確認したためか機長も航空長も無線に忙しい。
 そんな中、伊佐が上がってくるのを待っていたレナが指をさす。

「伊佐さん、アレ」
「うん。レナさんには見えるんだねワダツミが」
「ワダツミ……それってポセイドンのこと?」
「ポセイドン。なるほど、そういう言い方もあるのか。うん、とどめを刺せって言ってる」
「どうするの」
「さて、どうしたものか……」

 ヘリコプターうおたかは武装していない。そのためこの場にとどまるのは危険である。

「こちら、うおたか! かみしま応答願います」
『かみしま江口です。そちらの様子はどうですか』
「二名の救助完了! 例のロボットが出現!」
『こちらも確認した! うおたかは至急かみしま後方に待避せよ! かみしまは戦闘態勢入っているため着船きません』
「了解!」

 かみしまが戦闘態勢であることを知った伊佐は、振り返って窓からその姿を覗いた。すると、かみしまは船速を上げこちらに向かっている。

「双眼鏡借りますよ!」

 伊佐は双眼鏡で確認した。かみしまから少し離れたところに、職員を退避させるために護衛艦つるみに向かった高速艇やエアーボートが航行している。しかもかみしま特警隊は、小銃を構えているではないか。

「まさか、攻撃の許可が下りたのか。ということは」

 伊佐はかみしまの甲板に目を向けた。巡視船かみしまが装備する連装機関砲、多重身機関砲に人員配置が行われていた。

「やるのか――」

 ヘリコプターうおたかは巡視船かみしまの上空を越え、後方まで下がった。かみしまは人造人間に向かって真っ直ぐに進んでいく。
 最新型の巡視船かみしまが本気を出すなんて、誰が想像しただろうか。

 主砲が目標に向かって動き始めた。

 ドドドドッ――ドドドドッ――
 バババババババッ――バババババババ……

 白煙は人造人間を包み込んで、それでも射撃は終わらない。

「伊佐さん、かみしまが撃ってる!」
「うん」

 レナが伊佐の肩を強く握った。レナのその手に伊佐は手を重ねた。

 レナの手は熱をはらんでいた。


 ◇


「船長! うおたかは救助を完了し本船後方に退避いたしました」
「ありがとう。由井くん、今度は我々が本気を出す番です。腹を括って下さい」
「分かりました。目標をあの人造人間もとい、ロボットに設定! 船速をあげよ!」

 巡視船かみしまの船橋は船首を浮上した人造人間に向けた。十分に温まったエンジンが待っていましたと唸る。
 人造人間をロボットと言い直したのは、アレはテロリズムによって造られたものだと決めたからだ。
 人間だなんて言葉は、絶対に使いたくない。
 そうでなければ、あの人の形をした物に攻撃なんてできない。

「エンジン全開」
「エンジン全開」
「目標、左に二十度」
「二十度確認」

 全員がこれで終わりにするんだ。そう強く思っていた。


 一方、機関室で全てのエンジンを確認した機関長の佐々木は、機関制御室に入った。
 わずか二名の機関士たちが、忙しくしている。

「二人にしてすまない」
「いえ。機関士はこうでなくてはなりません。機関長、ずいぶんと汚れていますが」
「ああ、見るところが多くてね。なんせ、一世一代の大勝負をしなけりゃならんからな。それに耐えられるようチェックは入念にしておいた。こいつは今までの船とは違う。ただの警備船じゃないぞ」
「と、いいますと?」
「戦う警備船だ。護衛艦にも負けてない」
「頼もしいですね」
「安心して任務に励んでくれ。わたしもアレともう一度戦う。二度と浮上させはしない」
「佐々木機関長……」
「あとは頼んだ」

 佐々木は機関制御室に残る部下が安心して仕事ができるよう、隅から隅まで入念に確認をしてきたのだ。なぜならば佐々木は、自分の手で人造人間を始末すると心に決めていたからだ。
 万が一、自分が戻って来れなくてもエンジンだけは止まらないようにしたかったのだ。

(二度と不具合なんて起こしてたまるか)

 オイルで黒ずんだ指先はどんなに洗っても落ちない。思春期の娘からは、汚いから嫌だと何度言われたことか。佐々木はその指をギュッと手の内に握り込んだ。
 この汚れた手はお前たちの命を守っているんだよ。いつか分かってくれる日が来る。
 そう信じて今日までやってきた。

「さあて、二度目の対決だ。今度は絶対に外しはしない。覚悟しろ」

 甲板に上がった佐々木は連装機関砲の前に立った。佐々木は自らこれを操作し、人造人間を撃とうというのだ。
 インカムを耳にセットして、感度を確かめた。準備は整った。

『ピッチ落とす。射撃準備』

 佐々木は発射装置にオイルの染み込んだ指をかける。

(さあ、こい!)

 船長の声が耳に届く。

『発射!』


 ドドドドッ――ドドドドッ――
 バババババババッ――バババババババン

 ベテラン戦士が火を噴いた。
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